軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

領主館の歌

マグノリアは一年の婚約期間を取り、十九歳の誕生日に嫁ぐことになった。

――十九歳。

前世と言っていいのかどうなのか解らない三十三年間は、結婚の「け」の字もなかったというのに。

人間とは解らないものである。

「さぁ、出来上がりましたよ!」

リリーが満足げに、やり切った感満開でそう告げる。

今日は朝から風呂に入れられ、全身マッサージを施され……揉みくちゃにされているマグノリアだったが、気分は悪くなかった。

なぜなら、長年仕えてくれたリリーをはじめ、かつての侍女であるデイジーとライラ、そしてタウンハウスの臨時侍女さんが揃いも揃って、マグノリアの花嫁支度をするのだと、泊まり込んで腕を振るってくれたのであるから。

勿論ドレスはキャンベル商会と手芸部隊の合作である。

繊細な布とレースが重ねられた真っ白なドレスは、地球のウエディングドレスそのものだ。

デイジーが祈るようなポーズをすると夢見るようにため息と共に褒め、ライラが同意した。

「まあ、なんて美しいのでしょう!」

「とても素敵ですわ」

「小さい頃からお可愛らしかったですけど……これは目ン玉潰れる勢いですわねぇ!」

一部おかしな……だけども余りの褒められ具合にどう反応して良いのか困って、マグノリアはきまり悪く口をへの字にする。

そんな表情を見て侍女四人組は、ふふふと笑いながら顔を見合わせた。

「マグノリアしゃま、これを」

最後の花を、エリカがつけてくれるのだ。

つけ易いようにかがみ込むと、背伸びをしたエリカが腕をプルプル伸ばしながらしっかりとつけた。

その時扉がノックされる。

頷いて開けてもらうと、小さい身体のおばあさんとウィステリアが、おずおずと入室してきた。

「お嬢様……」

聞き覚えのある声と優し気な 鳶(とび) 色の瞳。

そこにいたのは、年老いて小さくなったロサであった。

「ロサ……! 元気だった?」

「はい。お嬢様もお元気そうで何よりです」

びっくりして駆け寄ると、小さなしわくちゃの手を取る。

貴族とは思えない荒れた手に、介護とその後の生活の厳しさが感じられた。

「わざわざ来てくれてありがとう」

ずっと気になっていたロサのその後。

聞けば家を出る時の約束通り、ジェラルドが折に触れ気遣っていたらしい。

ロサは年老いて窪んだ瞳に涙を浮かべて、小さく首を振った。

「いえ……ご結婚、おめでとうございます」

少し離れたところから、ウィステリアはふたりの様子を見つめていた。

花嫁衣裳にはいささか地味なイヤリングが耳を飾っているのを見遣る。

――ちゃんと、つけてくれているのだわ……

デビュタントの時に渡してもらった、バートン家のイヤリング。

色々な感情で大きく騒めく心を落ち着けるように、ウィステリアは大きく深呼吸した。

今でもマグノリアを前にすると、大きく感情が揺すぶられる。

それこそ良い感情も、負の感情も。

おめでとう、その一言が言えない。

もし自分が関わる事で、娘に災難が降りかかったらと思うと、喉がぴったりとくっついたようになってしまう。

「……あ、……」

小さな掠れ声が漏れた。

マグノリアはそんなウィステリアをみつめては、清々しい表情で微笑んだ。

母が努力している事を、マグノリアなりに解っているから。

*****

「……お父様、本当に大丈夫ですか?」

マグノリアは額に脂汗を浮かべるジェラルドに、無理はするなと言ってみる。

挙式の際の新婦入場のあれ。

父親代わりのセルヴェスがすべきだとジェラルドが言ったのだが、実の父なのだから頑張れと、頑として聞かなかったのである。

