作品タイトル不明
第20話 女子会
「それで、伯爵様とうまくいっていますっていう牽制にいらしたのかしら?」
「……いえ、私はルイーゼ様にお誘いいただいただけでして」
「あら、お2人なら、仲良くなれると思って」
ルイーゼ様はなんてことないように、優雅に紅茶を飲んだ。
ど、どうしてこうなった…!?
私はパニックになりそうな頭をなんとか持ち堪えて、きちんと行儀よく座っているのが精一杯だった。
今、私がいるのは王宮の庭だった。
そこで、プライベートのお茶会に招かれたのだ。
それすらどういうことだという話なのだが、どういうわけか、3の姫とルイーゼ様と私だけなのだ。
人生、本当に何があるかわからないわね…。
苦笑いしそうなのを、必死で押さえつけている。
3の姫様は、あのルース伯爵家に降嫁してくると豪語していた方だ。
たしか、他国に嫁ぎたくないとか、だったような…?
つまりは、私とシリル様が出会うきっかけとなった人なのだけれど。
どうして、目の前にいるんでしょうね…!?
「あなたが、あのルース伯爵の新しい奥様なのよね?」
「は、はいっ!そうにございます!」
「あなた、もう少し伯爵夫人らしく社交くらいしたらどうなの?再婚したのに、全然顔が知れ渡っていないじゃないの」
3の姫様の鋭い声に、私の肩が跳ねた。
うぐっ、返す言葉もありません…。
「だから、こうしてお誘いしたんでしょう?嫌味な言い方はやめなさいよ、イングリッド」
「何よ、その女の肩を持つっていうの?ルイーゼ」
「それはそうでしょう?私のお友達だし、もう少しでお義母様になってくれるのだから」
3の姫様に平気でそう言い返すルイーゼ様は、貴族学校での同級生だったらしく、普段から仲がいいそうだ。
そこへなぜか私も加えられたのだが、ううう、胃に穴が開きそう…!
「大体ね、イングリッドが呼べと言ったから来てもらったのよ?あなた、その態度だと何も教えてもらえないわよ」
「う、うるさいわね」
「そもそも、ルース家に降嫁したいなんて迷惑極まりないことを言ったの、忘れてないでしょうね?」
「あれは、つい…。もういいでしょ、その話。お父様にもお兄様にも、散々叱られたわ。ちょっと言っただけなのに、あんなになるなんて思わなかったのよ」
「もう、今から心配よ。あなた1人で隣国に嫁ぐのよ?大丈夫なの?」
ルイーゼ様の言い方が、うちのお姉様たちみたいで、私もなぜか耳が痛い。
3の姫であるイングリッド王女殿下も、あからさまに嫌そうな顔をした。
そんな顔していいんですか、と言いたくなるくらいだった。
ルイーゼ様は、優しい上に世話焼きなんだよなぁ。
年上の私のことも、たくさん助けてくれるし。
ルイーゼ様がいてくれて本当によかった。
3の姫様は、結局隣国に嫁ぐことが決まったのだそうだ。
国王の側妃として来年に輿入れすることになったのだと、教えてもらった。
ちなみに、ルイーゼ様も来年の春に結婚式をすることが決まった。
来年には我が家にルイーゼ様もいらっしゃるのかと思うと、今から楽しみで仕方がない。
ルイーゼ様は、なんと私にも一緒にドレスを選んで欲しいと言ってくれて、最近は会うことが多い。
歳が近いとはいえ、義母と義娘が仲がいいのはいいことじゃなかろうか。
シリル様もフェルナンド様も、嬉しそうにしてくれているのが伝わってくるし。
というわけで、嫁入り前の準備として忙しくしているので、今日は束の間の休憩だ。
私としては、全然気持ちが休まりませんが、ルイーゼ様の肩の力が抜けているのがわかって微笑ましい。
王宮で肩の力が抜けるなんて、凄すぎるけど…。
「…だって、あのルース伯爵の妻なんて、ずるいじゃない」
「どこがずるいのよ。メリンダ様は相応しいから、伯爵様のお隣にいるのよ?もう、すっごくお似合いなんだから!」
ルイーゼ様の声が弾んでいるのがわかって、顔が赤くなりそうになる。
私はというと、最近私の部屋に引っ越してきたシリル様と前よりもずっと仲がいい、と思う…。
あああっ、自分の言うのダメだ!照れる!
