作品タイトル不明
第百十六話
5メートルはある、巨大なライカン・スケルトンが溜めの動作を作る。
「少し、待ってくださいね」
それを見た東雲が、巨大なライカン・スケルトンの前に躍り出ると、無駄のない動きで刀を振るう。
(どんな技量なんだ)
暴威的な爪による攻撃を、 東雲(しののめ) は自然な動きで受け流していた。
続けて、放たれた一撃も、彼女の刀に吸い込まれるようにして、ぶつかり、流される。
そして、不思議なことに緊迫した空気が生み出されているが、刀と爪がぶつかった際に音は聞こえてこない。
東雲によって、タイミング、出力の調整が完璧にできているからこそ、起きている現象であった。
「ハイ・ライカン・スケルトンとでも名付けましょうかね」
戦闘というより、演武が続く。
東雲が完璧なタイミングで刀を振っているからか、ハイ・ライカン・スケルトンは貼りつけられたかのように、一歩も動くことができていない。
刀と爪が交錯し、膠着したようにも見えるが、そこには圧倒的な実力差があった。
「そろそろですか」
十秒ほどの打ち合いの後、東雲がぼそりと呟くと、傍から見ている俺ですら、重力が強くなったような錯覚が生まれる。
動きに一切の変化は見えなかったが、カキンと、今まで鳴っていなかった衝突音が響いた。
「は?」
気付けば、東雲の刀を受けたハイ・ライカン・スケルトンの巨体が、一メートルほど宙に浮かされている。
俺では気取ることはできなかったが、その一太刀は明確に変化していた。
「一回目」
間もなく放たれた鋭い一撃は、明らかに硬い筈の骨を幾本も、そこらの巻き藁のように両断する。
人間であれば、明らかに致命傷であった。
(マジかよ)
しかし、胸骨を数本まとめて斬られたはずのハイ・ライカン・スケルトンは特に気にする素振りも見せずに、再び東雲へと襲い掛かった。
一切の無駄がない完璧な連撃は、ハイ・ライカン・スケルトンにとっては障害たり得なかったのである。
「どうします?……このまま、私が代わりに相手をしてもいいですが」
涼しい顔で、再び攻撃を捌く東雲を見ながら、俺は別の意味で生唾を飲み込むことになる。
これまで、彼女がモンスターとの戦いで、率先して相手をすることはなかった。
つまりは、俺たちでも問題なく対処できると踏んでいたのである。
(今回は違うってことか)
東雲はBランク相当のモンスターと言った。
レベル200、レベル50や100と同様に身体能力を飛躍させるラインである。
修羅場を潜り抜け、そのラインに三度到達した者がなれるBランク探索者が、 複(・) 数(・) 人(・) で(・) 相手をするのが、Bランク相当のモンスターである。
(このモンスターは怪物だ)
東雲との攻防からも、今までのように簡単に倒せるモンスターではない。
これまで戦ってきたモンスターはCランク探索者でも相手ができるようなモンスターであり、今回の相手は圧力も実力も桁が違う。
(モンスター相手に、ここまでの圧を感じるとは)
心理的な部分も含め、圧力は相対的なモノであり、実力差があるほどに感じやすくなる。
俺自身も強くはなっているし、圧力を感じても多少は誤魔化せるようになっていたが、それでも連想させる死は、これまでと比べてより濃いものであった。
このモンスターと戦うべきではない。
そう、本能が訴えかけていた。
「東雲、俺も……俺とヴァルも戦うよ」
しかし、戦わないという選択肢はなかった。
経験や知識、技術、そしてレベルの向上により、俺は間違いなく強者への道を歩んでいる。
ここで東雲に全てを任せるのは、正しい選択とは思えない。
これからも強力なモンスターを相手にすることはあるだろうし、ここで彼女に全てを任せているようでは、先はない。
いくらスキルが強力だろうが、心が負けていれば、いずれ成長は止まる。
「そうですか、では」
東雲がハイ・ライカン・スケルトンの攻撃を弾くと、間合いを取った。
「【身体強化】【肉体強化】【結界】」
俺は臨戦態勢を整えるべく、魔術を発動する。
【身体強化】は出力、【肉体強化】は肉体の強度を引き上げる魔術であり、同時に発動することで常人を遥かに越えた強さの肉体を手に入れられる。
反面、魔力の消費が増えるので、常用は控えたいのが本音だ。
(まあ、関係ねぇか)
「グルワァ」
ハイ・ライカン・スケルトンがその巨体に似合わないスピードで、東雲ではなく、俺との距離を詰めてくる。
【結界】を張っているが、爪による攻撃がまともに当たれば、それなりのダメージを覚悟しなければならなかった。
「ナイスだ、ヴァル」
ヴァルが戦況を瞬時に判断し、俺の盾となるべく前に出ていた。
子供がヒグマに向かっていくような、そんな無謀な光景見える。
だが、それは所詮、イメージに過ぎない。
ヴァルは見た目から想像がつかないほどの圧倒的な膂力で、ハイ・ライカン・スケルトンの攻撃を受け止めていた。
(攻めまくる)
相手は明らかに格上、それにこれまで戦ってきたモンスターとは一線を画す存在であり、厳密な実力を把握することはできない。
魔力の消費を考えずに攻めるのが、最適解であった。
「ヴァル!【アイス・カタパルト】」
普段では感じられることのできない、魔力が抜けていく感覚と共に、氷の巨塊が五つ、緑生い茂る木々の隙間に発生した。
ヴァルが離脱すると同時に、氷のミサイルが、一斉にハイ・ライカン・スケルトンのもとへと飛んで行く。
「グル」
炸裂音が響くと同時に、飛び散った無数の氷の破片が光を反射し、鬱蒼とした森の中を幻想的な世界に作り替える。
それと同時に幾つもの箇所の骨を砕き、ハイ・ライカン・スケルトンという強者は地面に付した。
この光景が絵画に収められていれば、思わず立ち止まり見惚れていたことだろう。
「まだ、終わっていないんだろう」
俺の呼びかけと同時に、ハイ・ライカン・スケルトンの再生が始まった。
ここは戦場であり、一切の油断はない。