軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第133話 勉強

「綺羅星さん。あなたには私なりに、格上への対処法もお伝えしてきたつもりです。あとの判断は、すべて綺羅星さん次第。もちろん、この場で私が対処することは容易いですが……それでは納得しないでしょう。綺羅星さんも、お相手さんも」

「っ、調子に乗ってんじゃないわよ、このクソ眼鏡野郎!」

妹屋の叫びとともに放たれる”ヘクサウィップ”。

高速で突き出された触手が綺羅星の脇をぬけ、レーザーのように影一へと迫り。

鈍い音をたて、影一の展開した魔法障壁に阻まれた。

馬鹿な、と妹屋に動揺が走る。

並の狩人や綺羅星程度なら確実に貫ける一撃は、しかし、影一の背広に掠り傷ひとつ与えない。

「どうしてっ……私、本気で」

「ええと。お名前、なんと仰いましたか。失礼ながら、綺羅星さんの天敵という情報以外は忘れてしまいまして」

「っ、馬鹿にしないで!」

「まあ名前など大した問題ではありませんが……それより二つ、お尋ねしたいことがございます。どのような手段で、今の姿になられたのですか?」

丁寧に。けれど慇懃無礼に問う影一に、妹屋は構わず触手を叩きつける。

その全てが軽々と弾かれ、妹屋の頬が怒りに染まるも、影一はまるで気にしない。

「私の推測では、かのNPC"モンスター兄さん"が関わってるかと思いますが……私の知識によれば、プレイヤーをモンスターと融合させる力など無かったはずです。……ニャムドレー氏のように、こちらの世界にて新たな知見を得たのでしょうか。ちなみに、あなたはその姿に自ら望んでなられたのですか?」

「当然よ。全部、全部あなた達が悪いのよ。あんた達のせいであたしの人生は台無しになって、パパやママも学校のみんなもあたしを苛めっ子みたいに言い出して!」

「それを聞いて安心しました。無理やりモンスターに変化させられた被害者です、等と主張するかと思いましたが……やはり、悪役は吹っ切れている方が心地良いですね。……ただ、そうなると、もう一つの疑問がより深まるのですが」

総攻撃を受けているにもかかわらず、影一は平然と眼鏡を押し上げて。

「あなた。どうして、自ら弱くなったんでしょう?」

「…………は???」

「綺羅星さんを倒すという意思と、ご自分の行動に、整合性がないように感じますが」

ぴき、と妹屋の表情に怒りが滲む。……何を言っているの、こいつは?

妹屋は明らかに強くなった。

モンスターと同化した時は、衝撃と、恐怖を覚えたけれど……いまは最高の気分だ。

事実、前は圧倒されていた綺羅星を制することができ、本気をだせば目の前にいる元リーマン男だって軽々と蹴散らせるに違いない。

なのに……弱くなった?

「あんた、いつもいつも”上”から目線で……っ!」

「マウントを取る意図はございません。ただ純粋な疑問を抱いただけでして」

申し訳ございませんと頭を垂れる影一に、球根型の口を開く。

氷のブレス攻撃”アイスコフィン”を放とうと、妹屋が半身の球根部に力を込め――

「氷付けにしてやる、”アイス――げぼっ!?」

妹屋の顔がぐにゃりと歪んだ。

鼻から血を吹き出し、よろめかせたその頬に――綺羅星のメリケンサックが勢いよくめり込んでいた。

「が、っ……!」

敵がモンスターであろうと人間であろうと、綺羅星のやることは変わらない。

ただただ、邪魔する奴をいじめ抜く――彼女にとって妹屋もモンスターも同じもの。等しく殴ればダメージを受ける。

そして、先生が見守ってくれてるなら練習であっても勝機が必ずある――!

