軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

困惑と秘密

「父上……申し訳ございませんでした」

ブライアンは今一度、父に頭を下げた。

大広間での騒ぎの後、クロードに引きずられるように連れられて控室に入ったブライアンは、暫く呆然としていた。

暫くして顔を上げると、目の前の表情を消したままのクロードの様子に、ブライアンは再び息を呑んだ。

聞けば、移領してからのマグノリアをセルヴェスは言うに及ばず、クロードも本当の妹か娘かのように可愛がっていると言う。

そのような存在を傷つけられそうになれば怒りもするだろう。

また騎士であるクロードだからこそ、騎士を目指す人間がするとは思えない、有り得ない暴挙に映ったのであろう。

そうだ。本来あの娘は愛されるべき存在の筈だ。

ジェラルドは小さく息を吐いた。

そしてブライアンは、クロードの視線を避けるように項垂れながら、ぽつりぽつりと話し出したのだった。

クロードにはとても理解出来ないであろう、薄汚い内面を。

マグノリアを目の前にすると、意味もなくイラついてしまい、必要以上にキツくあたってしまう事。抑えようと思っても思っても、なぜか怒りや負の感情がまったく抑えられなくなる……

この二年でのアゼンダ辺境伯領での活躍を聞いても嘘としか思えず、六歳でのお披露目という瑕疵を消してもらうためにセルヴェスとクロードの手を煩わせているのだと、なぜか強く思えてしまった事。

そんな、駄目な妹のくせに、セルヴェスとクロードに可愛がられ気に入らない事。

お祝いなんて言う必要なんて無いから、嫌々顔を見た。

勝手な理由をこじつけて勝手に出ていった妹を、祝ってやりに来るだけでも有難く思って欲しいのに。

久し振りに会えた祖父に喜んで挨拶をしに行ったら、その時の様子を見ていたセルヴェスに注意をされ、酷く哀しく感じ、同時に猛然とした怒りが湧き……その怒りは全てマグノリアに向いた。

注意を促したら嫌味っぽく返され、抑えても 腸(はらわた) が煮えくり返るような怒りを感じて、気付いたら手元にあったグラスを掴んで振り上げていた事。

そんな自分に酷く驚いた事……

とつとつと話される内容に、はじめは怒りになのか嫌悪になのか、顔を歪めていたクロードだったが……次第に困惑が大きくなったのか、戸惑った表情を浮かべていた。

愛らしい小さな妹に感じる感情として、嫉妬にしては過剰過ぎる『怒り』

クロードにしてもセルヴェスにしても、ブライアンを可愛く思わない訳ではない。

褒めるべき行動をすれば褒め、頑張った姿勢が見えれば認め。朗らかな対応は年相応で愛らしいと思う。

事業の忙しさやら関係の微妙さやらで機会はやや減ったものの、王都で会った際などは折に触れ伝えているつもりだ。

甥っ子や孫として当然愛情をもって接しているし、情を感じてもいる。

……そんな甥っ子が、まるで理解し難いまでの強く激しい内面を吐露している。

たぶん自分でも持て余している様子は演技ではないと解る。

クロードは複雑な表情で話を聞いていた。

理由なんてないのだ。そう思うように…… 愛(・) さ(・) な(・) い(・) よ(・) う(・) に(・) なっている。

なぜかは解らない。そうだからとしか言いようがない。

人間、本能的な嫌悪というものは如何ともしがたい。

心や人格は目には見えない。どのように生まれるのか、作られるのか。何かに捻じ曲げられているのか、決して実像を持っては見えないのだ。それは時に余りにも苦い。

マグノリアが彼女の生を生きるために、彼女の人格が、行動が決められた通りになるように周囲が一定の行動を取るようになっているのだとジェラルドは推測している。

どんなに抗っても、まるで強制される何らかの強い力で統制されているかのように。

ジェラルドは、今でもブライアンが生まれた時の震えるような喜びを覚えている。きっと、一生忘れる事はない事だろう。

二人目の子どもも同じように愛したい。

いや、愛するのが普通であって、そんな風に思う事自体がおかしいのに。

ところが、生まれた娘を見た時に湧き上がったのは、抑えられない嫌悪だった。

否定したくても本能的に訴えかける抗えない程の拒否感。

そんな風に思ってしまう自分の醜悪さ、そして落胆。

何度頑張ってみても、愛せない事への絶望と懺悔。

かつて視たあの未来と同じだ。

それから何度も何度も自分を言い聞かせ、試し、挫折し、裏切られ……

人は努力で大概の事は出来る。

不可能の大半は自らが作った見えない柵のようなものだ。

反面、どんなに頑張っても出来ないもの、叶わないもの、飛び越えられないものというものも存在するのだ。

甘え? 努力不足? 言い訳? 性格破綻者?

