軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

216.神力の制御と見えぬ解決

「そうですね、おっしゃる通り神殿にとってはそのような事情もあります」

ジェシカの指摘に対して、ローデリアの声はあくまで冷静なものだった。

「これまでの聖女がそうであったように、ノーラの力はますます強くなっていくでしょう。反面、今のノーラの環境はその能力を制御するのにふさわしいものとは言えません。俗世は心の乱れることが多く、また、力を制御し損ねた時に対処する体制も万全とは言い難いでしょう。そうして人の生きる世界で制御できない強い力を持っている者がどのような扱いを受けるかは、我々よりもあなたたちの方がよくご存知なのではありませんか」

一瞬、調停人や立会人を含む誰もが黙り込み、ローデリアはふっと小さく息をついた。

「魔法も神力も、制御を怠れば容易く人を傷つける力です。よく研がれた刃物を力加減も知らない小さな子供が人混みで振り回していれば、誰もがその刃物を子供から取り上げようとするか、その子供の周りには誰もいなくなるかのどちらかです。ですがその刃物が子供の生きる糧を支えていたらどうなりますか」

魔法使いの場合、制御ができない能力は親や神殿の判断によって封印されることがあると、以前話を聞いたことがあった。

犯罪者の場合は永久封印されることもあるという話だったので、何らかの方法でそれが可能な技術があるのだろう。

ノーラはゴールドランクの冒険者だ。繊細な魔力の操作が得意で、ライアンやエリオットたちとダンジョンの深層に潜っても何の遜色もない力を持っているのだという。

ノーラの価値が神力によるものだけだとはオーレリアは思っていない。

けれど、彼女の仕事や日常を支えるのに、その力が何の価値ももっていないとは到底言えないはずだ。

「ノーラ、聖女であるあなたに現世での生きる道はありません。神殿に戻っていらっしゃい。静かな環境で心を安らかに過ごしていれば、人を傷つける心配もないでしょう」

ローデリアは優しく、それこそ慈母が幼子にするように語りかけた。

真っ白な服の胸元に手を当てて、ゆっくりと告げる。

「あれから私も力をつけました。あなたを傷つけた人々はもういません。二度とあなたを傷つけるようなことは、させませんよ」

* * *

一回目の調停が終わり、控室に戻るとエドワードはこめかみを押さえながら苦い声で言った。

「あのような重要なことは、先に伝えておいていただかないと困りますね。特にジェシカ、君ならこの流れになることは、十分に予想できたのではないですか」

「あら、それは買いかぶりですよ、エド兄さん。神殿は秘密主義ですし、神力については魔力以上に分かっていないことの方が多いのです。それぞれの神殿によって習慣がまるで違っていますし、まして聖女なんて信仰の秘儀に関することですから。むしろ、あの神殿長がこんな公の場でそれを口にしたこと自体、異例中の異例というところです」

「それだけノーラさんに戻ってほしいってことなんだろうね。それ以外の条件……養育費とか、宣誓の履行とか、全然持ち出してくる様子もなかったし」

ジェシカの言葉に続いてウォーレンが言うと、ノーラはしょんぼりとした声で言った。

「私がうかつだった。最近神力の調子が悪かったけど、それと加護が増しているのが関係しているとは思っていなかった。もっとよく考えるべきだった」

「そもそも神殿から出ているのにそれ以前より加護が増すなんて一般的じゃないですからね。結びつかなくても仕方がないと思いますよ」

ジェシカがとりなすように言っても、ノーラは俯いたままだ。

オーレリアも何か声を掛けたいと思ったものの、魔力にも神力にも詳しくない、ただ彼女たちに縁のある者としてそこに居合わせた自分が、何を言っても説得力がないような気がしてしまう。

「なあ、ジェシカ、あんたは碩学の乙女と呼ばれるくらい博識な魔法使いなんだろう。強すぎる神力をどうにかする方法はないのかい」

ロゼッタは、うつむいたままのノーラの肩に腕を掛け、言った。

「この子を神殿に渡したくない。それ以外でできることはないのかい」

「そうですね……」

ロゼッタの言葉に、ジェシカは少し困ったように眉尻を落として頬に手を当てる。

「まず試してみる価値がある方法は、フルウィウス神への信仰の誓いの返上を行うことですね。そうすれば、基本的には与えられた加護も返上することができるはずです。ただノーラさんの場合、神殿から離れてもフルウィウス神の加護が弱まらなかったことを考えると、かなり強い加護を与えられているはずですので、それで効果があるかは断言できません」

「その神様を信じていなくても、加護が与えられることがあるんですか?」

なんとなく、色々な神様がいて、それぞれの加護が神官や聖女に与えられているというならば、その信仰が途切れれば加護も消えるようなイメージでいたため、ジェシカの言葉は少し意外だった。

