軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7:初めてのお仕事

一年を待たずして呪術の基礎修行を終えたルルディが、初めて解呪に挑む日。

ルルディはテオドルスの付き添いで、カロスイッチ老師の待つ研究棟に向かう。

「気楽に挑みなさい」

「はい、師匠……」

テオドルスは、結局ルルディを他者に託さなかったため、自動的に彼女の師匠に落ち着いた。なのでルルディは若年の彼の初弟子になる。

一般的に魔導島に身内のいない独身の魔導士は居住棟に住む。女性棟の一室に住むルルディは、テオドルス唯一の弟子と云う事で、よく棟住みの女性に妬み嫉みの対象にされている。だが教会に住んでいた時のように出自を馬鹿にされ、雑用を押し付けられるような事はない。

皇族で見目良い有能魔導士テオドルスに見い出され、ずっと彼に面倒を見てもらっているのだ。嫌味くらい言いたくもなるだろう。実害のある嫌がらせはされない。ルルディにすれば太陽神の代弁者の聖者より、豊穣神の代弁者の魔導士たちの方が余程“人がいい”と思う。

母体である組織の管理体制がしっかりしているかどうかの差なのかもしれないけれど、そこは深く考えない。

……深く考えないのがルルディの処世術でもある。

第二研究棟の三階にあるカロスイッチの研究室に着けば、「ルルディ、これの解呪をしてみてほしい」と早速ネックレスを見せられた。白い布の上に無造作に転がされているそれは、本来このような扱いを受ける代物ではないはずだ。

金のチェーンの先には大きな赤い石が収まっている。ルルディが初めて見る大きさだが、紛い物ではない本物の宝石だろう。

「すごく大きくて綺麗ですが、なんとも禍々しいですね」

「これはレッドダイヤモンドだな。元々希少価値がある。私もこんなに大きい物は見た事がない。幾多の人が魅せられただろうね」

ルルディが正直な感想を述べる隣で、宝石を見慣れているであろうテオドルスも感嘆する。

「ルルディ、君の目にはどう映る?」とカロスイッチ老師。

「単純な呪い、ではありませんよね。様々な欲望がこびりついている穢れた石。持ち主は、これを手放した人々の怨嗟の念に蝕まれるのでしょう」

ルルディの見立てに老師は頷く。

「これは亡国の国宝だった物だ。滅ぼした国の国王が奪い、常に身に着けて自慢していたそうだ。ところが内戦が起こって王家が潰れたどさくさで、外国に持ち出されたらしい。それからは持ち主になった大富豪や芸術家や貴族を悲劇に落としながら転々として、現在はある国の王族の愛妾の所有物となっていた」

「……紛争の原因になった事もあるみたいですね」

ルルディは負の想いでがんじがらめになっている宝石に身震いする。

「王に強請って手に入れた愛妾は、それを“寵愛の証”だと見せびらかして正妃の怒りを買って、おそらく王妃の関係者に始末された。その後は王妃が手にしている。王は今までの所有者が非業の死を迎えている事実を知り、恐ろしくなって魔導協会に呪いを解いてほしいと依頼してきたのだ」

「……よく王家も外部に出しましたね。盗難に遭うかもしれないのに」

国宝級の宝物だ。「魔導協会の信頼ありきだろうけど」とテオドルスは続ける。

「それならそれでいいかもしれんと思ったのかもな。不吉ごと消え去るなら」

カロスイッチ老師は憂い顔だ。

高価な物を手にしても、命あっての物種である。

「石は念が籠りやすいですものね」

ルルディは哀れな石を手に取り、両手で握りしめた。これは明確な呪いではないので正規の手順はいらない。

聖女時代と同じやり方でいい。癒しの念を送るだけ。しかし太陽神の力ではなく豊穣の女神の力を乞い願う。すなわち、大地に流れる膨大な地脈エネルギーを掬ってレッドダイヤモンドに流し込む。これが魔導士の能力なのだ。正確に魔導力を使えるようになると、聖女時代のように倒れる事は無くなった。

ルルディを包むオレンジ色の光は手を中心に広がる。

テオドルスは目を細めて弟子を見つめた。

(__やはり浄化力は桁違いだ)