ウィステリアもブライアンも彼女たちなりに自分の気持ちに葛藤をしている。

聞いても認めないだろう。しかし彼等も自分と同じなのだと、今は確信に至っている。

全くの善人もいないように、全くの悪人もいない。

悪人にだって守りたい一線があるのだ。

自分が傷つくだけなら構わない。しかしそうじゃない場合は?

大切なものはどうするか?――奥へ奥へとしまい込む。

誰にも壊されないように、自分達が壊してしまわないように。

誰にも見つからないように、誰からも。王家からも、娘を傷つける全ての者達から。

自分達からも隠して遮る。

重い重い扉の向こうに、厳重に鍵をかけて。

――――。

――――――――。

「……本当に申し訳なかったな。許される事ではないが、後程マグノリアに謝罪をしよう。父上にもお前にも、申し訳なかった」

静かにそう告げるジェラルドの声に、ブライアンは硬く拳を握りしめた。

クロードは暫し逡巡し、それには何も答えなかった。

「…………。夕食はこちらに用意させましょう」

ウィステリアは珍しく静かに、部屋の隅で三人のやり取りを見ていた。

静かにゆっくりと閉ざされた扉の音が、重々しく耳に響いた。

そして冒頭に戻る。

「父上……申し訳ございませんでした」

ブライアンは今一度、父に頭を下げた。

「……ブライアン。騎士は公正でなくてはならない。護衛対象がお前にとってどんな人間でも、きちんと守らなくてはならない。激情に呑まれてはならないし、騎士自身が傷つけるのは以ての外だ。常に冷静な心が要る……解るか?」

「はい」

ブライアンは素直に頷いた。

「……では、お前はお前のすべき事をしなければならない」

「……はい」

ジェラルドも哀しそうな瞳で頷いたのだった。

******

「もー! 全く肝が冷えましたよ~」

リリーがブライアンに対してぷりぷりと怒っている。

先ほどまではプラムが、ガイに用事を頼んだことをしきりに気にして、何度も何度も謝って帰っていった。

大事は無かったので大丈夫だと伝えたが、かなり気にしていたようだった。

「ねぇ、リリー……王都のギルモア家に来たばかりの頃の事、覚えてる?」

「うーん、どうですかねぇ……余り細かい事は覚えていないと思いますけど……」

「覚えている範囲で良いの。その頃、変わったことなかった? 誰かが病気になるとか……亡くなるとか」

ああ、と言いながらリリーは静かに手のひらを合わせた。

「それでしたらお葬式が二件続いたので、皆様大変だなと思ったのを覚えています。私が来る前にも、もう一件あったばかりらしくて。不幸続きだねって使用人同士で話していたのを覚えています」

「……それは、どちらのお宅か解る?」

「二件はアゼンダ辺境伯家、一件はバートン伯家ですよ。旦那様と奥様の実家でしたから……立て続けでびっくりしました」

予想通りの答えだった。

マグノリアは静かに頷く。

「そう……やっぱり」

「?」

考えをなぞるように、マグノリアは視線を左右に動かした。

「それと、私って丈夫だった?」

ある種の確信を持って尋ねる。

……多分答えはノーだ。

「いえいえ~。今では考えられないぐらい、すぐに体調を崩されるお子様だったんですよ! だからある程度までは、お披露目をしないのも不自然には思わなかったんですよね……そう言えば、その、お葬式が終わってから急に体調を崩されるようになったんですよねぇ」

「…………」

「……マグノリア様?」

いつもより深刻そうな顔で、考えを纏めるために黙り込んだマグノリアをみて、リリーは首を傾げた。