軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決着

とても静かだった。

それまでの喧噪が嘘のように、時が止まったかのように感じる。

因果なものだなと思う。

一体、互いが出会った時にこんな事になるなんて誰が思った事だろう?

「始め!」

セルヴェスの声が戦いの開始を告げると、ふたりは迷わず真っ直ぐに金と黒の稲妻のように剣をぶつけ合う。

甲高い悲鳴のような音が響く。同時に激しく火花が散り、火の粉が消える前に次の火花が散る。

力で押し合い横に移動しながら、剣の軌道が何度も弧を描いた。

ぎりぎりと噛み締めた奥歯が鳴り、普段の美しい顔からは想像もつかないような筋肉で覆われた腕が、固く隆起していた。

純粋な強さでいえば、多分クロードが上であろう。

だが型にはまらない攻撃を繰り出してくるアーネストは、なかなか闘い難い相手だ。一瞬の隙をついて思わないところから飛び出してくる攻撃は、全く気を抜くことが出来ない。

甘く見たらやられる。

普段上品で優しい男であるが、戦いという場面においては全く気が抜けない人物であると警戒する。

同時にアーネストにとっても、クロードは今まで戦ったどの人物よりも強い相手だった。

負ける事としくじる事は、死に直結しかねない生活を送っていたアーネストが、まず敵わないだろう相手。

ただ相手は神ではない。必ず勝機はある。

その一瞬を突くために、翻弄し続けなくてはいけない。小手先の誤魔化しなどはまるで通用しない相手。

手加減などを考えては、あっさり倒される。

大きく踏み込んでは、思いきり剣へ体重を乗せた。

止まる事を知らないかのような激しい剣戟の音と衝撃が、剣が空を裂く音が。もうかなりの時間続いていた。

先ほどまでの戦いで息を切らさなかったふたりだったが、今は大きく肩を動かしている。

繰り出された足払いにバランスを崩す。

容赦なく突き刺そうとする剣をすんでのところで避けると、左手を軸に大きく身体を旋回させ、軸足と反対側の足を大きく伸ばし、足払いをかけると共に剣も大きく旋回させた。

――思わず唸り声が口と喉の奥から漏れる。

床を蹴り素早く体勢を立て直そうとする。

しかし、容赦なく四方八方から剣が雨あられの如く突きつけられる。

切れない筈の剣が速さ故に、毟り取るようにシャツを髪を捉えては、容赦なく引き裂き、切り裂いていく。

クロードの頬をアーネストの模擬剣が掠め、鮮血と共に黒い髪を切り裂いた。

同時に。アーネストの脇腹を狙った模擬剣が服を裂き、朱が走る。

不思議な因果だ。

異世界を行き来したという少女がいた世界の、乙女ゲームによく似たこの世界。

荒唐無稽な筈であるマグノリアの秘密をクロードが聞いた時、なぜだか全く嘘だとは思えず、事実だと思えた。

……責任というのとは少し違うが、重大な秘密を抱えた少女の拠り所とならなくてはと強く思ったのをはっきりと覚えている。

マグノリアの相手が、異世界のそれで自分であるとクロードが知ってからは、よりその気持ちが強くなった。

そして当然であるかのように。

第三の男であり、その事を知らない筈のアーネストは、マグノリアに恋をした。

護送騎士であるディーンも。

誰にも渡したくないと思いながら、もしも自分の代わりに誰かがマグノリアの隣に立つとするならば、それはきっとアーネストだろうとクロードは思う。

またアーネストも。

自分が彼女のものにと思いながら、違う人間に託さなければならないとするならば、それはクロード以外の何者でもないだろうと思っている。

ふたりは弱気な自分と、好敵手な相手にニヤリと笑うと。

全てを振り払うかのように、再び力強く剣を合わせた。

相手が任せるに足りうるか確認するために。

そして自分が名乗り上げる為、全力を出し切るために。

剣が大きく風を纏い、轟音を立てながら真っ直ぐに伸びた。

「……死闘っすね……」

掠れた声がガイから漏れた。

一体どのぐらいの時間が経ったのだろう?

長時間打ち合い、ぼろぼろのふたりは何故か微笑み合いながら今も闘っていた。

腕に首に頬に。

次第に赤く染まる服と多くなる傷に、マグノリアは顔を顰めた。

本気なのはわかる。

ふたりの戦う理由が、もう地位とか名誉とかでない事は、会場にいる全員が感じている事だろう。

このまま続けたら、大怪我をしてしまう。

マグノリアはポーションを引っ掴むと、蓋を開けてはバケツにドボドボと注ぎ込んだ。

「ご、ご令嬢!?」

席に座り、これまた固唾を飲んで目の前の戦いを見ていた治癒師の面々が、目の前の奇行に驚いた声を上げた。

怒ったような顔でバケツを持って走り出し、遠心力をつけて思いっきり中身をぶちまける。

ポーションは大小様々な水の珠となり、陽の光を反射して、うねりながら宙を飛んでいった。

水……もといポーションをぶっかけられたクロードとアーネストは、ぽたぽたとポーションを滴らせながら。手を止めて水を差した当本人を見遣る。

「もう、いい加減にしなさいよ! お互い、死にたい訳!?」

マグノリアだ。

笑っていれば誰よりも可愛らしい顔を大きく歪め、鬼のような形相でふたりに怒鳴っている。

かけられたポーションはしゅわしゅわと音をたてながら怪我と傷を癒し、鮮血と乾いた血を洗い流し。同時に傷を消しては、あっという間に乾いていく。

そんな不思議な光景を全く気にもせず、大きな瞳にはみるみる涙が浮かんでくる。

「私はこんな事ちっとも望んでないっ! 大好きな人達が……大切な人達が傷つけ合うなんて……もう嫌だよ……」

クロードもアーネストも、マグノリアにとって大切な人達だ。

勿論先に倒れたディーンも。

友人であり、時に兄であり弟であり。何よりもかけがえのない同士だ。

沢山の出来事と思い出、時間と感情とを分け合ってきた人達なのに。

恋愛感情があろうがなかろうが、心から大切な事に変わりはない。

「男の本気に水を差すなって怒られても、私は言う! こんなの望んでない! これ以上誰も傷つかないで!」

私のせいで傷つかないで――

血を吐くような心からの言葉。

ふたりは、マグノリアの涙を見て身体を大きく揺らした。

クロードは弾かれた様にマグノリアの下へ走り、指で優しくその涙を拭うと、跪いて許しを乞うた。

そして同時に、愛も乞うた。

もう一方のアーネストは全く動けずに、その場に立ち尽くす。

泣きながら真っ赤になるマグノリアの瞳を見れば、解る。

……彼女が選んだのは、自分ではない。

アーネストはセルヴェスに向かって微笑むと、小さく微かに認めた。

そして愛するマグノリアと同志であるクロードに向かって心からの礼を取り、真っ直ぐに背を伸ばし、踵を返した。

わっという歓声と、嵐の様な拍手が競技場を揺らし包み込んだ。

素晴らしい熱戦。

そして何より、愛する相手へのひたむきな気持ちを示し全力で戦ったふたりに、惜しみない拍手が送られる。

『あ~あ、怒らせちゃったねぇ』

いつもの口調でおちゃらけながらラドリが言う。

「まぁ、ラドリさんも同罪っすけどねぇ」

『え~~?』

引っ搔き回して、余計面倒な事にしたっすよと念を押される。

『どうせならガイも出ればよかったのにぃ』

「……遠慮しとくっす!」

そう言って笑いながら、ふたりもマグノリアの方へと歩き出したのだった。