作品タイトル不明
第23話 家族の愛
「倉庫までレッツゴーです!」
シリル様のお休みの日、私たちは早速肖像画を飾ることにした。
フランクと絵画を運んでくれる使用人を何人か連れて、倉庫に向かっていた。
「メリンダ、嬉しそうだね」
「今日を楽しみにしてましたから!」
今日は、ヴェローニカ様の瞳の緑色と同じ色のシンプルなデイドレスを身に纏った。
マーサに頼んでお願いしたら、張り切って用意してくれた。
質のいいものすぎて、ちょっとだけ気が引けるけど、ヴェローニカ様を迎えに行くのだからこれぐらい必要だよね。
この家に嫁いで来た時に用意されていた、華やかすぎない宝石もつけさせてもらった。
さすがに、気合い十分ですっ。
「我々は、奥様の肖像画も手配したいですよ」
フランクの声に、私は後ろを向きながら進んでいく。
「それは、もうすぐルイーゼ様がお越しになるからいらないんじゃない?って話にならなかったっけ」
「そう言ったのは、奥様だけですよ」
「まあ、メリンダは自分のことは後回しだしね」
「それをどうにか説得するのが、旦那様のお役目ですよ」
「うーん、家督を譲って領地に戻る時にでも、私と2人のものがあればいいんじゃないかなぁ」
「絵の中でも奥様を独占されるんですか?ほどほどになされてくださいよ」
フランク以外の使用人にも、生暖かい目で見られた。
えっ、今の私のせいかな!?
「メリンダは、緑も似合うんだね」
「あんまり着ない色なので、新鮮です。大丈夫そうですか?」
「ああ、綺麗だよ」
シリル様は目を眇めるように私を見て、あのひだまりの声で訊いた。
「ねえ、メリンダ。紫色は着ないのかい?」
「え」
歩いている足が止まりそうになった。
フランクたちの生暖か〜〜い視線が確実に強まった。
だから、私のせいじゃないってっ…!
シリル様の色は、だってさあ!
まだ私には、『シリル様は私の旦那様なんだから!』みたいな恋愛小説みたいな主張できないよ〜!
「う、あ、もう少し勇気をためてからに、させてください」
赤くなる頬を押さえてか細い声で返事をすると、シリル様の笑顔が返ってきた。
「ははっ、着てはくれるんだね。それは楽しみだなあ」
「旦那様、紫のドレスを手配させますね」
「どうせなら、オーダーメイドにして、私が選びたいな」
「それはいいですね。早速、準備します」
「あっ、包囲網が敷かれた…!?」
「くふふっ、メリンダが着たくなったら着ておくれ」
「ううう、はい…、いつか着ます…」
そんなやりとりをしている間に、倉庫に着いていた。
「お2人はここでお待ちください」
「いや、自分の目で確かめたい」
シリル様はそう言って、少しだけ表情を強張らせた。
フランクも、私も、何も言わなかった。
「かしこまりました」
シリル様が入っていく後ろを、離れないようについていく。
白い布がかかった肖像画の前で、立ち止まった。
そこだけ寂しげな空気が流れているように見えて、私は唇を引き結んだ。
シリル様の背中は、震えてはいなかった。
でも、寂しいのもきっと今日までだ。
私はシリル様の隣に立った。
それで、右手を差し出した。
「手を繋ぎませんか、シリル様」
私の声に導かれるようにシリル様は私の手を見つめて、切なそうに笑った。
「…不甲斐ないね。ありがとう、メリンダ」
「私が繋ぎたかっただけです」
私の右手にシリル様の左手が重なって、これでもかというほど強く握った。
シリル様は、ちょっとだけ驚いていた。
2人で手を繋いだ形が、まるでぴったり合うかのようで安心する。
シリル様も、安心してくれたらいいな。
「フランク、…先に布を外してくれるかい?」
「…かしこまりました」
