軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第93話 和解

「これはいわゆる、毒親に育てられた AC(アダルトチルドレン) 等に多い傾向ですが、世の中の答えは、1か0の二択ではありません。世界には幅広い選択肢があり多様性に富んでいます」

美味しそうですね、と運ばれてきた明太子雑煮を前に、影一が頂きます、と丁寧に手を合わせる。

まず野菜から頂くと血糖値の上昇をゆるやかにするらしいですよ、と普通のおじさんみたいなことを言いながら、ぱき、と割り箸を割る心地良い音が続く。

綺羅星も注文した和風御前に手を合わせ、彼の話に耳を傾ける。

「ご存知の通り、私は適度に人を間引いています。しかし多くの人は、まず話し合いによる解決を目指します。迷惑行為であれば止めて頂くようお願いする、改善策を提案する。それでも上手くいかなければ警察、司法の介入――引っ越したり逃げたりするのも、ひとつの方法でしょう」

暴力という手段を取る人間は、今の社会においては一般的ではないだろう。

デメリットの方が大きいからだ。

「現時点の私は、その社会的デメリット――バレたり逮捕される危険性を限りなくゼロに出来るので、間引く、という選択をしているに過ぎません。その気になれば、常識的な選択肢だって採ることは可能です」

影一の目的は、あくまで安心安全ノンストレス。

殺人は手段であって目的ではない。

まあ、ストレス解消の意味で楽しむ時もよくあるらしいが。

「その点、綺羅星さんはいかがでしょう。他人の意見に対して、仕方なく我慢する、と、ぶち切れて殺すの二択しかないのでは?」

「…………」

「私と出会う前はそれこそ、我慢して人間関係を継続するしか、意識がなかったのかもしれませんね」

図星を指され、綺羅星は食事にも手をつけず呆然とする。

我慢するしかない、と思っていた。

委員長として真面目にやれ。いい子なんだから、ちょっとぐらい我慢しなさい。

両親や教師、友達のフリをした敵からそう命じられ、我慢に我慢を重ね、けれど心はねじくれ、歪み……それを、悪の道に解放してくれたのが、影一普通という先生だった。

綺羅星は彼に救われた。

”悪”こそ自分の進むべき道だと、本能が、身体が、心がそのすべてを受け入れ、自分を満たしてくれたのだ。

なのに今さら、和解しろだなんて。

それに、何度言っても、彼女達は……。

「でも先生。彼女達は、私がなんど言っても聞いてくれなくて……」

「その時、あなたは怒りましたか?」

え。怒る……?

「あなたは友人相手に、きちんと怒りを露わにして主張しましたか?」

「それは……嫌なことは、止めてください、くらいは」

「声を荒げましたか? 睨みましたか? ただ理屈で話せば通じると考えていませんでしたか?」

……でも、人なら普通、話せば分かるんじゃ――

「私は嫌だと言っている。冗談じゃない。これ以上あなたと言葉ひとつ交わしたくない。何でしたら、平手打ちの一発くらいした方が、効果的なこともありますよ」

さらりととんでもないことを言われ、……分かってない、と綺羅星は心のなかで苛立つ。

先生は、教室という空間から長く離れているから分からないんだろう。

教室でそんな目立つことをしたら、どんな目で見られるか――

「確かに、いきなり平手打ちなどしたら目立つでしょう。が、根回しをすれば別です」

「……え」

「暴力は悪。ですが前もって、自分が相手からどんな嫌がらせを受けたか、きちんとアピールしておく。――噂好きの女友達でもいいですし、クラスで人気のある男子相手でも構いません。自分の社会的価値を上げ、相手の社会的価値を貶め、布石を打つ。周囲の同情さえあれば、意外と上手くいくものですよ」

綺羅星はふと先日、姉見をはめたときのことを思い出す。

姉見が自爆したのは事実だが、それに便乗して無意識のうちに布石を打ったのは、綺羅星だ。

アレと同じようなこと、だろうか?

「推測ですが。あなたのご友人を名乗るあのお嬢様も、味方は多くないと思いますね。あれだけ思考の偏りがあれば。実のところ、分はあなたにあるのでは?」

……確かに、城ヶ崎も友人が多いかと言われれば、否だ。

というか綺羅星や鎌瀬姉妹くらいしか相手してる人がいない……他の人も話はするけど、どこか一線引いている節がある。

彼女と話したがるのはせいぜい、鼻の下を伸ばした男子くらい……けど、城ヶ崎さんは男子をあまり好いてない。

「であれば、素直にこう言えばいい。友達やめましょう、と」

「……え? 友達をやめる、って、出来るんですか?」

「当然です。というより一般的な選択肢のひとつですよ。少なくとも、相手と我慢してつきあうか、チェーンソーを振り回すかの二択より健全な答えかと」

それは――綺羅星にとって、ひどく衝撃的な話だった。

友達とは仲良くしなさい。

幼少期から言われ続けた正論すぎて、辞める、なんて発想自体がなかった。

……自分を殺しに来るような相手なら、ぶっ殺していいとは思ったけど……

城ヶ崎のように、ちょっと面倒だなという程度の相手に、友達をやめましょう、なんて。

「適切な人間関係は、人生をよい方向に導くでしょう。しかし不適切な関係は自分の価値を貶める。害を与えてくる友人とは、縁を切るのが正解です。……そもそも友達とは本来、対等な関係であるべき。なのに相手の言うことばかり聞き、自分の言うことを聞いてくれないのは、傾いたシーソーのように不健全だと思いませんか?」

