軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第123話 安全

私――涼風萌は、小中高と続く十年もの学校生活において、直接的な苛めを受けたことはない。

小太りな体型を馬鹿にされることはあるけど、ころころ笑っておけば適当に流してくれるし、程よく人と合わせることもできる。

クラスの中では下だけど、最底辺ではない弄られ役、という立場でなんとかかんとか過ごしてきた。

……けど正直、リィ先輩はどうしようもなく苦手な点がある……口には、出せないけど……。

「私ねぇ涼ちゃん、文化祭実行委員ってこんなに大変な仕事だって知らなかったのぉ。私もぉ、他に委員やってくれる人がいないからって押しつけられただけでぇ、あたしも本当はヤだったんだよ? あたしあんま成績もよくないしぃ、先生の覚えも悪いしぃ……なんかねぇ、真面目なことすると頭がぱ~ってなっちゃうのぉ」

ねー? と涼風の背中にしなだれかかるように抱きつきながら、脇腹をつねる先輩。

涼風は内心抱いてはいけない、黒いものがじわりと滲むのを感じてそっと俯く。

リィ先輩には……中学の頃お世話になった。

昔なぜか自分に好意を寄せてきた男子の告白を断ったら、お前みたいなデブなんて冗談じゃねえと逆ギレされ、他の男子とともに弄られた時期があった。

その時たまたま居合わせたリィ先輩が、男子達を追い払ってくれたのを覚えている。

その後、先輩料という名目で謎のお金を取られたけれど……。

でも、先輩は毎日絡んでくるわけじゃない。

波風を立てず我慢すれば、そこそこの所で引いてくれる。

……文化祭実行委員の手伝いも、黙って私が受けてしまえばいい。

いつものように適当に誤魔化し、自分が負担を背負えばいいんだと言い聞かせながら頷こうとして――

「すみません。一つ、宜しいですか?」

遮ったのは綺羅星さんだ。

彼女はじっと威嚇するように先輩を睨み、

「先輩が涼風さんに頼んでいるのは、自分のクラスの文化祭業務ですよね? それを、後輩である涼風さんに押しつけるのはどうかと思いますけど」

「う~ん、でもねぇ? みんなあんまり手伝ってくれないしぃ。リィ、頼まれると断れない真面目な性格だしぃ……高校三年生って、君達が思ってるよりずっとずっと忙しいのぉ」

ああ忙しい忙しい、とわざとらしく手を振る、リィ先輩。

だからねぇ? と甘ったるい声をかけられると、涼風も断り辛くて……同時に、ぶわっと目に見えない黒いもやのようなものが溢れてくる――

綺羅星がすっと、右手を差し伸べた。

「では、お金をください先輩」

「……え?」

「私も掃除屋のアルバイトをしてて、先生に言われるんです。――善意で仕事をするな。仕事をするなら、きちんと対価を貰いなさい、って」

「えぇ……?」

「金を払わず、善意や誠意をもって仕事を押しつけてくるのは、仕事仲間ではなく寄生虫――他人を便利な駒扱いしてくる人間だと教わりました」

堂々と宣言し、先輩に金銭を要求する綺羅星。

涼風ですら、え、文化祭にお金……と思うけど、言われてみればタダ働きは良くないような……。

「あのさ~……ただの文化祭だよぉ? ちょちょっとやるだけじゃあん」

「ちょっとで済むなら、自分でされたらどうです? それを他人に頼んでる時点で、大したこと、です」

「でも私ぃ困ってるんだよ? 困ってる人につけ込んで、お金取ろうってのはあくどくなぁい?」

「自分が困ってるからといって、他人に押しつけていい理由にはなりません。時間は有限です。それに本当に困っているなら私や涼風さんでなく、先生やほかの先輩に頼ってはどうですか?」

