作品タイトル不明
第128話 一方的
「影一普通クン。君が異なる日本からの転生者であることは、別の情報筋から聞いているよ。その実力を、密かに隠していることもね。……きっと君は何らかの理由で、実力を隠さねばならない不幸な目にあったのだろう。恩人の裏切り、あるいは周囲への不信感……気持ちは分かる。けど、その不条理で不合理な生活も、もう終わりだ。ボクとともに来れば、君は世界の英雄になれる! さあ、君の力を存分に、ボクのために生かしてくれ!」
さあボクの元へ、と恥ずかしげもなく語る男に、影一はふむと思考を巡らせた。
異なる日本。
ダンジョンが存在しなかった、影一が元々知っている日本……そこには”LAW”と呼ばれるオンラインゲームが存在し――
その世界は最後、大いなる厄災に見舞われた。
ラスボス”八岐大蛇”が顕現し、世界はかの魔物に飲み込まれ崩落した、と影一は見立てている。
……つまり彼が語る、英雄になる方法とは”ラスボス”討伐に関する話だろうか?
「どうかしたのかな、影一クン。何を遠慮している? 君もまた、世界に選ばれた者。すべては人々のため、世界のため。拒む理由はないだろう?」
「…………」
「ああ。その前に、ボクの大切な仲間を紹介しよう。顔合わせは、勇者パーティとして当然の義務だからね?」
勇者が手を叩き、森の奥から待っていたように二人の美女が現れた。
「ハジメマシテー! ワタシ、魔術師のスパーダイ! パーティのミンナを守る愛のギャルネ!」
「私、トート。僧侶。隣のバカと一緒にしないでくださいね」
「バカって言わないノ! ホントダケド!」
スパーダイと、トート。
金髪ギャルと大和撫子のような二人組に、影一の眉が曇る。……妙だな。あの二人の女、”察”するに違和感が――
意識を向けようとしたが、自称勇者がべらべらと喋るせいで思考が途切れる。
「スパーダイと、トート。彼女らは転生者ではない。けれど、ボクを支えてくれる大切な仲間であり、ともに真実の愛を誓った関係だ。実力も折り紙付きなのは約束しよう。……さあ影一クン、ボクらと共に、未来へ向けて歩きだそう!」
「……失礼ながら、もう少し具体的にお話頂けますか? あなたの話は些か抽象的すぎる」
「おや? まだ訝しんでいるのかい、僕達の存在を。もしかして、気になることがあるのかな? ……ああ、もしかして君、自分のレベルを気にしているのかな? 確かに転生者だからといって強いとは限らない、それは仕方の無いことだ。それでもLV100は超えてるだろう? まあボクはもっと高いけどね!」
ふっと自称勇者がニヒルに笑い、「サスガ勇者デース!」とスパーダイが拍手をし、トートに叩かれている。
「だが、悔いる必要はないよ影一クン。人には人の器、運命というものがある。転生者であっても、ボクは選ばれ、君は実力及ばず選ばれなかった……それでも君は、ボクをサポートするという素晴らしい役目を貰えるんだ。光栄なことだろう? それに上手くいけば、君もまた英雄を支えた功労者として、世界に名を残すことができる。なら、悪くないだろう?」
まあ、主人公はボクだけどねと笑う勇者。
どうにも話が噛み合わないが、まずは耳を傾けよう。
彼が、どこまで知っているのか。
転生者は彼以外にも心当たりがあるが、影一の知らない情報を握っている可能性も一応ある――
「……勇者、と仰いましたか。幾つか質問しても宜しいでしょうか?」
「なんでも聞くといい。安心してくれ、ボクに答えられない質問など……」
「前世の日本サーバーにおける”ラスボス”の名はご存じですか?」
「ラスボス? なんだい、それは」
影一は心の中で、期待値の大幅な下方修正を行った。
とぼけているだけか……本当に知らないだけか。
「……あなたの、転生前の経緯を教えて頂けますか。信じない訳ではありませんが」
「確かに、それくらいは説明した方が良いだろうね。といっても、ありふれた話だけど――ボクは交通事故に遭って命を落としたんだ。幼子をひき殺しかけた暴走トラックから、子供を庇ってね。笑うかい? でもボクはどうしても、幼い命を見捨てられなかった……それだけの話だよ」
「何年頃の話でしたか」
「え? まあ、覚えてないが……年代は関係ないだろう? ボクは命を落とし、けれど神はボクを見捨てていなかった。新たな命、新たな力をボクに与え、世界を正しき姿に導いてほしいという天啓を与えられたのさ」
「天啓?」
「モンスターが存在し、ダンジョンがある世界。なら、転生者であるボクの使命は、あらゆるダンジョンを攻略し根絶すること。それが、世界を救うことに繋がるだろう?」
さあ、とステージの上に立つ舞台俳優のように腕を広げる自称勇者。
「影一クン。つぎは君の決意を語る番だ。世界を救いたいというボクの熱意に胸打たれ、共に来ると宣言して欲しい」
「…………」
「怖いかい? 世界の先頭、リーダーとして振る舞うのは。けれど安心して欲しい。主人公は、ボクだ。最強の勇者は、ボクだ。君はあくまでボクをサポートする脇役、目立つ必要はないからね?」
どうだい?
僕とともに、真の仲間としてともにダンジョンを攻略しよう!
