作品タイトル不明
お見送りと違和感
「本日は御参加ありがとうございました。お気をつけてお帰り下さいませ」
マグノリアはひとりひとり、お土産の箱を手渡しながらお礼のあいさつをしていた。
領内は端から端までを馬車で走ったとしても、一日かからないで移動が出来る距離だ。
普段この宮殿は滅多に無い外国の要人を迎え入れる際に使われるのみで、綺麗に修繕・管理されている。それはまるで汚さないように保管していると言っても良いように感じられた。
遠方や帰宅が遅くなるものは宿泊と晩餐会を周知したが、そんな辺境伯家の『アゼンダ公国』への気遣いと尊重を知っているためか、領内の貴族で宿泊を申し出る者は一人もいなかった。
馬車を飛ばせば数時間以内に帰れる者ばかりであるが、大事を取り何処かへ宿を取る者、友人の家に泊まる者と様々なのであろう。
宿泊をするのはアスカルド王国の者であるが、コレットはすぐ隣の領地であるため、こちらも帰宅をする事になっていた。
コレットと仲の良いアイリスも、久々にゆっくり話がしたいとコレットの邸宅に泊まる事になっている。
「おふたりとも、ありがとうございました。また是非お越しくださいませ」
「マグノリア様も、是非我が領へお越しくださいませ。歓迎いたしますわ」
だいぶ打ち解け、既に窺う様子が無くなったコレットは微笑んで 暇(いとま) を告げた。
アイリスもにっこり笑いながら手を振る。
「……コレット様」
マグノリアが呼びかけ、侍女から受け取った濡れ手巾を手渡してきた。
不思議に思いコレットが腰をかがめると、こっそりと耳打ちしてきた。
「痛みが出ているのではありませんか? 長くお引止めしてすみませんでした。早く帰って差しあげて下さいませ」
コレットは青い目を瞠る。
マグノリアの顔を見ると、小さな唇にそっと人差し指をあてた。
さり気なく、セルヴェスとクロードの様子を窺ったが、不思議そうにしているだけだ。
(……一体、いつ解ったのかしら……)
コレットはため息を吐き、心底、義弟の話をちゃんと聞いておくのだったと悔いた。
今度こそ挨拶をし、馬車へ向かう。
「マグノリア嬢、なんだって?」
コレットが手渡された濡れ手巾をみて、アイリスは不思議そうに首を傾げた。
「……胸よ。乳腺が腫れて熱を持っているの、気づいてたみたい」
「えっ!?」
アイリスは驚いてまじまじとコレットの胸を見る。
コレットは貴族女性としては珍しく、自ら母乳で子育てをしているのだった。
半年ほど前、三人目の子どもを授かったのだ。
一応、貴婦人であるコレットを先に馬車へ乗せると、後を身軽なアイリスが乗り込む。
「……今日は一日ミルクをあげていないから……」
「全然解らなかった……っていうか、六歳の女の子はそんな所にも気付くものなの?」
「普通、気付かないでしょう」
呆れと感心が入り交じった声でふたりは言い、苦笑した。
「ダフニー夫人もお帰りになるのですね……」
「はい。ここから二時間ほどの所に嫁いだ従姉妹がおりますの。せっかくですので、久し振りにそちらにも寄ろうと思いまして」
「そうですか。楽しい再会になりますようお祈りしております。今日は本当にありがとうございました……道中お気をつけ下さいませ」
淋しさを振り切るように微笑むと、ダフニーも微笑みながら頷いた。
「ありがとうございます。これからのご活躍も、楽しみに応援しておりますわ」
お見送りの最後のお客様であるダフニー夫人の馬車を見えなくなるまで見送りながら、一方でどうしたものかと考えていた。
残った招待客は一組だ。
……ウィステリアは帰りたがったらしいが、流石にそういう訳にもいかないだろう。
元々、腫物を触るような関係になっていた事もあり宿泊する予定はなかったらしいが……
話し合いが長引く事も考えられるために、急遽宿泊する事になったのだ。
怒れるセルヴェスやクロードは置いておいて、マグノリアには引っ掛かる事が幾つかある。
一番は父のジェラルドだ。
マグノリアがこちらの世界で目を覚まし、知らぬ間に放り込まれた有り得ない境遇に、正直、半分頭に来ていたのもあったのだ。
……思考はともかく、感情は身体通り子どもであるのを重々感じている。
家を離れ二年程時が経ち、更には離れて暮らしてみて……当時のマグノリアの視点も考えも、腹立たしい感情に多分に流されていたと思えるのだ。
多分、怒りの感情に引きずられており、とても冷静には物事を見れておらず、感情的になり過ぎていたと思う。
……今になって冷静に考えてみれば、伝え聞くジェラルドの姿とマグノリアの件に関する彼の対応や扱いが、不自然に乖離し過ぎている。
家を幼い頃から盛り立てて来た彼が、宰相の座を手放すのは不自然だ。
王家との距離の問題にしてもそうだ。
彼ならその辺も上手くやりながら流す術を知っているだろうし、出来る筈だ。
変に逆らうよりも、その方が楽かもしれないのだ。
そう出来ないか、どうしたってしたくない程の何かがある筈だ。
「ギルモアの中のギルモア……」
そう呼ばれた少年。
『護り』に重きを置く人間だ。自分よりも他の誰かを守る。
――そう、騎士の中の騎士のような存在。
情が深いと学友たちに言われ、年の離れた義弟にも慕われる人間。
危険を顧みず、父親を戦場に助けに行く少年。
――褒められたいから? 武功が欲しかったから? 父親に認められたいから?