シリル様が、ずっとかけさせていた布を自ら取るようと言ったから、私まで脈が速くなっていくようだった。
白い布がゆっくりと取れていって、あの家族5人の肖像画が現れた。
やっぱり、力強いヴェローニカ様のお姿があって、見惚れるほどだった。
今よりもずっと厳しい表情のシリル様と、今と変わらず立派なお姿のフェルナンド様と、今より幼くしただけのエルウィン様。
こうして見ると、アレン様はすごく小さいなぁ。
みんなの弟、といった感じで可愛らしく見える。
前に見た時よりも、みんなの印象がちょっとずつ違うかもしれない。
隣で深く息を吐く音がしても、私は肖像画から目を離さなかった。
シリル様が、1人で向き合っている時間を、邪魔したくない。
沈黙のあと、シリル様の小さな声が倉庫の中に落ちた。
「ヴェローニカは、こんな顔をしていたんだな…」
私は盗み見るように、シリル様の横顔を見た。
整った鼻先とそこから続く輪郭の線が、いつもより凛と見えた気がした。
淡い紫の瞳が、真っ直ぐにヴェローニカ様を捉えていた。
それだけでも、私は涙が出そうだった。
「記憶の中のヴェローニカより、ずっと優しい顔をしている」
そう言って、シリル様は私の方に体を傾けて、少しだけ体重を預けてくれた。
シリル様の頭が、私の頭の上へとぽすんと乗った。
「全然怒っていないね」
「…ふふっ、ヴェローニカ様は美人だから迫力があるだけですよ」
「もっと目が吊り上がっていると思っていた」
「うーん、女主人としての威厳はヒシヒシと感じますね」
「ほんとだね」
いつもの優しいシリル様の声色が聞こえて、私はいつの間にか張っていた緊張が解けるようだった。
シリル様はただひたすらに肖像画を見つめたあと、フランクに振り返った。
「エントランスまで運んでくれるかい?」
「もちろんにございます」
「フランクも悪かったね、ありがとう」
「…いいえ、旦那様をお支えできて嬉しく思っていますよ」
そのやり取りだけで、2人が信頼し合っているとわかる。
私の口元が緩むようだった。
肖像画の周りに置かれていた物が退かされて、肖像画だけにスポットライトが当たっているみたいになった。
そこからみんなが持ち上げて、運び出そうとした時、絵の裏がよく見えた。
そこには、何かしらのサインが書いてあった。
「あっ、待って。裏面を見ていい?」
思わず声をかけて、止めてしまった。
前に見に来た時にも、下の方にサインがあるなと思ったんだよね。
「見てもいいですか?」
シリル様を見上げると、もちろんと頷いた。
顔を近づけて見てみると、人の名前が書かれていた。
それ自体は、別に変なところはない。
きっと、これを描いた画家のものだろう。
だけれど、その下にそれより小さく何かが書いてあって、私は思わず目を見開いた。
「こ、これっ!えっ、えええ!?」
貴族夫人とは思えない馬鹿デカい声が出てしまった。
「メリンダ、どうしたんだい?」
シリル様の不安そうな声に、私はバッと振り返ってその文字を指差した。
手が震えていたと思う。
「シリル様、ここに題名がっ!」
「うん?」
「絵のタイトルが書いてあって、それがっ、砂漠の国の文字で書かれていますっ!!!」
私の素っ頓狂な声に、シリル様も驚いたように目をぱちくりしていた。
それから、楽しげなものを見つけたと言わんばかりの笑みに変わった。
「私にも見せてくれるかい?」
「は、はいっ!」
「…んー、本当だ。ここに書いてあるとは知らなかったなぁ」
「これって、これって、砂漠の国の人がサインしたってことですよね…!?」
「そうだろうね。名前はこちらの国のものだけど、雅号だったのかな」
うおお、こんなところで、砂漠の国の文字にお目にかかれるとは…!
