軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇后マグダレーナの登場

幼い頃から皇子ミハイルの遊び相手として皇城に出入りし、今はユールノヴァ公爵家当主であるアレクセイ。

その彼が動き出すと、顔パスどころか、皇城に出入りする者たちが目引き袖引きして一斉に注目し、遠くからでも礼をとる。警護兵たちも無礼のないようこうべを垂れて、『お迎えする』態勢をとっていた。

さすがお兄様。パーティーとかでよく、気配だけで人々がモーセの前の紅海のように道を開ける上級対応をやってのけてくださいますが、今は逆に人々の視線をかっさらっています。セレブの鑑です。

などと思っているエカテリーナだが、実はアレクセイにエスコートされている自分こそが、長らく噂の的でありながら未知の存在だったユールノヴァ公爵令嬢がついに現れた、と注目されていることに気付いていない。

こうしてエカテリーナも人々の視線を浴びながら、初めて皇城に足を踏み入れることになったのだった。

入ってすぐの玄関大ホールで、アレクセイは足を止める。当然ながらエカテリーナも兄の傍らで立ち止まって、玄関大ホールをゆっくりと見学することになった。

黄金色に輝く装飾が随所にほどこされた豪華な内装、見事な壁画。高い天井に描かれた同じく見事な天井画の荘厳な美しさに、エカテリーナは思わず目を奪われてしまう。

豪華な内装は 公爵邸(じたく) で見慣れているのだが、やはり大国ユールグラン皇国の顔ともいえる皇城は一段違う。というか、皇城と同等にまではならないよう、公爵家のほうが配慮したのかもしれない。

皇城を最後に大規模改修した皇帝は確か……。

歴女の性癖を発揮しそうになったエカテリーナだが、そこへ小太りの男性が歩み寄ってきた。

「ユールノヴァ公爵閣下、皇城へようこそ」

「執事長殿」

ようこそと迎え入れる側の言葉で呼びかけた男性に、アレクセイが応じる。

執事長という役職名に、エカテリーナははっとした。それではこの人物は、皇城だけでなく皇室直轄領も含めて皇室に直接仕える人々全体を統括する立場にありつつ、皇帝皇后皇子の生活すべてを取り仕切る。時として国政にも影響を及ぼす、皇帝陛下の信頼厚い皇国の重鎮だ。

公爵たるアレクセイが、殿、と敬称をつけていることからも、その権威のほどが知れる。

「今日は皇帝陛下とのお約束はございませんでしたな。ご登城は、ご政務ではなく……」

執事長がエカテリーナに目を向け、アレクセイも妹を見下ろして微笑んだ。

「ご紹介しよう。我が妹、ユールノヴァ公爵令嬢エカテリーナだ」

紹介を受けて、エカテリーナは悠然と微笑み淑女の礼をとる。

「お初にお目もじいたします。エカテリーナ・ユールノヴァにございます」

「お会いできまことに光栄に存じます」

執事長はうやうやしく頭を下げた。皇国の重鎮が貴族令嬢にするには、いささか丁重すぎるほどに。

「聞きしに優るお美しさ、母君に生き写しでいらっしゃる」

その言葉に、エカテリーナは思わず息を呑んでしまった。けれど思えば、この年代の人ならば母を知っているのは当然なのだ。

「こう見えてこの子は、中身は祖父セルゲイによく似ている」

機嫌良くアレクセイが言うと、執事長は破顔した。

「まさに今、皇城はその噂で持ちきりです。かのお方のように、余人の及ばぬ発想力をお持ちのご令嬢が現れたと……」

いえすみません、発想力ではなく前世の記憶なんです。詐欺で本当にすみません。

久しぶりに、内心で平謝りなエカテリーナである。

そして思う。皇帝陛下の政治的方針は、祖父セルゲイと近い。陛下の腹心たる執事長も、おそらく同じのはずだ。執事長は、生前の祖父と近しい関係だったのではないか。

ユールノヴァ寄りの大物との面識を得られたことは、エカテリーナの皇城デビューにおける安心材料になる。

こうした顔つなぎをするために、アレクセイは妹について来たのかもしれない。

さすがお兄様。シスコンのあまりついて来たとか思っていてすみません。

ここまで配慮してくれるのは、シスコンなればこそだとは思いますけれども。

「そしてご聡明であられると聞き及んでおります。刺激を受けたミハイル殿下が、学園入学以来いっそう勉学に励んでくださると、講師たちが感激しておりました」

「まあ……わたくしなど、ミハイル様にはとうてい及ばない浅学の身ですのに」

謙遜する感じで言ってしまったが、定期テストでエカテリーナが一位をとったのは最初の一回だけで、その後はミハイルに一位をキープされてしまっているので、謙遜ではなくただの事実だとエカテリーナは思う。

まあ負けてくやしい気持ちはあるが、順位は結果であって、目的ではない。目的は知識を身につけて兄を助けられるようになることだから、そこは前進できているはず。将来は皇帝となるミハイルが勉強熱心なのは、皇国の臣民として喜ばしいことだ。

頑張って結果を出している皇子を祝福しますよ。

私、大人ですから!

