軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

反響

――流行ってしまった。

音楽の夕べの翌日、昼休みにいつも通りフローラと一緒にお昼を作って、バスケットを持って移動しつつ……エカテリーナはその事実をずっしりと感じている。

聞こえてきますよ、あちこちから。

あの歌が!

クラスでも、登校するとさっそくクラスメイトからあの歌の歌詞を教えて欲しいと言われ、休み時間にクラスで合唱状態になった。

そしてクラスメイトから他のクラスの生徒に伝わり、さらに、さらに……。

昼休みの現在では、あちこちのクラスから歌声が聞こえてくる事態となっていた。

そして、エカテリーナとフローラが通りかかると、一斉に視線が集まる。少年少女たちが、きらきらした憧れの目を向けてくる。以前から注目の的だった美少女二人だが、注目のレベルが一段上がったようだ。

あああ。

クラスの親睦会で歌うだけだし、って気楽に披露しちゃったけど……。

前世のグローバルエンターテインメント企業が、しっかりマーケティングリサーチとかして選曲したのであろう、その結果ばっちり世界的にヒットした曲の威力を、舐めてましたごめんなさい。

動画配信とか音楽ダウンロードとか存在しないこの世界で、口コミで流行が伝播していく様子を、目の当たりにしております。

世界的大ヒット曲が、異世界でも大ヒット曲に?その場合、何的大ヒット曲と言えばいいのかしら。世界超越的大ヒット曲とか?

しょうもない悩みで現実逃避するエカテリーナである。

とはいえ、こういう事態になったのは、エカテリーナ自身の選択でもあったのだ。

今朝、歌の歌詞を教えてほしいと囲まれていたのは、オリガも同様だった。

さらに、レナートが二つの曲を譜面に書き起こしてきていて、それを指し示しながらそれぞれの曲の素晴らしさを語ったものだから、クラスメイトの多くがその譜面を写させてほしいと、レナートに頼む。コピー機などないこの世界、印刷出版でもしない限り、こういうものは手で書き写して広まっていくのだ。

そこではたと問題に気付いて、エカテリーナはオリガの曲の譜面を、最初に自分が書き写したいと言って渡してもらった。

大ヒット曲の歌詞を教えるのも、率先して皆での合唱にもっていって、オリガの歌の歌詞が訊かれないようにした。

なぜなら、オリガの曲は、反乱で生命を散らした若者を悼む歌かもしれないから。それが広まれば、オリガがセレズノア家に睨まれてしまうかもしれない。

だからあえて、そうした。

あとでオリガに訊いてみると、やはりあの歌にはそういう意味があるようで、音楽の夕べでは歌うつもりだった歌が頭からとんでしまったために深く考えずに歌ったものの、あまり広めたくはないそうだ。

なのでレナートにもそっと伝えた。セレズノア家の一員であっても音楽馬鹿の要素のほうがはるかに強い彼は「優れた曲がそんなくだらない理由で歌えないなんて」と怒ったように言ったものの、オリガの才能を守るためだと言ったら、譜面はもう出さないことに同意した。

というわけで、聞こえてくるのは「あの歌」ばかりなのだった。

前世の作曲家さん、作詞家さん、訳詞家さん、その他関係者の皆さん、なんだかほんとにすみません!

「学園中が、君たちの音楽の夕べの話題で持ち切りみたいだよ」

いつも通り待っていたミハイルに笑顔で言われて、エカテリーナの頭上でゴーンと鐘が鳴った。

ちなみに洋風の鐘ではなく、お坊さんが撞くジャパニーズスタイルの鐘である。

そんなエカテリーナを見て、フローラはにこにこしている。

「エカテリーナ様の歌もご配慮も、素晴らしかったですから」

という彼女も、スタンディングオベーションを浴びた歌姫の一人として注目されているのだが。自分への視線や称賛には鈍いところは、さすがヒロインと言うべきか、エカテリーナと良き友人なだけのことはあると言うべきか。

「ミ……ミハイル様は、昨夜は楽しくお過ごしになりまして?」

鐘の音とお坊さんを振り払って、エカテリーナは微笑みかけた。

「そうだね、それなりに」

「昨夜は本当に、素敵な催しになりましたの。ミハイル様のご配慮のおかげですわ。心より御礼申し上げます」

「君が楽しかったなら何よりだよ」

ミハイルはにっこり笑った。

君ってほんとにいい奴だよ!

