作品タイトル不明
第127話 学び
神雷の狐”ファムファル”は三つのスキルを有する。
一つは”鋭い爪”。隣接時の通常攻撃であり大した威力はない。
問題は二つ目”裁きの神雷”だ。
自身を中心にした広範囲円形内に、ランダム複数回の雷を降り注ぐ攻撃こそ、ファムファルの代名詞であり対策必須の必殺技。そして、綺羅星ときわめて相性が悪い攻撃だ。
綺羅星の戦闘スタイルは、軽装備による回避型近接ファイター。高い魔力察知能力を活かして攻撃を見切り、ヒットアンドアウェイを行うタイプだが、これが狙いのぶれるランダム攻撃との相性が最悪だった。
敵の魔力を察して避けようにも、当の狐本人も狙いを定めてないらしく、とにかく察知しづらい。そのうえ一撃でも当たれば魔力の九割近くを消し飛ばされるのだから、ろくに戦えたものではない。
そして輪をかけて厄介なのが、第三のスキル”神秘の結界”。
効果は単純。
自身に持続魔力回復バフをかける――のだが、この効果が異常に高く、綺羅星の与ダメージを軽々と上回るのだから絶対勝てないに決まっている。
「神雷の狐ファムファルは、非常にシンプルなモンスターです。敵の再生を上回る火力、そして、神雷が運悪く複数ヒットした時に対応できる対応能力。DPSチェックと対応力を問われる、総合レベルの高いモンスターですね」
ちなみに雷耐性を装備すれば、戦闘がかなり楽にはなる……が、神雷には雷耐性を一定値無視する効果まであるため、余裕とまでいかないのが実情らしい。
「綺羅星さんが苦手とする敵は、あのようなタイプでしょう。被弾を避けづらく、自己治癒能力があるため敵を削りきることも出来ない、素のステータスの高さが求められる敵。逆にいえば、迷宮庁の後藤さんのように力で押すタイプであれば、小細工を無視して戦い抜くことができるでしょう」
「……そういう時は、どうすれば勝てるんですか?」
回避を許さぬランダム攻撃に、自動再生。いまの綺羅星ではとても手に負えない。
そして実際、ダンジョンでは時に絶対勝てないモンスターと遭遇するときもある――
「ダンジョン攻略の鉄則を、思い出しましょう。私は師として、第一に何をすべきか教えたはずですよ」
「けど、あんなのに勝つなんて……あ」
言われてようやく、思い出す。
「安心、安全、ノンストレス」
「ええ。つまり?」
「……逃げる、ですか?」
返答の代わりに、影一はにこりと笑った。
「自分は強い。そう錯覚した者ほど勢い余って前のめりになり、命を落とすのはダンジョンの基本です。……物事は何事もバランスです。勇気を出すのも大切ですが、ときには身を引くことも大切ですよ」
言われてみれば、リィ先輩の時もそうだった。
彼女に迫ったあの行為を間違いだったとは言わないが、一旦引いて体制を整え直す方法もあった。
……つい先日、文化祭でダンジョンの安全について涼風に話したとき、安全第一なら逃げるのもいいと伝えたばかりなのになあ……。
「ちなみに、ダンジョンにおけるベテラン狩人の死因第一位は、初見の敵です。ゲームなら初見殺しでやられて覚えれば良いですが、この世界のダンジョンは現実。初見の敵相手にはレコーダーを回しつつ、まず逃げる手段を確保するのが最優先です」
撤退は、敗北ではない。
それを敗北と感じるのなら、そんなプライドは捨ててしまった方がいい。
「……先生でも、逃げたりするんですか?」
「当然です。戦う必要のない敵や、1%でも敗北の可能性のある敵と相対したとき、私がまず考えるのは撤退です」
「…………」
「対策は、逃げてから考えればいい。どんな強敵であれ、弱点はあるものです。例えば先のファムファルであれば、雷耐性の装備品は必須でしょう。さらに、相手の回復の妨害……ファムファルは自身に自動再生を付与しますが、あれはバフ系に属します。ならば相手のバフを剥がし、無効化出来るアイテムを持ち込めばいい。何にせよ、敵に合わせた対策を行えば、どんな相手であろうと下剋上は可能です。……そのために、逃げるのは決して敗北ではない。どうでしょう、学びになりましたか」
「……はい。ありがとうございます」
初心忘れるべからず――最近の綺羅星は、思えば格下ばかりと戦っていた。
友達のふりをしたモンスター共は皆、口車はうまいがレベル的には格下ばかり。マザースフィアは手強かったものの、本体ではなく分裂体だ。
……もっと強い敵と戦い、上を目指す。そのためには経験が必要だ。
それが自分の生存率を上げる一番の手立てだし、それに……
強くなれば、自分より弱いヤツが増える。
ムカつくヤツも生意気なヤツも、友達のふりをして近づいてくる連中も、レベルを上げ戦い方さえ学べば、逆に虐めてやることができる。
世の中にはもっともっと、綺羅星の知らない悪辣な連中がいる。そういう奴らを……
あ。まあ普通に、掃除屋としての業務を頑張るためにも、強くならなきゃいけないけどね?
