作品タイトル不明
第118話 鎌瀬妹屋1
「妹屋、黙っていたら分からないだろう。これは何だ、と父さんは聞いてるんだ」
父の詰問に、妹屋はぎゅっと唇を噛んで黙り込む。
「妹屋。お母さんは怒ってるわけじゃないの。ただ理由を知りたいの。……ねえ。お父さんのお金、何に使ったの? ねえ」
続けざまの母の問いにも、妹屋はただ唇を噛み恨めしそうに睨むだけ。
別に、とそっけない返事を返して目をそらすと、ダン、と机の揺れる鈍い音が響き渡った。
「別に、とは何だ! 別にとは!」
「だから……闇バイトで騙されて、お金をだまし取られただけって」
「嘘をつくんじゃあない! だったら迷宮庁の人が説明しに来たのは何だったんだ!?」
父親のうるさい怒鳴り声に、妹屋は馬鹿を蔑むような目をむけ肘をつく。
配信会社”Re:リトライズ”取締役、剛翼星雄に、綺羅星を始末してくれるよう対処を依頼した――その際、親の金をちょろまかして彼に三百万を渡した。
つい先日のことだ。
そしたらまんまと持ち逃げされ、おまけにRe:リトライズ事務所にいた妹屋は迷宮庁職員に連行される運びとなった。
色々と詰問されたが、結局すべてを作り話で濁すことにした。
……オーディションに参加したら、社長室に連れられて……無理やり、お酒を飲まされて。
セクハラを受けそうになり、けれど、親御さんに連絡すると脅され、私の身体を……
――君ねぇ。迷宮庁が来るのを察して逃げるような男が、そんなのんびりしたことをすると思うかい?
大体きみ、衣服の乱れのひとつもなかっただろう――
薄っぺらい嘘はあっさりばれ、黙っていたら両親を呼びつけられた。
おたくの娘さんね、随分あくどいことに手を出してますよ。
証拠こそなかったものの今後改めて調査するといわれたのち帰宅し、今度は、父親の通帳から金をちょろまかした件で詰められた。
……バカバカしい、と呆れるしかない。何よ、たかが三百万程度で。
という態度が漏れたのだろう、父親が顔を真っ赤にして机を叩きつけるのが見える。
「何を言ってるんだお前は、三百万だぞ、三百万っ……父さんがどれだけ一生懸命働いて稼いだか、分かっているのか!?」
「だから何? ていうか普段目も合わせないくせに、こんな時だけ父親面するの止めてほしいんだけど」
「父親に向かって何だ、その言い草は! 俺はなぁ、娘であるお前のためを思って怒ってるんだぞ!?」
「ちょっと、あなた。あんまり大きな声出さないで……近所の人に聞こえたら、困るじゃない……ただでさえ姉見の件でヘンな目で見られてるのに……」
こんな時だけいきりたつ父親と、世間の評判ばかり気にする母。ああ、本当にどいつもこいつも馬鹿ばかり。何でこんなのが自分の親なんだろう――
父親の態度に嫌気が差し、はっ、と妹屋は馬鹿な大人達を鼻で笑い、
「実の娘には、三百万くらいで怒るんだ。不倫相手にはいくら貢いでも怒らないくせに」
父親がぎょろっと目を見開き、母親が青ざめるなか妹屋は席を立つ。
不倫の話はでまかせだ。けど女の勘で、父から匂いを感じていた妹屋がつつくと、ビンゴだったらしい。
「……あなた。今の話、どういうこと?」
「ば、馬鹿をいうな、そんな話……証拠がないだろう! おい妹屋、まだ話は終わってないぞ!」
「学校の委員長に脅されたの。前の、いじめの話を広げられたくなかったら慰謝料払えって」
「大人に嘘をつくな! 本当に支払ったっていうなら、どこの口座に入れた!?」
「手渡しだから知らない。お父さんだって不倫相手に払うとき、証拠なんて残さないでしょ? 大人なら嘘ついてもいいの?」
皮肉を口にしながら、妹屋は逃げるように階段に足をかける。
その背中から、おろおろした母親が縋るように。
「ねえ妹屋。本当に何があったの? お母さん、あなた達の育て方を間違えたの? お姉ちゃんも最近部屋から出てこないし……お願いだから、もっとお母さんのことも考えて? 最近ネイル教室でも隣の奥様にいわれるの、おたくの娘さんたち荒れてるって噂ですよって。お母さん、そんなこと言われたら恥ずかしくてもう外歩けないわ……ねえ妹屋。私達、大切な家族でしょう……?」
妹屋は黙って階段を駆け上がった。
あああああうざいうざいうざい畜生畜生畜生! 何なのあいつら、気持ち悪い!
たかが三百万程度でごちゃごちゃ言わないでよ、大人ならたいした金額でもないでしょう?
なんて心の狭い親なんだ、と妹屋はがじがじ親指の爪を噛む。
何で私が、こんな下らないで叱られなきゃいけないのか。大体なんで私を叱るのか。愛しい娘のためにわざわざ金を使わさせてあげたのだ、感謝されるならまだしも叱るなんて頭が狂ってるとしか思えない。
父親として失格だ。母親として失格だ。親なら娘の行いに責任を取るべきであり、責任転嫁するなんてあり得ない。
どいつもこいつも頭が弱い、真面目に考えれば私のやってることが正しいって、絶対に分かるはずなのに!
