軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第92話 勉強

「本日の業務お疲れ様でした、綺羅星さん。なかなかの大物取りでしたね」

「はい。なんとか倒すことが出来ました。”マザースフィア”全滅には至りませんでしたけれど……」

本日のクエストを終え、帰宅中の電車に揺られながら、綺羅星はそっと息をつく。

時間的にはまだ昼時。

でも綺羅星としてはもう、一日中戦っていたような印象すらある。

緊急クエスト”マザースフィア討伐”は、不完全な結果に終わった。

迷宮庁治安維持課、小山内虎子への狙撃はスタッフの動向に大きな影響を与えた。

万が一、クエスト中に外部協力者が狙撃でもされようものなら迷宮庁の信用問題に関わるし、そもそも職員自身の命も危うい。

日本のダンジョンでスナイパーライフルが使用される事例も極めて稀なため、慎重な対応を取ったのだろう。

その後、幸いなことに犯人確保には成功。

が、その間にマザースフィア分裂体の逃亡を許してしまった、というのが今回のオチだ。

「とはいえ、目的は達したと言って良いでしょう。”海底水晶洞”はいずれ消滅するはずです」

「……あ、そうか。ボスの大部分の魔力を削ったから、ですね?」

「はい。以前お話したかと思いますが、ダンジョンを自壊させるには、ダンジョンを維持する限界魔力を下回らせる必要があります。通常のダンジョンでは、ボス自身がダンジョンを維持する総魔力量の30%以上を保持しているため崩壊しないのですが、今回のマザースフィアは全滅させずとも、下限を切ることが可能でしょう。……本当にボスが倒されたのなら、ですが」

「え? それって……」

「失礼。こちらの話ですのでお気にせず」

下限を切ったダンジョンは形を維持できず、自然消滅するのはダンジョンの基本。

結果は――後で分かることだ。

「……あ、でも先生。ひとつ質問なのですが、それならどうして、マザースフィア分裂体を全滅させる必要があったのでしょうか?」

ダンジョンを維持形勢するための限界魔力を下回りさえすれば、ボスを全て倒さずとも、ダンジョンが勝手に崩れボスごと消滅するのでは?

という疑問だろう。当然、迷宮庁もそれは理解している。

「会議でありましたが、本ダンジョンが、分化型である、という話は覚えていますか?」

分化型は、ダンジョンを放置すると似たようなダンジョンが周囲に出現するものを示す。

例えるなら、一つのダンジョンから女王アリが飛び立ち、他のダンジョンという巣を作ってしまうような……

「……もしかして、分裂体が他のダンジョンを作ってしまうんですか? でも普通、ダンジョンのモンスターって外に出れませんよね。ゲートクラッシュが起きない限り」

「そこが”マザースフィア”の特異な点です。あのボスはダンジョン外に出ても、短時間であれば活動できる特殊な性質を持つようです」

そうして次の巣穴に移り住んだ”マザースフィア”分裂体は、新たなボスとなり迷宮を作る。

放置すれば大災害に繋がる恐れから、迷宮庁は民間の掃除屋を雇い、緊急クエストと銘打ってでも全滅させようと意気込んだのだろう。

「とはいえ、分裂体の残りは僅か。仮にダンジョンを形成されても発見報告が早ければ問題ありませんし、A級ダンジョンほどに深くなることは不可能でしょう」

「なるほど。では大部分は解決なんですね」

「ええ。もっとも、私自身は別件の仕事が出来ましたが……安心安全のQOLを上げるのも大変です」

やれやれ、と首を鳴らす影一。

綺羅星に内容を話さないということは、あっちの仕事……ノンストレス生活のQOLを上げるお掃除だろう。

殺人を、QOL上昇のため、って言っちゃうのもどうかと思うけど。

相変わらず先生はブレないなあ、と感心しつつ……

では、綺羅星の今後は? と自問する。

――実力不足を痛感させられるクエストだった。

先生の補助がなければ、危うい戦いになっていたと思う。

自分のレベルアップのためにも、今後はよりダンジョン攻略に費やし、実力を高めたい。

……けど、明日は学校だ。

今日も、親に無理をいって休ませてもらった――母親には「ダンジョンに入ってる方が、気が紛れるの」と、苛めの後遺症を匂わせて休みを貰ったが、二度、三度と同じ手は通じないだろう。

