軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

画家との晩餐

エカテリーナが主催した音楽の夕べが、魔法学園の話題をさらってから数日経ったが、まだまだ鎮静化はしそうにない様子だった。

思えばこの世界、ネットやTVで次々に話題が提供されていた前世とは違うわけで。流行はそうたやすくは廃れず、人々が味わい尽くすまで持続するのだろう。

……と理屈では解りますが、正直、早めに廃れてほしいです……。

内心いろいろ削られているエカテリーナは、そう思う。

しかし、クラスメイトたちは満更でもなさそうだ。音楽の夕べを実施したことで、クラス全体も注目されているから、悪い気がしないらしい。

「学園祭での我がクラスの演し物は、歌で決まりですわね。きっと注目の的になりましてよ!」

マリーナの言葉に、わあっとクラスが沸いていた。

そのあと期待に満ちた視線で皆に見つめられたエカテリーナは、反射的に公爵令嬢らしく超然と微笑みながら、内心でだらだらと汗を流していた。

そんな中でやって来た週末。公爵邸へ帰る馬車の中でエカテリーナはしみじみ呟いていた。

「やはり我が家が一番ですわ……」

隣のアレクセイが、気遣わしげに妹を見る。

「疲れたのだろう、大変な活躍だったのだから。私のクラスでも、皆がお前の歌を歌っているほどだ」

うぐっ。

お兄様のクラスのお姉様方が聴きに来ていたから、当然か。

「お兄様……あれは、わたくしの歌ではございません。お母様から教えていただいたのですわ」

そう言ったものの、声が弱々しいエカテリーナである。そういうことにしたいのだが、亡き母に濡れ衣を着せてしまう気がして、どうしても強くは言えないのだ。

「そうだったな」

アレクセイは優しく微笑む。

あーん信じてもらえてない気がする!あやされた!

「皆がお前に注目するのは当然だ、お前の輝きはすべてを惹き付けずにおかないのだから」

アレクセイは、そっとエカテリーナの頬に触れた。

「だがお前自身には、解らないのだろうな。月も星も太陽も、自分自身では己れの光に目が眩むことはないのだろう。お前には自分が解らないだろうが、お前はまばゆいほどに輝いているんだよ。神々の山嶺の頂上からでさえ、きっと見てとることができる。

お前は星々の女王であり、地上の月であり、優しい癒しの光を放つ太陽だ。学園の者たちも、ようやくそれが解りかけてきたのだろう」

「お兄様ったら……」

お兄様のシスコンこそ世界最高峰です。前世のエベレストと今生の神々の山嶺、どちらのほうが高いのかはわかりませんが、お兄様のシスコンが両方ぶっちぎっていると思います。標高、エベレストが八千メートル級だったから、お兄様のシスコンは推定二万メートルくらい?

どうしよう、私のブラコンなんてきっと、せいぜい富士山の三千メートル級!勝てない!

「どうした?」

エカテリーナが表情を曇らせたのを見て、アレクセイが慌てたように言う。

「……お兄様がこれほど愛してくださるのに、わたくし、ちっともお返しできないのですもの……」

ブラコンが追い付けなくてごめんなさい。

追い付いていいのかよくわからないですけど。

「馬鹿なことを」

破顔して、アレクセイは妹の肩に腕を回し、優しく抱きしめた。

「輝くものは輝いてくれるだけで恩恵なのに、お前はいつもその優しさで私を気遣い、その聡明さで私を助けてくれる。それなのに、そんなことを言う。お前は本当に、与えるばかりで受けとることを知らなすぎるようだ。

どうか微笑んでおくれ、私のエカテリーナ。今日は晩餐に、客人を招いている。おもてなしをすると、張り切ってくれていただろう。客人といっても、お祖父様がお引き立てになった画家だ。気楽に、会話を楽しんでほしい」

はっ、そうでした!

「ハルディン画伯でしたわね、お祖父様とお兄様の肖像画をお描きになった……。わたくし女主人として、しっかりとおもてなしいたしますわ!」

祖父セルゲイの 為人(ひととなり) や、子供だったアレクセイのエピソードが聞けるかもと、楽しみにしていたことを思い出してエカテリーナのテンションが一気に上がる。

公爵邸に着いたら、執事のグラハムさんと打ち合わせだー。頑張るぞ!

