軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第19話 夫婦の一歩目

今、なんて言われたんだろう。

すごく、私に都合がよくて、甘い言葉が聞こえた。

「くふふ、そんなに惚けなくてもいいんじゃないかな」

「えっ、あっ、すみません!今、私に都合がいい幻聴が聞こえた気がして!」

「幻聴にされては困るなぁ、ちゃんと本気なのだけれど」

シリル様は、楽しげに肩を震わせながら笑っている。

え、あの、本当に私の聞こえてほしい言葉が聞こえたのではないんですか?

「好きだよ、メリンダ。言うのが遅くなってすまないね」

「ええええええええええ!?えっ、しょ、正気ですか!?」

「あははっ、熱でぼーっとしているわけじゃないよ」

「はっ、そうじゃないですか!病み上がりではないですか!シリル様、ベッドに戻りましょうっ、ぶり返したら困ります!!」

「ははは、奥さんの言うことは聞かないとねぇ」

私は気が動転したまま、シリル様の手を引いて、夫婦の寝室を出た。

シリル様は声を出して笑ったまま、私のあとをついてくる。

そのまま、またシリル様がベッドに座って、おなかまで布団をかけるのを見ていた。

「それで、幻聴ではないのだけれど、聞こえていたかな?」

「ひえっ…」

「おーい、メリンダぁ〜」

「き、聞こえましたっ!聞こえています、ちょっとだけ待ってください…!」

私はすっかり顔を赤くして、両手で耳を塞いだ。

こ、これ以上聞いたら、溶ける…!!!

目の前では、また肩を震わせて笑っているシリル様がいる。

えっ、私がシリル様に好きって言ったんだよね!?

それで、それだけでいいと思っていて。

でも、シリル様は、ご自分の過去と思っていたことを私に教えてくれて。

それって、すごいことだよなって思って。

私まで、勝手に泣いちゃって。

それで、それでっ──…!

「メリンダ、好きだよ」

「うえぇぇぇ…!?」

「そんなに驚くかい?」

シリル様は眉を八の字にしながら、頬を掻いた。

その仕草まで可愛くて、きゅ〜〜〜〜っ、となる。

あんまり可愛い顔しないでもらっていいですか…!

「ううっ、だって」

「君が気持ちを打ち明けてくれたのに、私の今までを話さないのは違う気がしてね。メリンダには、聞いてほしくなったんだ」

「それは、とっても、嬉しかったです…」

「私が好きだと伝えるのは、それからだと思って」

「ううっっ!…かわいい」

「メリンダ?」

シリル様は、私の顔を覗き込むように首を傾げた。

その紫の瞳が、熱っぽく見えるのは、私の勘違いではないと思うと、一旦走り出したい気分だった。

心臓がトクトクと心地よく動いていく。

「…私で、いいんですか?」

「メリンダがいいんだ。メリンダが、好きなんだよ」

シリル様は手を伸ばして、私の手を両手で握った。

いつだって優しく、この手が触れてくれた。

私は、それに恋してしまったのだ。

「メリンダは、私じゃダメかな?」

「シリル様が、いいですっ…!」

「よかった…」

ホッとするように息をついたシリル様の手が、少しだけ震えていて、緊張が伝わってくるようだった。

シリル様も、同じように緊張するのかな。

へへ…っと、笑うシリル様を、やっぱり抱き締めたくなった。

「想いを伝えても相手に受け取ってもらえるというのは、嬉しいものだね」

「ですね…。私、この想いを抱えていていいのかなってことばっかり考えていました」

「私もそうだったよ」

「シリル様もですか?」

「メリンダを子ども扱いしていれば、この距離感のままそばにいられるとズルいことを思っていたんだよ」

シリル様の言う言葉に現実味を感じなくて、目をパチパチさせてしまう。

子ども扱いって、私のことを意識してもらえていないってことではなくて、寄り添う夫婦の境界線としてちょうどよかったってことだったんだ…?

そっか、私、意識してもらえていたんだ。

「シリル様がズルいのは、知りませんでした」

「私は、だいぶズルい男なんだよ」

「子ども扱いは、悲しかったです」

「次からはしないよ、すまなかった」

「ふふふ、私も気持ちを隠していたので、おあいこですね」

私の方から手を握り返すと、シリル様は困ったように笑った。

なんかシリル様に言われると、なんでも許したくなってしまう。

だめかしらね、女主人として威厳なさすぎ?

私にそんなもの最初からないし、今更か。

「この前も、フランクに怒られたばかりでね」

「えっ、フランクにですか?」

びっくりして聞き返すと、シリル様は乾いた笑いを零して頷いた。

「肖像画を見に行ったときに、フランクに何か言われなかったかい?」

「そういえば、ヴェローニカ様のこと何も聞かなくていいんですか、って言われましたね」

「そうだろうね。でも、『メリンダに訊かないと言われた』と言っていたよ」

フランクは、シリル様に報告済みだったんだなぁ。

私も、言っていいよって言ったもんね。

でも、なんでそれでシリル様が怒られたんだろう?