ルイーゼ様は、私とシリル様が想いが通じ合ったことを知っているので、「やっぱり、おじさまも惚れていたのではないですかっ!」と大はしゃぎして喜んでくれたのは、記憶に新しい。
「…私は、あんなふうな物腰柔らかい穏やかな紳士に甘やかされたいだけなのぉ」
「イングリッドに伯爵様は無理よ。あなた、子どもっぽすぎるもの」
「うるさいわねぇ…!」
「伯爵様はメリンダ様の知識の豊富さと、可愛らしくて落ち着いているところが好きなのよ。甘やかされているだけのあなたじゃ、ムリムリっ」
王族相手に言いたい放題である。
す、すごいなぁ、ルイーゼ様。
物怖じしない人だとは思っていたけれど、いくら同級生とはいえ、肝が据わっている。
前伯爵夫人のヴェローニカ様が見つけてきたお嬢さんだわ、と感心してしまう。
3の姫様はというと、ムスーッと口を尖らせた。
とてもキュートだが、たしかに少し子どもっぽいかもしれない…。
「それで、あなたが歳の離れている夫とどう仲良くなれるのか知りたいって言うから、メリンダ様に来てもらったのよ?」
そうなのである。
まさかのそんな理由でお呼ばれされたのである。
隣国の国王は、イングリッド様と15歳離れているのだそうだ。
歳が離れているとはいえ、私に理解を示してくれて、22歳も離れていると思えないほどシリル様がお若い方だから成り立っているのであって、私がどうこうしているわけではないから、お役に立てないと思うとは一応言ってあったのだけれど…。
「私も、理解のある優し〜い旦那様が欲しかったんだもん!」
「えっと、隣国の国王様は、どんな方なんですか?」
「…ガタイのいい、熊みたいな人」
「それは、頼り甲斐があってよさそうです、ね…?」
「ただの声の大きいおっさんだわ」
う〜ん、姫様はお気に召さない様子…。
ルイーゼ様もわざとらしく、はああと息を吐かれた。
隣国と言えば、この前ネイデンさんが読ませてくれた『夫の喜ばせ方 妻の機嫌の取り方』の本の国だ。
さぞ、熱烈な愛情表現でもされそうなものだけれどなぁ。
隣国は我が国よりはるかに大きい国なので、周辺国が側妃として嫁がせるのはよくある話だ。
王妃陛下の元、管理された側妃様たちの花園は、ドロドロしていなくてさっぱりしていると聞いたことあるけど。
「国王陛下からは、何か贈り物などはもらっていないのですか?」
「…カチコチにコーティングされた枯れない花束が来たわ」
「それって、どんなお花でしたか?」
「普通の花よ!黄色い野花のような残念な花だったわ!」
「それ、何本だったかわかります?」
「私の歳の数だったけれど!?」
私の質問が気に入らないようで、最後はほとんど怒るようだったけど、素直に答えてくれた。
子どもっぽいというより、真っ直ぐなだけな気がしてくる。
「なんだ、国王陛下は王女殿下のお越しを楽しみにされているんですね〜。よかったあ!」
そう答えると、3の姫様は動きを止めて、ルイーゼ様はにっこりこちらを向いた。
ルイーゼ様は、紅茶のカップを置かれると、嬉しそうに私に訊いた。
「メリンダ様、どうしてそう思われるのですか?」
「え?黄色いお花で、歳の数って、求婚の意味なので、そうなのかなって」
「隣国では、そうなのですか?」
「ええ、寝物語で子どもの頃に聞かされる話の一つに、女神の愛した野花を相手の歳の数だけ摘んでプロポーズするという話があって。それになぞらえられたんだろうなぁって」
「そんな話っ、私は、聞いたことないのだけれど!?」
「ああ、そう言われればそうですね。歴史とか習慣の本に書いてませんもんね」
「じゃあ、あなたはどこで知ったのよ!?」
「昔、翻訳した絵本ですね」
当たり前のように答えたのに、イングリッド様は唖然とされた。
私、変なこと言ったかな…?
