軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第129話 優先順位

勇者と名乗る男が抜刀とともに半月状の魔力刃を放つ。その武器に、影一は見覚えがあった。

”白き聖剣・エクスカリバーEX”――LAWがリリースされた直後、最強の剣とされた聖剣エクスカリバーを強化したその剣は、威力もさることながら使用者自身に強力なステータス上昇効果を与えることでも有名だ。

攻撃力や守備力はもちろん、速度や攻撃魔力、果ては体力など満遍なく適用されることから、実装当時は公式チートと揶揄されていた武器である。

無論その入手難度も高く、現世における武器としては規格外と呼べるもの。

勇者がにたりと笑う。

「影一クン。君が前世でどれ程の実力者だったかは分からない。けど、君でもボクの強さは理解出来るだろう? 聖剣エクスカリバーEXに、聖者のマント・真を中心とした勇者一式装備。もちろん状態異常対策のアクセサリも揃えている。仮に君が有数の実力者であったとしても、ボクに勝てる見込みは……」

「”神威”はお持ちですか?」

「は? 何だい、それは」

「その返答で十分です」

程度が知れましたと語る影一に、勇者の頬が引きつった。どうやら怒りを買ったらしい。

……しかし怒りの表情はすぐに、憐憫に置き換わる。

「……可哀想に、影一クン。……君はどうやら、ずいぶんと悲惨な人生を歩んできたようだね」

「その心は?」

「君は両親に愛されず、誰にも理解されず、その歳まで生きてきたのだろう。だからこそ、人を小馬鹿にするようなコミュニケーションしか取れない。孤独で、他人に受け入れられた思い出がないから、そんな寂しい返答しか出来ないんだ」

「不要だとは思いますが、お答えしましょう。私は単に他人の干渉を鬱陶しく思うタイプの人間だというだけの話です。押しつけがましい愛や正義など、どれもこれも面倒臭い。そう感じる人間など、この世にごまんと居ませんか?」

「――愛を知らない君に、ボクの愛を、教えよう!」

勇者が剣を掲げ、「スパーダイ! トート!」と背後の美女に号令をかける。

金髪美女のスパーダイが、はーい!と両手をバンザイした。

「ハジメマシテー! ワタシ、 パーティのミンナを守る愛のギャルネ!」

「私、トート。僧侶。隣のバカと一緒にしないでくださいね」

「バカって言わないノ! ホントダケド!」

「何で君らは二度目の自己紹介してるんだ、そうじゃない、補助スキルだ!」

勇者の怒声に二人が杖を構え、バフスキルを発動。

「ハーイ! スパーダイ、補助シマス! ”ヘイスト”」

「トート、補助します。”リジェネーレーション”」

勇者にかけられたのは、シンプルなバフスキル。速度上昇と、魔力回復の再生効果だ。

アタッカーである勇者にバフを集中させてからの正面突破か。言動はともかく戦闘はセオリー通りだなと確認しつつ、影一は戦闘プランを練り始める。

自称、転生者である勇者は”察”したところ確かに膨大な魔力を有している。

レベルは、少なくとも250はあるかもしれない。しかし――

ただレベルが高いだけだな、と影一はポケットに手を入れ、滑るように地を蹴った。

*

(クソ、思った以上に素早い……!)

真空の魔力刃を放ちながら、勇者は心のなかで舌打ちする。

彼の放つスキル”旋風刃”は剣系スキル基本技のひとつだ。本来はさほど威力のない技だが”エクスカリバーEX”の火力が乗れば相応のダメージに繋がるだろう。

が、影一はひらりひらりと揺れるように回避し、当たらない。

逃げ足だけは速い奴めと舌打ちし、

「スパーダイ、トート、相手を鈍らせろ!」

「ハジメマシテー! ”ネット・フィールド”」

「私、トート。補助します。”アンチ・ヒール”」

スパーダイとトートの補助スキルが影一に迫る。

スパーダイが放ったスキル”ネット・フィールド”は、粘着性のネットを敵の足元に広げ、動きを鈍らせる設置型デバフだ。

さらにトートのスキルは、ポーション等の回復効果を阻害するデバフスキル。

相手を鈍らせ、回復を封じダメージを蓄積させる――勝負はここからだ!

「”フレア・バースト”!」

勇者の右手より放たれし三つの炎が、影一に迫る。正面、右、左。

直撃すれば大火傷だ。避けるなら、上か、後方――だろう?

影一が地を蹴り、バックステップ。予想通り。

すかさず勇者が前進、ヘイストとネット・フィールドにより発生した速度差をもって、宙に浮いた相手へ必殺の剣技を放つ――

「正義の刃、受けるがいい! ダブル・スラッシュ!」

相手の眼前に迫り、エックスを描くように剣を二度振る。

スキルの中でも最速発動に近い一撃は、ダメージこそ中程度だが回避不能。さらに彼の回復は、トートのアンチ・ヒールにより防がれる。

無論、斬り殺すつもりはない。ダメージを多少与える程度だ。

普通の人間なら、これで自分が不利になったという自覚くらいは持つだろう?

