作品タイトル不明
第119話 鎌瀬妹屋2
「驚かせてすまないね。けど安心してくれ。僕は、君の敵ではない。僕はただ、ダンジョンにより荒れた世界を救いたいと願う、人類の救世主……ただそれだけの存在さ」
ふ、と薄っぺらい笑みを浮かべ髪をかき上げる男に、妹屋は本能的な嫌悪を覚える。
見下されている。
自分を”下”に見ている、と、妹屋は持ち前の本能で察したものの……黙って、男の話に耳を傾ける。
雰囲気が似ていたからだ。
以前、部屋に現れた背広男……あの恐るべき気配を漂わせた怪物、影一普通に。
……この男は、一体?
「まずは自己紹介をさせてもらおうかな。……ボクは、勇者。そしてボクは、この世界の人間でありながら、この世界の人間ではない。別世界の日本から訪れた転生者なんだ」
「……は?」
「といっても、君の頭脳では理解が難しいだろうね。それは仕方のないこと。運命……選ばれたボクと、選ばれなかった君……残酷な真実、現実の格差を、君は受け入れなくてはならない」
大仰に、調子にのった舞台俳優のように語る自称勇者。
その雰囲気自体は、あの影一普通に似ていたけど……違う。
薄っぺらい、気持ち悪い紙切れのような軽薄さを感じるのは、妹屋の気のせいではないはずだ。何だコイツ……
「さて。この辺でボクと志を共にする、真の仲間を紹介しよう。……出ておいで、みんな!」
勇者が手を叩く。
直後、ずず、と何もないはずの空間が縦に割れ、ダンジョンゲートによく似た黒と紫のマーブル模様を描いた異空間が出現し――ふたりの女が姿をみせる。
「ハジメマシテー! ワタシ、魔術師のスパーダイ! パーティのミンナを守る愛のギャルネ!」
「私、トート。僧侶。隣のバカと一緒にしないでくださいね」
「バカって言わないノ! ホントダケド!」
片言の日本語を喋る、モデルのように豊満な胸をもつ白シャツ姿の金髪美女……スパーダイ、と。
着物を羽織った大和撫子のような、黒髪の美少女が、揃って妹屋に挨拶をする、トート。
……は?
と、呆然とする妹屋の前に、さらに――
「あ、よ、よろしくお願いします……すみません、僕みたいなゴミ虫がお邪魔して……」
最後にもそもそと、空中のゲートから半分顔を出したのは、いかにも陰気な男。
前髪で目元まで隠し、だぼだぼセーターに身を包んだ、野暮ったいにも程がある臭そうな奴だ。
「ぼ、僕の名前は……モンスターお兄さん、って呼んでくれると嬉しいです。えと、ダンジョンのモンスターが好きで……モンスターを仲間にしたり、仲良くしたりできる、平凡な男です……」
は、話は以上です、と空中に浮いたゲートに首まで引っ込む陰キャ男。
……何だ、この面子。
自称ナルシスト勇者に、金髪ギャル。大和撫子に、学校で虐められてそうな陰キャ男……意味が分からない。ダンジョン配信グループとしても面子が濃すぎるし、それに……
いま、明らかに何もない空間から顔を出してるわよね?
「あんた達、何なの? 地上でスキル、使ってる?」
ダンジョン外でのスキル使用は、威力が極端に激減する。これは現実世界における覆しようのないルールだ。
ダンジョンの外は、魔力密度が低いから。
もしダンジョン外で自在にスキルが使えたら、それこそ”インベントリ”一つで世界の輸送バランスが崩壊するし、一個人が超人的な力を持つことになるだろう。
なのに……空間を飛ぶような強力なスキルを、地上で?