「神はとても気まぐれですし、特に水の神は気に入った者への執着が強いとされていますので、無責任な言い方かもしれませんがやってみないと分からないというところです。それから、一番確実な方法は中央神殿に願い出て神力の封印を行うことです。これは魔力に対しても同じ措置が取られますが、個人が持っている力を制御できなかったり、罪を犯した者に対するもので、その方法は中央神殿の秘儀とされています。……個人的には、あまりお勧めはできませんが」

「そんな……」

ノーラは何かの罪を犯したわけではない。

確かに神力の制御ができなくなってきている部分はあるかもしれないけれど、それだって多少部屋を水浸しにするといった程度で、誰かを傷つけたわけではない。

なにより、ノーラはロゼッタと共に数年後ダンジョンの最下層の踏破を目標にしている冒険者である。

王都に来たばかりの頃からロゼッタにはお世話になっているし、ロゼッタとノーラがとても良いパートナーであるのはそばで見ていれば明らかだ。

「他の対処法としては、ダンジョンの中では神力が相対的に弱くなってしまいますので、今以上にノーラさんの神力が強くなったら、いっそダンジョンの中に住みつくというのも一つの手段ではあるかもしれません。実際、目的は違いますがそのように生活している冒険者も居ない訳ではありませんし」

「ああ、いっそその方が良いかもしれないね! ダンジョンは冒険者しか入れないし、まして神殿の連中には資格があっても足を踏み入れたいとは思わない場所だろうからさ!」

ジェシカの言葉に、ロゼッタはやけに明るい口調でそう言った。

「ノーラ、神殿に戻る必要なんてこれっぽっちもないよ。いざとなったらダンジョンに居ついたっていいし、別に神力を封印しちまったっていい。あんたが神力が使えなくなったって、それで何が変わるわけでもない。私らは良いパートナーだ。そうだろ?」

その言葉に、ノーラは俯いたまま、ふるふると首を横に振った。

「力が使えなくなったら、ロゼッタの役に立てない。私は、ロゼッタの足を引っ張りたくない」

「あたしはあんたが役に立つから一緒に居るんじゃないよ、ノーラ。頼むからそれだけは忘れないでくれ」

ノーラはそれに返事はしなかった。

――中央大陸にも、西大陸のような矯正器具があったら。

中央神殿での魔力や神力の封印とは異なり、セラフィナの口ぶりでは個人で制御できない力を、自分の意思で制御できるようになるまで持っている力をある程度抑えたり、少しずつその効果を弱めたりしていくことのできる道具のようだった。

もしこちらでもそれが当たり前に手に入るものだったなら、今のノーラの苦悩は必要のないことだったはずだ。

ないものは仕方がない。前世の記憶のあるオーレリアは、物心がついた時から記憶の中にある便利な道具や穏やかな環境といった手に入らないものを諦めるのは当たり前のことだった。

王都に来たばかりの頃は、仕方ないが口癖だったぐらいだ。

自分のことならばあきらめがつくのに、普段あまり感情を表に出さないノーラの唇がキュッと引き締められているのがかわいそうに思えてしまって。

「ともかく、次の調停は一週間後です。それまでにもう少し何か策を考えておきましょう」

エドワードはやや疲れをにじませた声でそう告げた。

「エド兄さん、なんとかなりますか?」

「なんとかするしかないでしょう。……人には望んだ生き方をする権利があります。ノーラ嬢が納得して神殿に行くならともかく、そうでないなら依頼人の望む生き方をする手助けをするのが私の仕事ですから」

「ふふ、エド兄さんのそういうところ、尊敬します」

「言っておくが、君も手を考えるのだよ、ジェシカ。魔力だ神力だというのは、私の専門外なのだから」

もちろん、とジェシカは頷いた。

「しばらく解決しないようならダンジョンの塔に住み心地のいい部屋を作って、しばらくそこにいてもらってもいいと思いますよ。塔の四階の一部はアウレル商会の所有になっていますから、ミズベタ研究に携わる専任の冒険者への福利厚生にするのになんの不都合もないでしょうし。時間があれば振れる手数も増えるというものです。ね、オーレリアさん」

「! はい!」

ジェシカの言葉に、勢いよく頷く。

ここにないものをあればいいのにとくよくよと考えても、仕方がない。

幸い色々な縁に恵まれ、一年前の自分と比べれば格段にできることは増えたはずだ。

「途中で甘いものでも買って、拠点に戻って温かいお茶でも飲みながら、皆で考えましょう」

臆病で楽観的とはいい難い性格だと、自分でも自覚はある。

――でも、今は一人じゃないから。

「きっと、なんとかなりますよ」