「……いや。ここで頑張らねば、父上に魔獣の餌にされかねんからな」

そう言うので、そっと肘の辺りを触れてみれば、ビクリと大きく肩を動かした。

……全然大丈夫じゃないじゃないのさ。

「まぁ、本来はクロードに任せるべきなのだろうが……」

セルヴェスと一緒に親代わりであり、兄役を務めた義叔父の名前を呼ぶ。

「仕方あるまい。新婦入場は父親の役目なのだ。実の父が婿殿に託すのが筋だろうて」

「……解ってますよ」

セルヴェスとジェラルドが軽く言い合うと、何かを思い出すような素振りをしながら微笑んだ。

「よく頑張ったな、マグノリア」

ジェラルドとマグノリアによる秘密の働きかけによって、アスカルド王国と大陸の安全は守られた。

……アーノルド王子との婚約と戦争と、両方の回避を無事やり遂げたのだ。

お互いバラバラに行動していたのだが、目的は一緒だったから。

「――――本当は、あの時視えていたんじゃありませんか?」

あの時、というマグノリアの言葉。

いつの、どの事を指すのか、ジェラルドは逡巡しながら首を振った。

「いや……」

右手をセルヴェス。左手をジェラルドに預け、開いた扉を一歩踏み出す。

気遣わし気にマグノリアとセルヴェスが横目でジェラルドを見た。

「未来は本来、未確定だよ」

そう言ってまっすぐ前を向くと、シャロン司祭と新郎が待つ祭壇前へ向かって歩いていく。

――何を、誰を選択するのかは、いつでもあなたに、そして自分に委ねられている。

異世界でも、勿論地球でも。

目の前にはフラワーガールの大役を務めるふわふわのドレスを着たエリカが、色とりどりの花びらを大きく撒き降らせながら歩いていく。

その後ろをマグノリアとセルヴェス、ジェラルドがゆっくりと進んでいった。

新郎のポケットにちゃっかりと、小鳥に戻ったラドリが紛れ込んでいるのはいつもの事だ。

客席にはヴァイオレットとユリウスを始め、今まで関わった沢山の人が座ってくれていた。

マグノリアに向かって大きく両手をあげてピースサインをするヴィクターと、それを止めるコレットと宰相さんが険しい顔で文句を言っている。

横には楽しそうに笑うガーディニアとアイリス。

何だか涙を流している集団はアゼンダ商会の皆とギルド相談役のドミニク、そして騎士団代表で出席している面々だ。

その横でサイモンとロイドが揃って困ったような顔で座っており、ダフニー夫人と旦那様は苦笑いをしている。

ヴェルヴェーヌはここには居ないが、事前に挨拶に来てくれた。

フォーレ校長と学校の先生方、更には学院のキャンプ組である教師達も乱入しており、特に学院のキャンプ組が新郎を冷かしては、嫌そうな目で睨まれている。

礼拝堂の壁際には、館とタウンハウスの使用人一同が並んで見守っている。これから結婚パーティーで大忙しになる事請け合いのため、気合充分な事は言うまでもない。

天井裏ではガイを含めたお庭番達が、至る所から顔を出して式の様子を見守っていた。

某マホロバ国の弟王子を始め、国を跨いでこられない面々からは多数の祝辞が届けられており、山の様な贈り物が今も馬車で運び込まれているのは想定内だろう。

そんな騒々しい中、ウィステリアとブライアンは静かにマグノリアを見つめていた。

「……宜しく頼む」

「承知いたしました」

セルヴェスとジェラルドが口を揃えて、新郎へとマグノリアを託す。

「……末長く宜しく」

「こちらこそです!」

これから夫へと立場を変えるクロードが三人へ頷いては、優しくマグノリアの手を取った。

シャロン司祭の言葉を聞きながら、粛々と式が進む。

そして永遠の愛を誓った時に、ピンク色の大きな光の奔流が館の端っこに建つ礼拝堂を包み込むと、どわっしゃー!! とばかりに祝福の滝が降り注いだ。

「……何これ……ん?」