などと思った、その時だった。

「おお、皇后陛下がお見えですな」

執事長の言葉に、急いでエカテリーナはその視線の先へ向き直る。

華やかな貴婦人たちの一団を引き連れて、マグダレーナ皇后が玄関大ホールの奥にある大きな階段を降りて来ていた。

おおう……大階段を降りてくるって、まさしく少女歌劇団のトップスターではありませんか。あっ背後に巨大な羽飾りが見える。

アホなことを考えたエカテリーナだが、先ほどまでユールノヴァ兄妹に注がれていた人々の注意注目は、すべて皇后へ移っている。

確かに皇后は、この場の 最高位(トップスター) なのだった。

そんなトップスターが、エカテリーナに目を向けて微笑む。

「エカテリーナ、久しぶりだこと。皇城へようこそ」

エカテリーナは淑女の礼をとった。深々と。

「お久しゅうございます、皇后陛下。ご尊顔を拝し、光栄に存じます」

「堅苦しいことはなくてよくてよ」

気さくに応えて、マグダレーナはエカテリーナに歩み寄ると、スマートに手を取った。

「すぐにも招待したいと思っていたのに、遅くなってしまって。お詫びをしなければならないわね」

「そのような、恐れ多い……」

思わず、エカテリーナは口ごもる。自分は学生の身で平日は学園生活だし、皇后陛下は多忙だしで、スケジュール調整がそう簡単にはいかないのは当然だ。

という真っ当な恐縮ポイントよりも、マグダレーナから漂うキラキラなイケメンオーラにやられたのであった。

それを感知したのか、きゃっ、と皇后に従ってきた貴婦人の一団がさざめく気配がする。同担OKの集団らしく、皇后の魅力が伝わったのを喜んでいる感じだ。どうやらマグダレーナと同年代の夫人たちのようで、学生時代から筋金入りのファンクラブ会員であっても不思議はない。

いや皇后陛下ファンクラブがあったら不思議かな?皇后の取り巻きというと、もうちょっと真面目な忠義か、逆に権力欲とか家の権勢のためとか不純なのが普通なのでは。

いらんことでほんのり悩んでいるエカテリーナの手を取ったまま、マグダレーナはアレクセイに目を向けた。

「さぞ忙しいことでしょうに、妹を送って来たのね。ミハイルから、仲の良さを聞いていてよ。安心なさい、今日はエカテリーナのことは、わたくしが大切におもてなしするわ」

「ありがたき幸せ」

胸に手を当てて、アレクセイは一礼する。丁重な仕草ながら、ネオンブルーの瞳は皇后陛下を前にしても押されぬユールノヴァ公爵の矜持を込めて、強い光を湛えていた。

しかし、エカテリーナに目を向けると、その表情は一変した。

「私のエカテリーナ」

つと手を伸ばし、手のひらで妹の頬を包む。

この時点で、皇后ファンクラブ(未確定)一同が、またさざめいていた。

「私は先に邸へ戻っているが……同じ屋根の下にお前がいないと思うと、心を風が吹き抜ける心地がする」

切なげなアレクセイの言葉に、一同はさざめくのではなくざわついている。

なお皇后マグダレーナと同年代の夫人たちは、アレクセイが生き写しと言われる父アレクサンドルの世代でもある。エカテリーナにとっては『タラシのクソ親父』でしかないが、その世代にとっては憧れの存在だ。アレクセイは父親と全く性格が違い、どちらかというと女性に冷淡だと見られていた。

それがこれ。

何これ何事、というのが夫人たちの心の声であろう。

あと執事長の心の声でもあるかもしれない。

「お兄様」

エカテリーナが、兄の手に頬をすり寄せた。

「どうかお忘れにならないでくださいまし。わたくしの身がどこにあろうとも、わたくしの心はお兄様のお側にあるのですわ」

「そうだな。そして私の心もまた、常にお前の側にある。風が 源(みなもと) へ還らずにいられないように、私はお前を求めずにはいられないのだから」

うっ、とうめくような声が上がる。

「それでもお前の美しい姿が遠く在るのは哀しいことだ。……帰りを待っている」

ささやくように告げたアレクセイの言葉に、夫人たちの何人かがよろめいたようだった。

「い、いけないわ。わたくしには陛下が」

という呟きの意味は不明だ。

「帰りはわたくしの馬車で送らせましょう」

兄妹の会話と夫人たちの反応、ダブルの謎の空気の中でも、びくともせずにエカテリーナの手を取ったままでいたマグダレーナが言った。

「いらっしゃい、エカテリーナ。お茶会までまだ時間があるの、皇城を少し案内するわ」