こんなこと滅多にないから、興奮しても許してほしい。
「他国の人だとは思ったけど、我が国の言葉は流暢に話していたと記憶しているな…」
「ど、どんな方だったか覚えていますか?」
「ご年配の、気のいいおじいさんだったような」
「おじいさん…」
そこまで話して、ついこの前翻訳し終えた『王族の失敗談〜十三世の罪を暴くために〜』の本が頭の中をチラついた。
行方をくらました十三世がもし生きていたら、今は80歳前後のはず…。
この肖像画はおそらく13、4年前くらいだろうから、その頃でもきっとおじいさんだ。
「十三世って、この国に来ていたんだ…。それで画家になる夢を、叶えていたんだ…」
私の無意識の呟きに、シリル様が私の頭を撫でた。
見上げると、ニカリと少年のように笑っていた。
「我が家には、随分とロマンのある絵があったようだね」
「すごいです…、私の頭の方がおかしくなったかと思いました…」
「あははっ、その推測は合っている気がするよ。画家にしては、気品のある人だと思ったのを思い出したよ」
「うぇぇ…。そ、それに、わざわざ砂漠の国の文字で書きませんしね…?」
「ああ。メリンダ、あの本、私にも貸してくれるかい?読んでみたくなったよ」
「はいっ、はい、もちろんです!」
私はもう一度そこにある題名を見て、泣いちゃいそうになった。
だって、砂漠の国の言葉で、『家族の愛』と書いてあったから。
そうだよ、ここに間違いなく家族の愛があったんだよ。
シリル様と、それからヴェローニカ様と、3人の息子さんたちの間に、たしかにあったんだ。
ああ、十三世の最高の置き土産だ…!
ううう、辞書なしで読めたのもうれしい〜〜!!!
あの本、読んでいてよかった。
翻訳、頑張ってよかった!
ネイデンさんにも、あとで聞いてもらわなきゃ!
私は自分ことのように嬉しくなりながら、ニヤけが止まらなかった。
ようやくエントランスに5人の描かれている肖像画を飾ってもらった。
それを見上げて、しっくりくるなと、妙に納得する感覚がした。
やっぱり、前もここにあったのかな。
隣でシリル様も、肖像画を見ていた。
その顔がすっきりしているように見えて、もっと満ち足りる気持ちがした。
「綺麗ですね、ヴェローニカ様」
「それは、なんとも返事しづらいなぁ」
「え?美人じゃないですか?」
「メリンダの前でそれを言うのは、浮気のような気がするよ」
「えっ」
「ふふふっ、まあ、ヴェローニカは顔が整っているよね」
「か、揶揄われた…」
「本気で言っていますよ。メリンダにそう思われるのは、絶対に嫌だからね」
「ううう、思いませんよぉ〜…」
甘やかな空気が流れて、居た堪れないようなふわふわ飛んでいってしまいそうな気持ちになりながら、隣にシリル様がいる今を噛み締めた。
肖像画がここに戻ってきて、マーサやフランクたちも喜んでいてくれるのがわかる。
帰ってきたらフェルナンド様も見てくれるはずだし、エルウィン様とアレン様が帰省された時は驚いてくれるかもしれない。
そう思ったら、少し先の未来がとても楽しみになった。
ここからが、ようやく私たちの形かもしれない。
これから、もっと家族になっていける気がする。
そう思って、ヴェローニカ様の力強い緑の瞳を見た。
同じ色のドレスを着ているということに、背筋が伸びるような気持ちがした。
あの目がこれからは見ていてくれると思うと、力が湧いてくる。
ヴェローニカ様ほど、うまく家を仕切れないとは思うんですけど、よかったら見守っていてください。
ルイーゼ様に引き継ぐまで、私が頑張りますから。
そう心の中で伝えて、私はシリル様の手を握った。
指先が少しだけカサカサしていて、あったかくて、それでいて手のひらはしっとりしている、大好きな手を。
不思議そうにこちらを向いてくれたシリル様は、あの日レストランでかわいいなと思ってしまった、あの笑みを浮かべている。
あたたかい日差しが窓から零れるこの場所は、嫁いできた日に思ったように、やっぱりシリル様みたいだ。
きっと、ずっと、ここが好きだと思う。
シリル様のことを、好きになったように。
「シリル様、これからもよろしくお願いします!」