軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第132話 雑魚モンスター

綺羅星の思考が、現実への理解を拒む。

戦闘中に呆然とするなど掃除屋として、狩人としてあってはならないと散々学んだにも関わらず、目の前の光景が理解できない。

球根のような胴体を携えた、人と植物の融合モンスター。

その本体とも呼べる部分に見知った顔が……綺羅星のもっとも憎むべき敵がいることに思考が追いつかない。

「ふふ。あは、あははははっ! その顔を見たかったわ、委員長」

げらげらと醜悪に笑うのは、間違いなく綺羅星にも聞き覚えのある声だ。

ねっとりとした陰鬱な声ではない、悪辣な女王のような笑い声ではあったけど……一年以上イヤというほど耳にした、綺羅星を苛む声を間違うはずがない。

けど、どうして。

「…………何、それ。どう、なってるの?」

「ああ、ごめんなさい。あなたの理解は、まだそのレベルだったわね。けど、見れば分かるでしょう? 私ね――見ての通り、素晴らしい力を手に入れたの」

鎌瀬妹屋らしきモンスターが、己の力を誇示するかのごとく触手を見せびらかす。

挑発するようにうねる植物の蔓が、綺羅星に現実を突きつけてくる。

先生の話でも、人間がモンスター化するなんて聞いたことがない。そもそも、そんな事実が公になったら世界中がパニックに陥るはずだ。

……問題はそれだけじゃない。

彼女が醜悪なモンスターになったということは……今まで、全ての人間関係をダンジョンによる暴力で解決してきた、綺羅星では――

「っ……!」

無意識に飛ばしていた”察”に攻撃反応。

右、と飛んだ刹那、綺羅星の脇をぬるりと触手がすり抜けていく。

「最高の気分よ。ねえ委員長、どう? あなたが見下してきた相手に虐げられる気分は」

「くっ……」

「悔しいでしょう? 腹立たしいでしょう? ええそうよ。私はね、ずっとあなたにその屈辱を味らせ続けてたの。……分かるでしょう、この気持ち」

「最初に私を虐めてきたのは、あなた達の方でしょう? 友達のフリをして」

「なに言ってるの? 私はあなたのことを、本当の友達だと思ってたのに。それなのにっ……!」

妹屋の顔に憎悪が浮かび、綺羅星が飛び退く。

左右から迫る触手をなんとか回避し、眼前に迫るもう一本を手甲でいなす。

「けど、それももうおしまい。今の私なら、あななた如き雑魚――幾らでも踏み潰せる!」

「…………」

「たかが人間、どんなにレベルを上げたって、その辺のJK如きが、ホンモノのモンスターに勝てると思わないことね!」

あは、あははっ! と気色悪い哄笑とともに迫る触手。

上下左右の六連”ヘクサウィップ”を前転で回避し、敵に仕掛ける――直前で、バックステップ。

球根部の口ががばりと開き、噛みつき攻撃をすんでのところで回避。

ダメだ、反撃の機会がない。……いや。大切なのは、反撃のチャンスじゃない。

攻撃を捌き、先生の救援を待つことだ。

先生なら。きっと先生なら。人間とモンスターが融合した恐ろしい化物相手でも、何とかしてくれる――

そう、頭では思うのに。

感情の制御が追いつかない。

鎌瀬妹屋という、人生最大の敵に。

一度見下し、格付けが済んだと判断した相手に……マウントを取られるその事実に、綺羅星の心が、納得しない!

「くそ、くそっ……!」

分かっている。私は間違っている。

けど、せめて一撃。未知の化物に対する恐怖と、鎌瀬妹屋に遅れを取っているという屈辱がごちゃ混ぜになり――綺羅星は攻めと、逃げと、どちらを取ればいいか分からず曖昧なまま飛び上がる。

「ああ、愚かな委員長。その手は通じないって学ばなかったの?」

妹屋がゲラゲラと笑い、再び眼前に”フレイムウォール”を展開。

眼前に出現した炎の壁――しかし予め呼んでいた綺羅星は、拳を振り上げたモーションを取りながらも、敵に飛びかからない。

否、ジャンプした時点でフェイントにすると決めていたため、敵に飛びかかる軌道自体を取っていない。

スキルには固有の発動硬直モーションが存在する。

それは相手が鎌瀬妹屋であっても同じ。なら、スキルをつり出せば、別の隙が出来る――着地した綺羅星はすかさず地を蹴り、敵に猛追。そのボディに一撃食らわせてやると迫り、

ぞくり、と。

”察”による悪寒を覚え、急ブレーキをかけ真横へ転がった。

「”アイスコフィン”」

「連続攻撃!?」

がば、と球根部分の口が開き、氷のブレスが放たれる。

雪の大地を凍てつかせる薄氷の吐息が、魔物の球根部から放たれ――辛うじて横転し回避した綺羅星は、はっ、と白い吐息を零しながら……悟る。

ダメだ。勝てない。

単純なレベル差の問題だけではない――今のは確実に、狙って放たれた不意打ちだ。

綺羅星が格上相手にも勝てるのは、相手がモンスターであることが前提にある。

モンスターは思考を持たない。特定のルーチンに基づき行動するAIに過ぎず、行動パターンを見切れば付け入る隙がある、それが対モンスターにおける絶対条件。

けれど、いま。

綺羅星の前に立ちはだかるのは……鎌瀬妹屋という明白な意思を持つ、モンスターの粋を越えた化物だ。

それは、あまりにも未知の存在だった。

モンスター特有の超ステータスを所持しながら、人間と同様の思考と行動ができる。例えるなら、ボスキャラクターをプレイヤーが操作できるようなものだ。

……そんな、化物相手に、私が。

いや。もしかしたら先生ですら、勝つことが困難な相手なのでは?

