軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8、出発

「知らなかったみたいっすね」

「…………」

アディスとのやり取りをしっかり見守っていたハルルは、リッカの隣に戻るとそう言った。

リッカは黙ったままで何も言わなかったが、答えるまでもない問いだ。

「早くしないと置いていかれちゃいますよ」

「りょーかいです」

歩く速度を早め、彼女はずんずん前に進む。

後ろの彼がどうなったかは、今「リッカ」が気にするべきことではないのだ。

それに、すぐ先に見える隊列は今にでも出立する雰囲気が出ている。

ふたりは慌てて聖女専用馬車のひとつ後ろに用意された、荷馬車に乗り込んだ。

「大丈夫そうっすか、リッカさん?」

「……っと、はい。平気……です!」

幌馬車の御者台から声をかけられ、リッカは返事をする。

視察隊のメンバーは聖女とリッカ以外、みんな戦闘を生業にしている人間たちだ。戦えない人はいない。

馬に乗った機動力組と、馬車を操縦する組で分かれており、リッカは後者の一台にお邪魔している。

聖女ほど優先度は高くないが、一応守られるべき人材ということで特殊な立場にいるリッカには、荷馬車のスペースを開けてもらうくらいが丁度いいということである。

「……もう出る。……はやくして」

「――ッス。よろしくお願いします。えっと……?」

「ミザロ。覚えなくていい」

ハルルの隣に座って馬の手綱を握るのは、話しかけるなオーラ全開の青年だった。

くるくるの癖っ毛に、小麦色の肌とそばかすが印象的な彼はミザロ・コルト。

用意された馬車はひとりから多くて三人、御者台に乗れる。

今回、ハルルは一応護衛役としてリッカに付いているため、ミザロが配置されていた。彼もマジェンダの人間だ。

(……シュカ隊長に引き続き、彼もか。皇国民には肩身が狭い旅路だな……)

予想はしていた。特にハルルへの風当たりについては。

バルーダ大陸での魔物討伐プロフェッショナルとして対応できるよう、ハルルは身分を偽ることなくここにいる。

そんな彼がつい数年前まで敵国だった土地に足を踏み入れるのだから、完全にアウェーで多少の敵視も予想されていた。

ハルルもそれを承知の上でここにいるし、リッカはリッカでいなければならない。

「ミザロね。オレはハルル。んで、知ってると思うけどこっちが荷運びのリッカさん! 短い旅路とは行かねーだろうしお手柔らかに〜」

ハルルはミザロの隣でへらりと笑った。

が、ミザロは完全に無視だ。

リッカはそんな彼らを見守りながら、せっせと木の床に持参したクッションを敷いて居場所を整えた。

これから、ずっと馬車の移動になる。そもそも人が乗るための作りになっていないので、過ごしやすいようにさせてもらう。

前方から合図が聞こえると、馬車はゆっくり進み始める。

リッカはハルルの後ろからひょっこり顔を覗かせると、ユーグに手を振ってシアン皇国を旅立った。

(…………暇だなぁ……)

今のところ、一般的な長距離の移動手段が馬車である乙女ゲームの世界。

久しぶりの長い移動時間だ。リッカは手持ち無沙汰で、暇すぎるこの時間をどう過ごそうかと考えていた。

彼女が先読みの巫女様から貰った情報では、フォリア・クレシアスが聖女になるなんて話はなかった。攻略対象者と結ばれるハッピーエンドまでしか描写がなかったからだ。その後のファンディスクの内容に関しては、今の時点で役者が違う道に進んでしまったのですでに破綻している。

今後、どんなことが起こるかは神のみぞ知るというやつだった。

視察のスケジュールは頭の中に刷り込んできたので、今さら確認するまでもないし、本当にやることがない。

初日からこの調子だと、暇疲れでもしそうだ。

森の中を走っているので、外ではたまに魔法が放たれているが、ものすごく平穏な旅路である。

「そろそろ休憩みたいっすよー」

「わかりました!」

出発した時間が遅かったので、少し遅れたお昼休憩だ。

ハルルが前の方の様子を見て教えてくれるから、リッカは返事をする。

休憩ポイントで馬車が止まると、彼女はすぐに動き出す。

やっと何もしない時間から解放されて、やる気は満ち満ちていた。

しかし、残念な事に初日の昼食はすでに出発前に配給が終わっている。

馬に与える水などは、水魔法の使い手が何とかしてくれるし、今日は出番がほぼない。

「一緒にお昼食べましょ!」

何も仕事を振られなかったリッカに、ハルルが苦笑した。

「聖女サマは……護衛がピッタリっすね」

木陰に場所を取ると、視線を流してハルルが言う。

彼が見ているのは、フォリアを中心にさりげなく囲んでいる護衛たちの姿だ。

圧にならないように離れてはいるが、警戒はバッチリだ。

この空間が息苦しくないか心配していたのだが、フォリアの専属としてシアン皇国から優秀な女性騎士が配属されていて、緊張をほぐしている。

(シンディ・リンゲルさん、フォリアと相性が良さそうな人でよかった)

シンディはメイドの仕事もできるらしく、聖女付きに選ばれた騎士だ。

ちなみに言えば、騎士団のエース、ギルベルト・エン・ハインの部下らしい。

美人で強くて仕事もできて。

さぞモテるに違いない女性だった。

聖女の隣で彼女を守るのに相応しい人材である。

リラックスして笑い合っている彼女たちを見守って、リッカは地面に腰を落とした。

あくまで、自分が荷物持ちをやっているのは保険だ。

この位置が何かと便利だし、与えられた役割をそのままこなすことが仕事だ。

人懐っこいフォリアが、すぐ近くにいたシュカやソルドにも声をかけて、一緒に食事を始めるところに彼女はいけない。

「……どうしたんすか?」

「いえ。なんでもないです」

なかなか昼食にしないリッカを不審に思ったハルルが彼女を覗き込むように首を傾げた。

リッカはパッと表情を変えると、自分の肩掛け鞄から今日の分の昼食を取り出す。

ハルルとふたりで食事をするのは珍しい。

いつもならここに、クロスやビクターがいて賑やかな食事になるのだが、下手に仕事の話もできないし不便なことだ。

「ハルルさんは、どうして今回この仕事を受けたんですか?」

「えっ……」

話題に困ったので、純粋に疑問だった質問をしてみると隣に座ったハルルが肩を揺らす。

「あたしは報酬が良かったのと、頼まれた方の身分がすごく高い人だったので断れなかったからなんですけど。……ほら、その、ハルルさんはシアンの軍人さんだから……」

先に事実を交えながら答えてみると、ハルルは水筒を傾けて。

「ま。そういう懸念も踏まえて、結局、オレが適任だと思ったから志願したっす」

彼はくしゃりと笑った。

正直、ハルルには暴れたりない任務だと思っていた。

本当は嫌なのに無理をして受けてくれたのではないかと思っていたので、そう言ってもらえるとリッカとしては助かる。

「そのおかげで、こうしてリッカさんと一緒にいられるし! 遠慮なく頼ってくださいよ!」

学園にいた時とは違って、すぐ隣に勝手知ったる仲間がいるというのはいいものだ。

逆に、彼以外の人間には常に仮面を被って警戒しなくてはならないのだが……。

お目付け役なのだろう。

同じ馬車の隣人、ミザロが少し離れた場所から自分たちのことを見ているのを感じながら、リッカはパンにかじりついた。