軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

230.酒場と写真

「へえ、よく撮れてるじゃないか」

西区にある酒場のカウンターで隣り合いながら、ウォーレンの見せた写真をパラパラとめくり、アルフレッドはそっけない口調で言った。

「ちょっと前までは画質が粗かったり、逆にぼんやりしたりしていたのに、最近の写真機はどんどん精巧になっているね」

「うん、値段も思ったより安くなっていて、俺も少し驚いたよ」

蒸留酒をロックにしたものを傾けながら答えると、十五枚ほどの写真を手早く見終えてアルフレッドはさっとウォーレンに束を返した。

「これぐらい写りがいいなら、ケイトとの結婚式にはうんと撮ってもらおうかな。まあ何枚撮っても、本物には敵わないだろうけど」

ケイト・パーカーは冒険者ギルドの職員の一人であり、かねてからアルフレッドが熱心に口説いている女性である。

その予定はあるのかと訊ねるほど意地悪にはなれず、そうだねと答える。

かなり長いこと声をかけては袖にされている様子だが、理屈っぽく合理主義者のアルフレッドはこれだけは諦める気がないようだ。

詳しく尋ねるのは野暮だと思い聞いたことはないものの、もともと法曹の家系の出であるアルフレッドが冒険者をしている理由も、案外その辺にあるのかもしれない。

「それで、わざわざ僕を呼び出したのはどういう理由だい? まさか本当に、ただ一杯やりながらオーレリア嬢との写真を見せたかったわけじゃないんだろう?」

皮肉っぽく笑いながらアルフレッドはショットグラスに入った酒をくいと傾ける。

酒に弱い冒険者は少ないけれど、アルフレッドは小柄ながらかなりいける口だ。ウォーレンも弱いというほどではないものの、まともにペースを合わせていてはこちらの方が先に潰れるのは目に見えていた。

「察するに、ライアンとエリオットは復帰した女冒険者たちと深層に潜っている最中だし、ジーナやジェシカにはあまり聞かれたくない内容で、かといって紳士クラブで葉巻をふかしながら新聞を眺めつつ一人で呑む気にもなれず、消去法で僕しか残らなかったというところかな」

「いや、別にそういうわけでは……」

「別にそれが悪いとは言わないけど。パーティのメンバー以外にも知り合いを作っておいても悪いことはないと思うよ。なんて、僕が言っても説得力はないだろうけど」

器用で交渉力がある反面気難しく偏屈なところがあるアルフレッドは、あまり個人的な友人もいないと聞いたことがある。

それでも有益と思えば人付き合いを嫌がらないだけ、自分よりずっと顔は広く、世事にも敏い。

「男の愚痴なんて聞いても何も楽しくないけど、まあ僕と君のよしみだし、聞くだけなら聞いてあげるよ」

「……ここは奢る」

「当然」

そう言って笑った途端、カウンターにショットグラスを置くとすぐに次の酒が差し出される。

そうは言ったものの、アルフレッドが想像しているような吐き出したい愚痴があるわけではなく、なんとなく今夜は誰か気心の知れた相手と酒を飲みたかったというのが大きな理由だ。

けれど、ここに酒が大好きなジーナを呼ばなかったのは、やはり自分の中に多少の意図が含まれていたのだろう。

ジーナは良くも悪くも率直な性格で、隠し事も上手いとは言えない。つまり、オーレリアに関する話は彼女の前では避けておきたい気持ちがある。

「オーレリアは、俺と写真に写るのも快く引き受けてくれて、すごく綺麗に着飾ってくれたんだ。アリアさんにも相談したんだろうけど、少しクラシックなドレスがすごく似合っていて、あれなら祖父も安心してくれると思う」

「君は故郷から出た理由があんまり穏当じゃなかったようだしね。身内としてはどうしているのか心配していただろうし、爵位が上がって身を固めるとなれば、順風にやっているんだと思ってくれるんじゃないかい」

