作品タイトル不明
牙を剝く者
次の瞬間、国王とパルルモの間に割って入るように転移した自分は、持っていた盾を掲げて今まさに振り下ろされたパルルモの拳の前へと突き出した。
空気を震撼させるような衝撃と音、盾を構えていた自分の両足が王都の石畳にめり込み、砕ける。
歯を食いしばり、その拳の衝撃を盾で力任せに弾き飛ばすと、間髪入れず今度は握っていた剣をパルルモに向けて振り上げた。
空を裂く音が響くが、パルルモはその場で瞬時に後ろへと下がった後、さらに間合いを保つために大きく後ろに回転しながら跳躍して、背後の石畳へと着地した。
パルルモのその巨体故の重量からか、着地した地点の石畳は円周状に罅が入り割れていた。
「ふぅ、まったく行く先々で化け物と出くわすな……」
そう言ってぼやきながら、盾を構えた左腕の痺れをとるように振った。
そんな自分の暢気ともとれる言葉にパルルモが怒りに目を剝く。血走ったような赤い目がますます赤く染まり、その表情はますます恐ろしいものへと変貌する。
『貴様、いったい何者だ!? 今のは教皇様と同じ転移の術! それに私の攻撃を片手で防ぐなど人族などにそのような真似はできない筈だ!!』
嘴状の口元から粘つく唾液を撒き散らすように吼えるパルルモのその言葉に、自分やアリアン、チヨメの視線が互いに交差した。
今の言が本当だとするならば、ヒルク教の教皇に在る人物は自分と同じ転移魔法を使う事ができるという事になる。自身が使うにはすこぶる便利な魔法だが、敵対者が使うとなればこれ程厄介な魔法はそうはないだろう。
枢機卿のような大物が出てきた事から一連の教会関連の騒動の黒幕かと思われたのだが、彼の口ぶりからすると教会の頂点である教皇が首謀者だという可能性が出てきた。
──いや、いくら兵站が不要な 不死者(アンデッド) の兵士と言っても、十万近くもの兵力を用意するとなれば一国を預かる者が関与していないと考える方が不自然か。
深い溜め息を吐きながら、思考の波を抑えて相手を見据える。
アリアンやチヨメが視界の端でパルルモの死角を突こうと、武器を構えた姿でゆっくりとした移動をしているのが見えて、それを援護するべく自分が前へと出た。
「我は人族ではない、これでも中身はエルフ族だ。下等な種族が相手ですまないな」
そう言っておどけたように肩を竦めて見せると、パルルモは全身の毛を逆立てた。
『エルフ!? 貴様もエルフ族か!!』
そう言うやいなや、パルルモは両手の拳を地面に叩きつけると、砕けた石畳の瓦礫の一部を背中側のもう二つの手が掴み取り、それを瞬時に両脇に回り込んでいたアリアンとチヨメに向かって投擲していた。
「くっ!」「っ!?」
不意を突かれたその攻撃を、彼女達は持ち前の常人離れした反射神経でなんとか躱す。
しかし彼女達の後方で武器を構えてパルルモを包囲しようとしていた兵士の一部がその瓦礫の投擲を受けて一瞬にして粉微塵に吹き飛ぶ。
いっさい横に視線を逸らさずに正確に二人の立ち位置に向かって投げた所を見るに、あの丸い目の視野角はかなり広いようだ。
そのあまりに一方的なパルルモの放つ破壊力に周囲の兵士達の士気が揺れて、浮足立つ。
包囲が緩んだその光景にパルルモは凶悪な笑みを浮かべた後、再び此方に意識を向けてそこでふと何かを思い出したように瞬きをした。
『そうか、思い出したぞ。白銀の騎士、貴様があのチャロスを葬った白銀の騎士か!』
何やら一人合点がいったという風に頷くパルルモに、自分は相手が何を言っているのか、いまいち理解できずに剣を構えたまま首を傾げた。
首筋に巻き付いていたポンタもそんな自分の真似をして「きゅん?」と首を傾げる。
「誰だ、チャロスとは? 我の知る限りチャロスなどという者を葬った覚えはないぞ?」
