作品タイトル不明
第二百三話
北海道第七ダンジョンの内部は針葉樹が生い茂る、森林地帯であった。
ダンジョンの外は銀世界が当たり前であるため、急に緑の香りが鼻に入ってくるのには、なかなか慣れない。
気温(正しくは室温?)も急に暖かくなるので、感覚が狂いそうになる。
(これがダンジョンだよな)
ダンジョンは、環境から探索者を攻撃してくる。
これはベテラン探索者の格言のようなものであり、目先の脅威であるモンスターばかりに気を取られてはいけないということだ。
探索者は基本的にモンスターの脅威度で攻略するダンジョンを決めがちである。
これはモンスターを倒すことで素材などを入手し、可能な限り高額な収入を得るためでもあるが、命を失うようなシチュエーションは、基本的にはモンスターとの戦闘に敗れた時だからだ。
モンスターに敗れて、命を落とす探索者はかなりの数に上る。
勿論、命を奪われることが多すぎれば、探索者という職業が成り立たなくなるので、現役探索者の半分が命を落とすなんてことはない。
だが、ダンジョンの難易度を上げるなどして、Bランク、Aランク探索者であっても、命を落とすことは普通にあるので、生存率というのは、ランクを上げれば単純に上がるものでもない。
そのため、ダンジョン内を徘徊するモンスターの強さ、性質、相性を分析するのは重要なことである。
だが、そればかりを重視していると、思わぬところで足元を掬われる。
気温や湿度、植生など、環境の傾向や厳しさもしっかりと考慮した上で、探索者はダンジョン攻略に臨まなくてはならない。
そう言って意味では、適応することに非常に長けている【魔術】というスキルは、ダンジョン探索にかなり適したモノであると言える。
(だからこそ、ここまでスムーズにこれたんだろうけど)
普通は、ここまでのスピードでレベル上げなんてできないし、怪我も少なくならない。
並の探索者であれば、骨折など日常茶飯事だし、それ以下の怪我など無数にしている。
無理して治療を怠って、痛みで一睡もできず、次の日、高額の治療を受けなければならないのは、探索者なら誰もが通る道だそうだ。
(そこも魔術でパスしているだよな)
単に攻撃、防御、バフだけでなく、回復系統の術があるのは、本当に強みだ。
欠損は色々とキツイが、骨折程度ならダンジョンによって飛躍的に伸びた現代の医療技術同様、短時間で容易に治せるので問題ない。
というか、一定程度の級のポーションを飲めば、骨折程度は即時回復するので、技術的には一般レベルと違いはないが、ポーション代や治療費がかからないというのが、とにかくありがたかった。
治療費などを抑えられれば、武器防具の新調もしやすいし、余裕のない生活を送りにくい。
メンタルが追い詰められにくい環境を作れているのは、レベル上げをしやすいというか、ダンジョン攻略に乗り出しやすい、リスクを取りやすいという面で明らかに貢献しているだろう。
つまるところ、環境に適応ないし対応することが重要ということなのであるが……。
(流石にここで魔術を使う必要はない)
気温の変化はかなりのものがあるが、レベルが向上した今、こうした厳しい環境に晒されることに対しても、強くなっている。
周囲の温度が急激に変わったことに驚きはするものの、それで対応に迫られるようなこともない。
(北海道ってそういう意味で、人気があんまりなんだよな)
中堅程度の探索者が潜るようなダンジョンの環境は、命を危険に晒すような厳しいものが少ない。
中堅以下の探索者はコンディションに気をつける必要があるくらいだ。
(だからこそ、軽視するなってことなんだが、ダンジョンよりも厳しい環境に身を置きたくなるかって言うと、ないよな)
ただでさえ、ダンジョンという場所に向かわなければならないのに、日常から過分なストレスに晒されたい探索者はいない。
そこに目を付け、環境を自ら作り上げたのが、明星なのである。
「そろそろ、モンスターが出てきます」
東雲の言葉を耳に入れつつ、経過時間を確認すると、既にダンジョンに潜り始めて、二十分ほど経っていた。
モンスターが出てこない方がおかしい時間である。
(さて、始めますか)
東雲が言ったということは、接敵する範囲にモンスターがいるということ。
俺が魔刀の柄を軽く撫で、意識を戦闘に切り替えた。