「うん……」

「オーレリア嬢は美人だし、雰囲気も落ち着いて控えめな感じが上の世代には好感を持たれると思うよ。その上とびきり優秀な女性で、若くして貴族の後見を得て自分で商会まで立ち上げているとなれば、ライアンの両親もいい相手を見つけたって安心するんじゃないかい?」

ウォーロック夫妻は、母と共に南部に戻った後も何くれとなく面倒を見てくれた、ウォーレンにとっても第二の親に等しい存在である。

祖父とも何だかんだと親しい関係なので、写真を送れば元気にやっているらしいと共有するのは想像に難くないし、ウォーレンの婚約者であるオーレリアにも興味を示すだろう。

「そうだ、ライアンが戻ってくるのを待ってあいつの写真も同封すれば、おじさんたちにも喜ばれるかも」

思いついたことをそのまま口にしてみると、アルフレッドは笑いながら手をひらひらと振って見せる。

「オーレリア嬢を見られるのが気恥ずかしいのか知らないけど、そうやって先延ばしにするのは止めておきなよ。人間明日にはどうなるかわからないんだし、こういう知らせは早ければ早いほどいいと相場が決まっているんだ」

「別に、そういうわけじゃ」

言いかけて言葉を切ると、アルフレッドは訝しげに横目を向けてくる。

「僕には、君が何をそんなに迷っているのか、そっちの方が分からないね。ダンジョンを踏破して栄光あるプラチナランクに昇格し、爵位も上がって意中の相手と婚約も果たして、おまけにその相手はとびきり有能。誰もが羨む順風満帆な人生じゃないか」

「そんなにいいものでもないよ」

「君が今の状況を手放しで喜んでいるわけでないのは分かっているさ。人からどう見えるかっていうのは大事ってことだよ」

アルフレッドの言葉はウォーレンという人間の表の上澄みをすくって、綺麗な部分だけを見せているようなものだ。

実際は踏破を目指して試行錯誤していた時の方がずっと自由だったし、生きがいを感じていた気がする。

オーレリアに出会う前に戻りたいとは思っていないものの、あの頃に比べれば今はままならないことだらけだ。

「オーレリアは本当にすごいよ。どんどん新しい商品を生み出して、それが全部ヒットしてる。俺はあんまり社交界には詳しくないけど、もう男であの中敷きを使っていない貴族はほとんどいないんじゃないかな」