パルルモの口から出た“チャロス”に心当たりのなかった自分はそう言って聞き返したが、不意にその名の相手の見当がついた。
──確証はないが、タジエントで遭遇した意思を持った正体不明の化け物。
自分のその思考を読み取ったかのように、パルルモが不敵な嗤いを上げて此方を指差した。
『そうだ! タジエントで七枢機卿の一人のチャロスを始末したのは貴様だろ!? 奴は七人の中では最弱ではあったが、それでもそこらの凡人に倒せる程弱くもなかった筈だ! だが、私の攻撃をあしらえる者なら話は別だ!!』
彼のその言葉に様子を窺っていたアリアンとチヨメが僅かに目を見開いた。
どうやら目の前で嗤う化け物のような者が、少なくともあと五人はいるらしい。
そして、タジエントで遭遇したあの異形の化け物がやはりチャロスだったという事──それに加えて既にヒルク教国に自分の存在が不明瞭な形ではあるが伝わっている事が判明した。
「成程、あの巨大な悪趣味な芋虫は其方の仲間だった訳か」
それにしてもヒルク教国とは 不死者(アンデッド) の国なのだろうか。
『クハハハ、芋虫か! 確かに地に這いつくばる奴には似合いだな。 ……それで、エルフ族の貴様らが人族の街中で何をしていたのか、聞かせて貰えるか?』
そう言ってパルルモは、その凶悪な顔を歪めて愉快そうに嗤う。
チャロスを自分が倒した事を知った今でも崩さないその余裕は、彼が口にした七人の中でも最弱であったという話に信憑性が出てくる。
あのタジエントで遭遇したチャロスという化け物、決して強くはなかったが、それでも言う程に弱い存在でもなかった。
そのチャロスより上だと自称するパルルモ枢機卿。
壁外で派手に行使した天騎士の戦技スキル、あの反動がまだ身体に残っている感じがする状態ではこの戦い、思った以上に苦戦するかも知れないな。
そんな事を内心で思考しながらも、視線をパルルモの両脇に振る。
──だが今回はこの場に頼もしい仲間がいる。
アリアンの金色の瞳が此方の兜の奥に隠れた自分の視線と交差し、次いで反対側のチヨメにも視線を送る。彼女達は僅かに首肯して見せた。
「我らには我らの事情があるのだ。猿の大将の其方に語って聞かせる気も無い」
我ながら安い挑発だとは思ったが、あまり人を煽る事には慣れていないのだから仕方がない。
そう思っていたのだが、相手にはそうでもなかったようだ。
『貴様ぁ!! 下等な種族の分際で、教皇様より力を授かったこの私に向かってサルだとぉ!!』
その様子はまさに激昂する猿だった。
膨れ上がった筋肉が盛り上がり、青筋を立てて怒りの言葉を吐き出す。
そうして血走った丸い目が一層見開かれた瞬間、パルルモの巨体が跳躍して自分への距離を一気に詰めて躍りかかって来た。
どうやらいい具合に猪突猛進してくれたようだ。
自分はパルルモの跳躍の着地点と思われる場所に狙いを定め、剣を構えると剣身に光が集まり輝き出したそれを、一気に振り下ろして戦技を放つ。
「【 審判の剣(ジャッジメント) 】!」
パルルモの着地点に光の魔法陣が展開され、そこから光の剣が天に向かって 聳立(しょうりつ) し、丁度着地点に向かっていたパルルモを貫こうとする。
しかしパルルモは空中で周囲に轟くような咆哮を上げて、その太い両腕を振り上げ手を組むと、それを破城槌のようにして光の剣先に叩き付けた。
まるで澄んだガラスの砕けるような音が周囲一帯に響き、パルルモを迎え討つ筈だった光の剣が木端微塵に破壊される。
「なに!?」
躱される事はある程度考慮していたのだが、まさか【 審判の剣(ジャッジメント) 】を真正面から素手で粉砕されるとは思っていなかった。
正直な話、見た目だけで言えば毛むくじゃらのお化け猿といった容貌で、その見た目から 不死者(アンデッド) というよりも物理攻撃主体の魔獣系統なのだろうと憶測していた。
