作品タイトル不明
20*資料
「お待たせしました。なかなか苦労しましたよ」
「ごめん。忙しいだろうに無理を言って」
闇に紛れて現れたのは、黒い執事服をまとったクロード・オル・レザイアである。
「ま、アディスの頼みですから」
「助かるよ」
待ち合わせの場所で落ち合ったふたりは、久々の再会もそこそこにすぐに本題に入った。
「頼まれていた資料です。貴方なら問題ないと思いますが、くれぐれも使い方には気をつけて」
「分かってるよ。この短期間にこんなに集めてくれてありがとう」
封筒を覗いて中身を確認すると分厚い紙の束が入っていた。アディスはクロードの優秀さに肩をすくめる。
裏の顔を持っていることは知ってはいたが、実際にその片鱗に触れると、その闇の深さは計り知れない。
そんなところがラゼと重なってみえて、アディスはクロードの顔を見つめていた。
「何か?」
「いや。俺が知らないだけで、クロードも色んな過去があるんだろーなと思っただけ」
「…………彼女ほどではありませんよ」
含みのある声音でクロードが言うから、アディスは虚を突かれる。そして、その意味を何となく察すると、手元の資料に視線を落とす。
「本人から聞くべきなんだけどね。……嫌われちゃうかな。ただでさえ、あんまり仲良くはないのに」
「……さぁ。彼女の経歴についてはさほど詳しいことは調べられませんでしたよ。また今度直接聞き直してみては?」
「簡単に言ってくれるね……」
アディスは苦笑いを浮かべた。
――が、クロードからするとその反応は的外れだと思う。
仲よくはない。なんて、どの口が。
確かにフォリアとカーナほど交流がある訳ではないだろうが、側から見れば小突き合いができるような十分親しい仲だ。
少なくとも、令嬢相手に紳士な姿勢を守っているアディスの交流関係において彼女は、特殊――いや、特別だろう。
「話は把握してますが、どうするつもりですか? こんなに資料を集めて」
「まあ、ね。そろそろ古株の面々にもご隠居してもらおうと思ってるだけだよ」
それまでの苦笑と違って、アディスのその笑みは黒かった。
きっとその場にラゼがいたら、父親そっくりなその笑い方に身震いしたことだろう。
「上層部の人間は、この件を深掘りするだけの時間がないらしいからね。俺がやる」
アディスには文官になった、この数ヶ月で分かったことがある。
それは、自分より優秀な人間なんてザラにいて、その中でも功績を残している人材というのは、必ず自らはたらきかけて結果を出しているということだ。
与えられた仕事をこなすだけなら、アディスの代わりなんていくらでもいる。
そして、評価されて実行に移せる事案というのは、結局のところどれだけの熱量を持ってそれをやり通せるかという起案者の気概にかかっている。
誰かがやってくれるだろう――そんな甘い考えは笑止千万。
世の中、果てしなく問題は転がっている。
どうにかしたいと思ったなら、自分が先陣を切って解決しなければ誰も動かない。
今回もその件に該当するかと言われれば怪しいところではあるが、やると決めたらやる。やらないで後悔はしたくないから。
「二度と彼女に対して同じような真似はさせないさ」
◆
クロードと別れて、アディスはザース邸に戻った。
王宮はとてつもなく広く、居館に自分の部屋もあてられているが、週末は帰るようにしている。部屋に鍵はかけられるが、その他のセキュリティが万全とはいえないからだ。魔法を使われれば簡単に突破される。まあ、居館住みの文官に隠し事をされる方が問題になるので、これ以上セキュリティが厳重になることはないだろう。
――ということで、あの場所に重要な書類なんて置いておけない。
風の魔法で筋トレがてら帰るのが、彼の習慣になっていた。
「あら、おかえりなさい。遅かったわね」
「久しぶりにクロードと会ってたんだ」
「そうなの。珍しいわね」
「まあね。今日はもうシャワー浴びて寝るから」
「あまり夜更かししたらダメよ」
「分かってるよ」
バネッサに出迎えられて、アディスは普段通りに言葉を交わし、二階にある自分の部屋へ向かう。
部屋に入って扉を閉めると、卓にクロードから受け取った資料の入った封筒を置き、そのまままっすぐ服を緩めながら自室に付いているシャワールームで汗を流す。
魔法で髪を乾かして着替え終えると、途中でドアをノックした執事から軽食を受け取って、水差しの冷たい水をコップに注いで飲み干す。
そうして一段落すると、彼は机に置いておいた資料に視線を移した。
――ここには、彼女の情報もある。
そう考えると、その資料がどんな宝物よりも貴重なものに思えてならなかった。
しばらくの静寂が、部屋を支配する。
「…………ごめん」
そして、アディスはぽつりと言った。
一言謝罪を口にして覚悟を決めると、封筒を手に取って紐綴じを解く。
分厚い書類はパラパラと落とすように捲られて、アディスの目が「ラゼ・シェス・オーファン」という文字を見つけた瞬間、その手は止まった。
