軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6、聖女の到着

「おねぇちゃん、すごいねぇ! あんなにたくさん荷物を持って辛くないの?」

シュカに頭を撫でられた後だったが、ソルドはさっそく荷運びの娘に声をかけていた。

一番歳が若い――言い換えれば、警戒されない見下されやすい立場にある自分が、これから共に旅をする元敵国の懐に入って情報のやり取りをすることは「自分のやるべきこと」だと判断したのだ。

「平気だよ。あたしは荷物を持つくらいしかできないけど、褒めてもらえると嬉しいよ!」

空になったテントの片付けを見守っていたリッカは、ソルド少年を見て目を細める。

人懐っこい笑みを向けて目を輝かせる少年の言葉が、たとえ本心からくるものではなかったとしても、このくらいの年の子をみると微笑ましく感じる。

「ぼくはソルド。おねぇちゃんはリッカっていうんでしょう? シュカ兄とちょっと名前が似てるねぇ」

「そうかな? あまり似てないと思うけど……」

たしかに似ていると言われれば、似ているのかもしれない。

まあ、この名前は諜報部が決めたものであって、リッカが適当につけた訳ではないので、不満はあちらに言って欲しいものだ。なるべく目立たない、記憶の中で混合されやすい名前にするために、わざと寄せた可能性もあったりするのだが、リッカの知ったところではない。

「ソルドくんは、隊長さんたちと一緒にいなくていいの?」

彼女は話の流れを変えて、どうして彼が自分に話しかけて来たのかを少し探る。

「うん? おねぇちゃんと話してみたかったんだよ。だってほら、視察隊の人たちって強そうな男の大人たちばっかりだから」

そう言って苦笑して見せるソルドは、社交性の高さを感じさせた。

すでにシュカ隊長から嫌われてしまっているらしいハルルとは雲泥の差のコミュニケーション能力だ。

「確かに。すごい腕の立つ武人ばかりが集められたって聞いてたけど、雰囲気があるもんね」

リッカは視察隊の参加者たちに視線を向けて、彼の言うことに同意する。

護衛隊というより、討伐隊だ。と思ったことは口に出さなかった。魔物化した人間を元に戻すことを考えれば、そんなことは言えない。

部隊の編成は、あの死神宰相殿が交渉したと聞いている。恐ろしいほどの脳の処理能力を持つあの人のことだから、きっと色んな場面に対応できる人材を上手く組み込んでくれていることだろう。