「いや~ん! おめでと~♡」

そう言うとシャロン司祭の姿が解けて、なんだか一瞬女性のように見えた。

そう。まるであの、ステンドグラスに描かれている愛の女神のような女性に……

え。

一瞬、時が止まる。

「んっ!?」

新郎新婦が揃って身を乗り出して確認すると、『やっば!』と。非常に焦ったような声が聞こえ。

……もう一度確認しようと顔を極限まで近づければ……いつもの禿げ頭のお爺さんに戻っていたのであった。

…………。

……………………。

「……見間違い??」

マグノリアが疑わしそうに司祭を見ると、コクコクと頷きながら、穏やかな表情……とは言い難い、ちょっと取り繕った表情のシャロン司祭が目を合わせずに微笑んだ。

「……おふたかたに、末長い幸せが訪れますように!」

無理矢理纏めると、新郎の胸ポケットからはラドリが。ブライアンの肩からはおっちゃんな虫が舞い上がり、くるくると新郎新婦の周りを飛び回る。

『おめでと~☆』

『おめっとさーん!』

『見たモノはマボロシィ♪』

マグノリアは、釈然としない顔で首を傾げながら……苦笑い気味のクロードに誘導されつつ、未だ女神の祝福がきらめく礼拝堂をはけていくのであった……

******

ガーデンパーティーのため、庭にはアゼンダらしい多種多様な料理に加え、こんがり焼かれたドラゴンとワイバーンがホカホカと湯気を立てて横たわっていた。

……領主家の人間が結婚するともれなくセットでついてくるという、お披露目パレードなる恐ろしい行事がまだ控えているのだが(白目)……既に学院の教師たちが喰らいついているのはご愛敬である。

冒険者ギルド長であるセルヴェスと元冒険者ギルド長であるヴィクターが、揃いも揃って狩ってきたシロモノらしい。

そんな無鉄砲なおっさん王太子は先日引継ぎを終え、無事国王に即位した。

前王と前王妃は離宮で静かに暮らしているらしいが……その内コレットにこき使われる事は、ほぼ確定である。

大怪我をしたディーンは、三か月ほど養生してから復職した。

しかし考えるところがあったのだろう、程なくして惜しまれつつも退職し、今は従僕兼商人として王都で経営の勉強に力を入れている。

目指すはアイリスの夫君のような、スーパー従僕だ。

長い恋心に終止符を打つ事になった訳だが、未だ吹っ切れはしないのだろう。

幼馴染として新しい門出を祝うべく出席すべきか散々迷ったが、お祝いのカードを心を込めて記すのが精一杯であった。

本気の恋が癒えるまでには、今しばらく時間が必要なのだろう。

ちなみに立場は変わっても、デュカス先輩とは(ペルヴォンシュ先輩も?)親しい友人である。

マグノリアが夫と共に庭へ出ると、ユーゴとイーサンが静かに頭を下げた。

「あの小さかったお嬢様がね……本当におめでとうございます。末長くお幸せに」

「どうもありがとう」

いつでも紳士なユーゴに笑いかけると、イーサンには文句を進呈しておいた。

「……ベルリオーズ卿は、少し落ち着く事をおススメしておくね!」

「そっくりそのままお返しいたしますよ!」

ムッとしたイーサンが、陰険な笑顔で言い返す。

相変わらずな様子に、クロードとユーゴは苦笑いだ。

そう。

マグノリアは沢山の偉業と共に、婚姻選別の武闘会で『ポーションをぶっかけて台無しにした(?)……いや、死闘を止めた姫』として、後世に語り継がれる事になるのである。

「マグノリア様……」

「あ、セバスチャン。どうしたの?」

何だか困ったような表情を浮かべながら、だけれども、出来る家令らしくはっきりと口を開いた。

「カニが。クルースの港に、カニが大量発生していると連絡が入りました」

「ぶっ!!」

ユーゴが振舞いのシャンパンを吹いた。――よりにもよって今日!?

