作品タイトル不明
テンプレートな当て馬が出現した
結局、戻った時は曲が早めだったので壁際待機。
ちょうど辺境伯夫妻が戻ってきたところで感じのいい曲に変わったので、ルシウス様と二人でフロアーに出て踊った。
ニッコニコなのは良いけど、合間合間に軽くキスしてくるのは控えてほしかったなぁルシウス様。おかげで今回も注目の的。
キラッキラな目で憧れ!て訴えてくるエリーゼ様と、アレを目指せと……?と遠い目をしたレイモンド様に合流し、ルシウス様のは例外です真似しないようにと厳重に釘を刺した。
もちろんルシウス様にも刺す。
「もうちょっと控えないと、二度と踊りません」
「控える!出来るから!」
真剣トーンかつジト目で告げると、目を潤ませながら誓われた。
そこへ義姉夫婦と王子夫妻がやってきた。
「今回も目立ったなぁルシウス。あまりハードルを上げてほしくないんだが」
「ほら、やっぱりミューたちの前に踊っておいて正解だったでしょう?比べられたらたまらないわ」
「しばらくは語りぐさになるわねきっと。愛妻家たちが頑張らないと」
「ルシウス……勘弁してくれ」
主に男性たちから大不評だ。
比べられたくない気持ちはわかる。
ドンマイ、の意を込めてユーリ様を見ると顔を顰められた。
「ミュー……しっかり手綱を握ってくれ」
「握るだけじゃ駄目よ、引っ張って方向を指示しないと」
「私が手綱を握るなら、マリーはユーリ様のお口チャックを厳重に管理することね」
「それは無理」
「無理ってなんだマリー!」
諦めてるし。いつか取り返しのつかないことになんなきゃいいけど。
エリーゼ様はクスクス笑ってる。
先程の出来事が尾を引いてないようで良かった。
「さぁ、わたくしたちはまた挨拶廻りに行ってくるわ。もう少ししたら解散になるけど、最後まで楽しんでいってちょうだい」
そう言って会場巡りに向かうお義姉様夫婦を、皆で見送る。
「私達はそろそろ迎えの馬車が来るな。帰り支度をするか、マリー」
「そうね。慌ただしく出るのも落ち着かないし」
ユーリ様とマリーは、最後の挨拶をしに向かった。
残るは二組の夫婦。
「僕たちはもうちょっといるけど、レイモンドたちも主役だし最後まで?」
「あぁ、見送る側だ。エリーゼ、少し座った方がいい」
そう言えば。
途中ソファーで歓談してた私達と違って、エリーゼ様は立ちっぱなしで社交をしてたわ。
貴族たる者、これくらいで音は上げないだろうけど。
少しでも休めるならその方が良いだろう。
「エリーゼ様、あちらでお話しましょう」
ちょうど空いてる席を見つけたので誘うと、「はい」と嬉しそうに頷いた。
「ミュー、飲み物はいる?」
「飲み物と、ケーキをください。苺が入ってるの」
踊った後だし小腹が空いた。
ルシウス様の質問に遠慮なく乗っかる。
「エリーゼは?俺も何か取ってこよう」
「ありがとうございます、レイモンド様。それでしたら……ミュリエル様とお揃いがいいです」
はにかんでこちらを向いてくるエリーゼ様。
なんだそれ可愛いな!!
キュンとした私を見て、ルシウス様も苦笑してる。
「じゃあ僕達で取ってくるから、先に座ってて。寄り道しないでね?」
この距離でどこへ寄り道があると?
過保護な夫に今度はこちらが苦笑する。
女同士連れ立ち、ソファーへ向かってると不意に声を掛けられた。
「エリーゼ嬢……」
振り向いた先にいたのは、実家と同じ伯爵家の令息だった。
交流はそんなにないけど、顔見知りではある。
エリーゼ様はパッと顔を明るくした。
「ご無沙汰してます、アーミル様」
礼をして振り向いた顔に、疚しいところはない。
「こちら、幼馴染のお兄様なんです。小さい頃はよく遊んでいただいて」
「あぁ、なるほど」
例のエリーゼ様を救ってくれた幼馴染か。
少し歳が離れてそうだから、彼自身は幼馴染とは言えないんだろう。
「今日は、カレンは?」
「カレンは少し体調を崩してて。重症ではないんだけど、大事を取って欠席してる」
カレン、と言うのが幼馴染のことか。
「エリーゼ嬢、少し話をしても?」
そんな提案に、エリーゼ様は返事が出来ずにこちらを見る。
令息も私を見た。えぇぇ。
同席……するの?していい内容?