「まあ、そうなんですか。私もはじめて知りましたわ」
「子どもに女神信仰の話を聞かせるものなので、言われてみると、大人の読み物にはないかもしれませんね」
「メリンダ様は、やっぱり博識ですねぇ」
「趣味で齧っている程度ですよ」
ルイーゼ様がいつもみたいに褒めてくださるので、私もようやく笑みが零れた。
「隣国は、恋愛にかなり自由で情熱的なので、思いを伝えないと気が済まない文化のはずですし。女神の話になぞらえた花束なんて、早く来て欲しいって言われているようなものですよね」
自分で言っていて、ついこの前まで想いを伝えるかうだうだ考えていた自分のことは棚に上げてと、笑いそうになってしまった。
でも、あの本を読んだおかげでもある。
隣国の文化と、ネイデンさん様様だ。
あ、あの本を姫様に差し上げる…のがいいかと思ったけど、ダメだ。
あれは、生粋のお姫様が読んだら、白目を剥く代物だった。
ルイーゼ様にだって、お渡しするのは憚られる。
ネイデンさんに、似たようなこの国の人間が読んでも大丈夫そうな本でも、探してもらおうかな。
「ルース伯爵夫人っ!」
「は、はい!」
3の姫様に急に呼ばれて、私の肩がまた跳ね上がった。
「隣国に詳しいのね!?」
「詳しいというか、偏った知識はありますが…」
「あの国は、愛を自分で言うのが主流よね!?」
「そうですね、言わないと他の方に取られてしまうので…」
「そういった知識は知っているかしらっ!?」
「ええぇ〜っと、ほどほどに…?」
あの本の隅から隅まで読んだので、一通りは知っているかもしれない。
「今から私が嫁ぐまで、隣国のことを教える教師として任命しますっ!」
「はいっ!?」
「も〜う、メリンダ様は私の結婚準備で忙しいんだから。あんまり、迷惑かけないでよねえ!」
「こんな人材、野放しにしていいわけないでしょ!?あんた、親友が他国に嫁ぐのよ?恥をかかないように教え込むのが、臣下の役目じゃなくって?」
「ほんとに、調子いいんだからぁ〜」
ルイーゼ様は呆れて、紅茶を飲み始めた。
え、えええ、えっ、そんな大役、私じゃまずいのでは!?
「いや、あの、姫様、私ではお役に立てるかどうか」
「今の話、家庭教師からも聞いたことないわよ?あの花だって、どういう了見なわけ!?と頭を抱えていたのよっ!」
「まあ、貴族間では聞かないかもしれませんね。よほど、国王陛下が女神様を慕っているとかなのか」
「ほらっ、それよ!」
どれですか。
「そんな知識、隠し持っている場合じゃないわ!今すぐに私に教えなさいな!」
「私のは本で読んだ知識だけですし、本当かどうか…」
「ないよりマシよ!というか、なんでそんなに知っているのよ!」
「メリンダ様は、あの本の虫の伯爵様の妻なのよ?ありとあらゆる本を読んでいるに決まっているじゃない」
「他には!?何を知っているの!?」
「ええぇぇぇ、あっ、妻の踊りとか、ですかね?」
本の中のことを思い出して、つい口にしちゃったけど。
これあれだ、閨の話だ。
先を話せと、姫様の目が言っている。
ルイーゼ様も、ニコニコこちらを向いている。
あわわわ、まずい、オブラートに包まないとだっ!
「これは王族の昔の話なので、今はわかりませんが、夫のためだけに妻が舞を踊ったそうです」
「舞?普通の踊りとは違うの?」
「そうですね、どちらかというと踊り子のような踊りですね。女神は、舞が好きだったとかで。そうやって、王の寵愛を受けたという昔話を読みましたね」
つ、包めただろうか…?
夜2人きりのベッドの上で、ことが始まる前に、妃が舞を踊ったそうな。
それを見て、王は機嫌をよくしてその側妃を愛したとかなんとか、書いてあったのだけれど。
お嫁に行く前のお2人に話してよかっただろうか…?
「…その舞、あなた踊れるの?」
「えっ、さすがに本で見ただけですが…!?」
「知ってはいるのね?」
「そうですね、その本に踊り方も一つ載ってはいたので」
正直、舞の話が面白くて、指南書のようなものはないだろうかと探しているくらいなのだが。
どうもあの本によると、舞い方の種類がいっぱいありそうなのだ。
知識欲に負けて、ネイデンさんにこんな本を目にしたら教えてくださいとは言ってある。
「司書殿をこれ以上、誑かすのか!」とギャハギャハ笑われたが、まさかここで役立つとは。
「あとで正式に、私の教師役に任命する手紙を送るわっ!」
「うええ!?」
「おやおや、うちの妻をあんまり困らせないでやってくださいな、王女殿下」
優しいひだまりの声が、可笑しそうに笑っているのが聞こえて、私は振り返った。
「シリル様…!」
「やあ、メリンダ。どうかな、お茶会は」
「お仕事中じゃなかったんですか」
「妻の様子を見に行くくらい時間はあるよ」
そう言って、そばまで来ると私の手を取って、当たり前のようにキスをした。
お、お2人が見ているのですが…!
