作品タイトル不明
第131話 因縁
足を絡め取られ地面を引きずられていく綺羅星は、っ、と奥歯を噛みながらインベントリを展開。
赤色の瓶を取り出し、絡みつく蔓の触手にぶちまける。
”火炎ビン”――実際には酸を含んだ攻撃型ポーションは、炸裂することで対象に火炎および酸ダメージを与えるものだ。
じゅっと煙をあげ、ダメージを受けたらしい触手が綺羅星の足から離れる。
慌てて立ち上がるも、そこは既に敵のテリトリーだ。
手広い部屋――入口に幾重ものツタが絡みつき、頑強に封をされていた。
入室と同時に扉にロックがかかるタイプは、ボス部屋やトラップ部屋でたまに見る。けど、モンスターの側から狩人を連れ込むタイプは初めてだと構える綺羅星の前で、大地が揺れる。
地面より突き出すように出現したのは――巨大な、球根のような形状の化物。
全長は、およそ五メートル程度だろうか。
タマネギのような下半身は幾重ものツタに覆われうねうねと波打ち、中央に巨大な口のような影が窺える。触手にて相手を掴んだ後、その口に頬張り込むのだろう。
球根の頭上につくのは、人型の女性。
腰回りに五枚の花を咲かせ、人間の少女に近いそれは、しかし、人とは異なる青白い肌に、蒼い縦長の瞳孔を見開き醜悪な笑みを浮かべている。
……強い。
”察”で感じた魔力保有量は……氷竜以上。
最近ようやくLv20程度に達した綺羅星では、明白な格上――そのうえ、攻撃パターンも未知。
綺羅星は背後を”察”で伺う。
扉は、閉じられたまま。先生の気配は、ない。
ミスれば即死――浮かんだ恐怖を理性でねじ伏せ、メリケンサックを構えて、防御に徹する。
初見の相手は、攻撃パターンを見切るのに専念。……ついさっき復習した知識だ。
どんなに強大であっても、モンスターはモンスター。行動パターンは定められたルーチンに従うし、仮にファムファルのようなランダム性を持つ敵であっても、ランダム攻撃だと理解できただけで対応しやすくなる。
それに、時間は綺羅星の味方だ。敵を倒す必要はない。
時間さえかければ、先生が救援に来てくれるから。
クケケ、と植物の頭についた女型モンスターが不敵に笑い、球根から伸びた蔓が鞭のようにしなり迫る。
植物系モンスターの得意技は蔓や枝による物理攻撃、および、ガスや胞子による状態異常であるケースが多い。不用意な隣接は避け、距離を取って戦うべき。
綺羅星は地を蹴り”察”で予測した串刺し攻撃を転がるように回避。
横に飛んだところへ、さらに鞭のごとく蔓が振り下ろされ、間に合わない、と判断した綺羅星は勢いよく腕を振り上げ、
「ふっ……!」
タイミングを合わせ、片手でパリィを行いダメージをいなす。
手の甲に走った激痛を抑えながら、それでも直撃よりマシだと判断。
「この程度の攻撃なら……って、言いたいけど……!」
通常攻撃だけなら、見て、察していなすのは可能だ。
無論、それで終わる相手でないのは重々承知している――来る。
タマネギ状の胴体に触手が収まり、奇声をあげるモンスター。
直後、六本の触手すべてが弧を描くように左右、斜め、頭上そして地面から勢いよく綺羅星に迫る。
スキル”ヘクサ・ウィップ”――蔓による六箇所同時攻撃。
上下左右すべてを防がれた綺羅星に回避する術はなく、後方に飛んだとてじり貧になるのは目に見えている。
なら、選択は前。
あえて前転し、弧を描く一撃をすりぬけ眼前に迫る。
正面に現れる、モンスターの胴体――球根型の口ががばりと開き、綺羅星を丸呑みにせんと迫る。
「それは、読めてる」
口に至る寸前、綺羅星はぎゅっとブレーキをかけ――再びインベントリより”火炎ビン”を投擲。