そして学校にいけば、鎌瀬妹屋や城ヶ崎がいる。

妹屋はともかく……城ヶ崎は強情であり頑なであり――綺羅星には未だ、舌戦で打ち勝てる技量もない。

ダンジョンでは強くなっても、教室ではただの学生。

はぁ、と面倒臭い溜息をつきながら、……いっそ自分も、正式な狩人になれれば、なんてふと思う。

一人前の掃除屋になれば、クエスト攻略の報酬も貰える。

自力で収入を得ることができれば学校に行かなくても生活は出来るし、鬱陶しいクラスメイトと話す必要もない。

……うん。

今日だって苦戦はしたけど、B級中位のボスを倒したのだし。

これからきちんと頑張れば……いや、何なら今すぐにでも……?

「どうかしましたか、綺羅星さん」

「いえ、えっと……」

溜息を見られ、ちょっと恥ずかしかった、けど。

「先生。ご相談なんですけど……私って、将来、掃除屋として生きていくことは出来るでしょうか?」

「ふむ」

「学校に行ってると時間も限られますし、成長も遅くなると思うんです。それより、ダンジョン業をきちんと頑張った方がいいかな、なんて……」

一人前の掃除屋になる。考えたことはなかったけど、アリなのでは?

いや。

考えれば考える程、自分にはその道しかないなと思う。

学校なんか行ってる暇はない。それより、ダンジョン。

先生だって、そっちの方が喜んでくれるはずだし、賛同してくれるに違いない――

「将来的には向いてるでしょう。が、その選択は今ではないと考えますね」

「え」

……今ではない、って、どういう意味ですか?

「年齢的なものですか? でも、高校生で掃除屋として働いてる人も、世の中にはいるって……」

「年齢の問題ではありません。もっと単純に、あなたの意思に甘さがあるなと感じたからです」

電車が止まった。

影一が先に降り、綺羅星は慌てて追いかけるように足を進める。

――私の、意思の……甘さ?

「待ってください。私は、適当な気持ちで口にしたわけじゃありません。本気で考えて……」

「では単刀直入にお尋ねしますが。あなたはいま、掃除屋になりたいからダンジョン業に励みたいと言いましたか? それとも、学校に行きたくないから掃除屋になりたいと言いましたか?」

「――あ」

「少なくとも、人生の決意は溜息交じりにするものでないとは思いますよ」

ずきん、と胸が痛んだ。

……そ、それはもちろん。

私は狩人として生計を立てるために、本気で、

「綺羅星さんは、掃除屋の平均年収を存じていますか。事故率は? 掃除屋になるといいましたが、自分が具体的にどのような道筋で生計を立てるか、きちんと考えていますか?」

「それは……」

ぼんやりとは、イメージしている。

迷宮庁の公式クエストを受けるには、B級ライセンスの取得が必須。

B級になるには一年以上のダンジョン経験、及び迷宮庁指定のクエストの踏破、および座学試験の突破――

けど、給与とか進路とかは……

それに、自分がどんな掃除屋になりたいか、なんて。

「熟考した上での結論なら、構いません。が、そうでないなら考え直した方が良いでしょう」

「っ……それは……」

「つけ加えて、掃除屋の仕事――というより社会で生きていくのなら、基本的な交渉力、コミュニケーション能力も必要です。少なくとも、学校の友人関係から逃げる口実にダンジョンを利用しているようでは、フリーランスは厳しいでしょう。余程の実力者でない限り」

図星を突かれ、足が固まる。

本気で掃除屋のプロになってみたい、その気持ちは本当だけど……

邪な気持ちが、全くなかったと言い切れるか?

