作品タイトル不明
48.違和感
パイ生地を作って寝かせている間に、林檎をバターと砂糖で炒めていると、牧場主が「いい匂いだなぁ」とくんくんと香りを嗅ぎながら言った。
「ここからは焦がさないようにしながら、ゆっくりと煮詰めていきます」
鍋に蓋を被せて……と。
一段落して、ふうと息をついていると牧場主に話しかけられた。
「ありがとな、お嬢ちゃん。おかげで助かったよ」
「そんな、とんでもないです」
「いやいや。これであのご令嬢も満足してくれるだろ……」
ほっとした様子で牧場主が言う。この人も、ミルティーユの我儘には苦労しているようだ。
「……そういえば、奥さん遅いですね」
奥さんは買い物をしに街へ出かけているらしい。
牧場主は「そのうち帰って来るさ」と言っていたが、それから随分と時間が経つ。
「あー、こりゃどっかに寄り道してるかもな」
「ちょっと心配ですね……」
「心配? 何でまた?」
「ほら、指名手配犯の共犯者がどこかに潜んでるかもって言われてるじゃないですか」
「何だ、そりゃ」
牧場主が腕を組みながら、怪訝そうな顔をする。
「指名手配犯ってこないだ捕まった奴のことだろ? だけど仲間がいるなんて、聞いたことないな」
「えっ」
「お嬢ちゃん、その話誰から聞いたんだい?」
「他の使用人からです……」
やっぱりポワールの言う通り、マリーが心配性なだけなのかもしれない。
「……しかし、あんたも大変だなぁ」
蓋を開けて林檎の具合を確認していると、牧場主がしんみりとした口調でそんなことを言い出した。
「どんなに辛いことがあっても、くじけるんじゃないぞ」
「あ、あの……?」
「また今度林檎を持って行ってやるから、心を強く持つんだ!」
「えっと……ありがとうございます」
あれ、私どうして労わられてるんだろう。優しさの理由が分からなくて、何だか怖い……
その後も二人でおしゃべりしつつ、キャラメリゼした林檎を型に移してから、パイ生地を被せてオーブンの中へ。
次第に林檎の甘い香りだけじゃなくて、パイの香ばしい匂いもキッチンに漂い始める。
そして数十分後。
「うおおっ、こいつぁ美味そうだ!」
いい色に焼き上がったタルトタタンに、牧場主が目を輝かせる。
私も無事に使命を果たすことが出来た。さあ、早く屋敷に帰らなくちゃ。
「おっと、客人もちょうど来たみたいだな」
窓の外に視線を見ながら、牧場主が言う。
私も同じ方向に目を向けると、一台の馬車が停まっていた。
ん? あの馬車、どこかで見たことが……
「あの……客人ってどなたでしょうか?」
「エシュット公爵家のミルティーユ様だよ。ほら、このお菓子作れって言ったご令嬢」
「ええっ!?」
来るなんて聞いていないんですが!?
まずい、私がメイドをしていると気づかれてしまう。
とりあえずミルティーユと鉢合わせしないように、どこかに隠れて……
「お嬢ちゃん。悪いんだが、このお菓子切り分けて、紅茶と一緒に応接間に持って行ってくれないか?」
焦る私に、牧場主が両手を合わせてそんなお願いをして来た。
「わ、私がですか?」
「うちのカミさんもまだ帰って来ないしよ。そんじゃあ、頼んだ!」
私の返事も聞かず、厨房から出て行く牧場主。
キッチンにポツンと取り残された私。
ああもう、やるしかないか……!
私は、急いで紅茶を淹れる準備を始めた。