「ああ失礼。君はまだそのレベルだったね。勇者である僕の常識とあまりに異なるので、失念していたよ!」
「っ……」
「実は最近の研究で、より高位……レベル80以上に達した頃から、地上でのスキル使用における軽減係数が大きく減るという事象が観測されているんだ。といってもまあ、レベル80程度ではまだまだ玩具程度だけどね? ボクのような選ばれた人間からすると、次元が低いと言わざるを得ないけどねぇ。――まあ雑談はこの辺にして、本題に入ろうか」
「……そんな自称勇者が、私に何の用?」
「影一普通、という男を知っているかい?」
妹屋の身体が震えた。
思い起こすのは……恐怖。その名は、禁忌だ。決して触れてはいけないもの。
「ボクらはいま、真の仲間を探して世界を旅しているんだ。それで普段は、東京のほうで活動していたんだけど……ちょっと、向こうに居づらくなってね? それで新しい旅に出たところ、モン兄からとある情報を聞いたんだ。マザースフィア――といっても君には何のことか分からないだろうけど、希少なモンスターが福岡で発見され、討伐されたという情報を」
偉そうに語る勇者に、金髪ギャルのスパーダイが「モンスター、ミツケマシター!」と騒ぎ、トートに窘められるのが見える。
「それで、ボクらも来たんだけど……困ったことに、モン兄のいう情報源”玉竜会”も、彼等とつながりのある剛翼星雄氏も行方が分からないらしいんだ。まったく。ボクに迷惑をかけるなんて、人として恥ずかしいと思わないのかねぇ?」
勇者の演技めいた語りに、妹屋の中で理解が繋がる。
玉竜会。Re:リトライズに剛翼星雄。いずれも妹屋が間接的に関わった連中だ。そこから、彼は影一の情報を追っている――
「……もしかして、影一っていう男の情報が欲しいのかしら?」
「話が早くて助かるよ。何か、彼について知っていることはあるかい? 公式HPに載っている住所を直接尋ねても良いんだけど、事前情報を仕入れておこうと思ってね」
「……それを教えたら、私にはどんな見返りはあるのかしら」
「世界を救わんとする勇者に、報酬をねだるのかい? 浅ましい精神だね……なら君には、ボクの持つ特別なダンジョンアイテムを差し上げよう。僕にとっては大した価値もないけど、ショップに売れば十数万くらいはするんじゃないかな?」
ヘラヘラと偉そうに見下しながら、口に出したのが十数万か。ケチくさいのはどっちだか。
それに、妹屋が欲しいのは金ではない。金ではもう、妹屋の目的は果たせない。
――こいつらは、上手く使えば利用できそうだ、と妹屋は心の中でくすりと笑う。
「ねえ勇者さん。お金より欲しいものがあるんだけど。……私もあなたみたいに、地上でスキルが使えるようにならないかしら?」
「ほう……?」
「誰だって憧れるでしょう? 地上で自由に空を飛んだり、暴漢に襲われたときに撃退したり。……私ね、いま同級生から苛めを受けてて……すごく、困ってるのよ」
彼等のように地上でワープ出来れば、綺羅星を貶めるのも容易だろう。
もちろん、彼等に直接頼む方法もあるが……もう、他人に頼むのはこりごりだ。
賢い妹屋が、綺羅星に負け続けた理由――それは、馬鹿な他人に頼ったせいだ。
馬鹿に頼むから失敗する。他人に頼るから、完璧な計画が崩壊する。信頼できるのは自分だけ。
そしてもし自分が、彼等のような特別なスキルが使えるようになれば……鎌瀬妹屋が、失敗などするはずないのだから。
「虐められている? 勇者として、聞き捨てならない話だね。……けど、君がスキルを覚えたい理由は何だい? 苛めっ子に復讐するためかい? なら、止めておいた方がいい。復讐なんて空しいし、誰も幸せにならない!」
「そういって、あなたも私を見捨てるのね? 私のパパやママ、お姉ちゃんや同級生みたいに」
「ふむ……」
「口ではイイコト言って、勇者だなんて言って、けど結局解決してくれない。あなたも、そんな大人の一人なのね」
あえて挑発し、妹屋はわざと膝を丸めて拗ねたように俯く。
私って、可哀想……やっぱり、誰も助けてくれないんだ……あなたって、その程度の男なんだ。
そう姿勢で示せば、軽薄で見栄っ張りな男は載ってくるのではないか?
