作品タイトル不明
ダフニー夫人との再会
「皆様、相変わらず賑やかですこと。交ぜて頂いても宜しいかしら?」
苦笑交じりに、落ち着いた声で呼びかけられた。
「ダフニー伯爵夫人。お珍しいですね」
「アイリス女侯、お元気そうで何よりですわ。コレット女男爵も、変わらずご活躍の様子で」
名前で呼ばれる女性たちが勢ぞろいだ。
……なかなか手強い系女子の集まりである。
(……うっわ、怖っ!)
マグノリアは心の中で、自分は転生者である以外は普通の女の子で良かった、などと思っていたのである。
三人に言わせれば、『いやいや、あなた程じゃない』と言われる事は必須なので、他から見れば似たり寄ったりであるのだが。
ダフニー夫人も自らが叙爵されている訳ではないが、賢夫人として名高く、家名ではなく本人の名前で呼ばれる女性の一人だ。
いつもは簡素なドレスで教鞭をとる事が多いが、今日は深緑色がメインの落ち着いたドレスを着ている。
きっちりと結い上げた髪型と、色素の薄い瞳の硬質な雰囲気とが、ドレスととても合っているように思えた。
マグノリアがそんな事を考えていると、ダフニー夫人はジロリとヴィクターを見て小さくため息をついた。
「ヴィクター様は……見ない間に随分大きくなられましたのね?」
「ええまあ。成長期だったものですからね。よく伸びたのですよ」
おどけたように答えるヴィクターに、再び大きなため息をついた。
ゆっくり話すため、敢えて最後にしたマグノリアへの挨拶のため、ダフニーは身体をマグノリアへと向ける。
「ダフニー夫人、遠い所お越し頂きましてありがとうございます」
丁寧に礼を執るマグノリアを見て、大きくなった姿に、ダフニー夫人は水縹色の瞳を細めた。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。丁寧なお手紙をありがとうございました。そして、お元気そうで何よりですわ」
そう言うと、珍しくダフニー夫人は膝をつき、マグノリアの手を握った。
「辺境伯領は如何ですかとお伺いするつもりでしたが、随分ご活躍のご様子ですね。新しい商品の数々も、そのお年での領政への参加も。伺ってひどく驚きましたが……とても頑張りましたね」
とても頑張りましたね――教師らしい言葉だな、と思う。
結果や出来の良し悪しではなく、過程を褒め労う言葉だ。
今言った事だけでなく、実家での日々も含めての言葉なのであろう。
貰った言葉を口の中でくり返して、マグノリアは頷いた。
「はい。私も、みんなも。とても頑張りました!」
「素晴らしい事です」
いつもの厳しさは鳴りを潜め、頷いて優しく微笑んだ。
ちょっと調子が狂うななんて思いながら、マグノリアは首を傾げた。
「事業の事をご存じだったのですか?」
ダフニーは少し困ったような顔をして頷いた。
「はい。授業にお出でにならなくなったのは、私がマグノリア様の教育へ差し出口を申し上げたからだと思いましたの……暫くしてお手紙を頂いて、移領されたと伺って……時折セバスチャンに手紙を頂いて、ご様子をお知らせ頂いてたのです」
おおぅ、なるほど。
「お気遣いいただいていたのですね。ありがとうございます」
ダフニーは首を横に振る。
「いいえ。何も出来ず、心苦しいですわ」
いいえそんなの応酬になりそうな雰囲気を悟ってか、ヴィクターはまあまあ、と両手をあげる。
「それより、ものは試しで軽食、是非試してみた方がいいですよ」
「確か、マグノリア様の作った食品が使われているのですよね?」
「それ以外にも、骨やら内臓やら」
話を聞いているコレットとアイリス、ダフニーは微妙そうな顔でヴィクターとマグノリアを交互に見た。
見られたふたりは顔を見合わせ、ふふふと声を出して笑った。
勿論、この後根掘り葉掘りと……特にコレットにしつこく追及されたのは言うまでもない。