『ハハハハ、初めて見る魔法ですがなかなかの威力ではないですか!』
難なく着地を決めたパルルモは嘲笑いながらも、その距離を一気に詰めて再び襲い掛かってきた。
一撃目を盾で受け流し、すかさず繰り出される二撃目は身を引いて躱す。
さらに背中の腕から繰り出された三撃目が浅く懐に入るが、追撃される前に振った此方の渾身の横薙ぎを回避する為にパルルモはすぐに間合いの外へと逃れる。
しかしそこへ距離を詰めていたアリアンとチヨメが同時に襲い掛かった。
『──業炎よ、全てを飲み込み、全てを焼き屠れ──』
アリアンが行使する得意の炎の精霊魔法──彼女の構えた剣から炎が溢れ出し、それが剣身を覆いながら鞭のように長く伸びると、やがてそれは蛇の形を成してまるで生きているかのようにパルルモへと襲い掛かった。
だがパルルモが振り回した剛腕により、その蛇は弾き飛ばされてしまう。
自分が先程使った【 審判の剣(ジャッジメント) 】は聖騎士の魔法攻撃系統に分類される戦技だが、それを素手で対処が可能という事は他の魔法なども同様だという事だ。
──しかし成果もあった。
アリアンの放った炎の蛇を払いのけたパルルモの腕には軽く焼け爛れたような痕が見える。
魔法を物理的に排除する事は可能でも、それに伴う高温の熱を防ぐ事はできないようだ。しかも以前に戦ったタジエントの化け物──チャロスのような著しい再生反応も見られない。
『水遁、水槍尖!!』
そこに今度はチヨメがパルルモへと接近して忍術を発動させた。
彼女の右手が僅かに光ると、そこから蛇のようにうねる水流が派手な水飛沫を上げながら生み出される。それは瞬く間に形を変えて一本の長い槍へと変化すると、チヨメはそれを振り被るようにして投擲した。
『獣人が魔法を使うだとっ!? 生意気なぁ!!』
それを見たパルルモは忌々しげに吠えてチヨメを睨む。
細く尖った鋭利な水の槍をパルルモは先程と同様に手で払うのかと思ったが、どうやら刺突性の攻撃を嫌ってなのか、軽く跳躍してそれを躱そうとする。
だがそんなパルルモの行動を先読みしていたのか、チヨメが用意していた伏撃が襲い掛かった。
軽く躱したパルルモの死角である背後を突くように、大きく迂回して放たれたそれはチヨメの忍術で生み出された水でできた二匹の狼だった。
透明な水によって形成されている狼は、距離が離れると途端に視認しづらくなる特性がある。
最初の派手に水を操って槍を作り出して見せたのは、この攻撃を相手に察知されないようにする為だったようだ。
こういったチヨメの戦い方の妙は流石は忍者、といったところか──。
二匹の水狼は野生の狼とは違い標的の喉笛に噛み付きはせずに、チヨメの意思に従ってパルルモの視界の一番低い場所──相手の両の足首に襲い掛かった。
今のパルルモは身長四メートル近く、盛り上がった自らの筋肉に阻まれて自身の足元は意外に視認しづらい死角だったのだろう。加えて水狼の視認性と体勢の低さがさらに拍車をかけている。
『ぐわぁっ! クソッ! 獣人風情が!!』
片方の足首に水狼の牙が食い込み、その攻撃が通った事を示すようにパルルモは顔を歪めた。
だがもう片方の水狼が攻撃を仕掛ける前に、パルルモは片足で大きく跳躍してその難を逃れたかに思われた。しかしチヨメが水狼だけでその手を緩める訳もない。
水狼は彼女の意思に従って変幻自在に相手を追い込む事ができる、謂わば猟犬的忍術なのだ。
追われた獲物が逃げる先には狙いを定めた彼女が待ち受けている。
チヨメは手近な建物を足場にして飛び、パルルモが跳躍した瞬間に二度目の術を放った。
『水遁、水槍尖!!』
跳躍した瞬間の慣性に従って飛ぶパルルモに向かって、研ぎ澄まされた水の槍が狙いすましたかのように相手に吸い込まれていく。