だが。

「カニ……!」

辺境伯家の面々が、顔をもたげたのは言うまでもない。

蒸し蟹、茹で蟹、焼き蟹。カニ鍋も捨て難いであろう。

カニクリームコロッケに蟹爪フライ。ピリ辛ソースが堪らないチリクラブもおススメだ。

マグノリア、クロード、セルヴェスが食べたいメニューを呟く。

「蟹トマトクリームパスタ」

「クラブケーキに蟹ピラフ」

「ソフトシェルクラブ!!」

すかさずヴァイオレットとユリウスが合いの手を入れた。

「カニちらし~!!」

「カニ汁付きで!!」

「しかし、その格好で……」

何だかんだでまともに成長したブライアンが、困惑しながら、至極常識的な何かを言いかけたが。

――だが、蟹を逃すなんてあり得ないだろう!

「……よーし、このままクルースまで乗り込むよ!」

「えっ!?」

「マジで!?」

ざわざわする中、ガイはプルプルと肩を震わせ、噴き出した。

「さっすが、お嬢らしいっすね!」

そうと決まれば。

「お披露目パレードだ! 街道を突っ走るぞ!」

「いけいけGoGo!!」

『ヒャッハ~ッ☆』

セルヴェスはマグノリアを抱きかかえると、ラドリと共に、一目散に街道を走り出した。

******

「あ、来たね!」

「嘘だろっ!?」

見張りの騎士達が、土煙と共にウエディングドレスとベールをたなびかせたマグノリアを目視する。そして、馬と馬車を多数引き連れた大行列が近づいてくる……

お披露目パレード……なのか?

なんとも地響きがスゴい。何ならスピードもヤバい。

茂みから猫が飛び出し、道端の犬は吠え、リスやウサギが血相を変えて走り去っていく。

知らない人間なら、敵襲だと思うであろう。

それにしても。

なぜ花婿ではなくセルヴェスが花嫁を抱えて走っているのか? ……馬車は?

後ろで馬に乗ったクロードが苦笑いしているのだが。

……お祝いなので今日ばかりは、あのクロードも小言を言わないのだろうかと思いつつ……案外、本気でカニが食べたいのかもしれないなと、馬で走る騎士団長を見遣った。

まぁ。いつもながら全くもって不明であるが、マグノリアが道行く領民に祝われて、笑顔で手を振っているので……多分、きっと問題ないのであろう。うん。

ワキワキするカニを手にしながら、そう、騎士達は思う事にした。

青い空、白いドレス。そして真っ赤なカニと。

沢山の笑顔が弾けるこの場所は、アゼンダ辺境伯領である。

ディーンにも、アーネストにもカニを送ろう。

同じ愛情は返せないけど、友情と、かけがえのない親友であるとありったけの誠意を込めて――マグノリアは海風にドレスとベールをたなびかせながらそう思った。

*****

新しい国王の即位により、先日恩赦が出てから、吟遊詩人は各地を巡礼して歩いていた。

かつての罪に対して、被害者への鎮魂歌を捧げる旅をしている。

今日はアゼンダで祝いがあると聞き、街角で歌を歌っているのだ。

この後は森を抜け、自らのルーツであろう魔法の国・モンテリオーナ聖国に向かうつもりでいる。

彼女が鎮魂歌以外を歌うのは、いつ以来の事であろうか。

彼女は朗々と、伸びやかな声で歌い上げた。この地に住まう、愛すべき人達の歌を。

――小さな中心街を抜け再び緑が増えだすと 遠くに領主館が見えてくる

それなりには大きいが 領主の館としてはこぢんまりしている方だろう

小さな薄茶のレンガの壁に茶色い瓦屋根

蔦の張った壁にはピンクと白い小さい花が咲いている

その家には筋骨隆々の大男と 気難し屋の大男が住んでいた

そして今は 小さい頃は舌っ足らずだった

それはそれは美しいお姫様も住んでいる……

異世界を知る者たちが、知らない者たちが、各々の言葉でそれぞれに思う。

不思議でおかしなこの世界は、ゲームではなく本物の世界としてここに存在している。

――私たちは、このおかしくも愛おしい世界でこれからも生きていくのだ。