作品タイトル不明
第百三十話
はたして、長野から東京への旅路は、つつがなく進んだ。
道や駅で迷うこともなく、変な輩に絡まれることもなかった。当然、乗車時間に遅れたりもしていない。
新幹線内で駅弁を食べながら、呑気にしゃべっているうちに、気づけば東京駅に着いていた。
俺たちは新幹線を降りた後、ヴァルがねだってきたこともあり、家に帰ってから食べる用の駅弁を買い、今はソフトクリームを買って休憩でもしようとしているところだった。
「久々の東京だなぁ」
駅構内のベンチに座りながら、俺がボーっとしつつ言うと、ソフトクリームを買ってきた東雲がこちらに近づいてくる。
「気が抜けてますね。どうぞ」
「いや、ここまで長期間、長野にいることになるとは思いもしていなかったからな……うまい」
バニラソフトクリームを食べながら、東京の感覚を失っていたことを認識する。
先程まで、俺はあまりの人の多さに人酔いしそうになっていた。
(ただ、懐かしくもあるよな)
東京の感覚も思い出し始めると、空気もこの喧騒も、あらゆるものが懐かしく感じられる。
“東京”は長野に行く前と比較して、より鮮明に感じられた。
「それもそうですね。……私は色々な場所を転々としていたので、慣れてしまいましたけど」
「任務でか?日本中を飛び回っていたと」
東雲はある組織の構成員で、それもかなりの腕利きだ。
周りにはCランク探索者として通しているが、実際にはAランク探索者であり、とんでもない実力を持っている。
「いえ、日本以外にも何ヶ国かに行ってますね」
「へえ、でも今は海外渡航に関して、かなり厳しい筈だが」
テロ対策や人材の海外流出を避けるため、現在における海外渡航のハードルは高く、ダンジョン発生前と比較して移動の自由度はかなり低くなっている。
若い頃は海外旅行のことを夢見たものだが、あまりの金額にとてもではないが、手が出なかった。
「…ニュースでも偶に見るが、協定国とかは結構緩くなるんだったか」
「日本の場合は、アメリカ、イギリスあたりが有名です」
現在、他のG7の国と日本であるが、現在は比較的緊密な関係が続いている。
アメリカは勿論だが、意外なことに日本とイギリスも国家間で同盟関係に近い緊密な協定を結んでいた。
そうした背景の要因として、大小問わない国家間の争い含め、一時期、世界情勢がかなり荒れていたこともあり、G7間の結束力が強くなっていたことが挙げられる。
「別に上位の探索者や専門家などでなければ、そこまで渡航のハードルは高くありませんよ。私も十代半ばの頃にイギリスに行ってますし」
「………そうなんだな。てか、イギリスに行ってたのか」
「はい、一年ほどでしたけどね。異国の空気と探索者を知るため、滞在をしていました」
東雲の瞳が一瞬、どこか遠くを見るようになりかけ、直ぐに戻る。
彼女は幼少期からダンジョンに放り込まれている人間だ。
滞在と言っても、単に留学のようなものではなく、イギリスでも色々なことに巻き込まれていたのだろう。
「文化が違いますので、良いも悪いもありますが、いい経験にはなりました」
「俺は日本から出るつもりもないし、Aランクになってしまえば、もはや観光気分じゃいられないしな」
協定国であっても、Aランク探索者になれば、国家安全保障上の観点から、制限がかなり厳しくなる。
Aランクからは行ける範囲に制限がかかるし、どこにいるのかを把握するために、実費で現地の国からGPS付きの端末を受け取らなければならない。
その上、かなりの税金を現地国および自国に支払う必要もある。
検査も非常に厳格に行われるので、観光気分にはなれないだろう。
一部、制限の緩い国もあるが、その国に入国する際の制限が緩いものの、日本が出国に制限をかけているので、結局行くことは難しいのが現状であった。
「海外も面白いと思いますよ。もし、機会がありましたら、私がイギリスを案内しますし」
「いちか、ちょっと、きもちわるいよ」
東雲が茶目っ気のある表情で言う。
そのタイミングで戻ってきた、ヴァルが呆れたとばかりに言葉を発した。
「うるさいですね。ヴァルは喋れるようになってから生意気です」
「ヴァル、ソフトクリームを二本同時は食べにくくないか?」
ヴァルは東雲に頬を摘まれながら、器用な動きでバニラとチョコのソフトクリームを交互に食べている。
「ぜんぜん」
完璧なバランス感覚でソフトクリームが地面に垂れないように食べており、持ち前の身体操作能力はこんなところでも遺憾なく発揮されていた。