「メリンダとヴェローニカは違う人なのに、いつまでうじうじしているんですかと言われてしまったよ」

「えっっ」

「全くもってその通りなんだけど、勇気が出なくてね…。さすがに呆れられたみたいだ」

「フランクは、その、全部知っているのですか?」

「ああ、知っているよ。フランクは若い時からいてくれている使用人なんだ。なんせ、精力剤なんかを買いに走りに行ってくれていたのは、フランクだからね」

「…なんと!」

衝撃の内容がいくつかあったけれど、これもその一つな気がする。

そうやって、フランクはシリル様を支えてきたんだ。

ヴェローニカ様との夫婦関係に悩んできたシリル様の苦しみをわかった上で、私にも『もっと言っていい』と背中を押してくれていたんだ。

ありがとう、ってあとで言いに行かなきゃなぁ。

「…他に、聞きたいことはあるかな?」

シリル様は、確かめるように優しく問いかけてくれた。

聞きたいこと、あるかな。

好きって言ってもらえて、だいぶ胸もお腹もいっぱいなのだけれど。

「ヴェローニカ様のお部屋も、綺麗さっぱり何もないんですか?」

私の疑問にシリル様は一瞬顔が強張ったけれど、繋いだ手をギュッとするだけで、穏やかな表情を見せた。

「いいや、亡くなった時のままになっているよ。息子たちが、ヴェローニカの跡を辿っている日もあったから」

「そうなんですね…」

「気になるなら、片付けさせるよ」

「いいえ、どうしているのかなーって思っただけなので大丈夫です」

「まあ、近いうちにルイーゼ嬢の部屋になると思っていたから、どのみち片付けなくてはいけないんだがね」

「たしかに、そうですね」

「この部屋も、そのうちフェルナンドに明け渡さなければね」

なるほど、そして夫婦の寝室はフェルナンド様とルイーゼ様の部屋になるってことか。

そうしたら、シリル様はどこの部屋に行くのかな。

あ、でもフェルナンド様に家督を譲ったら、領地に戻るのかな。

その前に、少し欲張ってみてもいいだろうか。

「もう、お部屋って引越しされますか?」

「ん?」

「その、無理にとは言わないんですが」

私は少し俯いてから、握っている手に力を込めた。

心臓が痛いくらいに速くなっていく。

「よかったら、私の部屋に引っ越してきませんか…?」

勇気を振り絞って言うと、部屋は嘘みたいに静かに戻った。

シリル様の顔を見たいような見たくないような気持ちで、私は俯いたままだった。

よ、余計なことを言ったかもしれない…!

いくら好きでもそれは早かったとか、全然あり得るよね!?

フランクがいいって言ってくれるくらいのものとはいえ、調子に乗ったかもしれない!

あああ、そうだ、絶対調子に乗った!

欲張ったあ〜〜!!

ただ、あの広いベッドがもっと狭く感じるようになったら、嬉しいのになって思っちゃっただけで。

あの部屋で、1人で眠ることが寂しいって、思ってしまっているから。

好きって言ってもらっただけで留めておきなさいよ、もう私のばかっ…!

「…それは、一緒に寝ていいってことかな?」

戸惑っているような、歯切れの悪い声が聞こえて、私は顔面蒼白になりそうだった。

「は、はいっ!隣にいてくださったら嬉しいなって!もっと一緒にいられたらいいなって、欲を掻きました…!」

「それは…」

「こう、夜1人よりいいかなって!そう、あの、手を繋いで眠れたら、こんなに嬉しいことないのになって!それでっ…!」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

言い訳が止まらなくて、自分でも何を言っているのかわからないままに口走っていたのに、シリル様の優しい声でピタリと止まった。

ついでに動きと、息も止まった。

心臓は止まらなかった。

おずおずと顔を上げると、シリル様は悲しい顔も困った顔もしていなかった。

ただ、あの紫の瞳を細めるように、私のことを見つめていた。

「メリンダがいいのなら、そうさせてもらおうかな」

「…い、いいんですか?」

「夜1人より、ずっといいだろうからね」

その言い方が少し意地悪っぽくて、私の方がびっくりしてしまう。

なんだか、さっきまでよりずっと気安いような、そんな感じがした。

シリル様の心ごと、グッと近づいた気がした。

しばらく瞬きをしていたけれど、シリル様の顔が穏やかに緩んでいった。

「情けないところを、もっと見せてしまうかもしれない」

シリル様のその声は、震えていなかった。

「…シリル様が嫌じゃなかったら、もっと見せてください」

「やっぱり、メリンダの方が私に甘いと思うんだがねぇ」

「そんなことありません」

「ふふっ、情けないところを見せても、メリンダはそれでいいって言ってくれるだろうからね」

「もちろんです!どんなシリル様だって、もっと好きになるだけです!」

「それは、私もだよ。だから奥さんに甘えて、同じベッドで眠ってもらうことにするよ。いいかな?」

確かめるようにシリル様は私の両手を寄せて、そこにキスを落とした。

ずっと甘くて、ドキドキして、ポカポカして、泣きたくなった。

これ以上の幸せなんてあるのかな。

シリル様のもっと近くにいけることが、何よりそれをシリル様自身が望んでいてくれているとわかって、私はしっかり頷いた。

ちょっと涙ぐんでしまったけど、それは許してほしい。

「はい!シリル様と一緒がいいです!」