作品タイトル不明
第130話 利用
刃を振るう。刃を振るう。刃を振るう。
勇者の繰り出す一撃はそのどれもが必殺級。常人であれば一振りで魔力を全損し、存在を世界から消すことが可能だ。
仮にも転生者にしてカンスト勢、並の人間に受けきれるものではない。
――それを理解しているからこそ、最初は手加減していた。
勇者の目的は真の仲間を見つけ、ダンジョンを攻略すること。
影一の言動は目に余るが、それでも心を入れ替え共に戦うと約束するなら、寛大な心で許してやろう。そう信じ、わざと手を抜いていた。
……けど、今は。
スパーダイとトート、両者のバフデバフをかけたうえ全力で刃を振り下ろしてなお軽々と避けられる。
もちろん勇者も本気は出していない。人間相手に全力で斬りかかるなんて、勇者のすべきことじゃない。
手加減。そう、ボクは心優しいから、人に刃を向けるのが苦手なだけ……!
「スパーダイ、本当にスキル効いてるのか!? もう一度だ!」
「ハジメマシテー! ”ネット・フィールド”!」
再びスパーダイの補助スキルが発動。敵の足元を絡め取る本スキルは、対象の足元に散布される。
そのため相手が耐性を持っていたとしても、足元の地形を物理的に粘つかせるため無効化が難しい。
間違いなく効いているはず、なのだ。
なのに、どれだけ刃を振っても、彼はゆらゆらと手品のように避けてしまう。しかも、
「……どうして、反撃してこない!」
男はスラックスのポケットに手を入れたまま、インベントリすら出さない。
戦場にも関わらず、自宅でくつろいでいるように――何なんだ、一体何なんだ、コイツは!
「もしかして、ボクを傷つけることを恐れているのかな? ……そうか、君にも善良な心があるんだね! けど、安心して欲しい。ボクは勇者だ、君の攻撃くらいでは、傷一つつかないと約束し――」
「いえ。手の内を知られたくないだけです」
ポケットに手を入れたまま、影一は視線すら合わせず優雅に笑う。
「私はいま、違和感を覚えています。……戦闘を、何者かに監視されている。その相手に、手の内を見せたくないのですよ」
「は……?」
「戦闘とは情報の勝負でもあります。敵の攻め手を知らず、こちらの攻撃方法だけを一方的に開示しては、情報アドバンテージを与えてしまう。カードゲームで己の自分の手札を公開したまま戦う者は、いないでしょう? ゆえに不要な攻撃は控えているのです」
ポケットに手を入れたまま不敵に答える影一に、勇者は一瞬、理解が及ばず……
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
不要な攻撃は、控える?
……存在するかも分からない敵のために、温存する?
つまり彼にとって、勇者は――ボクの存在は、対処すべき必要もないものだと?
「……勇者を前に、ずいぶんと余裕をみせてくれるね。それとも、誘っているのかい? ボクの本気を見せてみろ、と!」
「いえ全く。必要な事務処理を淡々とこなしているだけに過ぎませんが」
「なら、この一撃には耐えられるかい?」
聖剣エクスカリバーEXを正眼に構え、魔力チャージを開始。
スキル”波動の一撃”を構えた勇者に、影一の眉が僅かに下がる。
”波動の一撃”は、発動した瞬間に超高威力の光属性レーザーを射出する超威力の必殺技だ。
例えるなら、魔力による波動砲。
ダンジョンの通路程度なら全てを飲み込むほどに巨大な一撃は当然、回避など許さない。
ただし代償として、”波動の一撃”には相応のチャージタイムが求められる。
熟練の狩人なら、即座に潰しに来るだろう――その隙をあえて晒し、敵にわざと攻撃のチャンスを与える。
敵が攻めてきたら、勇者の汎用スキル”必殺キャンセル”で反撃だ。
スキル”必殺キャンセル”は発動前、あるいは発動中の一部スキルを強制終了して次の行動に移れる。当然”波動の一撃”も発動前ならキャンセル可能だ。
理不尽な二択。波動を受けるか、カウンターを受けるか。彼に逃れる術はない。
……化けの皮を、剥がしてやる。
あの男は何故か、ボク以外に厄介な敵がいるかのように振る舞っている。けど、そんなものは存在しないと、その身体と心に刻んでやる。
そう、この場に勇者を超える脅威など、絶対にいるはずがない……!
「――見つけました」
影一が呟き、ノータイムでインベントリを展開した。
両手に構えるのは、奇妙なほど巨大なボウガン――弦の部分に、矢を五本出現させるのを確認し、
「っ、”エアスクリーン!”」
勇者は”波動の一撃”をキャンセルし、防御スキル”エア・スクリーン”を展開する。
”エア・スクリーン”は効果時間こそ短いが、遠距離物理攻撃を100%回避可能だ。
とはいえ遠距離か、厄介だなと敵の武器を確認した……直後。
放たれた矢はまるで見当外れの方向、勇者のいる天井へと突き刺さり――
「うわ、うわわっ! ごめんなさいいいいいっ!」
ガラスが砕けるような音と共に、突如出現したマーブル模様の異空間ゲートがひび割れ。
ぼて、と。
小太りなセーターを着込んだモサ男、……モンスター兄さんが、ぼてっと落ちてきた。
……は???