「貴族どころか冒険者にもほとんど行き渡っていると思うよ。最近は商業ギルドが張り切って広めているから労働者階級にも人気で、ずっと品切れが続いているって話だし」

やっぱり付与が入ってると大量生産が追いつかないんだろうねとアルフレッドは笑う。

「一部では高値で転売されていて高騰しているらしいし、王都の革職人は中敷きの形を夢にまで見るなんて笑い話もあるくらいだ」

人付き合いが嫌いなくせに、どこに情報網を持っているのか、相変わらず噂話には聡いらしい。

グラスを握り、ため息が漏れる。

「新しい工場の誘致も決まったらしいし、ますますすごい人になっていくんだろうな」

「まあオーレリア嬢もすごいけど、アリア嬢が隣についているのも大きいだろうね。あれは相当なやり手だよ。さすがウィンハルト家の人間っていうところなのかな」

「本当、アリアさんには敵わないよ」

多少爵位が高く、王宮に共に着いていくことで彼女の立場を軽んじさせない程度の役割を果たしているものの、正直アリアほどオーレリアの役に立てている自信はない。

アリアが絶対的にオーレリアの味方であることは心強い反面、自分の頼りなさが情けなく感じることもないわけではなかった。

「どうも、今夜は本気で参っているみたいだね」

呆れたように言うとアルフレッドはもう一杯と告げてショットグラスをカウンターの上に置く。

「オーレリア嬢との関係は安定しているんだろう?」

「うん、喧嘩とかは全然ないけど」

「アリア嬢にやきもちを焼いているなら、すごく無駄だと思うよ。むしろそばに居るのがとびきり有能な男じゃなくて良かったじゃないか」

もしもアリアが男だったら。そう考えて思わず胃のあたりを撫でてしまう。

その場合、間違いなくオーレリアの婚約者の立場が自分まで回ってくることはなかっただろう。

「影のないところに魔物の姿を探しても無駄だよ。その場合いるかいないかわからない魔物じゃなくて、自分の不安を顧みる方がよっぽど建設的ってものだ」

「わかってる。俺のは贅沢な悩みってやつだよ」

返された写真をゆっくりとめくる。

時間を切り取ったような紙の中には、たいして似合っているとも思えない正装の自分と、美しく装ったオーレリアが写っている。

写真はモノクロで分からないけれど、オーレリアの耳から下がっているイヤリングは自分の瞳と同じ色の石がはまっていて、ネクタイには同じ意匠のネクタイピンが留められており――。

それきり黙り込んだウォーレンを、アルフレッドは放っておいてくれた。

遠慮なく杯を重ねて、ウォーレンも少し酔ったところでそろそろお開きという空気になる。

「君が楽天的な性格でないことはわかっているつもりだけど、まあ、あんまり考え込まないことだね。飲みたくなったらまた声をかけてくれよ。奢りならいくらでも付き合うから」

「わかった。ああ、それと」

「うん?」

「……オーレリアが写真を見てすごく綺麗に写っているって喜んでいて、今度はアリアさんやうちのメンバーとも、みんなで撮りたいって言っているんだ。だから、もし良ければ」

節目や家族でもないのに共に写真に写るのは、滅多にないことだ。

つまりオーレリアには、写真はそれほど特別なものという意識がないらしい。

アルフレッドもそう思ったのだろう、少し呆れたような表情で軽く肩をすくめて見せる。

「さすがに君に少しだけ同情するよ」

アルフレッド・エインズワースに同情された。滅多にないことではあるが、それが誇らしいかどうかは、また話が別だった。

* * *

多少酔いが回っていたので辻馬車で中央区まで戻り、屋敷に入るとすぐにモニカが出迎えてくれる。

「あらあら旦那様、こんなにお酒の匂いをさせて」

「少し友人と飲んできただけだよ。でも少し酔ったから、今夜はもう部屋で休むよ」

上着を脱がせようとしてくれるモニカを手で制止し、内ポケットに入っていた封筒を渡す。

「写真館で受け取ってきた。そのまま祖父に送ってくれ」

「かしこまりました。お手紙はつけなくていいんですか?」

「うん、またそれは別に、送っておくから」

ウォーレンがあまり筆まめな方ではないことをわかっているのだろう、モニカは困ったように微笑みながら封筒を受け取る。

「大旦那様もお喜びになると思います」

「うん、そうだといいね」

おやすみを告げて私室に入り、ネクタイを緩める。

オーレリアに付与を入れてもらったピンはなくすのが怖くて、貴重品を入れる引き出しにしまったままだ。

内ポケットから、封筒の中から抜き出しておいた二枚をそっと引っ張りだす。

レンズの向こうに居るオーレリアは優しげに微笑んでいた。

一枚はオーレリアが欲しいと言っていた分だ。これは次に彼女に会う時に渡せばいいだろう。

もう一枚は……祖父のために撮ってもらった写真をくすねるのはあまり行儀が良いとは言えないけれど、一枚欲しいと言っていたし、同じものを自分が持っていても、許されたい。

きっとそれにも、他意はなく、オーレリアには友人との記念品以上の意味はないのだろうけれど。

「………」

そっと指先でオーレリアの輪郭をなぞり、しばらく見つめた後ハッとして軽く首を振る。

――何をしているんだ、俺は。

「だいぶ酔ってるみたいだ」

そう一人ごちて、写真を貴重品を入れる引き出しの中、緑色のネクタイピンの隣にそっと仕舞い、上着を脱ぎ捨てると、気だるさに任せてそのままベッドに倒れ込む。

シャツもスラックスも皺だらけになって、明日モニカに叱られるだろうけれど、それは明日の自分に任せてしまうことにした。