軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇城へ

年末まであとわずか。

北方のユールノヴァは、今はもう雪に閉ざされ凍てついていることだろう。

ここ皇都にも、少しばかり雪が降り積もった。ヨーロッパに似た街並みに、雪化粧がよく似合っている。

前世で暮らした東京も大阪もめったに雪が積もることなどなかったのに、皇都の温暖さに驚く気持ちがあるのは、記憶がだいぶ馴染んで今生のエカテリーナの感覚が強くなってきたのかもしれない。

皇都の中心は高台になっていて、そこにそびえる皇城はどこからでもよく見える。まさしく皇都のシンボルだ。いくつもの尖塔を備える白亜の城に青い屋根がよく映えて、そのところどころに雪がかかっているさまが、おとぎ話の挿絵のお城のような美しさだった。

きっと江戸時代の江戸城も、こんな風に江戸のどこから見てもそびえ立って見えたんだろうな。

馬車に揺られながら皇城を見上げていた時にそんなことを考えている自分に気付いて、今生の感覚強くなってないかもと思い直したエカテリーナである。ただ寒暖のような肉体的な感覚は、極寒のユールノヴァで生まれ育った今生の体感での判断になるのだろう。

そして今は、エカテリーナは皇城の門をくぐって、入り口の前にいる。

さすが、迫力。

遠目にはおとぎ話のお城のようでも、間近で見上げるとずっといかめしい印象だ。

当然ではある。おとぎの国ではなく現実の国家である、ユールグラン皇国の中枢なのだから。警備の兵も多く、その手にはずっしりと重そうな槍などの武器が握られて、威儀を正していた。

しかしこの立地と建築様式、さぞ階段が多いのでは……いつの日にかこの世界にバリアフリーの概念が生まれた時、後付けでいろんな機器を取り付ける必要がありそう。予算も相当かかるだろうな。

その頃には皇国は、どういう政治形態になっているだろう。

ロマンチックなお城を見上げながら、考えていることはロマンチックの欠片もないのであった。

「エカテリーナ……心配ごとがあるのか?」

「いいえ、お兄様」

未来の政治形態とバリアフリー予算を心配していたとは、決して言えない。エカテリーナはぱっと表情を切り替えて、笑顔でアレクセイを見上げた。

「今日も皇城は美しいと、見惚れておりましたの」

「そうか」

アレクセイは微笑んだ。

「皇城の優美さは、皇国の平和の証だ。それを称えることは陛下の治世を称えること。皇后陛下にお伝えすれば、お慶びになるだろう。

臆することなく行きなさい。この皇城においてさえ、お前よりも身分の高い女性は皇后陛下のみ。誉れ高き皇国の、貴婦人の中の貴婦人がお前だ」

「はい、お兄様。家名をはずかしめぬよう、努めてまいります」

そう、今日はミハイルから伝えられた、マグダレーナ皇后主催のお茶会の日だ。後日正式な招待状が届いて、エカテリーナの初の登城となったのである。

招待されたのは当然ながらエカテリーナ一人で、アレクセイは 招(よ) ばれていない。それなのにここに居るのは、妹の皇城デビューが心配なあまり付き添って来たのだった。

忙しい中、お仕事を抜けて付いてきてくれてしまいましたが、お兄様シスコンだから仕方ないですね!

気分転換で過労死防止につながるかもしれないし、オッケーです!

こんなに心配してくれるお兄様がいて、私は本当に幸せだと思いますよ。

「もっと早く私がお前を皇城に伴っていれば、その時にお前も気楽に初めての訪問を楽しむことができたはずだが……すまない」

アレクセイが悔やむように言う。エカテリーナはあわてて言った。

「皇城は、どなたがどちらを向いているか計り難いところでございましょう。お兄様が不慣れなわたくしを気遣って危険を避けてくださったこと、わたくしよく解っておりますわ。それに、皇后陛下がお招きくださった催しはとても素敵ですもの。わたくし、楽しみにしておりましてよ」

皇后陛下がガラスペンを各国の大使夫人に披露する場に招かれたわけで、将来ガラスペン事業を他国展開する構想に向けて、宣伝の絶好の機会とエカテリーナは張り切っている。誕生会の後の忙しい中でも、なんとか時間を捻出して参加する各国の文化風俗についてハリルから教わって来たほどだ。