チラと夫たちのいる方を見ても、かなりの人混みなのですぐ戻ってくることはないだろう。
「……あちらのソファーで休憩致します。わたくしは背中合わせの席に座りますけど、それで良いなら」
面と向かっては同席しないけど、話は聞いてることを暗に示すと、二人は同時に頷いた。
◇◇◇◇◇◇
妙なことに巻き込まれた感が否めない。
耳だけそばだててるなんて、出歯亀ぽいよなぁ……。
そんなことを思いつつ、けれど聞き漏らさないように集中。
話の途中でルシウス様たちが見えたら、状況次第では留めておかないと。
「辺境での生活は、どう?」
「毎日とても楽しいです。様式が違ってたりして戸惑うこともありましたが、何より自分の思いを伝えることが出来るって素敵なことなんです」
令息の軽い入りに、大層重い返しをしてるけど。
大丈夫なのかな?これ。
「そうか……そうだよね、エリーゼ嬢は子爵家で辛い思いをしてたから」
「辛かったですけど、過去のことです。忘れることはないですが、変に思い返すことはやめようと思ってます」
「エリーゼ嬢……」
明るく前向き、健気なエリーゼ様は物語のドアマットヒロインそのもの。
ハッピーエンドで終わってくれればそれで良いのに。
令息、アーミル卿がわざわざ話をしたいと言った時点で、結末は少し遠のいた。
「すまない、エリーゼ嬢。君の境遇がおかしなことになってると、カレンは僕達家族に訴えてたんだ。でも他家のことには口出しできないと、親も僕も何も手を打たなかった」
「……仕方のないことです。カレンのお気持ちだけで充分ですわ。アーミル様も、気に病まないでくださいませ」
「それでも、あの時何かを出来ていたとしたら、君も辺境には行かなかったかもしれないと思うと、後悔しても足らないんだ」
「アーミル様?」
後ろでアーミル卿が立ち上がった気配。
「エリーゼ嬢。僕は昔から君を好きだった。今の君が幸せそうに笑っているのを見て、本当だったら僕が幸せに出来たのにと、とても悔やんでるんだよ。この気持ちは、もう間に合わないのだろうか?」
アーミル卿、アウトーーー!
脱力して突っ伏したい気持ちを抑え、ふるふると体を震わせた。
後ろで聞いてるって言ってるじゃん?!
なんで今ここで、いや今を逃したら機会がないんだけど!
それはもう縁がなかったってことなんだから、諦めろ!頼むから!
後ろの様子を伺うと、エリーゼ様は戸惑った様子。
なんて言っていいかわからないんだろうな。
物語の主役はエリーゼ様とレイモンド様であり、アーミル卿はテンプレートな当て馬でしかない。
しかし現実問題、当て馬が起こす騒ぎはそこかしこに傷痕を残すだろう。
これ以上彼が暴走したり、戻ってきた夫たちが騒ぎ出す前に、見届け人・ミュリエルがきっちり締めてあげよう!
