軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8:魔獣出現!?

「第三湖の水が濁っているらしい。雨量も例年と変わらないんだが。ルルディ、視察についてくるかい?」

「はい! テオドルス様!」

師匠の誘いを断るなんてとんでもない。ルルディは元気よく答える。

いそいそとルルディがテオドルスのもとに急ぐと、彼の隣にいた女性魔導士ウルヴァナが嫌そうな顔でルルディを一瞥した。

彼女はフーゴの弟子で、テオドルスの妹弟子にあたる。ルルディが魔導島に来るまではテオドルスに一番近しい女性だった。それは他の女性たちの羨望と嫉妬の的だったので、その地位を奪ったルルディに敵意を抱いているらしい。

それを陰でちくちく言われてもルルディは悪意を無視している。ルルディはテオドルスの後輩ではなく弟子なのだから、彼女とはそもそもの立場が違う。フーゴがウルヴァナを気に掛けるのと同じだ。

「テオドルス様、〈呪術士〉の同行は必要ないと思いますわ」

ルルディの公称は〈呪術士〉の中でも、解毒も出来る特別な存在として〈解呪士〉である。それをわざわざ禁忌の名称で呼ぶのはウルヴァナの意地悪だ。ウルヴァナは〈地脈士〉なので今回の調査の専門魔導士である。部外者が加わる事に不満を持つのも分かる。尤も相手がルルディ以外なら黙認したかもしれない。

「土地の調査を見学させたいと思ってね。どこかの土地の呪いを解く任務がある時に役立つかもしれないから」

こんなふうに、よく師匠の引き立てがあるので、独身女性たちの当たりが強い。

魔導島を国と定めた建国の祖、初代魔導塔主は土地の命名に興味がなかったのだろう。今の塔主は国の指導者であるが独裁者ではなく、政治は議会制だ。しかし建国時は塔主がそのカリスマで導いていかなければならなかった。だから地名などどうでも良かったのかもしれない。

島に六つある大きな湖は大きさ順に、単に第一から第六と名付けられているだけだ。

港湾は山のある南側を除く東、西、北側にあるが、魔導塔正面にある西側を“表湾”と呼び、東側が“裏湾”で北側は“副湾”と、なんとも情緒がない。“表湾”から魔導塔に向かう幹線道路もただの“主要大通り”だ。

今回テオドルスたちが向かうのは第三湖。島で三番目に大きい湖で、比較的麓に近い。近隣の住民はサラレン湖と呼んでいる。どこかの国の言葉で“豊かな”と云う意味らしい。多民族国家なので俗名は様々な国の言葉が使われている。

「思った以上に深刻だな」

テオドルスは第三湖のほとりに立つと眉をひそめた。青々としていた美しい湖面が今は見る影もない。まるで湖底をかき混ぜた沼のように泥で濁っている。

彼の隣に立っていたウルヴァナがすぐに膝をついて地面に手を置く。探るようにその周辺を何度も触れる。

〈地脈士〉は大地のエネルギーの流れを読み取る。地下に巡らされている魔導士の力の源は均一ではない。それは魔導士なら皆感じるものだ。

そして魔導島は大きな地脈の流れの上に存在する。だからこそ初代魔導塔主はこの島を選んだのだ。

「……少しずれていますね」

ウルヴァナがテオドルスを見上げる。

「気流が落ち着かないのもその影響か」

「その可能性が高いです。ちょっと流れを湖に戻します」

どうやらここいらの地脈が乱れているらしい。ウルヴァナくらいの〈地脈士〉になると、地脈の大きなエネルギーをもいじれる。

「ルルディ、地面に触れてごらん。ウルヴァナの力を感じなさい」

(ウルヴァナさんがものすごく睨んでくるんだけど……。そりゃ天敵の私に評価されるみたいで嫌だろうな)

「ありがとうございます。ウルヴァナさん、勉強させてもらいます」

ルルディは彼女とテオドルスをめぐって張り合っているわけではない。あちらが勝手に敵視しているだけだ。だから丁寧に接する。しかしウルヴァナはぷいっと顔を背け無言である。

