軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22*予言

「――ほんと、迷惑なんですけど」

初めて出会ったはずの人物に開口一番、ひどく敵意剥き出しの言葉を浴びせられる。

アディスはほんの一瞬だけ不意を突かれたが、それを表情には出さなかった。

「……失礼。知らないうちにレディを困らせていたようです。お会いするのは初めてかと思うのですが……。お名前を伺っても?」

完全に対外用の鎧を被ったアディスは、目の前の娘に告げる。

彼女はそんなアディスの対応を見て、さらに頬を引き攣らせるばかりだ。

「エリナ。ただのエリナよ。ああ、それとも、あんたのところの狼の牙のせいで人生狂わされてる哀れな娘って言った方がいいかしら?」

そう言って、彼女は嗤った。

狼の牙――それが誰を指しているかなんて明白だ。

ラゼのことを恨んでいるかのような台詞に、アディスは目の前の彼女に対する警戒度を引き上げる。

その日、アディスはとある屋敷に招かれていた。

何重にも警備が張り巡らされたその屋敷は、この国で人間国宝と呼ばれる女性が住んでいる。

名前はババロア・ウィクトーリカ。

通称は「大婆様」。

今、世間を騒がせている預言を告げたお方だ。

本日はその預言についての見解を、改めてババロアが発表するとのことで、各方面から人が集められていた。

アディスも招かれたうちのひとりという訳で、屋敷に足を踏み入れたのだが。

案内された会場に入ろうとしたところ、入り口付近に立っていた見知らぬ令嬢と目があったかと思えば毒を吐かれた。

「いいのか? そんなことを言って。どう見ても貴族のガキだが」

「はっ。いいのよ別に。何を言おうが、そう簡単に殺してはもらえないんだから」

後ろに控えていた男に、彼女は適当に返事をする。

男の方は、彼女の護衛だろうか。

茶色の髪の奥で、鋭い黄金色の瞳がこちらを窺っている。

見たことのないふたりだった。

この場に集められた者たちとは毛色が違う。

どちらも首にチョーカーをつけているのが、アディスには違和感を残した。

「こぉーら。なにを初っ端から、ケンカ吹きかけてるんじゃ。バカ娘」

「――出たわね。妖怪ババア」

「ババ様と呼べと言っておろうが!!」

バシン、と。

エリナと名乗った娘を叩くのは、紫色の布で目元から下を覆った占い師。

初めて対面するその人が、本日の主役だと気が付いたアディスの切り替えは早い。

「――お目にかかれて光栄です。大婆様」

すぐに胸の前に手を置いて、彼女に会釈をした。

そして、

「うむ。わしの弟子が無礼ですまないな。多めに見てやってくれ」

ババロアの紹介に、アディスや彼らのやり取りを見守っていた客人たちは目を見開いた。

ババロアの弟子。

つまり、この藤色の髪をした娘は――予知能力者。

ついに後継者が見つかったのか、と。

老齢な占い師を前に、彼らは息を呑んだ。

本来なら、預言の子について確かめるはずだったのに、とんでもない情報をあっさり暴露された衆人はざわめいた。

「とうとう現れたのか!?」

「よくぞ見つけた!!」

「なんて幸運だ。やはり、この国には星の加護があるんだろう」

各々思ったことを語り合う彼らに、ババロアは持っていた杖で床を打ち鳴らす。

「それじゃあ、みんな揃ったらしいところで本題に入ろうか」

部屋の入り口で立ち止まっていたアディスが最後の客人だ。

中に入ると、用意されていた末席に席を下ろし、彼は周囲を見渡す。

(……本当に著名人ばかりだな……)

何故自分がここに呼ばれたのか不思議に思うほどの顔ぶれで、名門貴族に加えて、皇上の側近、騎士団団長、枢機卿、情報管理局の局長などなど、場違いさが拭えない。

(俺が噂を流すように仕向けたの、バレたかな)

預言者には全てお見通しなのかもしれない。

が、まあ。たとえそれを公にされたとしても、自分は事実を流布しただけだ。罪を犯したわけではない。

だから、堂々としていればいいのだ。

最初から、どう転んだって、自分でやったことの責任は自分で払うつもりなのだから、今更動じることはない。

「遠路はるばる、お集まりいただいて感謝する。老体には移動も応えてのう」

そう言って、一番前の中央に置かれた椅子に座ったババロアには、先ほどの弟子も寄り添っていた。

「老ぼれの長話も興味はないじゃろうし、単刀直入に言わせてもらう。こやつは晴蘭生まれの娘で、ワシの後継者じゃ。ちょーいとばかりおイタをして死ぬまで服役することになってるが、まぁ、能力は本物。――ということで、ワシは本日をもってこの国の意見番を引退するからよろしゅう」

「「………………」」

絶句だった。

話は短かったが、情報量が多い。

「つ、つまり、その娘が天啓の子だと!?」

「そうかもしれん」

「服役中、とは一体……?」

「まあ、死ぬまで許されぬことをしたというだけじゃ。おまえら皇国貴族は一概にして恨まれとるから、今以上に忌憚なき意見をもらえるじゃろうな! はっはっはっ」

「――なら、狼牙は!? 彼女は一体、なんなんです!?」

「知らん。そもそも、ワシは別に天啓を授かる子がひとりだけだとはひと言も言っておらんが?」

「引退って、あまりにも急すぎるのではありませんか」

「一体いつまでワシを働かせるつもりなんじゃ。おまえらとて、この老ぼれがボケてんじゃねーかと心の中では思っておろうに」

「…………」

順番に質問に応えて、ババロアは目だけで呆れた表情をする。

「この娘の予知は、娘が何も忠告しなかった場合の確定した未来が見える。忠告を聞いた者が行動すれば未来も変わるが、それがどう転ぶかは本人次第というやつよ」

ほら、いけ。と言わんばかりの目つきで、ババロアは隣には控えている娘をアゴで使う。

エリナは「はいはい、わかりましたよ」と呟いてから、狙いを定めた最前列の客人の前に立って、その人を見つめる。

「――あんた。この国の英雄に対する考え方、改めないと破滅するわよ」

そして、はっきり言った。

彼女の目は、「彼」を見ていない。

その先にいる「未来の彼」を見た彼女の眼差しは異質だった。

「あんたは、部下をもう少し気遣うべき」

「そろそろ息子に席を譲ったら?」

「このままでいいから。迷ってる暇あるなら、行動しなさい」

「書類、見落としてるわよ。帰ったら、もう一度執務室の汚い机を見直すことね」

ひとり、ひとり。

順番に予言をしていく彼女に、部屋は静まり返る。

最後の最後に、エリナはアディスの前にもやってきた。

彼女はしばらく黙ったまま、彼の過去を見ていた。

この場にいる全員の未来を見ているのだ。

疲れもあるのか、沈黙が長い。

その間、アディスは微動だにしなかった。

「いい事を教えてあげる。あなたがどれだけ頑張ろうと、もう遅い。アイツが死ぬのは変わらないみたいよ。いい気味ね」

シンとフロアが静まり返った。

彼女が告げる予言の中で、人の生死について触れたのはそれが初めてで。――最悪な内容だった。

アディスは覚悟していた。

何を言われても受け止めてやろうと。

しかし、その意味を理解して彼は黙っていられなかった。

「――それは、貴女の忠告を聞かなかった場合に確定した未来なのでしょう。今日、この席に呼ばれた事、感謝します。新しい予言の巫女」

笑顔で礼を言うのとは裏腹に、彼の膝の上に置いた手は、固く握りしめられていた。