え。モン兄? 君、留守番してたんじゃ……
「うわ、わああっ……おじさん、ぼぼ、僕なんか狙っても意味ないですよ!? よ、よ、弱いものいじめ反対! いじめ、よくない!」
「文部科学省の定義によりますと、いじめとは該当生徒がほかの児童生徒より心理的、物理的に攻撃をうけ、苦痛を感じている状態を示すそうです。ちなみに大人の場合はハラスメントなどと言われますが、何れにせよ暴力は宜しくありません」
「暴力を振るってるのは君じゃないですかあああああっ!」
「それは事実です。認めましょう。しかし私の”察”をかいくぐる程の実力者を野放しにすることは、私の安心安全ノンストレスの矜持に反します。――あなたの存在は、非常に危険だ」
影一がすかさず魔力の矢を番え、連続射出。
機関銃のごとき乱打は、しかしその全てが勇者を無視して、陰キャ男へと放たれた。
ひええ、とモン兄はあたふた情けない声をあげながら――ひゅん、と地面に描いたゲートに隠れて姿を消した。
「”転移ゲート”スキルですか。短距離であれば地形を無視して移動できる、厄介なものですが……」
「ぼぼ、僕には戦闘能力がないから……お願いです、見逃してくださいいいいいっ」
「却下」
影一が眼鏡を押し上げ、虚空を打ち抜く。
“転移ゲート”による空間移動は目視不可のはずだが、男はまるで目に見えてるかのように空中を貫き、再びガラスの割れたような音が響く。
みしり、と再び空中に現れたゲートがヒビ割れ、ざざ、と映像が揺れるような音はするが――ゲートは砕けず、中からあたふたと顔だけ覗かせる、モン兄。
「“転移ゲート”は本来ダメージを受ければすぐ崩れる筈ですが……あなた。何者ですか?」
「あ、えと、僕ですか? ぼ、僕の名前は、モンスター兄さん……ただのモンスター好きなオタクでぇ……あっあっ……そのぉ……」
「モン兄? ――もしや、モンスターをテイムする技能を授けるNPC”モンスターお兄さん”? そのゲート、もしや通常の”転移ゲート”でなく、モンスターを預かるイベント用の特殊スキルでしょうか」
自己紹介を挟む合間にも、影一は構わず矢を放ち続けた。
モン兄と呼ばれた男があわわと再びゲートに潜り、ひええと情けない悲鳴をあげ姿を消す。影一より放たれた矢が幾度も刺さるが、ゲートが崩れる様子は無い。
その攻防を横目に、……何だこれは、と勇者は呆然とする。
どうして。
どうして。
どうして、奴は――勇者たるボクを無視し、あんな陰キャ男を狙い撃ちしている?
確かに、モン兄のスキルは特別だ。モンスターをテイムし味方につける技能は、世界を変える力を持つ。
それに彼は情報提供にも優れる。影一の話を持ち込んだのも彼だ。その有能さを買って、勇者の真の仲間に加えた。
けど所詮はお助けキャラ。
自ら戦うこともせず、逃げ回るしか能のない一般人を……
勇者たるボクより、狙い撃ちしてる、だと?
「いい加減にしたまえ、影一クン! 勇者たるボクを無視して、無害な一般人を狙うなど卑劣極まりない!」
怒りを魔力に変え、勇者はチャージを再開。
”波動の一撃”を再度構えながら――主人公はボクだ、と力を込める。
ボクと勝負をしろ、卑怯者。でなければ、次の一撃は確実に貴様の胴体を貫く!
陰気な男と遊んでる暇があるなら、ボクを見ろ。ボクに注目しろ。だってボクは世界の主人公であり、貴様という悪を打ち倒す勇者なんだから――
ピピッ
耳慣れない音。
直後、爆発音。
「っ!?」
目の前でいきなり爆発が発生し、反射的にチャージを解除してしまう。
何だ?
攻撃……じゃない。通路の爆破?
何の真似だ。ボクを攪乱するための、卑怯な戦術か。
爆発により、雪景色のなかに燃え上がる炎。
その熱に紛れるように、ダンジョン内に轟くのは、
『グルオオオオオ――――――ッ!』
強大な、獣の悲鳴。
「なっ……!?」
もうもうと吹き上がる煙の中より乱入してきたのは、人とは明白に異なる獣の影。
パチパチと輝く雷球をまとわせながら現れた美しき獣は、白き九尾をゆらりと揺らし、矮小な人間にすぎない勇者をぎょろりと見下していた。
「神雷の狐”ファムファル”……!」
「丁度見かけたので、利用させていただきました。狐さん、敵はあちらの勇者です――私は別件があるので、お相手してあげてください」
「くそ、なんて卑怯な!」
影一の語りがどこからともなく木霊し、くそ、と勇者は顔を歪めて舌打ちした。