胸を張って一点の曇りもなく、私は掃除屋という仕事が好きだから掃除屋になりたい、と、言えただろうか?

本当に言えるなら、どうして学校や、城ヶ崎さんの話を考えたあとに、こんなことを言い出した?

口にするにしても、もっと適切な場面があったはず……。

「っ……すみません。浅はかでした」

先生の言う通りだ。いまの発言は、学校での友人関係から逃げるためだけの言い訳。

……けど――

「でも、分からないんです。城ヶ崎さんのような人と、どう付き合っていけばいいか。結局、話を聞いてくれないなら殺るしかないって、つい思ってしまいますし……でも私の中で、ただウザいだけの人に、そういうのも……」

そこまでの決断は、綺羅星には取れない。

それに、リスクも高い。

相手は生粋のお嬢様で、もし行方不明にでもなれば必ず調査を始めるだろう。

そもそも、綺羅星には城ヶ崎がムカつくから存在を消してしまえ、と踏み切るだけの覚悟もない。

綺羅星は今日、ボスモンスター”マザースフィア”分裂体を退治し、成長した。

けれど、綺羅星善子という人間の精神性は、まだまだ未熟――

「綺羅星さん、このあと時間はありますか? 昼食もかねて、少しゆっくりお話しませんか」

影一に誘われ、流されるまま駅を降りて地下街に向かった。

昼時とはいえ平日だったお陰か、するりと入れた定食屋に腰を下ろすと、「奢りますよ」と影一が笑う。

「ひとつ、お褒めの言葉を」

「え」

「綺羅星さん。己の欠点に気づき、他人に相談をしたのは良い傾向です。前回おなじシチュエーションに遭遇したときは、いきなりブチ切れ闇討ちチェーンソーでしたよ、あなた」

「あ!? そ、そっか……そうでした……」

「それはそれで面白いですけどね。ただ折角やるなら、感情をコントロールした上で計画的に殺りましょう。――次こそ確実に、ね」

その方が人生楽しくなりますよ。

あ、私こちらの明太子雑煮定食で、とメニューを決めながら、影一が姿勢を正す。

ここからは勉強の時間だ。

バトルは制した。次は、知識と精神の成長のとき――

「さて。私は今から、ごくありふれた一般論をお話します。お説教、とも言えるかも知れません。……最初はつまらないかもしれませんが、綺羅星さんがきちんと耳を傾けて頂ければ、意味は理解出来るかと」

「……はい」

ありふれた一般論。

先生はこう見えてごく普通な大人でもあるし、常識もある。

未熟な綺羅星にも、きっと適切な指導をしてくれるに違いない――

「まず大前提として。私は殺人を推奨している訳ではありません」

……ん?

「そもそも殺人というのは普通、労力もコストもかかりますしハイリスクです。私はその問題点をクリア出来るチートがあるから実践しているだけで、一般的な人間はそのような選択を取りません」

「は、はあ……」

ごくありふれた一般論……いや確かに、一般論ですけど……

今さら?

「今さら何の話だ、と思われたかもしれません。が――では、普通の人はこの問題をどのように解決していると思いますか?」

「え」

「あなたが思わず、チェーンソーを振り回したくなるような場面に出くわしたとき、普通の人はどうするのか。――すなわち、人付き合い、コミュニケーション時のトラブルに遭遇した時、どう対応するのか」

「…………」

「今までの綺羅星さんには、おそらく二択しかなかったのでしょう。――我慢するか、殺すか。しかし殺人は違法なので我慢するしかない、と、耐えながら生きてきた。その反動で殺意に目覚めたのだと理解しますが……世の中には普通、第三の選択肢というものが存在します」

彼が三本目の指を立て、綺羅星に示す。

「和解です。多くの人間が取る、一般的なコミュニケーション。今日はそれについて学びましょう」

……え。和解?

そんな選択肢が、世の中にあるんですか?