……もちろん、あっさり愛想をつかれ逃げられる可能性もある。けど、この手の馬鹿なら――
「心外だね。ボクは、そんな汚い大人達とは違う。……分かった、君に力を授けよう!」
「っ……」
やっぱり。
……コイツ、単に強いだけで、頭はお花畑の馬鹿だ。
「これでも昔、ボクは教職を務めていてね。悩める年頃の少女の相談に乗らないのは美学に反する! いいだろう! ……けど、モン兄。彼女みたいなレベルの低い存在に、僕等のような力を与えることは出来るかい?」
勇者が振り返り、ゲートの中から半身を覗かせる陰キャ男に尋ねた。
モン兄と呼ばれた男はびくりと震え、もそもそと呟くように喋る。
「え? えっと……そのぉ……まあ、手段を問わないなら、ある、けど……いいのかい? 君、人生を捨てることになるけどぉ……」
「もちろんよ。私、虐められないためなら何でもするわ? 本当に、学校にいづらくて人生が辛くて……」
殊勝な態度を取りながらも、ああ、これだから馬鹿は操りやすいと心の中で笑みを零す。
彼等が何者かは、分からない。転生者とは何なのか。
けどそんな些細な疑問よりも――この機会を逃したら、妹屋は永遠に、綺羅星に負け続けるのではないか。
生涯自分はあの女に虐げられ続けるのではないか。
その恐怖が、屈辱が、怒りと憎悪が疑問の全てを押し流し、彼等に取り入るべきだと訴えたのだ。
彼等のもつ未知の力さえあれば、妹屋はあの女に一矢報いる……今度こそ徹底的にぶっ潰すことができるはず――!
「そ、そうなんだ……わかったよ。君にそれだけの覚悟があるなら、僕も、協力する……でも本当にいいんだね?」
「ええ。私は、あなた達を信じて、すべてを托す」
「素晴らしい。その勇気こそ、勇者の仲間たる素質だろう! ああ、君のレベルがもっと高ければ、君も真の仲間になれたかもしれないと思うと残念だよ!」
大仰に髪をかきあげる勇者を無視し、妹屋は自分にスキルを与えてくれるというモンスター兄さんを伺う。
……この、なよっちい男が本当に、力を与えてくれるのだろうか?
疑問に思いつつも妹屋は、影一普通について虚実を織り交ぜ説明した。
影一本人の情報は薄くとも、その弟子である綺羅星善子の情報さえあれば彼にたどり着くのは容易だろう。それに力さえ貰えれば、こいつらは用済みだ。
「それで? 約束の報酬はどうやったら貰えるのかしら」
妹屋としてはせめて、彼等の半分くらいの……いや、彼等と同等の強さを貰えなければ割に合わない。
けど、その方法って?
超常的な力を授かる、特別なスキルがあるのか。
それとも特殊なアイテムの力で、妹屋の内に秘めた力が解放されるのか。
どうすればいいのと聞けば、モンスターお兄さんに「じゃあ……一緒についてきて」と手招きされ。
妹屋は導かれるまま、ぽてぽてと、彼とともにS級ダンジョン”凪の平原”へと向かい――
「え?」
現れたのは、全長三メートルにもなる巨大な球根の胴体と、人間の女を模した上半身をもつ怪物だった。
え。なにこれ。どういうこと……?
呆然とする彼女に、モン兄がぼそりと呟く。
「えっとね? 弱い人間が強くなるには、モンスターと融合しちゃうのが一番てっとり早いと思うんだ……」
「は???」
「大丈夫。モンスターは”友達”だから。僕は、モンスターお兄さんって言われてるだけあって、モンスターが大好きで……そのモンスターと同じ存在になれるだなんて、君はとても幸せだと思うんだよね?」
「ちょ、な、それって、待っ――」
「手段は問わないって、や、約束したから……いい、よね?」
モン兄の合図に、がばり、と怪物の胴体にあたる球根部の口が開き。
その日、鎌瀬妹屋は地上から姿を消した。