作品タイトル不明
第百九話
炎玉(えんぎょく) 大猪(おおいのしし) と完全に目が合っている。
赤い瞳に炎が灯るのを幻視した。
「ヴァル」
俺がヴァルに声を掛けると同時に、炎玉大猪はこちらに向かって猛スピードで駆けてくる。
草木を踏みにじり突進してくる炎玉大猪と俺の距離は、数秒の間にほとんどなくなっていた。
「ブルルルォォオォオォォ!!」
だが、炎玉大猪の突進が俺に当たることはない。
ガキンッと音を響かせながら、炎玉大猪の牙とヴァルの大盾が衝突した。
「……」
ヴァルが表情を変えることなく、炎玉大猪の突進を受け止めている。
彼女の表情からは事も無げに攻撃を受けているように見えるが、近くにいる俺には力が拮抗しているのが伝わってきていた。
炎玉大猪の瞳孔がより大きく開き、ヴァルを弾き飛ばそうと屈強な足が地面にめり込み始める。
「【アイス・ランス】」
このままでは危ないと判断するよりも早く、俺は再び、【アイス・ランス】を発動する。
ただ、先程は一本であったのに対し、今度は五本まとめて宙に浮かすことにした。
僅かに魔力が抜けていく感覚を感じながら、照準は炎玉大猪の頭部に向けられる。
「ブゴッ!」
俺の魔術を危険と判断したのか、炎玉大猪がヴァルの盾を弾くようにして突き上げた。
その瞬間、五本もの氷の槍は一直線に炎玉大猪へと射出される。
(チッ、躱されたか)
炎玉大猪はヴァルの盾を突き上げた瞬間に生まれた、一瞬の空隙をうまく利用し氷の槍を躱していた。
ただ、流石に五本も同時に放ったおかげか、全ての氷の槍が躱されたわけではない。
(刺さったのは二本か…)
炎玉大猪の俊敏性には目を見張るものがある上、本当に頭がいい。
魔術の危険性を理解しているし、遠距離主体の俺を先に潰してきた。
戦いというものを、ある程度は知っている。
(傷は…浅いな)
氷の槍が二本突き刺さっている割には、炎玉大猪の大して動きが鈍くなっていなかった。
厚い皮や脂肪に纏われている為か、血もそこまで流れていない。
炎玉大猪相手では、急所に強力な一撃を当てなければ、倒しきることはできないのだろう。
「ブモォッ」
炎玉大猪はこちらを睨みつけると、再び、突進を仕掛けてくる。
「それは悪手だな」
突っ込んでくる直線上に、【バインド】を発動する。
魔力でできた半透明の蔦が炎玉大猪の足元をすくった。
(知性はあっても行動は単純だな)
既にその動きは見ている。
速さも圧力も分かっていて、対応できない筈がなかった。
(ただ、流石に止めきれないな)
炎玉大猪を完全に動けなくするのが理想であるが、【バインド】では一瞬つまずかせる程度で、こかすこともできない。
(まあ、上出来だな)
だが、一瞬の猶予があれば、照準を合わせることができる。
「【アイス・ランス】」
先端がダガーナイフのように鋭く尖っており、よく刺さるようにアレンジを加えている。
氷の槍は避ける間もなく放たれ、的確に炎玉大猪の額に刺さった。
「ブルォ」
しかし、それでも、炎玉大猪を倒すことはできない。
炎玉大猪の瞳から闘志は消えていないのが、何よりもの証拠だ。
「【魔弾】」
そのため、さらなる魔術を行使する。
俺は魔力によって生成された弾丸を寸分の狂いもなく、刺さっている氷の槍へと当てた。
「ブギ」
「【魔弾】」
「ギッ」
二発の【魔弾】が撃ち出され、氷の槍がより深く額に突き刺さると、ビクンと一度大きく跳ねた炎玉大猪は地面へと 頽(くずお) れる。
「【アイス・ランス】」
確認のため、もう一度魔術を放っておく。
炎玉大猪は氷の槍を避けることはなく、刺さった際の衝撃によって、その身体を震わせていた。
やがて、衝撃が収まった頃には、その巨体はピクリとも動かなくなる。
(勝ったか)
俺は炎玉大猪が完全に動かなくなったのを確認すると、肩の力を抜き、溜まっていた空気を吐き出した。