「ほら、どうしたの委員長。足が止まってるわよ? ほら、ほらほらほらほらほらぁっ!」

「く、っ!」

動揺した隙を突かれ、しなる蔓が綺羅星を打つ。

避けられたはずの一撃が身体をかすめ、がりっと魔力の削られる感触に顔をしかめる。まずい。まずい。動揺と恐怖が、綺羅星の動きを鈍らせ、受けるはずのないダメージが蓄積する。

心が、負けている――その事実を認めるのが嫌で、悔しくて。

けれど無意識下の恐怖が、敗北感がひしひしと綺羅星に染まり、絶望に染めていく。

それを悟られるのが、何よりも屈辱的であることが、綺羅星の思考にノイズとなり、感情を乱していく――

「ひひひ、いひひひひっ! さあ委員長、あなたはここで終わりよ。でも安心して? すぐに殺したりなんかしないわ。あなたには今まで私に与えてきた屈辱を、何倍にも、何十倍にも、何百倍にもして返してあげる!」

「っ……こんなっ……!」

「魔力を回復して、搾り取って、また回復して――すぐに殺しなんてしない。ダンジョンの地下で永遠に飼ってあげる。あなたの心が折れ、私に頭を垂れて自ら土下座して、その心がゴミカスのように壊れるまでいたぶっていたぶって、徹底的に壊してあげるんだから!!!」

妹屋が笑い、その言葉を実現すべく蔓がしなる。

綺羅星の腕を打ち、太ももを傷つけ頬を叩く。回避しきれなくなっている。身体が痛い。心が痛い。ダメだ、心が折れかけている。

……私が。

ダンジョンでは決して負けない、そう思い上がった綺羅星の心を、ズタズタに砕くように――

「っ……!」

怒りはある。苛立ちもある。けど――私では、勝てない。

これは、無理だ。狩人としての経験が、理解が、いまの鎌瀬妹屋の存在すべてが、自分を上回っていると認めざるを得ない……!

――先生。

先生、先生、先生――お願いします。

神狐なんて比じゃない、こんな化物相手に。

私では、絶対に勝てない――!

「先生……っ!」

絶望に染まりながら、それでも綺羅星は反射的に”察”で周囲を察する。

何か。何かひとつでも手はないか、祈るように気配を探り、

「………え?」

ふと。背後にいつもの魔力があることを”察”する。

びくっと震え……振り返れば……いつから、だろう。

ツタに覆われ、頑強に封をされていた扉の、手前に――

影一普通が。

当然のように腕組みをしながら、ふむ、と興味深そうに綺羅星達を伺っていた。

「「…………は?」」

綺羅星に続き、妹屋もようやく影一に気づいて、は? と揃って動きを止め。

しかし影一はそんな二人をものともせず、失礼、と頭を垂れた。

……先生。もしかして、私を助けに――

「モンスターと人間の融合。これは私も知らない概念ですね。非常に興味深いですが……とりあえず、いまは私のことは居ないものと思い、続けてください」

「「は???」」

「何か問題でも? それと、綺羅星さん。戦闘中に気を抜いてはいけませんよ。いくら私がいるからといっても、ね」

「え……いえ……先生? ……助けに来てくれた、のでは?」

この人は、何を言っているのだろう?

久しく理解できない感覚に陥る綺羅星に、しかし、影一は平然と微笑み。

「そうですね。一応心配になりまして、別の戦闘を切り上げ、こちらに来たのですが……必要なかったかな、と」

「はい?」

「綺羅星さんも、ご自分で仰っていたではありませんか。……最近、慢心している。格上と戦いたい、と。その練習相手として丁度いいでしょう?」

と、影一はそっと、妹屋を指刺し――

「そこにいる、雑魚モンスターが、ね」

え。え。……雑魚???

……このバケモノが?

いや確かに、格上と戦いたい、とは口にしたけど……

これが、雑魚?

「綺羅星さんの弱点である感情を乱し、まともに戦えば苦戦必至の相手。だからこそ、ご自分で対処法を考える価値があると考えます。私はこちらで見学していますので、どうぞご自由に。……それに、私もたまには空気を読みます。若いJK同士、友達同士の愛らしい青春キャットファイトに、おじさんが割って入るのは無粋でしょう?」

「…………」

「自分の問題は、自分でカタをつける。狩人の……いえ、大人の基本です。頑張ってください」

壁に背を預けて腕組みし、どうぞご自由に、と後方見守りおじさん態勢に入る影一に、綺羅星はより一層混乱する。

……妹屋が、ザコ?

何言ってるの、この人!?