軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第122話 選別

「綺羅星さん、ダンジョンで一番危険なことって何ですか?」

三十分ほど図書室で資料整理を行い、展示内容をAIでまとめつつ雑談をした頃、ふと涼風に問われて考えた。

何気なく窓の外を眺めると、運動部が声をあげながらランニングする姿が見える。

危険。危険なこと……ね。

「うーん。色々あるけど、一番は、油断と慢心……かな」

綺羅星の師匠、影一の言葉だ。

自分達は人間である以上、どんなに警戒していても油断するし、慢心する――それは影一自身も例外ではない、と本人が語っていたことに驚いた覚えがある。

『――先生でも、油断するんですか?』

『当然です。むしろ己が油断しない、という思い込みこそが最も危険です。大切なのは油断しないことではなく、油断することを前提に、さらなるセーフティーを準備することです』

『……慢心も、するんですか?』

『ええ。自分は強いという思い込みは、ときに目を曇らせます。人が権力を持てば、必ず腐敗するように。……と、頭では理解していても意識しきれないからこそ、厄介なものですが、ね』

影一に言わせるなら、人は必ず油断し慢心する――だから、慢心しても良いシステムを構築する。

ダンジョンの格言に『まだ行ける、は、もう危ない』というものがある。

トラブルが起きる前に帰還するのは、臆病ではなく勇気だと、綺羅星は熱心にノートを取る涼風に淡々と語る。

「他には……そうね。自分でなんでも決めちゃうんじゃなくて、専門家に頼ること。頼りになる先生とかに、ね。ただ最近は、ダンジョンの掃除屋を名乗る詐欺業者もいるから気をつけないといけないけど」

「そうなんですか? 悪い人もいるんですね……」

「先生も先日見かけたらしく、業界の邪魔になるからと消してましたけど」

最近のダンジョン詐欺は「突然あなたの自宅にダンジョン現れるかもしれません!」と不安を煽り、不必要な対策アイテムを買わせるのだとか。

先日も近所のとあるお金持ちの家で、自宅にいきなりダンジョンが出現し火事になった事例があったと聞く。

まあ、その件には心当たりがない気もしなくないが……。

ああ、そうだ。文化祭でのダンジョン展示情報に、詐欺関連の情報を加えるのはどうだろう?

啓蒙活動――学生へのウケは悪そうだけど、先生には喜ばれそうな話題だ。そう提案すると、涼風さんは「いいですね!」と目を輝かせた。

「綺羅星さん。私も、ダンジョン配信は煽り文句や宣伝が多すぎるって思ってて……でも私、ダンジョンって本来もっと怖いものだと思うし、もっと注意したほうがいいと思ってて……」

「その感覚は正常だと思う。私も実際、怖いと思うわ」

いまの日本社会は、ダンジョンに対する脅威への意識が足りていない。

去年の交通事故による死者数は、年間2500人。

対して、ダンジョンに関する死者、行方不明者は合わせて年間一万を越えると言われる。その日常を、当たり前のように受け入れている社会はやはり問題だろう。

なんて、ぼんやり考えていた時――

綺羅星の鼻が、不意に、腐臭を捉えた。……?

「……あ、いたいた! 涼ちゃんこんなところにいたんだぁ~」

後ろからぬるっとした声がし、ぴくりと涼風さんが震えた。

振り返れば、小柄なツインテールの子が、にこにこと……にまにまと笑いながら涼風に手を振っていた。

制服の校章バッヂから上級生だと読み取れるけど、背丈だけ見れば一年生かと思うくらい小柄で愛くるしい。けど、その瞳が女豹のように輝き、零す吐息はいかにもな悪臭を放っている――ように見えるのは、綺羅星の気のせいか。

「もぉ~、涼ちゃんったらメッセ送っても返信ないし、何してたの? うっかりさんだなぁ。文化祭の仕事、手伝ってって言ったじゃなぁい」

「り、リィ先輩……でも私、自分の文化祭の仕事もあるのに、先輩のお手伝いまでは……」

「そうだけどぉ、あたしも受験とかで忙しくってぇ。ね? それにさぁ、おなじ文化祭実行委員なんだからぁ~手伝ってくれるの当たり前でしょ?」

ね、ね、と甘ったるい声で涼風さんの肩を揺らす先輩。

「ほらぁ昔から先輩後輩の付き合いでしょ? 前も涼ちゃんが部活入ってたとき、助けてあげたじゃなぁい」

「あれは、……ありがとうございます。でもそれと、文化祭の話は関係なくて……そもそもリィ先輩のお願いって、実行委員全体の話じゃなくて、先輩個人の……」

「細かいこと気にしなくていいのいいの。ね? 後でアイスでも奢ってあげるからさ。ね、ね?」

渋い顔を浮かべる涼風を、先輩がねえねえと揺らしながら――先輩女が、涼風の脇腹をぎゅっとつねるのが見えた。

顔を歪める涼風だが、綺羅星に悟られるのが嫌なのか、口には出さない。

その様子を、綺羅星は無言で睨む。

気づいたらしいリィ先輩が、あ、と綺羅星にも目を輝かせ、

「ねぇねぇ、あなたからも頼んでよ。てかぁ文化祭の仕事なんて大したことないんだしぃ、あたし優先でもいいでしょぉ? 二人でやればぱぱーっと終わるって。そこの眼鏡な委員長っぽい子にもお願いしたらいいじゃーん」

「…………」

「ね、あなたもいいでしょ? ね? ねえってばぁ~」

生ぬるい声で頼んでくる女を、綺羅星は無言で見つめる。

ただ、無機質に。

言葉もなく、昆虫を観察するかのように、じっと。

リィ先輩がぴくりと頬を引きつらせ、

「……え~っと? ねえ。眼鏡の後輩ちゃん? 返事くらいしたらどう? てかぁ、あたしの顔じ~っと見て何してるのぉ?」

「すみません。選別してるだけですので、気にしないでください」

「せんべ……煎餅?」

「それより。いくら先輩のお願いだからと言って、涼風さんに無理に手伝わせるのは間違ってると思いますけれど」

涼風さんは、うちのクラスの文化祭実行委員ですので。

え~、と先輩が困ったように唇をすぼめた――その、下。捻くれた感情がちらりと浮かび上がるのが、見えて。

よく知る”友達”の顔に似ているなと、綺羅星は自然になじんだ思考のまま、ぎゅっとポケットに入れた金属指輪を握りしめた。