転生者としての力を持つ君には世界を救う使命がある。否、なくてはならない。それが世界の意思だ、そうに決まっている――
「お断り致します」
「その返事を待っていたよ。喜んで受け…………え?」
「断る、とお伝えしました」
やれやれ、と影一は肩を鳴らす。
……どうしてこの手の連中は、自分が想定していない解答が来た途端に固まるのだろう? まったくもって不愉快だ。
「……ど、どういう意味だい? 理解ができないんだが……」
「理解できない要素がありましたか?」
「いやいや。ボクらは正義の勇者だ。世界の平和のために戦う者だ。その味方をしないということは、人々の危機を見過ごすということになるだろう?」
「それが何か?」
「そ、それが何か、って君ねぇ……」
どうやら勇者には、影一の返答が全く理解出来ていないらしい。
転生者は全員、世界平和のためなら協力して当然――とでも、思っているのだろうか?
やれやれ、と影一はゆるりと首を振り否定する。
「あなたの主張は、部分的には同意できます。……しかし、だからといって私があなたに歩調を合わせる必要もありません」
影一とて、いまの世界が滅んで欲しいとは思っていない。
普段お世話になっているコンビニやスーパー、電気水道ガス通信環境。充実したインフラこそ、影一の快適な生活を支える大元であり安心安全ノンストレスの屋台骨だ。
より広い視野で見れば、国家という秩序を守っている警察や自衛隊、一部の政治家にも該当するだろう。彼等のお陰で、影一は今日も平和に一日を過ごすことができる。
が、だからと影一が出張る必要はない。
人は、仕事のために生きているのではない。
医者だから、警察だから、私心を捨てすべてを仕事に捧げよというのは無理がある。
人は自身の幸福のために生きているのであって、必要以上の過度な負担を受け入れるのは、少なくとも影一の理念には反している。
「私はありふれた一市民として、ダンジョン清掃業務を行っているだけです。国家への貢献も、必要な税金を納める形でこなしている。それ以上のことを行うつもりはありませんし、求められても行動する気はありませんよ。私に利のある行動は別ですが」
「な……影一クン。君は、自分の力を……転生者としての恩恵を人々のために使わず、私利私欲のために使うと?」
「むしろそれこそ、人の本質でしょう」
「っ……それは随分とワガママ、いや、悪しき行為だとボクは思うけど?」
「何故です?」
「な、何故ってそんなの、聞くまでも……」
影一は平然と、呆れぎみに眼鏡をそっと押し込んだ。
「そもそも本質的に、この世に善悪の概念はありません。誰かが誰かを一方的に善と決め、悪と決めているだけの話。そんな身勝手な価値観に私を巻き込まないで頂きたい」
「っ……!」
「他人には他人の主張があり、私には私の考えがある。そんな当然のことすら理解しないまま自分勝手な正義を強いようとするなら、それこそ、一周回ってタチの悪い”悪”であるとすら私は考えますけれども、ね」
「っ……ボクが、悪?」
勇者の瞳に不快感が滲み、鋭くつり上がる。
構わず、影一は両手を広げて自説を語った。
「私は常々“悪”にも階級があると考えています。
ひとつ、己が悪であると自覚している、悪。
ひとつ、己が悪であるという自覚すらない、悪。
前者に対して私は寛容な方針です。矜持をもって悪に徹するのであれば、それもまた人生。
しかし、後者。無意識のうちに己の価値観を押しつけながら、その自覚すらない正義面をした人間――それは私に言わせれば、周囲に害意をまき散らすだけの最低最悪な悪である、それが私の考えです」
影一にとって最も面倒な敵は、悪役面した悪人ではない。
自分は善人である、いい人である風に装いながら近づく、味方のフリをした敵だ。
そんな彼等がどうなったか。結末は、語るまでもないだろう。
「……つまり君は。勇者たる、このボクが、悪であると?」
「少なくとも初対面の相手にいきなり己の正義を説き、有無を言わさず誘うような人間が善人だとは思えません。もう少し客観性を養い、他者とのコミュニケーション能力を鍛えたほうが――」
影一の声を遮ったのは、ぶわりと溢れる魔力の波動。
勇者の瞳が剣呑に尖り、じりじりと熱をもって迫る。
「……残念だけど、君とボクではずいぶん、善悪の概念が異なるようだね。……勇者たるボクが、悪? それは幾らなんでも、聞き捨てならないね!」
「先に申し上げておきますが、私は暴力が嫌いです。何事も、まずは話し合いで解決すべき。そもそも私があなたに協力するか否かは、私の自由意志では?」
「――違う。これは、使命だ。そう、正義のための使命なのさ。……けどどうやら君は、すこし痛い目を見ないと理解できないようだね?」
安心したまえ。手加減はするよ。
ボクはただ君に、勇者たる者の義務を理解して欲しいだけだから。それに――
勇者たるもの、剣を交えて実力を見せれば、わかり合うこともあるだろう?
男が剣を構え、影一は訝しげに迷宮の天井を見上げる。
ずいぶん妙な言いがかりをつけられたが、どうしたものか。考えるべきは目先の戦いではなく、将来のための安心安全。
そして、それ以上に、気になるのは……
――この戦闘。……誰かに、監視されているな。
――何者だ?
「影一クン。君も、ボクの正義の刃を前にすれば目を覚ますはずだ。どちらが真に正しいか……それを照明して見せよう!」
「……何をどう解釈したかは存じませんが、今のあなたの行為は、ただ暴力をもって相手の思想をねじ曲げているに過ぎませんよ。……まったく。私は面倒な戦闘は好まないのですがね」
まったく。人間相手なら、もう少し理性的な会話が出来ただろうにと溜息をつく影一に、自称勇者を名乗る男が剣を構える。
「それ以上、ボクの仲間を馬鹿にしないで貰おうか! そして君も、ボクの実力を見れば全てを理解出来るはずだ!」
宣言とともに掲げた刃に、白い魔力が集束していく。
影一は別に、彼の仲間を馬鹿にした訳ではない――彼個人を揶揄しただけだと思いながら、ぎゅっとネクタイを整え、リラックスした様子で男を見据えた。