「んのっ……クソ委員長があああっ!」

けど、手応えが薄い。

数発殴り飛ばすも、妹屋から感じる魔力減少は微々たるもの。……やはり、勝てない。

それを理解した上で、綺羅星は妹屋にインファイトを仕掛ける。

スキル”フレイムウォール”は、あまりに距離が近すぎると自分自身をも巻き込む可能性がある。

スキル”アイスコフィン”は口からしか吐けず、球根部の上にいる綺羅星には当たらない。触手攻撃も、本人の身体が邪魔して当てづらい――この敵は遠距離を多数持つが、インファイトが弱点だ。

”察”を全開にしつつ拳を握る。己の宿敵へと拳を振るい、殴れ、殴れ、ひたすら殴れ。

私の愛した”友達”だ、遠慮なんかいるものか――

「っ……スキル”ライトニングレイ”!」

「っ!?」

バチン、と弾ける電撃音とともに、綺羅星の視界が真っ白に染まる。

激痛。そして浮遊感。

身体を駆け巡る魔力の奔流に、しまったと反応する間もなく、綺羅星の身体が弾かれ地面へと叩きつけられた。

ぐわんと視界がひっくり返り、目がくらむ。前後不覚。

ダンジョン内でのダメージは全て魔力換算されるため、攻撃が電気だからと即感電死することはない。けど、今のは一体……?

「ああ、愚か。本当に愚かね委員長。以前の私みたいに、殴れば片付くとでも思った? けど残念。いまの私は、強い。強いのよ。そう、あなたにボコボコにされたあの時のあなたと、私は違う……私は、新しく生まれ変わったのっ……!」

ぎゃはは、ともはや元の面影もなくケタケタ笑う妹屋。

その周囲にまとわりつくのは、雷の渦だ。

炎の壁、氷のブレスに続く第三のスキル――雷撃スキル”ライトニングレイ”。

「全方位攻撃……!」

「ええ。このスキルなら、あなたのようにちょこまか動くタイプにも効果は抜群でしょう?」

……まずい。戦闘の相性が、極めて悪い。

正面を攻めれば、炎の壁によるカウンター。距離を取れば無数の触手、下半身を攻めれば広範囲の氷ブレス。

そしてインファイトには、雷による自身周囲への範囲攻撃――とても回避できる範囲じゃない。

そのうえ奴には、鎌瀬妹屋という人間の思考がある。

普通のモンスターのように、特定の行動ではめたりパターン化することが出来ないのだ。

……どうしたらいい?

先生、と、綺羅星は無意識に助けを求めそうになり、押しとどめる。

ダメだ。先生に頼っていては、昔の私と変わらない。……それに先生が静観しているということは、綺羅星一人で状況を打破できるという意味でもある。

見落としているのだ。氷竜戦の時と、同じ。ヒントはある。

ただ、気づきが足りない。――発想が、欠けている。

インベントリ内のアイテムを思い返す。攻撃、回復、補助アイテム――ダメだ、何もない。じゃあ地形利用? モンスター独特の習性を利用する?

違う。敵を倒すのに必要なのは……火力。

閃きが走る。インベントリ内の、チェーンソーなら……?

いや。この戦闘で取り回しの悪い大物を出したら蜂の巣確定だ。せめて相手の動きを止めるか、鈍らせるかしなければ。或いは、ガッツポーションを使って無理やり相打ち狙い――いや、魔力の総量差を考えると絶対に押し負ける――!

「くっ……!」

まとまらない思考が判断を鈍らせ、捌き損ねた触手が綺羅星の腕を打つ。

その様に、満足そうに見下ろしてくる妹屋に、……負けたくない。

負けたくない、負けたくない、負けたくない。

だって、ここで負けたら――私はまた、弱い委員長に逆戻りしてしまう。

それは私の人生における敗北。敗者になってしまうに等しい行為であり、今まで掴んだ全てを失ってしまうことになるんだから――!

