作品タイトル不明
第百三十一話
明星(あかぼし) 東京支部の支部長室にて、 山崎(やまさき) 優平(ゆうへい) は一枚の資料を眺めていた。
「Cランク探索者、東雲一花ですか…」
世界第13位のクランである【明星】の中でも、山崎は随一の “目” を持っている。
様々な探索者をその目で視てきており、明星というクランが今ほどの地位を手に入れた要因の一つが山崎によるスカウトであった。
そんな山崎から見ても、東雲一花という人物は目を見張る才能がある。
詳細なデータは少ないが、資料を見る限り、誰が見ても自分のクランに入れてしまいたいぐらいには優秀だ。
「明らかに、あの時の判断はベストではなかった」
なにより、今後見ることはないほどの輝きを放つ人物をスカウトし損ねた。
その人物が、伊藤春彦。
一見するだけでは普通の三十代後半の男性にしか見えないが、山崎の判断は違っていた。
(情報だけでも異常だったが、目の前で見て確信した)
伊藤春彦という人物から感じ取れる可能性は、万単位の将来有望な探索者を視てきた山崎であっても、これまで感じられないほどであった。
それほどまでの、可能性。
彼ほどの大器はそうはいまい。
本来であれば、あの人材を手に入れるためだったら、何を捨てても良いほどだ。
それほどまでに、伊藤春彦の存在は山崎の目にはどこまでも大きく映っていた。
だからこそ、解せない。
あそこで、伊藤春彦の要望を飲んでしまえば、簡単に明星に入れることができた。
伊藤は元々企業勤めであり、長い間、組織に属していた。会話からしても、感触は悪くはなかったため、組織に属することに忌避感はないと考えている。
(なにか、違和感がある)
山崎は直感的に、東雲一花は取りたい気持ちにはならない。
クランに入れ、より高みへと共に昇っていきたいという、情熱は欠片も生まれてこなかった。
何度資料を見返しても、 勝(・) 手(・) に(・) そういう認識になる。
( ズ(・) レ(・) て(・) い(・) る(・) ?)
こと人材発掘に関しては日本随一を自負する山崎だからこそ、遅ればせながらこの違和感を感じ取ることができた。
「やられた、精神干渉か」
本来、これほどの人材であれば、様々な人間がスカウトしてもおかしくはない筈だ。
事実、客観的に考えた際には、東雲一花は勧誘すべき対象となる。
しかし、主観的に捉えると、彼女を勧誘する気には全くならない。
山崎の心臓の鼓動がゆっくりと音を立て始めた。
当然、人間に対してスキルや魔導具を使用することは、一般的に国の法律で禁止されている。
実際にその使用が認められれば、かなりの重罪となる可能性を秘めていた。
それを明星の幹部相手に使っている。
考え足らずの馬鹿か、あるいは、
(バックにそれほどの存在がいる?)
揉み消すことが可能なほど存在が、東雲一花の後ろには存在している?
そんな仮説が山崎の頭を過ぎった。
山崎の心臓はけたたましい音を鳴らし、全身から滝のような汗が流れる。
静止した山崎の顎を伝って、大粒の汗が資料に落ちた。
「一度、連絡を入れた方が良……うそだろ」
電子端末を模した魔導具が振動を伝える。
この端末は明星の幹部のみが所持を許されるものであり、相手はこのクラン最強の探索者のみだ。
「もしもし、山崎ですが」
「ハロー、元気にしてたぁ」
どこか愛嬌を感じる声、声だけ聴けば、十代の少女のように思えるかもしれない。
見た目も幼さが残っており、制服を着れば女子高生と言い張っても通るほどに、若々しいが、何より声色に若い情熱が宿っている。
最初のやり取りだけであれば、姪っ子が仲のいい親戚のおじさんに電話をかけている。
傍から見れば、そう受け取られるかもしれない。
だが、山崎は今日一番の緊張を感じていた。
「葵さん、相変わらず突然ですね」
電話の相手は、 篠森(しのもり) 葵(あおい) 。
明星が有する最高戦力、日本には両手の指で数えられるほどしかいない、Sランク探索者である。
「うん、まあ、連絡した、方がいいかなって」
「何か、音の調子が悪そうですが、水中ですか?」
「ううん、今、マグマの湖を、泳いで渡ってるから」
「?」
Sランク探索者の行動は、Bランク探索者の中でも上位にまで昇りつめた山崎でも、理解の範疇を数段、飛び越えていた。
無駄な思考は話の邪魔になると判断した山崎は、慣れた感覚で直ぐさま、疑問を投げ捨て、質問を投げかける。
「…東雲一花を知っていますか?」
山崎は真剣さをこれでもかと込めながら、東雲一花の存在を聞いた。
場合によっては、クランに重大な損害を与えるかもしれない案件である。
冗談交じりには話せない。
ちなみに、伊藤春彦の名前を出すことも一瞬過ぎったが、なんとなく恐ろしいことになりそうな気がしたので、止めた。
「う~ん。名前はわからないけど、その子って黒髪で刀を持った女の子?」
「そうです」
ビンゴ、やはり知っていたか。
Sランク探索者は超越者である。
通常の人間では身についていない、五感以上の感覚を持っており、これまでも記憶にない情報からも当たりをつけることが多々あった。
「どこで見ましたか?」
「昔にダンジョン内で見かけて、なんとなく殺すべき気がしたから、襲ったんだけど逃げられちゃった」
「何してるんですか……逃げられた?」
いきなり人を襲ったことにツッコミを入れて数秒後、それよりも聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「うん、かなりヤバかったね。レベル差がかなりあったから殺せるかと思ったけど、アイテムを使われてね。向こうは満身創痍だったけど、逃げられた」
「あなたほどの人が、そんな馬鹿な」
篠森葵の言葉に、山崎は開いた口が塞がらない。
彼女が語っていることは、数年も前の話だ。
Sランク探索者に襲われて生き残れるものなどいない。
正確にはいないこともないが、Aランク探索者でも最上位クラスが逃げに徹してようやくであり、戦いが成立するのは同格のみである。
当然、その頃よりも強くなっているはずの東雲一花は現在、どれほどの存在なのか。
もしかたら、Sランク探索者相当の実力を身につけていても、おかしくはない。
(それを従える伊藤春彦は一体……)
探索者協会で伊藤春彦と一緒に居た、東雲一花の第一印象は付き従っているというものであった。
伊藤の数歩、後ろにいる。
従者のような意識を東雲自身が持っていると、山崎は考えていた。
「その様子だと会ったんだね。でも認識できなかったと。前に言ったよね。Aランク経験者を護衛につけなって」
「耳が痛い話です」
(Aランク経験者をできる限り早く、リストアップすべきだな)
引退した明星の探索者から選んでもいいし、外部のクランからは流石に呼ぶべきではないが、特殊部隊経験者や護衛のプロにも何人か知り合いがいる。
幸い、山崎優平は各方面に顔が効き、人徳もあるため、伝手は膨大にあった。
「あ、そうそう、私、一通り遊んだら、東京に行くから、よろしく」
「え?ちょっ……切りやがった」
山崎は再度、かけ直すが、当然のことながら、篠森葵が出ることはない。
「はぁ、さて、どうするか」
篠森葵が東京に来る。
クランの支部長として、当然、迎えには行かなければならない。
そして、それは新たな騒動が生まれることを予期していた。
(悩みが消えることなく、大きくなったか…)
超越者は別次元の存在だ。
必ずしも、人が望んだ結果を得られるわけではない。
山崎優平は椅子にぐったりともたれかかる。
その後、一日様々な作業で気を紛らわそうとしたが、彼の気分が晴れることはなかった。