行き過ぎたページをさかのぼり、彼はまず最初に彼女の情報が始まるその一枚を表に出した。
彼女のことを守るなら、必要最低限でも知らなくてはいけない。どこで敵が彼女の足元を掬いにくるか分からないから。
本来なら、本人に聞くのが正しい行いだと理解しているが、今すぐそれは叶わない。
――それに、根掘り葉掘り聞き続けるには、たぶん、彼女の経歴は明るいものばかりではないことは予想していた。
立ったままだったアディスは、ソファに腰を下ろす。
普段の彼なら、速読であっという間に読み終えてしまう量の文書。
ひと息ついてから、それを丁寧にゆっくりと目で追っていく。
――皇星歴766年12月1日
シアン皇国フォーラス領にて長女として生まれる。
父親は皇国軍人レグス・ナギ・オーファン大佐。母親は軍医のカミラ・オーファンである。二歳年下の弟リド・オーファンがいた。
768年に父親のレグスがバルーダ遠征にて行方不明となってからは、三人で暮らす。
6歳の頃にはすでに、冒険者ギルドに登録。地元の人々の仕事を手伝うなどをして働いていた。近隣からは面倒見のいい姉として知られている。教会に預けられていた弟を毎日迎えにいっている。貯めたお金は、勉強好きな弟の本や文房具に使っていた。
776年の夏。フォーラス領の軍事基地にて、マジェンダ帝国からの攻撃を受けて、母親のカミラが戦死。領地の防壁が崩れたことにより害獣が雪崩れ込み、二次災害にて弟のリドも失う。
ひとりになった後、フォーラスに派遣されていたクラロドス・ハッシェ・ゼーゼマン将軍に見込まれて軍団の下働きを始める。五ヶ月後には能力を認められて、養成所に入所。話を聞きつけた父方の祖父母には猛反対されたが、孤児から努力して軍医になった母親を認めずに縁を切っていたことを理由に自立。
その容姿と移動魔法の有用性から、養成所を出てからは軍部にて工作員として重用される。諜報部に所属していたと思われるが、詳細な任務内容は不明。帝国内部への潜入をしていた可能性が高いと思われる。
帝国との防衛戦において初の参戦が確認できたのは、778年の北部アッシェリント。前線で敵の司令官を討つ戦法は当時から行われており、その後の戦場でも神出鬼没で敵を葬ることから敵軍から『首切りの亡霊』と呼ばれる。780年には中佐となり、昇級後に勃発したクルスト領ムギリョンの戦いで帝国の禁術を打ち破り、自軍の被害を最小限に国防に努めたことから『狼牙』の称号を与えられる。
なお、諜報部から魔物討伐部に異動となったのは、779年のことである。もともと養成所にいた頃からバルーダ遠征の参加を希望しており、異動後すぐに単独にて最深部到達の記録を叩き出している。その実績が評価され、配属三ヶ月後には新設部隊の隊長を任される。
当初、五三七大隊に集められた人材は、他の部において問題児と呼ばれるような者たちであった。個人技が突出しており、通常の規律ある集団行動では活かせなかった彼らを導いたのは、彼女だからこそできた放任主義の賜物であると軍部関係者は話している。一時は部隊崩壊も囁かれていたが、どんなに自由にされていても仲間の命は見捨てない姿勢が評価され、現在では「代表」と呼ばれ慕われている。
軍部では生物学者の『白衣を着た悪魔』ヨル・カートン・フェデリック教授、『死神の玩具屋』セルジオ・ハーバーマス技術部所長と並び、八代目『狼牙』として「鬼才三本柱」と呼ばれる。
近年では「ラゼ・グラノーリ」という名で、セントリオール皇立魔法学園に入学し、貴人たちの護衛を勤めていた――――…………。
文字だけの情報が、彼女の人生を語る。
アディスはそれを読み込んで、最後まで一文字も滑ることなく見届けて記憶する。
ここに書かれているのは、彼女の経歴のごく一部。
この時、彼女が何を感じてどう行動していたのかまでは、知ることはできない。
(……まるで、知らない偉人の物語でも読んでいるみたいだ……)
経歴の次のページには、関わっていたと思われる事件の詳細などが捕捉されている。こちらの資料の方に目を通せば、より情報の彩度が上がっていく。
どれもこれも、彼女が現場にいたと思うと……。
名状し難い感情で、胸が詰まる。
ただ、断じて言うが、これは憐れむ心ではない。
幼少期から厳しい環境にいた人なら、ルベンやクロードだって該当する。
彼らと彼女の何が違うかと言えば、彼女は誰かに命令されたわけではなく、本当に幼い時から自分自身で選択をして、茨の道を進んでいたということだろう。
学園で笑っていた彼女と、この文字の情報で浮かび上がる人物像がうまく合致しない。
アディスには、どこにでもいる普通の少女にしか見えなかった。
これまで、全く過去を感じさせなかったラゼの明るさが、今になってどれだけ尊いものなのかを理解した。
だから、こんなに胸が締めつけられるのだろう。
「――――ぁあ。どうしよう。今、ものすごく君に会いたい……」
戦地から帰還した大切な人を抱きしめる人たちの感覚が、身をもって分かった気がした。