適度にお腹を満たしつつ、なおも会話は続く。
お披露目会は挨拶も終わり、各人思い思いの社交場となっていた。
セルヴェスの方にはここぞとばかりに、売り込みの貴族が列を作っている。クロードもいないために一人で対応させてしまっているが……
マグノリアの方にはとんと来ないのでフリーである。
一応ガイにセルヴェスの所へ戻るか確認したが、ゆっくり楽しんで下さいと言われ、甘える事にした。
ダフニー夫人も先ほどの騒ぎを知っていたのだろうが、怪我は無いと確認出来たのでブライアンの事は敢えて聞かずに、其々の近況報告になる。
広くて狭い社交界でそれなりに顔見知りであったらしい四人は、間に自分達の事を程よく挟みつつ、本日の主役であるマグノリアの事を聞きたがった。
アイリスとコレットに関しては、なぜかマグノリアを見定めようとしている様子が見受けられ、とぼけた回答を用意するのに余計な頭を使う羽目になったのだった。
「そう言えば、貴族名鑑をある程度覚えた筈なのに、ヴィクターさんの事全然覚えてなかったんですよね」
話の追及を避けるというか……方向転換をするため、ヴィクターの正体を知りしこたま驚いた事を告げると、アイリスとコレットが冷たい瞳でヴィクターを見た。
「それはそうよ」
「こんな姿の令息が載っていたら、いの一番に覚えそうだもんねぇ」
そうなのだ。
多分、忘れようにも忘れないだろう。
「……僕は毎年削除申請を出してるんだよ?」
「都度、宰相に握りつぶされているんだけどね」
……何があったのか知らないけれど。ヴィクターはヴィクターなりに色々あって、冒険者となったのだろう。
しみじみとしていると、コレットが勢いよく貴族名鑑を開いた。
「これは……酷過ぎますわね」
ため息をついてダフニー夫人が首を振った。
ブリストル公爵家には息子が二人、娘が一人おり、娘はだいぶ前に同派閥の公爵家に嫁いでいる筈だ。
長男と次男の年がだいぶ離れているな、と肖像画を見て思った筈なのである。
覚えていたものがどこで違ったのか確認するために、マグノリアも開かれたページに視線を移すが……違ってなかった。記憶通り。
……開かれた先には、育ちの良さそうな……華奢で女の子みたいな、ゆるふわ系男子が描かれていた。
名前と肖像画を三度ほど往復し、一度、目の前のギルド長を見る。
……チガウ。
「そう、私が見たヴィクター・カシミール・ブリストル 君(・) ! これ!!……って、全く別人!! 年齢詐称し過ぎ!!」
「なっははは♪」
ゴリマッチョな冒険者ギルド長は陽気な笑い声をあげた。
その後も会話は続く。
セルヴェスは時折じっとりとマグノリアを見ているが、鉄の女三人衆がいるためにその場に留まっている。
……小さい頃は控えめで愛らしかったダフニー夫人はまだしも……他のふたりが何とも苦手なのである。
一方で、話はマグノリアの結婚話になった。
やはり貴族社会、一に結婚・二に結婚である。
(まだ六歳なのに……)
ゲンナリするがそういう世界なのだ。
前世は三十三歳で独身だったのに、と独り言ちる。
「私より、ヴィクターさんじゃないですか、片付くのは」
マグノリアの言葉にコレットとアイリスが顔を見合わせる。
「……まあ、現実的には。でも……ねぇ?」
「厳しいよねー? 嫌でしょ、旦那さんがこんなん」
でも、と言いながらコレットが続ける。
「実際、アイリスが跡取りじゃなかったら、多分ヴィクターと縁談話が持ち上がってそうよね」
「……年齢的にも家柄的にもそうだろうね」
苦笑いしながらアイリスは肩をすくめるが、筆頭公爵家の次男坊と名門侯爵家のご令嬢だ。確かにありうる組み合わせであろう。まして学院でも友人として良い関係を築いていたのであろうからして。