「……ところで、ファムファルはどうするんですか? 結局、撤退しましたけど……」
「私が倒しても構いませんが、綺羅星さんの参考にはならないでしょう。後日、再挑戦してください」
「私に、倒せるでしょうか?」
「モンスターは人と異なり、知恵を持ちません。攻略法さえ確立してしまえば必ず勝てます。そうして鍛錬を重ねれば重ねるほど生存率は高まります。……それに私個人としても、綺羅星さんにはもっと、強くなっていただきたいと思っています。将来、私一人では手に負えない敵も出てくると思われますので」
それは……先生がたまに口にする”ラスボス”のことだろうか?
本当に、そんな存在がこの世にいるのだろうか?
「ああ。そう考えますと、そろそろ固有スキルの話をしても良い頃合いかもしれませんね。ふむ……しかし綺羅星さんのマインドと、私の教えは相性が悪いかもしれません。別で、良い師がいればいいのですが」
「固有スキル?」
はじめて聞く単語だ。
綺羅星が知る限り、スキルは大別して”装備品スキル”と”取得スキル”の二つがある。
前者は武器や装備品そのものに付属している固有の技だ。発動用のキーワードを口にし一定の魔力消費をすることで放てるもので、例え弱い武器でも付属する装備品スキルによっては価値が爆増することもあると聞く。
一方”取得スキル”は当人が取得するスキルそのもの。ダンジョン内で発見したスクロールにて取得したり、同じ武器を一定期間使用し続けることで取得出来るなど様々なものがある。
ちなみに綺羅星はまだ、一切のスキルを使用していない。先生から「下手なスキル依存は逆に戦闘の質を低下させる」と言われたためだ。
その先生が取得を進める”固有スキル”とは――?
綺羅星が訝しんだその時、影一の眉がふと曇る。
眼鏡を押し上げ、何かを嗅ぎ取ったらしい彼が綺羅星を伺い、ふむ、と。
「ところで綺羅星さん。ファムファルとの戦闘後で、お疲れだとは思いますが。ダンジョンでは常に”察”を切らさない方が良いでしょう」
「え?」
「私と一緒だから不意打ちされない、というのは思い込みです。……良い機会なので学びましょうか」
「え、っ」
慌てて、魔力によるサーチを周囲に飛ばす。
が、一足遅かった。
綺羅星の足首に、植物のツタのような触手が間にかしゅるりと絡みつき、
「――っ!」
悲鳴をあげる間もなく、綺羅星の身体は白き木々の並ぶ森の奥地に吸い込まれた。
*
誘拐された弟子を見送り、ふむ、と影一は”察”で魔力反響をサーチ。
綺羅星を引っ張り込んだモンスターを察し、眉を寄せたが……それよりも、と影一はダンジョンの通路へと視線を飛ばし、警戒する。
「……どなたか存じませんが、私のような善良な一般市民を盗み見したところで、得られるものは何もないと思いますが?」
影一の問いに、帰ってきたのは森のさざめき。
遅れて――男の声。
「ふふ。やはり、気づかれますか……素晴らしい。さすがは、ボクが求める真の仲間だ」
白い雪がつもる迷宮、その曲がり角より姿をみせたのは旅人の服に青マントを着込んだ茶髪の男だ。
さらりと髪を払い、甘いマスクとともに笑みを浮かべる姿はどこか、胡散臭いホストを想起させる。
影一は瞳を細め、男のマントと腰元の剣に着目する。
記憶が確かなら、彼の装備するマントは“聖者のマント・真”と呼ばれる防具だ。一見ただのマントだが実際には複数の属性耐性を持ち、また敵のデバフを多少防ぐ効果もある強力な逸品。
影一の記憶では、まだこの世界のダンジョンに出現していないもののはずだが……。
訝しむ影一に、男が唇を歪めニヤニヤと語り出す。
「ボクは、勇者。世界を救う者にして、君とおなじ転生者……といえば、全て伝わるだろう?」
そして勇者は両腕を広げ、さあ、と全てを受け入れるように影一を招いた。
「さあ、影一普通クン。迎えに来たよ。転生者としての実力を示し、世界を救おう――君には、ボクの真の仲間になる義務がある!」
影一はやれやれと眼鏡を押し上げ溜息をついた。
どこの誰だか知らないが、世界を救う”義務”と来たか。自由を愛し、ノンストレスを愛する影一に向かい、わざわざ束縛を宣言してくるとは。
これは重症だな、と影一はうんざりしたように眼鏡の鼻先を押し上げ、面倒そうに男へと向き直った。