作品タイトル不明
第26話 雑用令嬢、エルフにお弁当を作る③
「お待ちくださいっ!!」
壁際から鋭い声が室内に響いた。
振り向くと、声を上げたのはそれまで控えていたエルフの従者の一人。騎士服をまとった少し硬い雰囲気の男性で――これはエルフ全体にも言えることだけど――端正な容姿をしている。
ただその整った顔立ちは今、あからさまに尖った剣幕で歪んでいた。
「ラッセル……」
レオルーシェ様が呟くと、ラッセルと呼ばれた男性はずかずかと前へ出てきて、盆の上のおにぎりを見下ろした。
「レオルーシェ様。まさか本当に、“これ”を王へ献上するおつもりですか?」
「……何が言いたい?」
「言葉通りの意味です。今回我々が求めてきたものは、仮にも王に捧げる献上品です。それが、このような庶民的な料理でよいはずがありません!」
これ……。
私もまたお盆を見下ろす。
ラッセル様の視線が、今度は私へ向けられた。
「なにより、ヒューマンが手で握ったものなど以ての外です! ……汚らわしい!」
「控えろラッセル。無礼だぞ」
レオルーシェ様の制止の声が強くなる。けれどラッセル様は引かなかった。
「ですが、レオルーシェ様! やはりこれは王へ持ち帰る品として認められません! 少なくとも、私は断固反対です!」
そう言うや否や、ラッセル様は私の前へ詰め寄った。
「そうとも……こんなもの!」
勢いよく振り上げられる拳。私はいきなりのことで動けない。
……が、その拳が盆に届くことはなかった。
「待て。貴様、今何をしようとした?」
低い声とともに旦那様が一歩前へ出る。腰から抜いた鞘ごとの剣が、ラッセル様の腕を受け止めていた。
「聞いてなかったのか? こんなものを国に持って帰る気はない。不要なのだから排除するのは当然だろう」
「……ほう。いいのか? その料理を侮辱するということは、アイカ本人を侮辱するのと同じことだぞ?」
「だったらどうした」
剣を握る旦那様の手に力がこもる。
「ふっ、分からないなら教えてやろう。つまり……こういうことだ!」
「旦那様……!」
いけない、止めないと……!
そう思って今度は私が声を上げる。
レオルーシェ様も立ち上がり、ラッセル様を強く見据えた。
「ラッセル。我らはこちらに依頼する立場だ。フランベル殿はその腕で、見事に我らの期待に応えてくださった。それを前にして、これ以上エルフとしての恥をさらすようなら……」
「しかし! このようなどこにでもありそうな料理を王へ献上することこそ、我らの恥ではありませんか!」
「ラッセル!」
レオルーシェ様の叱責が飛ぶ。
そのタイミングで、旦那様は逆にふっと剣から手を離した。
「……わかった。そこまで言い張るのなら、まずは貴様が部下として確かめてみるといい」
「なに?」
「まずは貴様が食べてみろと言っているんだ。王様の口に入るかもしれないものであれば、毒味役が必要だろう?」
旦那様が盆の上のおにぎりを指す。
「そしてその上でもしもアイカの料理がエルフ王が食べるに相応しい味だと判断したなら、そのときは素直に認めて謝罪しろ」
「…………」
ラッセル様は意図を探るようにしばし旦那様を見つめ、そこからレオルーシェ様にチラリと視線を送った。
それに対し、レオルーシェ様も無言で頷き返す。
ラッセル様は仕方なさそうに溜め息を吐き、首を横に振った。そして不満げなまま私の持つお盆の上からおにぎりを一つ手に取る。
「……ふん、バカバカしい。エルフの国は美食の国とも言われているのだぞ? いくら大妖精様のお気に入りとはいえ、所詮はヒューマンの手料理。我らが王どころか、この私の口にさえ合うわけが……」
パクリ。
「うまぁぁあああああああああああああ!!!!」
その瞬間、ラッセル様の身体はまるで巨大なハンマーに殴られたみたいに大きく仰け反った。
「な……なな、なんなのだ、これは! 青のり、天かす、出汁……すべての要素がおにぎりという土台の上で恐ろしいぐらいにマッチしている! そしてそこに銀星茸の格調高い香りが組み合わさり、庶民的旨みと高級感のマリアージュで口の中が無限に幸福で満たされ続ける! いったい何が起きているというのだ!?」
がくがくと膝が震える。
ラッセル様は信じられないといった様子で手に持ったおにぎりを見つめた。
「それとこの中に入っている味噌も絶妙だ! ただの味噌かと思いきや、意外や意外! 味噌自体にも銀星茸の香りがついている! これだけでも暴力的じみた香りだ! なによりウマい!」
「あ、それは銀星茸の香りを移した油を味噌に練り込んでおいたんです。外側のご飯で香りを立てつつ、中の味噌でもう一段香るようにしたくて」
いわゆるトリュフオイル、そしてそれを練り合わせた特製のトリュフ味噌とでも言うべきか。
「なるほど! だから一口目と二口目で香りの届き方が違うのか!」
私の説明に頷きながらも、ラッセル様はすでに一つ目のおにぎりを完食していた。そしてさらに躊躇なくもう一個を取ろうとする。
えっと……さっきまでのあの怒りはどこへ?