「……だから、ぼくと仲良くして欲しいなぁと思って……」

上目遣いに見つめられて、リッカはグッと息を呑んだ。

なかなかいい攻撃をしてくれるではないか。

危うくぎゅうぎゅうに抱きしめて、頭を撫で回すところだった。

「もちろん。あたしで良ければ、こちらこそ仲良くしてね」

「うん!!」

動揺を外には出さず、リッカは満面の笑みで頷いた。

すると――。

ぐううぅうと。

どこからか盛大に腹の虫が鳴く。

これはリッカのものではない。不意に起こったそれに面食らって目を丸くすれば、目の前にいた少年がみるみるうちに顔を真っ赤に染めていくではないか。

「あ、あ、あの、こ、これは……っ」

素で恥ずかしがっていることが誰の目に見ても丸わかりで、リッカは思わず吹き出す。

「ちょっと待ってね」

彼女は魔法を発動すると、その手にサンドウィッチの包みを取り出した。

「これはあたしが自分用に準備したものだから、受け取ってくれる?」

「…………い、いや、でも……」

出会ったばかりのリッカから物をもらうこと、借りを作ることが嫌なのか、彼は答えを渋る。

「――その代わり、あたしがピンチになった時に助けて欲しいな」

だから、タダでは渡さないと彼女は条件を付け足した。

するとソルドはハッとした顔付きに変わり、じっとリッカを見つめる。

「……ぼくにそんなお願いをするの?」

「だって、あたしはただの荷物持ちだから」

彼女が笑って言えば、ソルドは少しの沈黙の後にそっと包みを手に取って。

「わかった。一回だけ助けてあげるから、これは前払いでもらっておくねぇ」

「うん」

にっこり首肯したリッカにまだ赤い顔のままで言うと、ソルドはそそくさとその場を去っていく。

「…………ピンチになった時っすかぁ……」

少年の背に同情の眼差しを送るのは、彼らのやり取りをずっとそばで見守っていたハルルだ。

その物言いに「そんな時なんて来ないとだろ」というニュアンスを読み取ったリッカは、無言で彼に笑みを向ける。

「――っ、いやぁ。この先何があるかなんて、わからないっすもんねぇ〜」

「そうですよね!」

リッカの圧に負けたハルルはすぐに舵を切り直した。

全く、こんな誰が何を聞いているか分からないようなところで、意味深な呟きをしないでいただきたいものだ。

ソルド少年に助けられる前に、専属護衛サマにきちんと守って貰わなければお話にならない。もっと危機感を持って欲しい。

「差し入れ事件のせいで遅れてた聖女サマ、もう少しで着くみたいっすよ」

早く話の流れを変えた方がいいと判断したハルルは、人より遥かにいい目で責任者たちが集まるテントに目を向ける。伝令役と見られる人員が慌ただしいので、そういうことなのだろう。

どんどん馬の足音が近づいて来る。

本当は移動の魔法を使うのが一番安全なのだが、マジェンダに手札をあまり見せないために、ここまで彼女は護送されることになっていた。

そして数分後に到着したのは、星教会のマークが入った馬車――ではなく、モルディールの家紋が入った馬車。

そこから降りてくるのは、リッカの持つ前世の記憶で言う修道服に近いデザインの黒いワンピースを来た少女だった。

(…………フォリアに黒は似合わないなぁ……)

リッカがまず初めに抱いた感想は、それだった。

その心中をあの枢機卿が聞いたら、何様だ?という睨みが飛んで来たところだっただろう。

もちろん、彼女にはどんな服でも似合う。

しかし、制服姿の天真爛漫な明るい清楚な彼女を知っていると、黒のイメージがなくて、別人のように感じた。

隊長が彼女を出迎え、握手を交わしているのを少し遠くから見守る。

フォリアの治癒魔法で回復して、すぐに出発することになっていたため、リッカは隊に並ばなくてはならない。この後はマジェンダの町まで馬での移動になっている。

昔は一緒の部屋で寝泊まりしていた仲だが、今は聖女様とただの荷物持ちの関係だ。おいそれと近づける相手ではない。

今回、リッカが参加していることは無論、彼女にも話がいっているが、隣に立てるということではなかった。

リッカの役目上、守られる側にいるので聖女様と近くの配置にはなっているが、ユーグと同じように楽しくお喋りできるとは思わないほうがいい。

――何しろ、純粋に身分が違いすぎる。

「ん? あれって」

馬車に乗る用意をしていると、横にいたハルルが目を見張った。

その視線の先にいるのは、隊長と一緒に歩いてくるフォリアと、その横にいる――青髪の美青年。

(…………ハ???)

それが誰だか分かった瞬間、リッカは愕然とした。

全く話に聞いていなかった人物がこちらに歩いて来るのは、もしかして幻覚だろうか。

「まあ。出発前に一悶着ありましたから。外交問題に直結ですし、使者として来たんスかね。…………リッカさん?」

「…………っ! はい。あたしもそう思います……」

ハルルが至極冷静に分析しているのに、反応が遅れる。

とりあえず早く準備を終えて、自分はリッカとして隊列に加わらなくては。

次々に、アイデンティティを揺さぶって来る人物が現れて ブレ(、、) が大きくなるところだった。

リッカは前向くと、ひとつ息を吐いて部隊を確認する。

リスクを分散するために、リッカが収納することになっている荷物の量はシアンから被災地への支援物資6割と、視察隊の消耗品の5割、それに教会からの差し入れを全て……になっている。