と、エカテリーナはほっこりしている。

「ご配慮のおかげで参加いただくことができたオリガ様は、素晴らしい才能をお持ちでしたのよ。歌声に皆が聞き惚れてしまいましたの。ミハイル様にも、聞いていただきとうございました」

「そう……フルールス嬢、だったね。セレズノア家の臣下」

その声が考え深げで、エカテリーナは小さく首をかしげた。

「セレズノア家は、さすが音楽が盛んなお家ですわ。もうお一方、セレズノア家の分家のご子息が、素晴らしい演奏をお聞かせくださいましたの。そのこと、何か……」

「うん。リーディヤは優秀な貴族令嬢だけど、こと歌に関してはライバル意識が強いらしいんだ。歌そのものというより、音楽神の庭に招かれることへのライバル意識、という気もするけど。音楽で、君がここまで称賛を浴びていることに、苛立っているかもしれない」

ええ……。

クラスの親睦会で褒められるのと、音楽神の庭に招かれるのじゃ、レベルが違いすぎだと思うんですけど。

でも、オリガちゃんの歌は凄かったからなあ……神様だって聴きたいと思うかも!レナート君だって神童で天才だし、招ばれちゃうかも!

いや、わくわくしてる場合か自分。

「オリガ様とセレザール様の身に、何事かが起きる可能性がございましょうか」

「ないとは言えない。だけど、学園で有名になる程度なら、セレズノアの家名を高めていると評価されるかもしれない。さすが音楽の名家、とさっき君が言ったように称えられることを、あの家は望んでいるようだから。現状では、判断は難しいね」

エカテリーナは、無言でうなずいた。

皇子とはいえ、まだリーディヤが何も動いていない段階では、ミハイルは動けない。特に、高位貴族が自分の臣下をどう処遇するかは、それぞれの領地内の自治の範囲内であって、皇室は口出ししない建前だ。

それは建国の父ピョートル大帝が立てた方針であり、その後なし崩しになり皇室が強権を振るった時期もあったものの、乱れた皇国を立て直し中興の祖となった雷帝ヴィクトル――ピョートル大帝と同じく雷属性の魔力を持っていたことからそう呼ばれた――が、あらためて厳しく定めた皇室のありようだった。

「だからこれからも、何かあれば僕に話してほしい。必ず君の力になるから。僕には、それができなければならないんだ」

ミハイルの口調は、さらりとしていたのだけれど。

エカテリーナは、胸を突かれる思いがした。

(僕には、それができなければならないんだ)

それはやはり、生まれながらに権力の座に即くことを約束された身だから、だろうか。

十六歳のくせに。

甘い物が好きで、がっつり肉系も好きな、食べ盛りの男の子のくせに。

さらっとそんなこと言っちゃうんだよね、君は。

君にとっては当然のことなんだろうけど。

その当然さが、私はなんでだか悲しいよ。

「……頼もしいお言葉ですわ。ありがとう存じます」

理由不明な悲しさをどこかへ押し込めて、エカテリーナは微笑む。

「昨夜の催し、本当に、ミハイル様に聴いていただきたいと思いましたわ。あの場に、居ていただきとうございました」

同じ生徒たちの一人として、並んで椅子に座って歌や演奏を聴いて、持ち寄りの軽食をわいわい言いながら食べることができたらよかったね。

いつか君が即く孤独な高みから、その記憶を振り返って、心を温める日のために。

「……僕に、居て欲しいと思ったの?」

「はい、とても」

「……」

ゆっくりと、ミハイルは光が射すような笑顔になる。

それを見て、エカテリーナは決意していた。

よし!私のお願い事のせいで、イベント参加をできなくしてしまった埋め合わせをしてあげよう。

今度、私とフローラちゃんで歌を聞かせるって約束をしたけど。

なんとか、音楽の夕べの再現みたいなことができないか、皆に相談してみよう!

そんな決意をミハイルが知ったら、さすがのロイヤルプリンスもコケたかもしれない。