作品タイトル不明
225.王都の猛暑と涼しい服
「オーレリア、今日は髪を上げるんですか」
週末、身支度を整えて一階の広間に降りると、テーブルには何か書き物をしているアリアと、本を読んでいるジェシカが座っていた。
「はい、今日も暑くなりそうなので。アリアはお仕事ですか?」
「ええ、その暑さ関係で、エアコンへの問い合わせがたくさん来ているんですよ。今やっているこれも、その調整です」
ここ数日、王都は前世で言うところの猛暑に近い暑さを見せていた。
毎日雲ひとつない真っ青な空模様が続き、洗濯物がよく乾く反面特に日中はひどく暑く、少し前の雨ばかり降っていた時期が懐かしく感じるほどである。
「王立図書館は、過去に類を見ないほど、利用者が増加しているそうですよ。冒険者ギルドや商業ギルドも、用のない冒険者や商人がなかなか帰ってくれないので対応に困ってきているらしいです」
「そんなにですか」
王立図書館は入館にそれなりの入館料が掛かるため、裕福な人や貴族くらいしか利用せず、その規模に対して利用者が少なく、いつも閑散としていたけれど、今夏はかなり利用者が増えているらしい。
ついでに本を読み知識が増えるならいいことなのだろうけれど、顔見知りの司書たちが仕事が増えてパンクしていないか、それはそれで心配である。
「大きな公共の施設に設置を急いでいますが、かなり強気に値段をつけたのにこんなに早いペースで増えるのは、私も予想外でした。来年の決算期の納税額が、今から怖いぐらいです」
そう言いながらも、商売がうまく回っているのは彼女にとって決して悪いことではないのだろう。アリアの目は生き生きと輝いている。
「オーレリアは、エアコンの付与のスケジュールは負担になっていないですか?」
「私は大丈夫です。筐体を作る職人さんの方が心配なぐらいで」
「彼らも仕事ですから、無茶な予定は入れないと思いますが、こちらからも気をつけておくようにしましょう」
「はい。……もっと手軽に、設置型のミニエアコンを作れたらいいのですが」
「ああ、試作品のあれみたいな感じですか? あれは夜間に水があふれる可能性がありますしね……」
「いえ、窓に設置して、排水ホースは外に流すタイプです。それなら窓のある部屋なら比較的楽に設置することができるはずなので」
「え、待ってください。それ、ちょっと詳しく」
アリアが身を乗り出しかけたところで、ちょうど広間に午前十時の鐘を告げる音が響く。アリアもはっとしたように、こほん、と咳払いをした。
「……今日は休日ですから仕事のことは心配せずに楽しんできてください」
「はい、行ってきます」
時間ぴったりに拠点を出るとすでにグレミリオン侯爵家の紋章が入った馬車が拠点の前に停まっていて、その前にウォーレンが立っていた。
「ウォーレン、迎えに来てくれたんですか?」
「うん、ちょうど今ついたところ」
迎えの馬車をよこしてくれるという話だったけれど、どうやら本人も一緒に来てくれたらしい。
エスコートを受けて馬車に乗り扉が閉まると、馬車はすぐに走り出した。
「今日も暑いね。まとめ髪、すごく似合ってるし、その、服も」
「ありがとうございます。これだけ暑いと、こういう服がすごく助かるので」
今日着ているのは、以前ウォーレンの家を訪ねた折、モニカが着替えとして用意してくれて、その後ウォーレンから譲られたドレスだった。
腰のあたりを同布のリボンで結んでウエストマークをつけ、コルセットを必要としないデザインで、薄手で涼しいのがありがたい。
オーレリアの感覚だと多少胸元が露出しすぎていると感じたので、マルセナ洋裁店で布を足してもらってすこしデザインを直してあるけれど、夏を過ごしやすい一着として重宝している。
「毎日、すごい暑さですね」
「うん。俺が記憶する限り、こんなに暑くなるのは初めてな気がする」
前世では猛暑日というのも珍しくはなかったけれど、少なくともオーレリアが王都以外で時間を過ごした東部では、夏がここまで暑くなる経験はなかった。
オーレリアにとっては二年目の王都の夏だが、どうやら王都の住人にとってもこの暑さは例外らしい。
「暑くて倒れる人が出てるみたいだ。新聞でも屋外での卒中に気をつけるようにと注意の記事が出ていたよ」
それは熱中症や日射病の症状ではないだろうか。
「男性の服もかなり暑そうですよね」
ウォーレンも日中の男性の正装であるフロックコートを身に着けているし、こちらの男性は庶民でもシャツにジャケットという服装が当たり前で、シャツ一枚で歩き回るようなことはない。女性はそれなりに薄着をしている人も多いので、これほど暑いと男性はとても大変だろうと思う。
「うん。このシャツと上着にも【冷】を付与してもらっているんだ。【冷】の付与は、付与魔術を覚えたばかりの初等学校の子供たちの、いいお小遣い稼ぎになっているみたいだよ」
なるほどと頷いて、ちゃんと対策されていることに、少しほっとする。
これだけ毎日暑いと、冗談ではなく倒れる人も出てくるだろう。
「暑い場所に長くいると汗がたくさん出て、体調が悪くなることがあるので、その時はお水をたくさん飲んで涼しい場所で休んでくださいね。できればお水だけじゃなく塩を少し舐めるともっといいんですが……」
「塩? そうなの?」
「はい。汗で塩分が出ていくので、体の中で足りなくなるみたいです」
ウォーレンは感心したように頷く。
「もちろん喉が乾いたら水を飲むけど、騎士団では、むしろ訓練中は水を飲まないようにって指導されるんだよね」
「え、そうなんですか?」
「うん。休憩は決まった時間に取るのが当たり前だし、個人的な体調や考えで動くのは規律が乱れるっていう考え方があるから。それと、馬や番犬なんかは水をたっぷり飲ませると、その後体が重くなって働きが悪くなるから、役割の後にたっぷりの水と食べ物を与えるのが当たり前っていう感覚があるからかな」
「それだと、倒れたりする人が出ませんか」
「この暑さだとありうるかも」
騎士団には、ウォーレンの下の弟であるアイザックも所属していると聞いている。
その組織にはその組織のやり方や決まり事があることはわかっているけれど、前世でも熱中症で亡くなる人は決して少なくない数だった。
「あの、せめて体調が悪くなったら体を冷やして休むことは徹底した方が良いと思います。それで亡くなる方もいるので」
「うん、そうだね。ちょっとアイザックに聞いてみるよ。ええと、涼しい場所で、水を飲ませて、塩も舐めた方がいいんだね」
「あとは、脇と首元を冷やすといいみたいです。体調の悪さを感じなくても、暑いのに汗が出なくなっていると危険な兆候で――」
「待って、メモする」
ウォーレンは小さな手帳を取り出すと、真剣な目でオーレリアの言葉を復唱しながら書きつけていった。
「――ダンジョンは一年を通して内部の温度は同じくらいだから、こういうのに気をつけるって感覚はなかったな」
「その、ウォーレンも気をつけてくださいね。鍛えている男性でも、寝不足だったり食事を抜いていると、簡単に倒れたりすることがあるらしいので」
「うん、気をつけるよ」
そう笑ったのにほっとして、会話をしているうちに馬車は中央区のグレミリオン邸の中に入っていった。