さあ、分かったならボクと共に来るんだ――という意識は、無人の空間を裂いたことで、露と消える。

「……え?」

十字に放たれた刃が、空を切る。

――いない?

馬鹿な。いま奴は確かに、そこにいたはず……

「ひとつ尋ねたいのですが。あなたは本心から、私を仲間にスカウトしようと訪れたのですか?」

「な、っ」

勇者が飛び退くと、影一はいつの間にか――自分の隣に佇んでいた。

平然と。仕事帰りにふらりと立ち寄ったかのような、自然な姿で。

っ……いつの間に? なんだ、こいつは。攪乱のつもりか?

いや、動揺するな。幻影スキルか、何らかのトリックを仕掛けられたに違いない。堂々としていろ……!

「……影一クン。ボクは至極、まっとうな交渉に来たつもりだけど? 君を、ボクら勇者のパーティに誘うためにね!」

「私には、そうは思えませんが」

「君が聞く耳を持たないのが、悪いんだろう?」

「ではどうして、ダンジョン深層にて私のスカウトを始めたのでしょう?」

「それは、君がダンジョンにいたから……」

「本当に?」

声を詰まらせた勇者に、影一はゆらゆらと不規則な移動を始める。

右、左、左――幽霊のように揺れる歩幅はどうにもつかみ所がなく、勇者に狙いを定めさせない。

「あなたが本当に、勇者として協力を申し出るのであれば事前にアポを取り、正式な話し合いの場を設けるべきでしょう。今の時代オンラインでの交渉も、メールもSNSもあるのです。わざわざ人目のない、ダンジョンの深層で姿を現す理由がない」

「っ……」

「――そう考えれば、あなたの狙いが読めてくる」

不規則かつ奇妙なステップに、勇者の顔が苛立ちに歪む。

何だ、何なんだコイツはと苛立つ前で、影一がそっと人差し指をこちらに突きつけてきた。

「あなたは、私に断られて恥を掻きたくなかったのです。人目につかないダンジョンでの交渉であれば、失敗しても暴力で押し切れる。相手が言うことを聞かないなら、無理やり聞かせてしまえばいい――透けて見えますね。あなたの傲慢さが」

「っ……本当に、君は愛を知らない男なんだね。可哀想に。……本当に哀れだ。他人を疑いの目でしか見れない……だから、そんな寂しい発想しか出来ないんだね」

「解釈はご自由に。あなたにどう思われようと、私にとっては些事ですから」

くそ、と勇者はふたたび剣を横薙ぎに払い、魔力の刃を放つ。

スキル”旋風刃”による連続攻撃。ひたすら牽制を仕掛けるも、影一はまるで風に乗るかのようにふわふわと揺れ、時に後方に引くことであっさり難を逃れてしまう。

くそ、なんて回避力だ。……こうなったら、戦術を変えるしかない。

勇者は剣を手前に引く。左手を突き出し狙いを定める。一見すると突進技の姿勢に見えるが、実際にはカウンター技の構えだ。

攻撃を受ける刹那で見切り、懐から鋭い一撃を仕掛けて相手を討ち取る――勇者のもつ得意戦法のひとつだ。

さあ来るんだ、影一クン。

逃げてばかりでは勝てないぞ? 君の信念を見せてみろ。さあ!

構える勇者の前で――影一は変わらず、ふらふらと移動するのみ。

隙をうかがっている……にしては、反応が鈍い。

というか、攻撃をしてこない。

「……どうしたんだい? 攻撃しなければ、ボクは倒せないよ? ……もしかして、ボクを傷つけることを恐れているのかい?」

「いえ全く。別件ですのでお気にせず」

「は?」

「先程から、妙な気配を感じるのですよ。何者かに観察されているような……じつに不愉快です」

影一がネクタイを弄り、空を見上げる。その仕草から、そもそも彼は勇者を見ていないと気づく。

……どういうことだ?

君はまるで、別のものに注意を払っているように聞こえるが……ボクは。勇者だぞ?

レベルカンスト勢の転生者だ。世界を救う者だ。

そんなボクを前に、まるで他の脅威がいるかのような物言いは……挑発にしても、不愉快だ。

「影一クン。あまりボクを不快にさせるような発言は、控えた方がいい。ボクは勇者とはいえ、いつまでも優しい男ではいられない。時に、悪い子にはきっちり、お仕置きをしなきゃいけなくなるんだよ」

「そうですか。しかし物事には優先順位というものがございます。例えば明日の夕食のメニューを考えるのと、目の前で交通事故が起きて救急車を呼ばねばならない時では、対応速度が異なるでしょう?」

「……は?」

「つまり今のあなたには、明日の献立について考察する程度のリソースしか割く価値がない、という意味です」

「っ……侮辱はそこまでだ! 勇者の力を侮るとどうなるか、思い知るがいい!」

かっと全身が熱を持ち、勇者は己の剣に力強く魔力を込める。

正義は勝つ。最後に必ず、悪に打ち勝つ。

そのことを、愛を知らない彼に教えてあげなければならない――

「侮っている訳ではありません。ただ、事実を指摘したまでですが……」

影一は至って平然と答え、眼鏡の奥の瞳を細めふたたび優雅に舞い始めた。