作品タイトル不明
第126話 慢心
先輩とのいざこざがあった、その夜――綺羅星は久しく悩んでいた。
うーんと腕組みし、自分の行動を反省しながらベッドに寝転がり、考えて……
翌々日。影一の自宅を久しぶりに訪れた綺羅星は開口一番、頭を下げて切り出した。
「先生、お願いがあるのですけれど……私にとって難しめのダンジョンで、経験を積ませていただけませんか?」
「どうしました、綺羅星さん。その心は?」
デスクに腰掛け、優雅にうめ昆布茶を嗜んでいる影一はいつもの背広姿だ。自宅といえど客人を招く時は、この格好らしい。
相変わらず格好いいなと感心しつつ、綺羅星は本題を切り出した。
「私……慢心しているかも、って思いまして」
綺羅星善子はここ最近、連戦連勝を重ねていた。
氷竜戦ではボコボコにされたものの、その後は鎌瀬姉見を罠にはめ、鎌瀬妹屋に腹パンを打ち込み、マザースフィア分裂体を単独撃破。
さらに城ヶ崎と和解し、その後も特段目立った怪我は負わなかった。
「それで私、気が大きくなってるんじゃないかな……と思いまして」
失態に気づいたのは先日、リィ先輩の家に押しかけた時だ。
先輩から特有の腐臭を嗅ぎ取った綺羅星は彼女の後をつけ、自宅に押し入った。先輩は見たところ暴力に長けてるとも思えなかったので、真正面から取っ組み合っても勝てる自信はあった。
何ならわざと相手に手を出させよう、という意識まであったと思う。
けど、先輩のいるマンションはダンジョンではなく地上。
騒ぎになれば、人も集まる。
トラブルになれば学校に連絡も行くし、親への説明もしなくてはいけない。……正直、あのやり取りは早計だったなと思う。
ヤるならきちんと、ダンジョンに招待してヤらなければ足がつく。
そして綺羅星が早まってしまった理由は……
慢心、ではないだろうか?
私は強い、と、ダンジョン内での成果にイキり、地上でも同じことをしようとした――後になって考えたら、浅はかだと思ったのだ。
話を聞いた影一が、ふむと頷いた。
「なるほど。勝利してなお自省に至れるのは、大変よい傾向です。成長しましたね、綺羅星さん」
「いえ……もう実行した後だったんで、今さらですけど」
「それでも、です。多くの人間は、成功を顧みることはいたしません。確かに結果は結果として大切ですが、真に大切なのは勝敗よりも過程。試合に例えるなら勝利回数よりも、勝率を上げることこそが大切なのです。……そして実を申し上げますと、私も最近ミスが続いてましてね」
「先生が、ですか?」
「ええ。玉竜会という連中の対処。それと先日のフライトも、もう少し工夫すれば、色々バレずに立ち回れたと思うのですが」
まあ私も人間です、一時の快楽に押され、安全管理を怠ってしまう時はありますよと笑う影一。
……でもそれって、アレじゃないです?
自宅の鍵も金庫も防犯カメラも万全だけど、防犯ブザーだけ設置し忘れた、程度の話じゃ……?
「それで、綺羅星さんとしては今一度、心を戒めるため経験を積みたいと。どのような内容をお求めで?」
「格上の敵と戦ってみたいです。氷竜みたいに物凄い敵とはやりたくないですけど」
化物相手に死に物狂いで戦うのは恐怖がある。
けど、単純なレベリングだけでは味わえない実戦勘を学びたい。……というのは、ワガママだろうか?
「ではたまには、ダンジョンの奥深くまで潜ってみますか」
「深く、というと?」
「迷宮庁には秘密にしていますが、少々ツテがありまして。今週末の日曜にでも、如何でしょう?」
話の内容は分からないが、よろしくお願いします。と、綺羅星は素直に了承し――
*
迎えた日曜。
S級ダンジョン“凪の平原”入口ゲートより、転移石で到着した先の光景に、綺羅星はぎょっと目を見開いた。
「は? え、え……?」
博多駅及びその近郊から入場できるS級ダンジョン”凪の平原”は、低層、中層、深層の三層に分けられている。
一般的にいわれる低層は1~5階、中層は6階~15階を示し、狩人が素材やドロップアイテムを狙うのは主に低中層だ。
そして、16階以上。深層と呼ばれる区域は、少なくともA級狩人でなくては到達困難と言われ。さらに20階以降の最深層には、現在も迷宮庁の偵察隊やA級以上の厳選された狩人がマップ調査を行う、未開にして魔境の地とされている。
迷宮庁の公式発表によれば、S級ダンジョン”凪の平原”現在の最深部到達は23階。
白き森と呼ばれる、白樺と雪化粧の彩る雪景色の森林地帯を……綺羅星は、ぽかんと見上げる。
「S級ダンジョン、23階。現在発見されている本ダンジョンの最深部になります」
「23階って、このダンジョンの限界ですよね。そこに転移石の登録を? そもそも16階以降って、迷宮庁の公認がないと探索できないはずでしたけど……」
「ええ。ちなみに24階への階段は、まだアップデート……ダンジョンの進化が進んでおらず、存在しません。早く攻略したいのですけどね」
「そう、なんですか? では、ボスは?」
「世界各地のS級ダンジョンに共通する話ですが、実は、最深部のボスはまだ出現していないのです」
S級ダンジョンが、どうして未だ未踏破なのか?