「今日の各国大使夫人との茶会は、皇后陛下が殊に大切にしておられる催しだ。陛下以外の皇国の女性たちは、優れた学識や豊かな教養で知られた夫人ばかりが選ばれている。年若いお前がそこに招かれたのは、お前が生み出した美しいものを皇国の誉れとお認めになったからこそだろう。大変な名誉だ」

「まことに光栄なことと存じますわ」

神妙に頷きながらも、内心でたらりと冷や汗を流すエカテリーナだったりする。

ついつい商売っ気を出してしまっていたが、ちょっと考えてみたら、各国大使夫人とのお茶会はれっきとした『外交』ではないだろうか。

私、皇都での社交もほぼしたことないのに、いきなり皇国の外交デビューをしてしまうことになるのでは。

いやいや私は、あくまでゲスト。ガラスペンの添え物。見学者に過ぎないので、せいぜい場を盛り上げるべくガラスペンの宣伝を頑張ろう。

「お前はただ、お前らしく美しく優しくあればいいんだ。私のエカテリーナ」

妹の心によぎった不安を感じ取ったのか、アレクセイが微笑んだ。

「心優しいお前が心のままに思いやりをもって接しさえすれば、大使夫人たちもたちまちお前に心服し、その美しさを称えるだろう。お前の肌は雪、お前の瞳は星、お前の唇は一輪の紅薔薇のようだ。お前こそが冬薔薇だよ」

「お兄様ったら」

今日もシスコンのぶっ込み方が高度ですね!

そして、微笑むお兄様の麗しさに見惚れます。

「わたくしが美しく見えるとしたら、騎士団の皆様からの贈り物のおかげですわ。このように素晴らしいものをいただいて、お礼の言葉もございません」

誕生祝いの会の後、エカテリーナはたくさんの贈り物を確認してお礼状をしたためるのに追われた。

公爵令嬢とはいえ十六歳の少女。誕プレに会場で披露されたようなすごすぎるものはそうそうなくて、刺繍の入ったハンカチなどに心を和ませていたのだが、そこに混じっていたのがユールノヴァ騎士団からの貴婦人への贈り物……というより献上品という感じのシロモノだったのである。

豪奢きわまる純白と銀の毛皮のマント。

純白の地に、一見すると豹紋に見える銀色の模様が入っている。星月狐、という魔獣のものだそうだ。銀色の模様はよく見ると、小さな星形の模様が半月状に並ぶ不思議な柄であることが、名前の由来だろう。

見た目は美しいが、強い魔力を持ち年経て大きく強力になると暴風雪を操って村を全滅させることもあるという、災害レベルの凶悪な存在である。精強で知られるユールノヴァ騎士団でも討伐は困難を極め、この毛皮の主を仕留めた時には騎士団にも被害が出たらしい。

しかしそれだけに、その美しい毛皮は激レアである。特に一頭の毛皮でマントが作れるほどの大きさまで年古りたものは、極めて貴重だ。

何より、星月の模様に魔法陣のような効果があるのか、星月狐の毛皮を身に纏うと寒さを感じなくなる。暖かいのではなく、寒さが遮断されるのだ。そして暖かいところで着ていても暑いとは感じない。快適な体感温度にしてくれる、魔法のマントだ。

当然、とんでもないお宝なのだった。

今回の私の誕プレ、金額換算したら総額おいくらになっちゃうんだろう……。

遠い目で思わずにはいられないエカテリーナである。

「領民に被害を出した恐るべき魔獣だったが、お前の身を飾ることで罪を贖うことができた。お前に捧げることができて、騎士たちも喜んでいるよ」

この星月狐が討伐されたのは、まだ祖母アレクサンドラが存命だった頃らしい。

けれどもアレクサンドラが存在を知ったら自分によこすよう命じたに違いないこの毛皮は、『なぜか』祖母に存在を知られることなく、ひっそりと保管されていたらしい。

それがエカテリーナの誕生日にマントに加工されて贈られたわけで、ものすごいお宝っぷりに腰が引けてしまいながらも、騎士団の貴婦人として敬愛してくれる気持ちに感謝して、ありがたく身につける一択なのであった。

なお、アレクセイもユールノヴァ公爵という身分にふさわしい、豪華な毛皮のマントを身に着けている。自分で狩ったものかもしれない。

「そろそろ行こう」

「はい、お兄様」

アレクセイが差し出した腕に手を添えて、エカテリーナは背筋を伸ばし、皇城の中へと足を踏み入れていった。