作品タイトル不明
第百七十八話
特殊部隊の隊員の二人に連れられ、俺はオークション会場から抜け出すことに成功した。
「無事でよかったです」「ごしゅじん…」
会場の外には東雲とヴァルの姿もあり、俺の姿を見るや否や高速でタックルしてきて、そのまま抱き着かれる。
「ほら、だから言っただろ…いってぇ」
隊員たちのいる後ろが若干騒がしくなっているが、それよりも、二人が無事であることが何よりも嬉しかった。
それから十分弱、無事であることを確かめた後、あらためて、隊員二人に頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
魔術を使えば、テロリストを倒す、無力化することはできたかもしれないが、狭い空間で実戦経験のない俺が上手く対処できていたかは分からない。
道中の無力化は、既にあの場がダンジョンと同質の空間であることを認識していたからだ。
最初にテロリストに捕まった、あの瞬間は、本当に命の危機だったと思う。
「それが仕事ですから」
男性隊員が短く言う。
その瞳の奥には、強い使命感を感じさせた。
(こういう人が多くの人を救うんだろうな)
戦場に身を置きながら、それでも人を気遣い、無事に守り通す。
恐らく、オークション会場から抜け出すまでの会話も、俺が過度な緊張状態にならないようにするためのものだったのだろう。
「うぅ~、私は諦めませんよぉ」
「おい、他の救助者のもとに行くぞ。では、私たちは他の仕事がありますので……」
「そんなぁ、私の悠々自適な生活がぁ~」
男性隊員に引っ張られるようにして、連れていかれる女性隊員。
うん、まあ、これもきっと、場を和ませるための手法なのだろう。
そうして、今回のテロ事件は無事終息し、俺たちはいつも通りの日常に戻っていく、かと思われた。
「また、会いましたね。伊藤さん」
オークション会場で出会ったセーラー服の女性、いや、Aランククラン【明星】のクランマスターにして、Sランク探索者の篠森葵が、部下である山崎優平を連れて、俺たちの前に姿を現した。
♦♦♦
「山崎さん、本当にいいんですか?」
現在、俺と東雲とヴァル、山崎さんと篠森さんの五人で料亭の座敷にいた。
「伊藤さん、本当に申し訳ございません。あれほど、ちょっかいをかけるなときつく言っていたのですが、迷惑をかけたようで」
山崎さんが深々と頭を下げた後、睨みつけるようにして隣に座っている篠森さんの方を見る。
「伊藤君はどんな料理が好き?ここは松茸を使った料理が美味しいんだけどぉ」
しかし、そんな視線もどこ吹く風といった様子で、俺にずっと喋りかけてくる。
「あははは」
俺はとりあえず、笑ってごまかしているのだが、篠森さんはそれでも構わないのか、延々と俺に話しかけていた。
「今日は頑張って、一人もテロリストを殺さずに無力化したんだよ。凄いでしょ」
「そうですね。はい」
「でしょう。いつもだったら、一瞬で皆殺しにするんだけど、今日は伊藤君がいるから我慢したんだぁ」
「ありがとうございます」
ずっとこんな調子であり、俺はひたすらに相槌を打ち続けている。
「はぁぁ、伊藤さん、すみません。普段はここまでではないんですよ」
山崎さんの気持ちがわかった気がする。
これは大変だ。
「そうでしょうね。あはは」
キラキラとした純粋な目でずっと見てくるので、遮る気も起きない。
なんというか、子供にじゃれつかれている感じであった。
「それにしても、東雲ちゃん、思ったよりも強くなってないね」
ひとしきり喋ったのか、今度は東雲の方を見る。
「余計なお世話です。貴方には関係ありませんので」
「昔、戦った仲じゃない」
「そうですね。昔は殺されかけましたが、もう、そうはなりませんよ」
今度は篠森さんと東雲の間で、バチバチと火花が散る。
「そもそもなんですか?伊藤君って、貴方の方が年下でしょう」
確か、篠森葵の年齢は三じゅ……。
「伊藤君?」
篠森さんの視線がゆっくりと俺の方に向けられる。
心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた俺は、直ぐに先程考えたことを頭の中から放り投げた。
「いやいや、何言ってるの、東雲ちゃん。伊藤君は、まだ探索者歴が浅いでしょ。私の方が二十数年は先輩だよ」
俺の邪推を封殺した後、何事もなかったかのように、会話が再開する。
直感力の強さは、高位探索者特有のものか、女性特有のものか、俺にはまだ理解できない。
「実年齢は下でしょう」
「東雲ちゃん、高位の探索者が通常の時間の概念に囚われる筈がないのは分かっているでしょ。君も、私も、もう普通の人間じゃないんだから」
「そうですね。だからと言って、貴方のような存在が、伊藤さんに近づくのは容認できません」
「結局はそこなんだ。う~ん、私は別に女が何人いてもいいけどね」
たまたま飲んでいた水を吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
ここで矛先が自分に向かってくるとは思わなかった。
「それは嘘ですね。貴女のような存在が、その気持ちのままいれるはずがありません」
「それはそうかも」
東雲が冷たく言い放ち、それにケラケラと笑う篠森さん。
いがみ合っているようで、意外と息が合っているように感じられる二人であった。