「ちょっと非常識だよぉ」

「非常識で結構。それに文化祭実行委員って、文化祭だけ頑張れば他にすることありません。その文化祭の仕事すら他人に任せるようでは、何もすることないですよね?」

先輩がうえぇっと吐きそうな声をあげた。

何こいつぅ、とカエルでも見つけたように頬を歪め、

「ねえ~涼ちゃん。ちょっとあっちで話しよぉ? この子あたし苦手ぇ」

「でも……」

「先輩と後輩にしか分からない、空気読んだ話もあるでしょぉ?」

手首を掴まれるが、涼風としては綺羅星のほうに肩入れしたい。

先輩に反論する勇気はないけど、正しさ、の意味でいえば綺羅星の方にあると思う。

……その気持ちを、綺羅星に代弁して貰いたいって思うのは、卑怯、かもしれないけど。

私ってずるいなぁと思いながら、ちらちらと綺羅星に視線を送る。

それを見咎めた先輩が、あのさぁ、と綺羅星に迫り――

「ねえ、そこの眼鏡の子さぁ。言い忘れてたけど、あたしのパパ、教育委員会の偉い人なんだよねぇ。あんまりな態度取ってるとぉ、ね? 怖い目にあっちゃうかもよ?」

「……脅迫ですか? そういう台詞、録音されてたら困ると思いますけど」

「またまたぁ、そんなの撮ってる人いないに決まってるじゃあん」

けらけら笑う先輩の前で、綺羅星が胸ポケットからスマホを取り出す。

画面端にちいさな赤い点が表示されていた。

「…………」

「…………」

「ダンジョン仕事をしてると、レコーダーを起動するのが癖になってしまって」

職業病ですね、と薄ら笑いを浮かべる綺羅星に、先輩が言葉を失い。

……遅れて、涼風はふと疑問に思う。

録音しておくのは安全のために、すごく良いと思うけど。

……綺羅星さん、いつスマホで録音を開始したのだろう?

涼風の記憶によると、綺羅星がテーブルについてから胸ポケットに触れた記憶は一度もない。

なのに、レコーダーが出てきたってことは……

先輩が現れる、ずっと前。

涼風と会う前から……彼女は何かを疑って、レコーダーを起動していた?

ねえ、と先輩がテーブルを叩く。

「あのねぇ? リィ、言ってなかったんだけど、じつは怖ぁ~いお友達もいるの。同級生の男子なんだけどぉ、あんまり難しいこと言われちゃうとね? あたし、お願いしたくなっちゃうかもな~」

先輩の露骨な脅迫に、涼風の意識が戻る。

そういえば、先輩はちょっと頭のイカれてる人ともほんのりと付き合いがあって、あんまり近づかない方がいいって噂が……。

「――え。いいんですか? そっち方面で、やっちゃって」

綺羅星がきょとんとした。

先輩も涼風も意味が分からず、え、と戸惑っていると、綺羅星が手を挙げて。

「いまの話、私の理解が間違ってたら申し訳ないんですけれど……つまり、私が怖い目に遭うかも、って意味ですよね」

「そ、そうだけどぉ?」

「なら逆に、怖い目に合わせてもいいんですよね? 人を殴りに来るなら、殴り返されても文句はないですし」

「…………は?」

「違いました? てっきり理解して口にしたのかと思ったんですけど……あ。もしかして、やる気はあってもやられる覚悟はないとか、そんな間の抜けた話はない……ですよね?」

不思議そうに呟きながら綺羅星が椅子を引き、ゆらりと立ち上がる。

その表情は、いつも通り冷静に見える、けど。

どうしてだろう。その場に立っているだけにもかかわらず、目に見えない暗褐色のオーラのようなものを纏っているように見えるのは。

夏場も近い梅雨にもかかわらず、ひやりとした空気が漂うのは。

ひとつ判断を間違えれば、今すぐにでも得物の首をかっ切ってやる、とばかりの気迫を覚えるのは……。

「それでいいなら、私も、手段を選びませんけど」

「……いや、そのぉ……」

「もちろん私はか弱いJKなので、複数の男の人に囲まれたら酷い目に遭うと思います。でも死なない限り、いえ、死んでも証拠さえ残しておけば、あなた達の人生を破滅させるくらいの反撃はできると思います」

日本の警察って優秀ですからね、と笑う綺羅星。

その態度に、涼風までなぜか息を飲み、完全に強ばり――

「っ……り、リィ、ちょっと用事思い出しちゃったぁ~。また後でね? 涼ちゃん」

「え? あ、はい……」

先輩もまた何かを察したのだろう、ひらひらと手を振り、逃げるように去っていった。

まるで、兎が一目散に逃げるように。

……理屈は分からないけど。涼風も本能的にそれがいい、命拾いしたなぁと――あれ。なんで命拾い、なんて言葉使ってるんだろう?

自分の思考に混乱しながら先輩が図書室を出るのを見送っていると、「涼風さん」と呼ばれた。

「ごめんなさい。余計なお世話だったかしら」

「え。いえ……大丈夫、です……」

涼風はびくっと反射的に震えながらも彼女を伺う。

そこに居たのは――普段通りの綺羅星さん。

眼鏡を戻し、ふぅ、と呼吸を整える、真面目なクラスメイトの女子高生だ。そう、何の変哲もない普通の子。

……でも。

彼女は……私の知っている、普通のJKなんだろうか? 本当に?

涼風は自分の中に生まれた、奇妙な思考のズレに違和感を覚えながら。

それでも自分を助けてくれた彼女に「ありがとう」と感謝しながら、打ち合わせのための文化祭用ノートを開き直す。そうして自然な態度を取り、害意はありませんよと伝えておいたほうが、自分の身も安心安全だからだ。

……あれ。

なんで私、先輩じゃなくて、綺羅星さんに対して、安全、なんて言葉を使ってるんだろう?