その水の槍はパルルモの肩、体表の剛毛を貫き貫通させた。アリアンの面を制圧する炎の蛇とは違い、攻撃面積は極小ながらその貫通力はなかなかだ。
『ぐぁぁあぁ!! 糞っ!』
空中で体勢を崩したパルルモが呻き声を漏らす。
確かにパルルモの圧倒的なまでの力は人族、エルフ族問わず脅威だが、今までの相手の動きを見ればかなり単調だと言える。
傍から見れば一目瞭然だが、恐らくアリアンやチヨメ、グレニスから見れば自分もあんな感じの力任せな単純な動きをしているのだろう。
先読みをし易い攻撃など、彼女らにとっては脅威でもなんでもない。
──まさに、「当たらなければどうという事はない」の典型だ。
あとは落ちてきた所で止めを刺す。
「【 封邪聖剣(セイクリッドシル) 】」
聖騎士の戦技スキルは 不死者(アンデッド) 系統に効果が高い。発動と同時に光の粒子が『 聖雷の剣(カラドボルグ) 』に纏わりつく姿を一瞥して、落下してくる巨体のパルルモに視線を向ける。
握った剣を構えたまま、一気に間合いを詰めて下から斬り上げると、パルルモはそれを身を捻って躱そうとする。だが巨体で、しかも余計な物が生えた身体は的としては当てやすい。
パルルモの背中に生えた二本の腕の一本を斬り飛ばし、すぐにその振り上げた切っ先を引き戻しながら、今度は横に滑らせるように薙いだ。
光の粒子を纏った剣による斬撃の傷はパルルモの 不死者(アンデッド) の身体には猛毒のようで、まるで病魔に蝕まれるように傷口が炭化したようになって一部が崩れ落ちる。
『ぐわぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁ!!!』
異形の化け物と化したパルルモの咆哮にも似た叫び声に、空気が振動して鼓膜を打つ。
胸元が裂けてどす黒い血飛沫を上げるパルルモに、さらに追撃をしようとして斬撃を放つが、相手は必死の形相で転がるようにして此方の攻撃範囲から逃れた。
流石にそうあっさりと決着をつけさせては貰えないようだ。
『おのれ、おのれぇ……』
嘴状の口元から粘液のような涎を垂れ流しながら呪詛のような言葉を漏らし、パルルモは必死にその大きな目を彷徨わせて何かを探すような気配を見せる。
そんな彼の視線が止まった先は、斬り飛ばされて転がっていた彼自身の背中の腕だった。
しかしそれを見つけたのと同時にパルルモの目に映ったものは、アリアンが彼の腕を足蹴にして不敵に笑って立つ姿だった。
『──燃え盛れ炎よ、残すは灰のみ──』
彼女のその呟くような言の葉に反応したのか、転がっていた腕の一部に手品のように炎が灯ると、それは一瞬にして大きな炎となって腕を見る間に灰へと変えた。
それを目撃するなり、パルルモは全身の毛を逆立てて怒りの咆哮を上げた。
どうやら斬り飛ばされた腕を探していた様子から察するに、再生はできないが斬り飛ばされた腕を繋げるなどの修復能力はあったのだろう。
しかしそれもアリアンが灰と変えてしまったので叶わない。
『貴様ぁぁあぁあぁ!!!』
絶叫にも似た声を上げて吼えるパルルモは、そのままアリアンに向かって猛突進を始める。
重量級の突進はそう簡単に止められるものではない。
「アリアン殿! 【 飛竜斬(ワイバーンスラッシュ) 】!」
彼女に向かって逃げるよう促しながら、牽制の為の遠距離攻撃を放つ。
『 聖雷の剣(カラドボルグ) 』の横薙ぎから繰り出された衝撃波は、真っ直ぐに突進するパルルモの側面を直撃したが、その瞬間それを無造作に払い除けた。
僅かに突進の勢いは削いだが、その効果は微々たるものだ。
むしろ弾かれた衝撃波が近くの建物の屋根の一部を吹き飛ばして崩落させていた。
あまり広くない街中では中遠距離系統の攻撃は使い難くて仕方がない。