「だから今でも仲良しなんですね! 髪型も、何となくお揃い(?)ですもんね」
「いや、一緒にしないでよ」
アイリスは心底嫌そうに反論した。
みんなで苦笑いしながら、ダフニー夫人はため息交じりに言った。
「マグノリア様の結婚もなかなか決めるのが難しいでしょうね……公・侯爵家に近しい年の方が少ないですし」
王子が同年代なのでベビーラッシュが起こっているかと思ったが……確かに起こってはいるが、なぜか女子の出生率が異様に高いらしい。
更には女児が王太子妃候補に挙がる年代でもある事から、今の内にと既に婚約を済ませているご令息ばかりなのだそうだ。
「…………。私、別に無理に結婚しなくても良いんですけどね」
「まあ、マグノリア嬢は事業もあるから、将来は安泰だもんね」
ダフニー夫人はため息交じりに、
「現実的には王太子妃候補なのでしょうが……」
「うわぁ、無理です! やれる気がしない!」
「まあ、能力的な問題以前に、後宮には向かなそうだよね……」
苦虫を噛み潰した顔をして首を振るマグノリアに、四人は頷く。
ヴィクターは笑いながら、とんでもない事を言い出した。
「まあ、どうしても結婚や婚約したくない時は、僕と婚約しといたら良いよ」
「「…………」」
コレットとアイリスの軽蔑の目をみて、ヴィクターは苦笑いをした。
「勿論名前だけだよ。かと言って、そこそこ地位が無いと覆されちゃうでしょ? 多分、話があがるのは『王子』『僕』、実際には血のつながらない『クロード君』、『他国の高位貴族』でしょう。けど他国間は今はあまり推奨されないだろうからねぇ」
「何、その『究極の選択』みたいな取り合わせ……」
アイリスが心底嫌そうに顔を歪めた。
「えー、『王子様』に『筆頭公爵家次男』に『次期辺境伯(騎士)』だよ?」
「肩書以外は微妙よね……王子は取り敢えず、置いておいて。マグノリア様からしたらどっちもおじさんじゃない! 更には中身が『山賊崩れマッチョ』と『偏屈大男』でしょ……出来れば違うチョイスが欲しいわね」
王子様もクロードもみんなの憧れの人物(多分)である筈なのに、なかなか辛辣である。
……え? ギルド長? うん??
「マグノリア嬢は、希望とかあるの?」
アイリスの言葉に、うーん、と唸る。
「……まあ、相手にも選ぶ権利がありますからねぇ……もし自分の希望で決められて、今まで出会った範囲の中でなら、西部駐屯部隊のデュカス卿ですかねぇ」
意外な選択に、四人は瞳を瞬かせた。
「ユーゴ・デュカスか……随分渋いねぇ」
「僕より年上じゃん!」
「どの辺が良いのかしら?」
……中身世代が一緒なので楽そうだし、まかり間違って本当に結婚したとしても優しい対応を望めそうな人物である。
「うーん、外見はパッと見は怖そうに見えますけど……実際は物腰が柔らかくて紳士ですし、カリカリせず穏やかで余裕がありますよね? 手綱の範囲が広そうで多少やらかしても苦笑いしながらも見守っていてくれそうです」
「あー、確かに」
話を聞いていた四人は大きく頷いた。
「伯爵家だし部隊長だしで、こう、出過ぎず周りに合わせて臨機応変なサポートに長けてる感じだもんね」
「実際に社交界でも人気がございますわね」
鉄の女たちは其々うんうんと頷く。
「……年の差がネックですわねぇ」
マグノリアは揃ったような反応に苦笑いして首を振る。
実際に婚約などしないし、あくまでタラレバである。
「取り敢えず、暫くは何か言われたら『お爺様より強くて、クロードお兄様より賢い人』って答えておきますよ」
かぐや姫方式の採用である。
「いや……そんな人間を辞めたような人間、存在しないよ?」
ヴィクターの冷静な突っ込みに、鉄の女たちも大きく頷いた。
そんなこんなのよもやま話がしばらく続き、程無くして何事も無かったかのように穏やかに、お披露目会は終わりを告げたのであった。