「綺羅星さん。もし、目の前の相手があの化物でなく、神雷の狐ファムファルだったらどうしますか?」

「え?」

「私は、人間の感情を軽視はしません。憎悪や憤怒、嫉妬に復讐。大いに結構。……しかし同時に、あなたは掃除屋でもある。感情だけでモンスターを倒せないことは、幾度も学ばれたかと」

冷や水を浴びせる影一の発言に、……そうだ、と思考がリセットされる。

相手が妹屋でなく、ファムファルだったら?

勝機が薄い。勝てないと思ったら?

「――っ」

かっと目を見開き、綺羅星はインベントリを出現させながら妹屋に突撃。

放たれた”ヘクサウィップ”を転がるように前転でくぐり抜け、

「バカね! 同じ手を喰らうとでも思ってるの!?」

見切った妹屋は半身の口をガバリと開き、氷のブレス”アイスコフィン”を放とうとし――

綺羅星はインベントリより右手にボールを握り、地面に叩きつける。

ボフン、と間抜けな音とともに噴出されるのは、ドライアイスのような大量の白い霧だ。

”煙玉”。

ただ視界を奪うだけの煙幕に、「んんっ!?」、と妹屋が苛立ちスキルを放つ。

「目くらましなんて、あなたらしい卑怯な技ね。でも無駄よ、”ライトニングレイ”!」

発動と共に全方位に放たれた雷は、敵がどこから攻められようと確実に捕らえることが可能だ。運良く追加効果で麻痺も加えれば、勝負はついたも同然。あとはなぶり殺しにしてやるだけ。

だが――手応え、なし。

「!?」

馬鹿なと身を引いた妹屋は、血走った目で煙幕を睨み付ける。

……委員長は、どこ?

あの生意気にして卑怯な委員長のことだ、必ずこちらの隙をうかがい迫るはず。

見失うな。油断するな。

今日こそ綺羅星善子という女を徹底的なまでに叩き潰し、人生の汚点を晴らすのだ。絶対に。鎌瀬妹屋の名にかけて。

前か。横か。

上か、それとも地面……?

妹屋はぎりっと奥歯を噛みしめ、殺意を高め集中する。さあ、どこからでもかかってきなさい――

*

部屋から転がるように脱出し、綺羅星はあわてて距離を取った。

……影一が、室内にいる。

よく考えればそれは、封鎖されていた入口が破壊されていたことを意味する。

そう――逃げれば、良かったのだ。

「正解です、綺羅星さん。勝てない敵からは逃げる。掃除屋として、人としての基本です」

「……っ」

「屈辱的だという気持ちは理解します。……しかし、ダンジョンは非情です。強い者が強く、弱い者は弱い――勝機が薄いと判断したなら、逃げるのは卑怯でも何でもありません。……そして、将来の勝利を獲得するため、一時的な撤退や敗北を受け入れることは、決して間違いではありません」

人間、命あっての物種ですと言われ、綺羅星の乱れた心が僅かに落ち着く。

……それでも。

あの女相手に、尻尾を巻いて、逃げてしまった。

苛立ちと、己への不甲斐なさに、綺羅星は改めて痛感する。私は……

「……弱い、ですね。私は」

「ですが、良い勉強になったでしょう? 勝利から学ぶことは大切ですが、敗北から学ぶことも多い。そして人生とは往々にして、敗北からスタートすることが大半です。……その上で、これだけは約束します」

と、影一は含み笑いを浮かべ、綺羅星に優しく諭した。

「己の敗北を認め、強くなろうと志す人間は。……己の敗北を決して認めない愚か者より、強くなる。そもそもあの愚かな女子高生のように、ただモンスターと合体しただけで強くなったと誇るような馬鹿に、私の自慢の弟子が負けるなどあり得ませんよ」

先生に柔らかに語られ、綺羅星の心境が僅かに救われるも――

それでも悔しいな、と。

綺羅星は久しく味わう屈辱感を抱えながら、影一とともにダンジョンを脱出したのだった。