「くそ、くそ、くそっ……!」
全ての元凶は――あの生意気な委員長、綺羅星善子だ。
善人のフリをした詐欺師。いい顔して人を騙す、暴力的で陰湿な女。私を虐める悪党を成敗するためのお金なんだから、親なら喜んで出せよ畜生っ……!
あああムカつく、なんで私があんなクソ親の”下”に扱われなきゃいけないのか。
それだけじゃない。今回の事件において妹屋は全てにおいて”下”だった。
SNSで引っかけた、風見鶏とかいう馬鹿男の作戦は失敗に終わり、綺羅星に殴られ見下され。
次に頼んだ社長、剛翼星雄には綺麗事ばかり並べられたあげく逃げられ、しかも迷宮庁とかいう役人共に詰められ……三百万ものお金をつぎ込んで、何一つとして成果が得られず、両親にぐちぐちと文句を言われる有様だ。
どいつもこいつも私の言うことをきちんと聞かないのが悪い。
風見鶏とかいう馬鹿が、油断しなければ。
例の取締役も、取締役が頼った玉竜会とかいう連中も、きちんと自分の言うことを聞けばたかがJK一人くらい簡単に始末できたはずなのに。
私の計画は、カンペキに整っているのに。
人間の感情、馬鹿な思い込みのせいでどいつもこいつもあいつもそいつも下らないミス、ミス、ミス。失敗ばかりする愚鈍。
なのにどうして、何も悪くない私がとばっちりを受け、枕を濡らしているのかっ……!
「……くそがあああっ……!」
がりがりと頭をかきむしり布団を被る。世界中の誰もが、私を除いて馬鹿ばかり――その馬鹿に足を引っ張られる自分があまりにも可哀想すぎる。
ああ。手元に核ミサイルのスイッチがあったら今すぐこの世の愚か者共を一掃して、正しい人間だけの世界を作れるのに。
私ほど、世界で優しく真面目な人間なんていないのに……!
ダメだ。このままじゃ、頭がおかしくなる。
この世の愚かさに。
馬鹿しかいない穢れきった世界に、私の清らかな心はあまりにも息苦しい。
姉のように頭がおかしくなってしまえば楽なのだろうけど、賢い私は残念ながらそこまで馬鹿になれない……けど、正常な感覚でいるには、この世は狂気に満ちすぎている。
いっそ、死んだ方がマシだとすら思える程に。
けど……それで死ぬくらいなら、せめて、あの女を道連れにしなければ気が済まない……っ!
「ああもう、誰でもいいから私を助けてよ……っ!」
金ならまた、親の口座から盗めばいい。
女が欲しいなら、最近ますます頭のおかしくなった姉をあげる。馬鹿だが見てくれは良いのだ。好きに使っていいから、代わりに私に力をよこせ。
何の変哲もないただの委員長、普通のJKを虐めるだけの、簡単な仕事が、どうして誰もできないのよ!!!
くそくそくそくそ、と妹屋は顔を真っ赤にしながらスマホを弄る。
SNSにダンジョン業界への不平不満を書き連ね、迷宮庁の無能ぶりを書き連ね、攻撃的なレスバをしてきたゴミ共へ「現実を見ろ」と煽りリマインドして晒し集中砲火を浴びせてやる。
そうなれば今日もネットは大炎上。
感情的にレスバしてくる連中に対し、訴えるぞ、開示請求するぞと脅し文句を書き連ねたのちスマホを布団にぶん投げベッドに潜る。
世の中にはダメ人間が多すぎる。私の頭脳があまりに”上”すぎて、理解できない”下”の連中があまりに足を引っ張りすぎる。そして馬鹿は馬鹿のくせして無駄に数だけ多いせいで、さらにバカを感染させていく。
そのことが、妹屋のまともな精神をより狂わせ、世界に居づらくさせていく。
……ああ。誰か。
誰でもいい。
この狂った世界を正し、どうか、あの頭のイカれた女を消して頂戴。
それだけで。
私はごく普通のJKとして、まっとうに、この社会で生きていけるのに――と、思わず涙したその時、
「――可哀想に」
不意に聞こえた声に、びくり、と身体を固めた。
……幻聴?
妹屋は、ついに自分の頭が委員長病に汚染されたかと、ハッとし……いやいや。私は賢い女だ、と頭を振って。
「君は、世界の不幸を嘆いているんだね。気持ちは分かるよ。ボクも昔、この穢れた世界に対して深い絶望と嫌悪を抱いていた。その哀しみ、怒り、嘆き……とても苦しいことだろう」
違う。幻聴じゃない。けど一軒家の二階にある自分の部屋に、家族以外の来客などあるはずもない。
はず……なのに。
ベッドから顔をあげた妹屋は、しかし幻覚とは明らかに異なる、奇妙な男の姿を視界に捉える。
一言で表現するなら、RPGに登場する冒険者のような服装、だろうか。
ダンジョン配信者の中でも、一人向けのプレイヤーが好んで着るような旅人の服にマントをつけ、腰元に剣を下げた、二十台と思わしき茶髪男が……
可哀想にと妹屋を哀れみ、淡いマスクで微笑んでいた。
……は?
「初めまして、鎌瀬妹屋さん。僕は、この穢れた世界を救済する者――勇者、とでも名乗ろうか」
「……あ?」
「さあ、今こそ世界を変えるときだ。君に問おう。君は、世界を救いたいとは思わないかい?」
妹屋の前で、男は大仰に両腕を開き。
映画俳優のように甘い笑顔を浮かべ、妹屋に手を差し伸べてきた。
……なんだ、コイツ?