荷馬車と、聖女様が乗るための馬車が整列し、次々に隊員たちが乗り込んでいく。

遅れた時間を取り戻そうと慌ただしく準備が整えられていく中に紛れれば、変装した自分なんてすぐに気配を失うだろう。

そう思っていた。

「リッカさん、ごめん。今すぐ皇都に戻らないといけない方がいて、早馬が必要なんだ。……出せる、かな……」

手招きされてユーグに小声で囁かれたのは、そんな内容で。

四次元のポケットと化しているリッカは、脚の重要性も理解しているので、勿論、お望みの馬もここに喚び出すことができた。

だから、彼について列から離れて、その皇都に戻らなくてはいけない方のために馬を一頭準備した。

「じゃあ、あたしはこれで」

「ありがとう。本当に助かったよ。……この任務が終わったらうちに来て欲しいくらいだ」

「はは。それもいいかもしれませんね」

他愛もない会話をし、さて列に戻らねばと思って振り返り歩き出した数秒後。

「――待って……!」

背後から誰かに腕を掴まれた。

護衛にいるハルルが止めないのだから敵ではない。

まだ自分の出番が必要なのかと思って、そちらを向いて。

「…………ラゼ?」

そこにあった月の瞳に、リッカは息を呑んだ。

アディスだ。そこにいたのは、死神宰相の息子で、今は文官として政界に飛び込みルベン皇子の補佐官をしながら、父親譲りの敏腕を奮っているというアディス・ラグ・ザースだった。

海のように青い髪に、銀色の瞳。

背が伸びてあどけなさが抜けた体躯は、彼が文官でありながら身体を鍛えていることが分かる。

昔から優良物件としての呼び声は高かったが、学園を卒業し、成人してからは「青の貴公子」の株は右肩上がりを続けているとカーナからの手紙にあった。

ここにいる「自分」を知っている者のなかで、唯一変装のことを知らされていないはずの人が、何故かその名を呼んでいた。

見破られてしまったことへの焦りだろうか。

それとも、髪と目の色を変えただけで別人になっている自分を「ラゼ」だと分かる人がいることへの安堵だろうか。

心臓がどくりと脈打った。

しかし、その感情の波が何かは、どうでもいい。

何故なら「リッカ」であって「ラゼ」ではないのだから、彼は知らない人なのだ。

どう対応するかなんて決まりきったこと。

「――?? えっと。すみません。人違いだと思います」

リッカは目をパチパチと瞬いた後、こてんと首を横に傾け、そう言った。

「――っ、」

その瞬間の、アディスの目が大きく見開かれるのを、彼女は他人事として見ていた。

「あ、あの。ラゼ、さん? ラザさんでしたっけ? もしお困りのようでしたら、部隊の方に声を掛けて来てみましょうか?」

言葉はスラスラ紡がれる。

リッカの腕を掴んだままのアディスが動かない中、彼女は心配そうにそんな提案をしてみせた。

「……い、いや。俺の人違いだったみたいです。引き留めてすみません……」

「ぜんぜん大丈夫ですよ!」

アディスの返事はノーだ。

こちらの正体が分かっていてもいなくても、彼ならそう答えてくれることは分かっていた。

アディスの手が離れていくのを見て、リッカは優しく笑みを浮かべて、彼から一歩離れる。

「それじゃあ、すみません。あたし、もう行かないといけないので!」

にこにこ明るい性格を惜しみなく出し切って、リッカは軽く頭を下げた。

一度下げた視線を前に向けて、そこで交わった視線は普段飄々としている彼には珍しく揺れている。

「……ごめん。最後に、君の名前だけ聞いてもいいかな」

彼が果たして、本気で人違いだと思っているのかは判断が付かない。

しかし、まあ。事情を理解しているかはどうであれ、今の自分の名前を教えるくらいは普通のことだ。

「リッカ・バウメルです」

端的に答えると、彼は慣れない料理を舌に馴染ませるようにその名を小さく呟く。

そして、意を決したように彼はリッカを見つめた。

「――無理しないで。どうか無事で」

真剣な目だった。

こちらがくすぐったく感じるくらいに。

「ご心配ありがとうございます。お兄さんも、帰り道にはお気を付けて!」

その眼差しから逃れるように、彼に礼を告げてその場を離れる。

(…………やっぱり、バレてるよなぁ……)

リッカは後ろを振り返らなかった。