……前々から思ってたんだよね、この手の当て馬の登場時期って。
すなわちーー遅過ぎる。
すっくと立ち上がり、貴族スマイルを完備させてエリーゼ様の横に回り込んだ。
視線を向けると、明らかにエリーゼ様はホッとしてる。
「アーミル卿、そこまでです。それ以上は次期公爵夫人として、またエリーゼ様の友人として許すことは出来ません」
「アイゼンバーグ夫人、しかし……」
「アーミル卿。たしか、王宮騎士団の事務方としてお勤めでしたわね?」
「は?いえ、はいそうですが」
「よろしい。では例え話です。あなたが言われのない言い掛かりを付けられて、職場内での地位を落とされたとします。それまで受けていた待遇を取り上げられ、下男のような働きを強いられるのです」
「夫人?あの?」
「例え話ですよ。そんなあなたを救ってくれた上司が現れます。少し言葉が足りなくて厳めしいけど、あなたを見て不遇を嘆いてくれる、そんな上司です。一緒に働こう、そう誘われてあなたは上司の部署へ異動します」
「……」
「すっかり元の待遇に戻り、溌剌と働くあなたを見て、周囲もまた対応を変えます。そんな中、他の上司が声を掛けてきました。『大変だったな。君を見てることしか出来なかったが、救いたいとは思っていたんだよ。今からでも遅くない、私の元へ来てくれないか?』と。あなたはその上司の声掛けに、どう感じますか?」
「……今更、と思います。元に戻ってから言われても……」
「それから?」
「……自分を救ってくれた上司を裏切ってまで、新しい上司の元へ行く気にはなれません」
「そうでしょうね」
「……アイゼンバーグ夫人。これは」
「それが今のエリーゼ様の思いですよ、アーミル卿」
そして、私がテンプレートな当て馬たちに思ってた感想だ。
全部救われてから来られても、遅いんだよ。
救われるまでの間、見守ってたんじゃなくて見捨ててたでしょう?
言いたかったことを言えてスッキリした。
アーミル卿には半分八つ当たりだけどね!
「違いますか?エリーゼ様」
「……違いません、ミュリエル様。代弁してくださってありがとうございます」
目線を向けると、エリーゼ様も毅然として立ち上がった。
「アーミル様……アーミル卿。お声掛けいただき、ありがとうございます。でも、あなた様が感じた通りです。私が本当に辛くて限界だった時、救ってくださったのはカレンでありローザリア様であり、レイモンド様だった。それが全てです。あの時思っていてくださったお気持ちは、あの時に欲しかった。今の私には不要です」
不要、と言い切った。よし、エリーゼ様は問題ない。
後は突っ走らないよう、改めて周りを見せねば。
「アーミル卿。今回はわたくしが最初から最後まであなた方に付き添いましたので、何も起きてないことは保障できます。でももし、わたくしが付き添わなかったら?アーミル卿の告白、その後のエリーゼ様のお断りまでの間を、もし誰かに切り取られたとしたら?辺境伯夫妻のお披露目の日に間男の出現、なんて噂されても、否定はできないのではなくて?」
そう告げると、アーミル卿は目が覚めたような顔つきになった。
て言うか、私の地位が低かったりしたらその保障も出来ないけど。
やめてよね、晴れの日に火種を撒き散らすとか。
「アイゼンバーグ夫人……申し訳ありません、軽率でした」
少し顔を青褪めさせて、アーミル卿が頭を下げる。
チラ、と後方を伺うと、夫たちの姿が人の合間から見え出した。
「わたくしたちの夫どもが戻って参ります。本日、アーミル卿はカレン嬢の体調不良を報告し、あの頃に救えなかった気持ちを詫びた。そこまででよろしいわね?お二人とも」
「はい、ミュリエル様」
「ご温情に感謝します、アイゼンバーグ夫人」
二人が頷くので、エリーゼ様とともにソファーに腰掛ける。
アーミル卿はそのまま去るようだ。
「失礼します。アイゼンバーグ夫人、辺境伯夫人……どうか、いつまでもお幸せに」
一礼して上げた顔は、憑き物が落ちたようだった。
「ご機嫌よう、アーミル卿」
「ありがとうございます、アーミル卿。あなたもどうぞ、お元気で」
夫人の顔で笑うエリーゼ様に、アーミル卿は少しだけ笑って踵を返した。
もう少しでケーキが来る。甘い顔の夫とともに。
それで癒やされよう、と思っていたら手を握られた。
「エリーゼ様?」
「ミュリエル様……あの、お友達、って言っていただいて……」
お友達。あぁ、友人としてと言ったかな。
「えぇ。お嫌でなければ、ぜひ」
にっこり笑うと、エリーゼ様はぶんぶん首を振った。
え、これはどっちの意味?