勿論、零ではないだろうけど。大部分ではない……と思う。
もっと純粋な何か。
命をかけるのは怖い。若ければ余計に怖い筈だ。
死は遠くにあるものであり、いつか訪れるもの。今すぐに自分に降りかかる筈のものではないのだ。
騎士だ名誉だと言ったって、そうですかと容易く呑み込んで出来るものではない。
そんな気持ちを乗り越えて、役目を全う出来る人間が、 本(・) 当(・) の(・) 意(・) 味(・) で自分の子どもを蔑ろにするだろうか?
多分、貴族の親子関係はマグノリアが――現代日本人が思う関係よりも希薄に感じるだろう。小ネタ本などで良く言われていた事だ。
忙しい時は人間なので、態度も御座なりにもなるだろう。
だけど、彼は自ら子に瑕疵を付けようとするだろうか?
(現実を受け入れられない、ただの希望的観測、かな?)
……どうも、しっくりこない。
今日のお披露目会中のふたりの様子を見て、ジェラルドがブライアンをきちんと育てようとしている努力を感じたのは事実だった。
実家に居る時は家族団欒を見ていないから解らないが、多分、忙しい中でも教え導くこともそれなりにあっただろうと思う。
渋るダフニー夫人にも聞いてみたが、色々思う所があったのか、最近のブライアンはとても頑張っており、学習面でも気性の面でもだいぶ改善したのだと言っていた。
祖父と叔父の様な騎士に憧れる彼は、十二歳になり最近は侍女に当たる事も無くなり、普段は騎士道精神に溢れる少年になってきたという事だ。
だから今日の行動はとても信じられなかったと。
本人の努力や成長も大きいが、周りの教育やサポートも大きいからこその変化の筈だ。
そんな父が、マグノリアに対して、破綻するのが見えるような計画をなぜ取ったのだろう? 小さい内にお披露目をしてしまった方が何倍も楽な筈なのに。
修道院に入れるなら、物心つかない内に入れてしまえば良い。
何故、放置していた? 愛さなかった? 導かなかった?
ジェラルドに言う程の能力が無いから? サイコパスみたいな感じ? 本当は馬鹿だから?
……違和感でしかない。
(何かあったっけ……不自然な行動をとる人間の行動理由)
……それをずっと考えている。
多分、非常識には非常識な理由がある筈なのだ。
マグノリアが転生、または転移するような世界だ。何でもありうる。
「何でも? ……ありうる?」
(……マグノリア……私の転生)
その時。
何かが頭の中で弾けたように、馬鹿馬鹿しい仮定が、高速回転でマグノリアの頭の中を駆け巡る。
本来あるべきものとは違う行動をとる理由は――回避?
異世界と知って思った、『 物語(ラノベ) みたい』という感想。
本来はある筈もない創作上の出来事の筈だ。
――それが物語の中で起こってしまった時、転生先である異世界はどんなだった?
ここが、『ラノベの世界』や、ラノベで 良(・) く(・) あ(・) る(・) 設(・) 定(・) の『ゲームの世界』だったとしたら?
名門侯爵令嬢。
難しい家庭環境(もしくは溺愛甘やかしの二択)、不仲な兄(弟)は王子の側近(予定)。
同年代の王子様。婚約問題、ライバル令嬢……王太子妃候補。
「テンプレ……? 悪役令嬢?」
(親父さんも転生者? 逆行? タイムリープ?)
――いや、違う。それならもっとうまくやる筈だ。
自分のやりたい事をいつも後回しにして家族に尽くす少年が、親になって。
王家と距離を取っている。出世も地位も断り、捨てた。
そしてなぜか愚かしい選択をしてる……せざるを得ない理由がある?
本来ある筈のミドルネーム。お披露目会。令嬢らしい衣服。教育。愛情。
無いのは……与え な(・) い(・) のではなく、 与(・) え(・) ら(・) れ(・) な(・) い(・) から。
与えられないのは、多分、重大な事由があるから?
もしくはそうする事で何かを回避する事になるから?
解らない……
「重大な事由って何……?」
「どうした、マグノリア?」
様子がおかしい姪っ子に、クロードが見かねて声を掛ける。
昼間の騒ぎがショックだったのだろうと思う反面、あの程度ではケロッとしていそうな娘の筈だ。
マグノリアは噛みつく様な勢いで問うた。
「お爺様! お父様が……かつてのお父様が大切にしていたものって、何ですか?」
「……他者の命と家族だな」
難しい顔をしてセルヴェスがそう言った。
『命』と『家族』。
マグノリアは、今まで感じた事のない寒気を感じる。恐ろしく冷たい何かが背中を這い上がり、心臓を握り潰すような心持ちがした。