豊穣の女神の力を纏うその姿は美しい。

「……終わりました」

しばらくしてルルディが疲れた表情で顔を上げる。完全浄化に結構な魔導力を使用した。

「おお……、これが本来の輝き……」

両手を開いて宝石をカロスイッチに見せれば、思わず老師から溜息混じりの声が漏れる。

籠ったどす黒い念が消え、どことなく 燻(くす) んでいたレッドダイヤモンドは先ほどより美しく見えた。

大地が作りし原石を、人が削り磨き輝かせた傑作品の本来の姿である。

「これは……惑わされても仕方ないな……」

テオドルスの感想が全てを物語っていた。

浄化を終えたレッドダイヤモンドを携え、カロスイッチ老師は功労者のルルディを伴って宝石の所有者のエン・ジラッド国王を訪れた。

頼みもしないのにテオドルスも同行している。しかし特級魔導士であり、ラフィタル帝国第二皇子の肩書きは大きいから老師も認めている。ルルディの背後に彼がいるのを対外に周知させる事は利があるからだ。

今後ルルディは一流の〈解呪士〉として名を馳せていくだろう。テオドルスは世間知らずの彼女を守る盾だと魔導協会は考えているのである。

「間違いなく呪いは解かれております」

エン・ジラッドの王宮魔導士が恭しく主君に告げた。紫紺色のビロードに包まれたレッドダイヤモンドを捧げると、王の横から王妃が取り上げ「おお……輝きが違う。なにやら温かい気持ちにすらなる」と感激した。

「元々その石を研磨加工した職人の、“使用者がより魅力的に輝くように”との願いが込められていました。その純粋な願いのみが残っている状態です。今後は敬い大事にすれば王家の繁栄に繋がるでしょう」

発言を許されていたルルディは臆する事なく進言した。

「うむ、若き〈解呪士〉よ。礼を言う。しかし魔導協会は本当に様々な専門家がいるものだな」

自国の優秀な王宮魔導士たちも手に負えなかった代物だ。それを成し終えたのがまだ少女なのだから、国王が感心するのも当然である。

「呪術の適性が高かったのか」

王が尋ねると老師は頷いた。

「純粋な魔導力の高さは我々に及びませんが、解呪の力は抜きん出ておりますゆえ」

「つまり呪う力も強いと言う事だな」

王がニヤリと笑う。

「ぜひ我が魔導士団に迎え入れたいものだ。給金は弾むぞ」

ルルディがびくりと肩を震わせると、「ジラッド王よ。タチの悪い冗談はやめていただきたい」とカロスイッチ老師は呆れ顔だ。

「すまんすまん、ついな。魔導協会が呪術を禁じているのは知っておる。稀有な存在を欲しがるのは施政者として当然の感覚なのでな。ルルディ魔導士、悪かった」

全く悪びれない謝罪に「いえ……」とルルディは無表情で顔を伏せた。他者を思い通りにしたい思惑を隠さないエン・ジラッド王の姿は彼女の知る権力者そのものだった。久しぶりに祖国のマルジャラン王家を思い出して気分が下がる。

晩餐会の招待を辞退して、解呪の報酬を受け取った魔導士三人は王都外れに設置されている魔法陣でさっさと帰国した。

「全く……、まだ駆け出し魔導士を口説くとは……」

ぶつぶつと老師が文句を言っているのでルルディは苦笑する。

「ジラッド王は好色ですからね。魔術士としてもだけれど、若くて綺麗なルルディを愛人にしたかったのでしょう」

老師の言葉に追随したテオドルスにルルディはびっくりする。彼が綺麗だと言った事に狼狽えた様子を、“愛人にされる”のに驚いたのだとテオドルスは思った。

「王妃がえらく君を睨んでいたから、夫のいつもの癖を察したんだろうね。嫉妬深い妻の目の前で色目を使うなんて王も浅慮だ。依頼で浄化をしただけなのに、君に憎悪の感情を向けるなんてあの王妃も失礼極まりない」

「本当にな。自分の旦那を恨めばいいのに」

普段悪感情をあまり態度に表さないカロスイッチが、珍しく愚痴を続ける。

「魔導協会はあの国の優良魔導士を受け入れて、一年修行させる契約をしているんだ。良心的な“授業料”でね。ところがこちらの好意からなる契約なのに、あそこの魔導士は間諜も兼ねて送り込まれるから、協会側の心象が悪いんだ」

「え? 師匠、協会側はそれを黙認しているんですか?」

「外部の魔導士が魔導塔の攻略なんか出来ないんだよ。協会の中枢にいる魔導士と能力が違いすぎる。だから心折れて戦争に役立つ魔法向上に方向転換して、素直に学んでいくのさ」

「協会を利用する気満々の図太い国だ」

おかしそうに笑うテオドルスと違い、老師は気難しい顔をしていたが、やがて人の悪い笑みを浮かべた。

「まあ今回の解呪で吹っ掛けてやったのはいい気味だ。我が国の臨時収入になった」

色々な思惑があって、駆け引きがあって、“国”同士の付き合いは大変なんだなとルルディは思ったのである。