「う、嬉しいですミュリエル様!私、お友達ってカレンしかいなくて!辺境には仲良くなったお友達がいるんですけど、王都ではもう無理かとっっ…」
勢いがあるよ、エリーゼ様。
ドアマットヒロインのお友達かぁ。それもまた楽しいかな。
「よろしくね、エリーゼ様」
「はい、ミュリエル様!あの、あの、私もマリアベル様のように『ミュー』とお呼びしても?」
「ええ、もちろ「駄目です」」
遮られた。
甘い顔の夫が険しい表情をしてる。
隣のレイモンド様は苦笑いだ。
「駄目なんですか??」
「これ以上増やさないでほしいんです。ミュー、手を離して。僕の隣に座って」
「要求が多い〜〜」
シュンとするエリーゼ様にも絆されないルシウス様。
これはまた機嫌を直さないと。
エリーゼ様の手を少し握り返して振り、向かいのルシウス様の隣に座る。
険しい眉間をさすって宥めると、途端に眉が下がった。
「……ご希望の、苺のケーキだよ。飲み物はシャンパンで良かった?」
ツヤツヤの苺の乗ったケーキ、切り分け方も完璧。
まあ切り分けたのはシェフだろうけど、選んだのはルシウス様だ。
「ありがとうございます、ルシウス様」
フォークに苺を載せ、まず一口かじる。
さすがお義姉様のおうちの苺、甘みが強いのにサッパリしてる。
半分かじった苺を、はしたないとは理解しつつもルシウス様の口元に持ってく。
「え?!」
「お使いのご褒美ですわ。はい、あーん」
みるみるうちに苺ぐらい赤くなりつつ、恐る恐るルシウス様が口を開けたので放り込んだ。
伏し目になりながらモグモグと味わってる。
「美味しいでしょう?」
「……甘い」
感情の昂りが追いつかないのか、私の肩に顔を埋めてしまう。
これで不機嫌は直ることだろう、たぶん。
苦笑気味のレイモンド様と、またもやキラキラした顔のエリーゼ様はそれぞれケーキを味わっていた。
「先程、誰かと話していたのか?」
「カレンのお兄様です。幼馴染の」
「あぁ、カレン嬢か。来てたのか?」
「それが、体調が良くなくて欠席されてるんですって。お兄様が教えてくださって」
「それは残念だ。お会いして礼をしたかったな」
「手紙を書きますわ。次に王都に来る時は、時間を取れるように調整します。ミュリエル様、その時はお茶をご一緒しても良いでしょうか?」
こちらに話が向いた。
ルシウス様が顔を埋めたまま頷くので、了承する。
ふふ、とエリーゼ様が笑う。
「楽しみです」
「お義姉様と、マリーも参加したがるかしら。せっかくだから、王宮のサロンにする?」
「それは……恐れ多くないか?」
「わたくし、権力はナマモノと思ってますので。使えるうちに使い切ります」
「ミュリエル様、格好良いです……!」
ああ、ルシウス様が反応してしまう。
「いつか辺境にもお邪魔したいですわね、ルシウス様」
「ぜひ!」
「歓迎しよう」
「レイモンド……鍛錬はしないからね?」
少し顔を上げたルシウス様が、レイモンド様に
念を押す。
「エリーゼと夫人が茶会をしている間、暇だろう?三時間の鍛錬くらい軽いものだ」
「あなた方と同じレベルで出来る訳ないだろう?いい加減覚えてくれ、僕は公爵家の者であって辺境伯家じゃないんだ。いくらお祖母様の孫だからって期待が過ぎる」
「伝説のソフィア様の孫なんだ、出来るに決まってる」
「伝説?」
「伝説ですミュリエル様。ソフィア様は凄い方なんです」
そこから、辺境伯家に伝わる『ソフィア様英雄伝説』の一部を二人が語り。
絶対断る!辺境なんか行かない!と抵抗を始めるルシウス様に対して、三人掛かりで説得を始めるのだった。