内心で舌打ちをしつつも、アリアンの前へと転移してパルルモの攻撃を防ごうと【 次元歩法(ディメンションムーヴ) 】を発動させようとすると、アリアンが此方にほんの僅かに視線を向けて口元を歪めて見せた。
その彼女の表情の意味するところは、すぐに明らかとなる。
『──母なる大地よ、地に伏せるもの全てに安寧を、恵みの土へと還さん──』
まるで風に乗って広がる微かな歌のような呪文、それがアリアンの口から紡がれると彼女は徐に手に持った剣を地面へと突き刺した。
王都の地面を覆う石畳の隙間に入り込んだ剣の切っ先、それを起点にするかのように扇状に広がる前方の地面が大きく波打ち、敷き詰められていた石畳が次々に動き始めると、やがてその石の隙間から泥土が吹き出て辺り一帯を侵食し始める。
地面がまるで泥沼にように柔らかく、また大地のそれ自体が生きているのかのように蠢き、地面の上の全てを底なし沼に嵌まったかのように呑み込んでいく。
その範囲は急速に辺りに広がり一部建物の基礎を吞み込んだ事で傾き始める物まであって、周囲で戦いを見守っていた兵士達が悲鳴を上げながら後ろへと下がっていく。
そしてそんな泥沼の中心に嵌まりこんでいたのは、アリアンへと突進していたパルルモだった。
パルルモの巨体が膝下あたりまで沈み、その重みで徐々に沈み込む深さが増している。
『なんだこれは!? クソッ、足が抜けない。いや、私の身体の中に何か、何かが入ってくるぅぅ!!』
泥沼の中心で叫び、狼狽える巨大な眼鏡猿の化け物。
その泥に嵌まった両の足を伝って白いカビのようなものがパルルモの身体を蝕むように侵食していくと、それに比例して動きが鈍く緩慢になっていく。
やがて拡大していた泥の沼の動きが止まり、今まで生き物のように蠢いていたそれらが元の土気色へと変わって剥き出しの地面へと戻っていく。
呑み込んだ家屋など街への被害もかなりあるようだが、まさかアリアンがこんな範囲攻撃系の魔法を街中で使うとは思わなかったので、その事に関しては素直に驚きだ。
「この魔法を受けてまだ形を保ったままでいられるなんて、無駄に頑丈にできた 不死者(アンデッド) ね、素直に驚きよ。でも、死者ならそろそろ大人しく土に還りなさい……」
地面に突き立った剣を引き抜き、切っ先に付いた土くれを一振りで飛ばしながらアリアンは艶然とした笑みを零す。
『馬鹿な……馬鹿な……私が、この私がぁぁぁあぁ!!』
毛むくじゃらの巨体の胸元近くまで白く、まるで立ち枯れの樹木のように表面が崩れ始めている中、それでも未だに血走った目をギョロつかせながら目の前の事実を受け止められずに喚くパルルモの正面にアリアンが真っ直ぐに進み出た。
『──業炎よ、全てを飲み込み、全てを焼き屠れ──』
彼女の精霊へと呼びかける言の葉が紡がれると、握った剣から再び炎が噴き上がり、辺りの空気を揺らめかせながら形を成した炎の蛇が鎌首をもたげる。
アリアンがその剣を構え、喚くパルルモの言葉を無視して流れる動作で相手の胸元を刺し貫く。
胸元に沈み込む剣の切っ先を伝うように炎の蛇がパルルモの体内へと入り込み、一瞬の間をおいてその巨体のあちこちから炎が噴き上がり、その勢いはみるみる内に増してやがて焚火のような炎だったそれはいつしか炎の柱へと変わっていた。
『~~~~~~~~~~~~っ!!!』
炎の中で焼かれながら上げるパルルモの断末魔は、まるで王都ソウリア全体に呪いを掛けんとするかのように、禍々しく響き木霊した。
しかしそれもすぐに収まり、あとはただ巨大な炎の柱が肉の塊を焼き焦がす音だけとなった。
「ふぅ、ようやくこれで終いか」
「きゅん」
そう独りごちて手に持っていた剣を鞘に戻すと、首元に巻き付いていたポンタもようやくひと段落できるとばかりに全身を震わせて、固まった身体を解す。その際に、振り回される綿毛の尻尾が兜に被った土埃を掃ってくれる自動洗浄サービス付きだ。
