軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21*噂

「本気で立件するつもりなのかな。うちの上層部は」

「どうかな。たとえどんな背景があろうと『狼牙』は国の英雄だよ? わざわざ冤罪でっちあげてまで、自分から他国に国の汚点を晒すようなことはしないと思う。あくまで軍部に対する抑圧のためでしょう。――まあ、本気で罪を着せる可能性がゼロではないから、こうして面倒なことになってるんだけど」

クロードに頼んだ資料を読み込んだ後、アディスはイアンと現状の報告会を開いていた。

「あの宰相も分かってると思うよ。……たぶん、今頃お偉いさんたちと駆け引きでもしてるんじゃないかな」

「…………。つまり、グラノーリは無事ってことか?」

「……いや。内容によっては、引き抜かれるかもしれないし、決裂すれば犠牲になるかもしれないね。向こうには聖女っていう切り札があるから、別に代えの効く狼牙がどうなろうと強気なんでしょ」

「………………」

アディスの冷静な分析に、イアンは沈黙する。

それでは、まるでフォリアがラゼの立場を脅かす存在のように聞こえた。

学生時代、あんなに仲の良かったふたりなのに所属する派閥のせいで対立するなんて嫌な話だ。

本人たちの感情なんて関係なく、取り巻く周囲の人間が勝手にやっていることなのに、もしもあの友情に亀裂が入ったらと想像するだけで気分が悪くなる。

「それじゃあどうすれば……?」

「仮に俺たちが彼女の無実を証明しても、結局トカゲの尻尾切りになる。この事件の真の目的は、狼牙を排除することじゃなくて、裏で色々黙って魔物について研究をしてた軍部に対する制裁なんだ。どうやって相手の機嫌を取るのかは、あの宰相の手腕次第。ぶっちゃけ、本当に俺たちの出る幕ではない」

新米がいきなり出て行って話を聞いてもらえるほど、この国の古株は器が広くない。

それに、この件で干されて今後のキャリアを全て犠牲にしてやるつもりは毛頭なかった。

自分だけ目をつけられるならまだしも、イアンが関わっていたことがバレて、彼の騎士団長への道を閉ざされるというリスクもある。それだけは避けたい。

「――でもね」

「……?」

アディスは長い前置きを終えて、結論を告げる。

「俺はその交渉に彼女がかけられてること自体が、気に入らないんだよ」

その言葉を聞いて、イアンは理解した。

ずっと不機嫌そうなオーラが出ていたのは、ラゼが彼女さえ至り知らない場所で利用されていることに対する怒りからだったのだ。

「彼女の代わりなんてこの世にないってことを、わからせないとね」

にこりと微笑むアディスに、イアンは思う。

本当に彼が敵ではなく味方でよかったと。

「――『狼牙』がニューリス卿を殺害した?」

「なんだそれ。どこどいつだよ、そんなことを言い出したのは……」

「ニューリス卿は薬に耐えられなかったって、訃報が報道されたばかりだよなぁ」

「まーた潔癖貴族が騒いでんのか。今代の狼牙は平民出身なんだろ? それもあの、フォーラス領の。本当に苦労してるな……」

その噂は瞬く間に広まった。

どこからか流れ出したフルスト・コデュ・ニューリス卿の死についての噂を聞いた平民たちは、全くその話を信じていなかった。

ニューリス卿が老齢の男性であり、抗体を接種することのリスクもきちんと公表されていて、彼がそのリスクに当たってしまったことを理解していたからだ。

「ほんと、いつでも聖女サマに診てもらえると思ってる金持ちは考えることが違うよな」

「誰のおかげでこの国が、魔石に困らずいられるのか理解してんのかね」

「使い捨ての人形だとでも思ってんじゃねぇーの?」

――ほぼ平民で構成されている軍人たちが、魔石を獲るために身を張っていた。

シアン皇国の大多数を占める一般国民にとって、魔性ウイルスの一件はそのように認識されている。

マジェンダ共和国との境界に近い地域では、すぐにワクチンの導入が進められた。

たとえ聖女が現れたとしても、恒常的な効果が得られなければ彼らにとって意味はない。だから、聖女がいるから自分は大丈夫だと考える(※一部の)貴族たちの思考は現実的でなかった。

「どーして、狼牙が容疑者になっちまったんだか」

「火のないところに煙は立たないっていうから、もしかすると本当に?」

「それにしては、きな臭すぎるだろ」

「ニューリス卿がいくつだったと思ってる。わざわざ殺す必要もないはずだ」

「じゃあ、やっぱり、あの大陸で一番深いところまで潜ってる狼牙を気に食わない奴が言い出したのか……」

噂について、街ではさまざまな憶測が飛び交う。

「――なぁ! 聞いたか!?」

そして、その噂に乗じるように、ひとつの事実が流布された。

「狼牙は、晴蘭生まれらしい!!」

ただの出生年。

されど、ここは魔法の世界。

絶対的な預言者である「大婆様」の言葉の威力は絶大で。

その預言は、どんな為政者よりも発言力を持った。

だから、彼らはその事実に「まさか」と思う。

晴蘭の年に生まれた子どもが、天啓を授かる――。

その、子どもというのは今代の狼牙を指すのではないのか……と。

「…………もし、今流れている事件が冤罪だったとしたら、この国はどうなっちまうんだろうな……」

「昔も予知能力がある預言者がいたが、彼らの言葉に耳を貸さなかった奴らの最後は決まってる……」

カフェと言うにはタバコ臭い男ばかりの空間で、コーヒー片手に語り合っていた男たちは、顔を見合わせた。

「破滅あるのみ、だよなぁ……」

「破滅あるのみ、だ」

「破滅あるのみ――!」

それぞれ声音の違う、同じ単語が揃った。

幼い時から童話としてその教訓を学んで、この国のほとんどの人間が育つ。どんなに魔法以外の技術が発達しようと、その力を軽んじる者はそういない。

「万が一にも、狼牙に罪を被せようとする奴がいたなら、そいつにはきっと罰でもくだるだろうさ」

「本当に“そう”なったら、狼牙はホンモノってことになりそうだ」

「それは見ものだな!」

皇都の街は賑やかに、そうして噂は大きく広まった。