「お招きにあずかり光栄に存じます」

グラハムに案内されて兄妹の前に現れたハルディン画伯は、そう言って微笑んだ。

三十代前半くらいの細身で端正な、いかにも芸術家という繊細さを感じる人物だ。髪の色はよく実った小麦のよう、金髪というべきかライトブラウンというべきか迷うあたり。そして珍しいのは瞳の色で、片方が黒、片方が緑と、色が異なっていた。こういう瞳は、前世では 金銀妖瞳(ヘテロクロミア) と呼ばれていたはず。

「お会いできて嬉しゅう存じますわ」

微笑んだエカテリーナだが、画家の二色の瞳に強く見つめられて戸惑った。

「ご無礼を。美しい方を見ると、どう描こうか考えてしまうのです」

「まあ、お上手ですこと」

職業病ですね、と納得したエカテリーナである。

「当然だな。エカテリーナ、ハルディン画伯は人気の肖像画家で注文を多く抱えているが、いずれはお前の肖像画を描いてもらう。お前の美しい姿を画布に留めることができる画家は、画伯をおいて他にいないだろう」

アレクセイは楽しげだ。

「お兄様の肖像画は、たいそう見事でしたものね。わたくしはお祖父様とお兄様がご一緒の肖像画が、とても好きですの。ふとした折に見たくなって、肖像画の間に足を運んでおりますのよ」

「嬉しいお言葉です。セルゲイ公には、まことにお世話になりました。私が画業で食べていけるようになれたのは、セルゲイ公のおかげと言って過言ではございません。今宵は公の思い出話をさせていただくのを、楽しみにしてまいりました」

そう言った画家を、エカテリーナは女主人らしく食卓へ導いた。

期待していた通り、大いに話が弾む夕餉になった。

グラハムが完璧な分量を注いだワインの銘柄を聞いて、画伯は目を見張る。ユールノヴァはワインの名産地で、当然ながらこの公爵邸には、人も羨む高級ワインがずらりと貯蔵されていた。ワインの銘柄は、客人の重要度に応じて変わる。グラハムが選んでくれた本日のワインは、画家にはなかなか供されることがないクラスであるようだ。

それが潤滑剤になった面もあるだろう、画伯は祖父セルゲイとの出会いを詳しく語ってくれた。

ハルディン画伯は、子爵家の三男として生まれたそうだ。しかし魔力が足りず、魔法学園への入学ができなかった。それで家族にも冷遇され、鬱々として趣味の絵ばかり描く日々を過ごしたという。画家になりたいと夢見てはいたものの、夢に過ぎないと自分で自分を嗤っていたと。

そんな頃に、道に迷っていた紳士と出会って案内をした。

「その紳士は、私のスケッチブックをご覧になって、微弱ながら魔力を感じるが何か特殊なものかな、とお尋ねになったのです。属性がよく解らないから、稀少魔力ではないかと。そんなはずはないと私が言うと、首を傾げておられましたが。そして、道案内のお礼がしたいから家へ訪ねておいでとおっしゃいました。

その紳士が、アイザック・ユールノヴァ博士でした。そして訪ねて行った私を、セルゲイ公と引き合わせてくださいました」

そういえば、アイザック大叔父様は、虹石魔力の利用実例を探すフィールドワークをしていた。それで、物質に宿った魔力に敏感だったのかもしれない。

だとすると、画伯のスケッチブックには、確かに稀少魔力が宿っていたのではないか。画伯は魔力量は少なくとも、稀少魔力の持ち主なのでは。

虹石魔法陣のことはオープンに話せないため、内心で思うエカテリーナである。

祖父セルゲイはハルディンの絵を見て、こう言ったそうだ。

『技術的なことはさておき、描かれている人物に魂を感じるね。こういう絵は、私は好きだ』

絵を学んで、技術を磨いたら、またおいで。君に絵を依頼するから。そう言ってくれた。

「大いなる希望であり、重圧でした。ユールノヴァ公爵を失望させる絵を描けば、将来など閉ざされるでしょう。恥も外聞も捨てて、食らいつくように絵を学びました」

しみじみと言うハルディンに、エカテリーナは同情を込めてうなずく。

「そして見事に、大成されましたのね。魂を感じるというお祖父様のお言葉、わたくし、解る気がいたしますわ。描かれているお祖父様を見つめていると、お声を聞くことができそうな気がいたしますの」

「恐れ入ります。実は、他の方からもそういうお言葉をいただくのです。魂が描かれていると。奥様が他界なされた方が、私が描いた奥様の絵を部屋に飾っていると夢の中で会うことができる……そう仰せになって、涙を流しておられました。私自身はただただ、誠実にお姿を写しとっただけなのですが、喜んでいただけるのは嬉しく思っております」

魂を描く画家……。

前世の『ドリアン・グレイの肖像』とか思い出してしまいましたけど、ちょっと違うかな。とにかく、すごいと思います。

私も、いつか描いてもらえるのかしら。どんな絵になるのかな。