そんなポンタの様子に目を細めながらも、改めて周囲の様子に目を向けた。
なんとか第一街壁に被害は無かったが、角櫓近くの広場と周辺の家屋が何棟かが土に飲み込まれ散々な有様にはなっている。
しかしこれでも南大陸のタジエントの惨状を考えればまだ随分とマシではあるだろう。
ただ、それがここで暮らす者達にとって何の慰めにもならないのは確かだ。
「お見事です、アリアン殿」
「チヨメちゃんも流石ね」
武器を収めた二人は互いの健闘を称えながら、小さく拳を打ち付け合って笑う。
アリアンはチヨメの事を友達だと言っていたが、今の彼女らの姿はどちらかと言うと戦友といった印象の方が強い。
時折二人で手合わせなどもしていたようなので、今回もその時の経験が生きたのだろう。
見目麗しい女性と少女のそんなやりとりを眺めていられるのは非常に眼福だと思うのだが、それは自分だけのようだった。
周囲に居た人族は皆、此方を遠巻きにして畏怖の眼差しで見つめてくる者が大半になっていた。
そんな彼らの視線など気にする事無く、アリアンは此方に歩み寄って来て未だに勢いよく燃えるかつてパルルモだったモノを振り返りながら口を開いた。
「わりと派手にやったつもりだけど、これで多少アークの印象が薄れてくれるといいんだけど」
そう言って軽い溜め息を吐いて此方を見上げてくる彼女に、自分はようやく合点がいった。
どうやら壁外で暴れた自分の印象をできるだけ下げる効果を狙ったようだ。
確かに街の一部を破壊する程の魔法に加えて、パルルモ枢機卿の衝撃もあってその印象は周囲の人々に強く心に残る事になるだろう。
しかし──、
「ほぅ、アリアン殿が珍しく派手に動いていたのはその為であったか。それは面倒を掛けたな……。しかし、どうだろうか? 王国の者達にとっては我以外も化け物だったという印象を強くしただけのようにも思えるのだが……」
そう言って彼女に返すと、アリアンは小さく肩を竦めて視線を逸らした。
「いいのよ。この後、人族の王様と色々と話をするんでしょ? 脅しが効果的になって話を進め易くなるんじゃないの?」
事も無げにそう語った彼女に、自分は改めて兵士らの一団に守られるように囲まれているその中心で呆然とした表情で立つこの国の王アスパルフを見やる。
さて効きすぎた効能は毒にもなり易いが、いの一番でそれをやった自分はアリアンの行動にとやかく言える立場でもない。
「それにしても、あのパルルモって男。私達だったからこの程度の被害で済んだけど、こんな化け物があと五匹もいるって言ってたわね。タジエントでアークが倒したっていうチャロスって奴より強いって話だったけど、実際どうなの?」
アリアンが探るような視線を此方に向けてそんな質問を投げ掛けてくると、その答えに興味があるのか、いつの間にか傍まで寄って来ていたチヨメもその大きな耳を 聳(そばだ) てていた。
自分は南の大陸で遭遇したチャロスと思しき気味の悪い化け物との一戦を思い返す。
「いや、我としては自身の武勇を誇るつもりは毛頭ないが、どちらかと言えばチャロスという者の方が厄介さでは上だったとは思う」
とりあえず戦った上での素直な感想を述べて、質問を投げてきたアリアンを見返す。
彼女は自分のその発言を受けて、顎に手をやり何かを考えるような仕草で相槌を打った。
「なるほど、ね……」
「勿論、今回はアリアン殿やチヨメ殿の連携があってこそだという事は理解しているつもりだが」
自分は彼女の質問の意図がよく分からず、あの場で彼女達がいなかった事も付け加えて語ると、アリアンは手をひらひらとさせて小さく笑った。
「そんな事は気にしてないわよ、ただ──ヒルク教をなんとかする場合に、ね」
それだけを言って、彼女は遠くの景色を見るように目を細めた。