師匠の指示だ。ルルディもウルヴァナに倣って草の上に膝を折った。両手を地面につけると、いつもの豊穣の女神の波動を感じる。

ウルヴァナが目を閉じて呪文を唱えると、あたり一面に大きなオレンジ色の魔法陣が現れた。

__動く、動く。ぐねぐねと大きく。ルルディの両手は地脈のうねりを感じる。

ウルヴァナの手から放たれる光は濃いオレンジ色、限りなく大地の色に近い。

「すごいです……。気が動いています……」

初めて目の当たりにした〈地脈士〉の能力に、ルルディは思わず感嘆の声を上げた。その素直な感想にはウルヴァナもつい口角を上げる。優越感だろう。

「……終わりましたわ。テオドルス様」

「ああ、水脈が本来の流れに戻った。ウルヴァナ、お疲れ様」

テオドルスは地面に手を突いて確認はしない。彼は魔導量が多いので意識を集中すれば、地、水、大気の流れを感知できるのだ。

彼自身は、攻撃魔法が得意な“特級魔導士”。

生まれつきの魔導力の多さに加え、魔法陣の正確さ、魔法の威力に知識、判断力などを含む総合試験に合格しないとなれない難関を十代で突破した、最年少の特級魔導士である。

(エリートでこれだけ男前なら、そりゃモテるわよね。ラフィタル帝国第二皇子の肩書きがなきゃ、もっと女性が群がるだろうに)

平民か、せめてどこかの国の下位貴族どまりなら、遠巻きの女性たちも積極的にテオドルスを落としにいくのだろうけど、いかんせん大帝国の皇族だ。しかし魔導島ではその肩書きは大した意味もない。

テオドルス自身は生まれの身分をひけらかす事もせず、一介の魔導士として活動している。それでも彼は高貴な近寄りがたさが滲み出ているので、女性たちは臆してしまうのだ。

「水質はそのうち戻るだろうけど、定期的に観察が必要だな」

「そう思います」

テオドルスがウルヴァナと話している時、湖の中央付近が大きく波打ったのにルルディは気がついた。

(なんだろう、あれ)

ルルディは異変を確認しようと立ち上がった。

その視線の先にテオドルスも目を向ける。と、同時に。

ざばんと大きな蛇のような生き物が、勢いよく水面に姿を現した。

「きゃああああ!!」

悲鳴を上げたのはウルヴァナだった。

「 魔大蛇(アペス) !?」

テオドルスには正体が分かったようだ。

水面に大きく突き出した黒い胴体。首を重そうに持ち上げた大蛇が、紫色の息を辺りに撒きながら、赤い瞳を爛々と輝かせこちらに向かってくる。

咄嗟にテオドルスがルルディとウルヴァナを庇うように前に出た。

身構えた彼の目の前に魔法陣が浮かぶ。テオドルスが呪文を唱えると魔法陣から蛇に向かって閃光が走った。

グゥヴオオオオオオ!!

放たれた白光は大蛇に直撃し、その身を貫いた。断末魔の叫びを上げながら、大蛇は激しく身体をくねらせ暴れながら水の中に沈んでゆく。

「魔物……」

口から紫色の息を吐くのは魔物だと教わった。ルルディは初めての遭遇に震える。魔導島では魔物は根絶されていたはず。

ウルヴァナも同じように思ったらしく「どうして魔物が……」と呆然とした顔で呟いた。

「早急に原因を調べないといけないな」

難しい顔をしていたテオドルスだが、座り込んだままのウルヴァナに手を差し出した。

「立てるか?」

テオドルスの手を借りて立ち上がったウルヴァナは、そのまま彼の胸に縋る。テオドルスは困惑して眉をひそめたけれど、彼女の好きにさせる。青い顔で震えているのは演技ではないからだ。腰が抜けたらしく身体がふらついている。

「ルルディ、先に失礼するよ。ウルヴァナを医務室に連れて行く」

彼が足元に魔法陣を展開したのを見てルルディは頷く。

「はい、ウルヴァナさん、お大事に」

高難易度魔法の転移魔法も、彼にとっては国内は近距離にあたるから苦はないそうだ。

テオドルスはウルヴァナを支えたまま姿を消した。