「何よ、わざわざこちらの方まで来ることないじゃない。図書館は遠いというのに!」
3の姫様は、わかりやすいぐらい不貞腐れてみせた。
そんな顔していいのかしら…。
シリル様も、顔には出ていないが困ったようにしている。
「あら、新婚なのだから、これくらいでいいじゃないの。むしろ、羨ましいくらいだわ」
「おや、ではフェルナンドにもそう言っておきますよ」
「だめですよ、あの人は仕事をしている時が一番かっこいいんですから」
「おやおや、ルイーゼ嬢もなんだかんだで甘いですなぁ」
フフッと笑い合うシリル様とルイーゼ様は、似ている親子のようだった。
「それで、うちの妻がどうかしたのですか?」
「レディーの内緒話に入ってくるなんて、伯爵も失礼ですわねっ!」
「メリンダ様に、隣国の指南役して欲しいのですって」
「おや、すごい仕事じゃないか、メリンダ」
「いや…、偏った知識お披露目会ぐらいにしかなりませんよ?」
私がそう言うと、シリル様は愛おしそうに目を細めて、私の頬を撫でた。
「ふふっ、メリンダが嫌じゃないのなら、少しお分けしてあげたらいいよ。うちの図書室のものだって、読み尽くしているだろう?」
「まだ半分くらいですよ?」
「十分だよ。あそこにあるのは、専門書ばかりだからね。一般教養で習わないものがいっぱいだから」
シリル様はニコッと笑うと、まるで背中を押してくれるようだった。
シリル様が大丈夫って言ってくれるなら、大丈夫なのかも…?
「何よっ!イチャイチャしないでよ!今度から、メリンダは私のために働いてもらうんだから!伯爵様もヤキモキすればいいんだわっ!」
「えっ」
「あら〜、いいじゃない!ついでに私も呼んでよ、イングリッド。私もメリンダ様のお話、聞きたいもの!」
「いいわよ!3人で仲良くしましょ!ほら、殿方の出番はないわよ!」
イングリッド様がそう言うので、もはや確定したらしい。
ムスッとした顔で、シリル様に突っかかっている。
す、すごい、シリル様にあんな態度を取れるなんて。
姫様も、豪胆な方かもしれない…。
「それは困りましたね」
シリル様は、本当に困ったように笑うと、私をふわりと立ち上がらせた。
「では、殿下の元に参るまで、私が独占しておかないとですね」
「え、あの」
「今日はもう、妻を返していただいてよろしいですかな?」
私を捕まえるように後ろから抱き締めてくるものだから、一気に顔が熱くなった。
医学の本を読んだはずだけど、全く効果なしだ。
「う、わ、その、シリル様」
「ん?」
後ろから覗き込まれて、顔が近い…!
あうあうと、口が動くので精一杯だ。
「なーに、私にまで牽制?もうっ、見てらんない!さっさと行ってしまいなさいな!」
「メリンダ様、また打ち合わせでね!」
「あんたもずるいじゃない!」
「あら、私はもうすぐ家族ですもの!なーんにもずるくありませ〜ん」
「はああ!?」
どうやらこれがいつものやりとりらしい。
ルイーゼ様は軽やかに手を振っているし、3の姫様も口調は怒っているが楽しそうだった。
「では、御前を失礼致します」
シリル様は伯爵家当主の顔でさらりとそう言うと、私を連れ立ってその場をあとにした。
私はされるがままで、何が何やら。
そのまま庭をあとにして、建物の中へと入っていく。
あっ!シリル様の愛情表現にやられて、挨拶してくるのを忘れた…!
あああ、最後の最後にやらかした…。
あとでお詫びしよう、なんだかお会いする機会がまたあるみたいだし。
ほんとに、すみません…っ。
「すまないね、メリンダ」
「へっ!?何がですか」
「せっかくのお茶会の最中だったのに、連れてきてしまった」
「あ、いえっ!緊張していたので、そろそろ限界でした…」
「3の姫様にメリンダが取られるのは、面白くないからね」
「ええぇ…?」
シリル様の言葉に、情けない声が漏れていく。
シリル様はシリル様で、当然だろうと言いたげな顔をしている。
うううっ、かわいい…。
最近は取り繕わなくなったのか、シリル様の態度の変化に私は振り回されっぱなしなのだ。
そんな状態も悪くないと思っているのだから、私も同じく手に負えない。
「お詫びに王宮図書館を案内するよ。いかがかな、奥さん?」
シリル様の魅力的なお誘いに、私は思わずシリル様の顔を見上げてしまった。
「図書館…!」