「……それは……」

「それを、自分だけが我慢していればいい、では、真の友人関係とはいえません。都合のいい道具です」

その通りだ。

だから綺羅星は、彼女達と一緒にいるのが嫌だなと思って……でもずっと、縁を切れなかった。

――母親や先生、教師からずっと「友達とは仲良くするもの」という、呪いをかけられ続けていたから。

「…………」

つまり……綺羅星に不足しているのは、純粋なコミュニケーション能力。

相手の要望を断り、怒る、ということも含めたもの。

けど今さらそんな、真っ当なことを言われても……

「せっかくの食事が冷めますよ」

手が止まっていることに気づき、綺羅星は慌てて焼き魚に箸を伸ばす。

けど、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

……口にはしないが、今日一番のカルチャーショックだった。

言っても聞かない相手に、我慢せず怒り、拒否し、友達をやめる。

確かにあり得る選択肢を前に、しかし綺羅星の心はずきりと痛み、震える。

……友達をやめる、なんて。

学校で皆に聞かれたら、どう思われる?

母親も教師も、普通の生徒もみんな言うではないか。友達とは仲良くしよう、と。

鎌瀬姉妹レベルの子と仲良くするのは無理でも、城ヶ崎くらいであれば無理しつつも仲良くするのが普通のJKでは……

それに、学校で喧嘩なんてしたらやっぱり周囲にヘンな目で見られて――

「……すみません、先生。私にはまだ、よく分かりません」

「ふむ」

「というより、怒って言い返すなんて、私には……」

質問しながら、思う。

ああ。やっぱり私には、他人と健全な関係を作ることなんて無理かもしれない。

いくら先生でも、この問題だけは。

私の歪んだ心への回答だけは、持ち合わせていないんだろう――

「であれば、躾けてみては如何でしょう?」

「……。……へ?」

いま、なんと?

し、躾……?

「いくら注意しても聞かない、何度怒っても聞かない愚かな犬なら、それはもう躾けるしかないでしょう」

「そ、それって……あの……」

「方法は幾らでもあります。人気のないところで殴る蹴る、人にいえない画像を撮って脅迫する、先方のご家族に嫌がらせをし、一人くらい消してみる……」

コミュニケーション、とは、あなたが考えているより自由度の高いものですよ?

影一が当たり前のように手を広げ、選択肢を提示する。

料理が美味しいですよ、と言わんばかりに。

「誤解してはいけませんが――和解とは、当事者同士が互いに譲歩して争いをやめることを意味します。よって相手にまず核ミサイルを一発打ち込み、反撃する意思をくじいた後に領土と金を頂き、これで勘弁してやるから和解しようぜと手を差し伸べ同意させれば、それもまた立派な”和解”です」

まあ国際社会でこれをやると、デメリットの方が大きいでしょうし撃ち返されるでしょうが。

淡々と明太子を口に運び、ごく日常的な会話を挟むように、影一が語る。

「先程、私はあなたに、怒る、ということを教えました。……ですが、あなたには別の選択肢も存在する。普通の人は決して取らない選択肢も」

「…………」

ご飯を食べる手段は沢山ある。

箸、スプーン、フォーク、手づかみ……哺乳瓶や、人に食べさせて貰うことだって出来るし、正常な人間の胃に穴を空け無理やりぶちこむことだって出来る。

殺人というのは、あくまで手段。

目的を達成する手段のひとつに過ぎない。

将棋で勝ちたければ、相手の王を狙うのでなく交通事故を装って対戦相手をこの世から退場させるのだって、真っ当な戦術の一つだろう。

「私は基本、厄介者は排除します。全て消すため跡形も残りません。

が。もしあなたが、ストレスは感じるけど、殺すまでは気が乗らない、かつ、普通の対話も通じないのであれば。

あなたの。

あなたなりのやり方で、相手とコミュニケーション(物理)を取り、説得するのも一つの手です。……殺すだけが、全てではありませんよ?」

それが、綺羅星善子という人間が進むべき、人付き合い。

一般論から始まり、けれど結末だけは異なる、自分なりの……。

衝撃のあまり呆然とする彼女に、影一が食後のお茶を口にしながら、ゆるりと笑い、優しく続けた。

「好きでしょう? そういう”和解”。あなたの場合……真っ当に怒るより、人間をモンスター代わりに刻んだ方が、手っ取り早いと思いませんか?」