綺羅星は生粋のインファイターだが、殴って楽しいのは人間のみ。対モンスター戦においてはまた別だ。
師匠の教え、何でもあり。
火炎放射に殺虫材、地雷に毒ガス、何でも使う先生に学んだ綺羅星は、手段を選ばない。
「ギュルオオオオオオッッッッッ」
植物型モンスターが声にならない悲鳴をあげ、触手による攻撃がゆるむ。
体表は堅くとも口内は弱い。氷竜で学んだセオリーだ。
ダメージを与えた、と察した綺羅星は――欲をかく。
追加ダメージを狙う。本体らしき女型の上半身に一撃を叩き込めば、戦闘をより有利に進められる。
守勢に回り先生を待つのも手だが、自分も、善戦できる所を見せたい。
私は、もう弱い委員長じゃない。
私はもっと戦える――攻めっ気を滲ませた綺羅星は、触手がダメージにより怯んでいるのを察し、いけると判断。
「くらえっ……!」
地を蹴り、拳を振りかぶる。狙うは顔面。
敵の本体らしき女――今なお炎と酸ダメージにより悶えている、植物の上に生えた女に一撃を食われれば、格上とはいえダメージは確実。
いける。倒せ、格上を落とせ――私は、もっともっと強くなる――
「なーんちゃって」
「……え?」
モンスターから、あり得ない、人の声がした。
ぎくりと綺羅星が怯んだ直後、正面にぶわっと熱が籠もり――炎の壁が展開される。
スキル”フレイムウォール”。
前方に炎の障壁を展開し、直接攻撃を仕掛けた敵を包むことでダメージを与える、カウンタースキルだ。
「な、っ!」
攻撃態勢に入っていた綺羅星は、なす術なく自ら突っ込み――炎にまかれ、弾かれながら墜落した。
っ、と怯みつつも炎を払い、肌を焼かれながらも立ち上がる。
幸い、威力は大したことない……?
おかしい。格上の化物が扱うスキルで、紙装甲の綺羅星に対するダメージが低いなんてことがあり得るのか?
っていうか、さっきの女の声は?
そもそも植物系モンスターがどうして、苦手とする炎系スキルを扱うのか。
混乱する綺羅星の前で、ケタケタと、ゲラゲラと、ガラスをかきむしるような不快な声が響く。
……どうしてだろう。
耳障りな声にも関わらず綺羅星の内に眠る嫌悪感が、恐怖が、どうしようもなくその精神に響きぐちゃぐちゃに乱される。
まるで綺羅星の過去を、知られたくない秘密を掴み、心臓の奥から無理やり引きずり出されるような。粘つくこの感覚は――
「ああ。その顔が見たかったわ、委員長。私ね、ずっとあなたの、その間抜け面が見たかったのよ……!」
「……は?」
今度こそはっきりと聞こえたヒトの声に、綺羅星の喉が引きつる。
……嘘、と顔を上げた、眼前。
元はモンスターの女が生えていたその身体に、亀裂が走り……。
サナギが羽化するように。
みしみしと、化物の身体がゆっくりと左右に割れ……悪しき華が、開花するように。
ソレ、が姿を現す。
「久しぶりね、委員長。……ねえ、いま、どんな気持ち? あなたが虐めた相手。あなたが”下”と決めつけた相手に、もう一度いじめられるってどんな気分?」
ねえ。ねえ。教えて? いま、どんな気分?
もちろん私は、最高の気分よ。
……ねっとりとした唾液のような糸を絡めながら、産まれたのは……
見間違うはずもない。
綺羅星にとって因縁の、そして、この世で最も憎み恨み潰すべきだと決意した相手。
モンスターの中より生まれてなお、なぜか未だ、JKの制服を着込んだ……綺羅星の人生を変えた、天敵。
人間であったはずの鎌瀬妹屋が、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべながら、綺羅星を見下ろしていた。