答えは簡単。ダンジョンの真のボスが潜む階層に、まだ階段が繋がっていない――事実上の、未実装だからだ。
もっともS級ダンジョンはすでに商業、経済の面から見ても不可欠の存在のため、仮にボスが出現したとしても倒すべきか否かという論争は起きるだろう。
無論、S級ダンジョンのボスが活性化しゲートクラッシュが発生したら、それどころではなくなる可能性が高いが。
「そうだ、綺羅星さん。念のためこのアイテムを渡しておきましょう」
綺羅星が受け取ったのは、腕に巻くタイプの小さなブレスレットだ。
飾り気はなく、しかしよく見れば鈍い銀色に光る腕輪。うっすらと独特の魔力……臭い? のようなものを感じる。
「そのリングは、仲間の居場所を確認するためのリングです。本23階層には踏むと強制転移させられるワープゾーンがありますので、突然はぐれてしまった場合に使うものです。まあ私は”察”でだいたい居場所は掴めますが……これを使えば、遠くにいても相手の居場所を知る事ができます」
確かに、ダンジョンではぐれてしまい事故に遭うケースは意外と多い。
綺羅星も”察”には大分慣れたが、遠すぎる相手の居場所までは察知できない。万が一の備えとして便利そうだ。
綺羅星はブレスレットを眺める。
銀色ににぶく煌めくそれを眺めつつ、ふと、先生からブレスレットを送られる……というシチュエーションっていいなと思う。
ポーションのような使い捨ての品ではない、形として残るものを頂けたというのは、先生がそれだけ自分との関係を大切にしてくれてるという証だ。
もちろん単なる師弟関係に過ぎないのは理解しているが、それでも、綺羅星は銀色に輝くブレスレットを眺め、小さく笑みを深める。
……そういえば、このリングの名前はなんだろう。
お互いの居場所を知り合う関係なら、パーティリング、もしくは信頼リング。
或いは、恋人リングとか言う名前の可能性も――いや、綺羅星にその気は全くないが――と影一を見上げ、
「ちなみに本アイテムの名を”友達リング”と呼びます」
「…………」
「正式名称は“フレンドリング”ですが、どうも日本語訳にした時のエラーなのか、そう名付けられまして。たまにあるのですよね、海外ゲームを日本語訳したら微妙な変換になっている事例が。……おや、どうかしましたか?」
いえ別に、何でも……
先生のことだから、単に効率重視でアイテムを渡したのは理解出来るんですけど。
よりによって”友達”リング……。
「ああちなみに、本アイテムは装備する必要がありません。所持しておくだけで勝手に相手に位置が知られてしまうため、必ず信頼できる相手にのみ渡してください」
それ呪いのアイテムか何かじゃないですか!?
常に相手に位置情報を共有されるとか……いや先生なら別にいいけれど、友達相手にそんなことされるなんて下手な呪詛よりタチが悪い気がする。
……先生相手にはともかく普段使いは止めよう。
そして、これを渡してくる相手が居たら全力で拒否しよう。何故ならそいつは絶対に友達じゃない、友達のフリをしたモンスターに違いないからだ。
「準備はこの辺で十分でしょう。そしてさっそく現れたようですよ。23階の目玉モンスターが」
心を乱される最中、降りしきる雪景色の奥を影一が示す。
”友達リング”より厄介なものがあるのかなぁと顔を上げ、
「っ……!」
ぞくり、と声にならない寒気を覚えた。
雪の道をかきわけ現れたのは、世にも美しい九尾の白狐だ。全長三メートル程あるであろう巨体を揺らし、身体の周囲にふわふわと雷球のようなものを纏った……モンスター、と呼ぶにはあまりにも優雅な存在。
綺麗なのに、恐ろしい――足音ひとつ立てず、じっとこちらを見つめる姿に、綺羅星は妙な感覚を覚える。
……気配が、薄い?
「白森にひそむ神雷の狐”ファムファル”。強敵ですが、戦ってみますか?」
音もなく始まった会合に、綺羅星はぎゅっと拳を握る。意識は既に、眼前の怪物に向いている。
リングの件は一旦忘れよう。
ダンジョンで油断は禁物。まずは目の前にいる敵と、きちんと戦う。掃除屋の本分だ。
「やってみます。私はもっともっと狩人として成長したい、そのために、来たんですから」
メリケンサックを装着し、しっかり構える綺羅星。
白狐の側もこちらに気づき、しかし強者ゆえの余裕か、ゆったりと尻尾を揺らしながら綺羅星達を見つめている。
「…………」
久しぶりに、真正面から相対するモンスターだ。実力は未知数だ。
正々堂々なんて生ぬるいことは言わない。
正体不明のモンスターではあるが、隙があるなら幾らでも不意打ちを仕掛けるつもりだし弱点があるなら徹底的に突く。
モンスターや苛めっ子相手に手段を問う必要はない。
要は勝てばいいのだと、綺羅星は気配のうすい狐をじっと睨み、身をかがめて突撃の姿勢を取り、魔力を高め――
ボコボコにされた。
「先生! あ、あ、あんなの無理に決まってるじゃないですか!」
「でも格上と戦いたいと仰っていたので……」
「限度があります! っていうかあの敵、攻撃パターン三つしかないのに全然勝てる気がしないんですけど!?」
「それがあのモンスターの恐ろしい所です。では早速、反省会と参りましょうか」
狐の雷撃を受け、ぶすぶすと黒い煙を吹き上げつつ。
ダンジョン界隈、まだまだ奥深いなと痛感する綺羅星であった。