あまりの変貌ぶりに私含め、その場にいる者たちは誰もが呆気に取られる。
「……ん? こ、これは……」
不意にラッセル様の動きが止まり、彼は自分の手を眺めた。
「体が軽い……いや、それだけではない。先日の訓練で負った掠り傷が消えていく。まさか、これがモンスター料理の……!」
指を開いたり閉じたり。
他にもラッセル様は自らの身体に起きた変化を一つずつ確かめるように全身を確認していく。
その様子に周囲のエルフたちもざわつく。傍から見ている限り、それはまるで高度の治癒魔法や回復薬と同等以上の効果に見えた。
――ただ料理を食べただけで、まさか本当にそんなことが!?
彼らの目は明らかにそう告げていた。期待してやってきたとはいえ、いざ目の当たりにするとやはり驚愕だったらしい。
「ふっ、たしかにこれはすごい」
同じくおにぎりをひと口食べ、レオルーシェ様も深く頷いた。
「ありがとうございます、フランベル殿。このおにぎりであれば、きっと我が父も元気を取り戻すでしょう」
「はい。そう言っていただけてよかったです」
ほっとしたような視線を向けられ、私も小さく息を吐く。
ふと見ると、周囲にいた従者の方々がそろってお盆の上を凝視していた。しかも全員が前のめりになりながら、にじり寄るように近づいてきている。
彼らがいったい何を言わんとしているのか――それは口に出されなくても容易に理解できた。
「えっと……よろしければ皆さんもおひとつどうぞ。お弁当用の分はきちんと他に確保してありますから」
その一言で、彼らは一斉にお盆に殺到した。
やがて出立の準備が整うころには、エルフのみなさんもすっかり落ち着きを取り戻していた。
レオルーシェ様はお弁当の包みを従者の方へ預けると、改めて私と旦那様の前に立つ。
「この度はお願いする立場でありながら、身内が無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げる。
「彼は王族の近衛兵長として忠誠心が厚く、我ら王族を強く敬ってくれているのですが、その分たまにああして歯止めの利かなくなるところがありまして……」
「レオルーシェ様が頭を下げる必要はありません! すべて私の不徳の致すところです!」
慌てて声を上げたラッセル様は、すぐにこちらへ向き直る。
「アイカ……と言ったか、ヒューマンの女性よ。この度は私の数々の的外れな言動で不快にさせてしまい誠に申し訳ない。心から訂正して謝罪する。どうか許してくれ。この通りだ」
ラッセル様もまた、私に向かって深く頭を下げた。
「いえ、気にしてませんから。どうか顔を上げてください、ラッセル様」
実際、もとから私自身はそこまで怒っていない。
エルフと人間の対立の歴史は知っていたし、まあそういう人もいるだろうなという感じだった。
なので問題はどちらかと言うと……。
「もし次に同じような発言をしたときは、本気で覚悟するんだな」
「……肝に銘じておこう」
旦那様が冗談めかしつつ告げると、ラッセル様は苦笑した。
ともあれひとまずの禊が済んだところで、レオルーシェ様が小さく息を吐く。
「それにしても、私にはつくづくガルドという人物のことが理解できませんね。これほどの人材をギルドで不当に扱い、あまつさえ追放したなどと。フロストーレ様からおおよその事情は伺いましたが、どう考えても愚かとしか」
「そこは大いに同意だ」
旦那様はすぐに頷いた。
「もっとも、そのおかげで俺はアイカと出会えたわけだから、ある意味で感謝もしているがな」
「そうですね。それは私どももいっしょかもしれません」
互いに皮肉の混じった笑みを浮かべる二人。
それからレオルーシェ様はまっすぐ私を見る。
「ですが、やはり正直なところ腹が立ちます。フランベル殿はもはや我らにとって恩人であり、同胞も同じ。仲間の侮辱はエルフが最も嫌うことです」
「同胞……」
まさかそこまで言ってもらえるとは。
ちょっと恐縮。でも、もちろん嬉しくもある。
旦那様が続ける。
「そう思うなら、もし見かけたときはエルフに伝わる精霊魔法の一つでも叩き込んで、奴らにお灸をすえてもらえると助かる」
「ええ、ぜひそうさせていただきます。まあ実際のところ我らエルフの国は結界により隠匿されていますから、出会うことなどまずないでしょうがね。いやはや口惜しい」
「ああ、だから滅多に目撃情報が出ないのか。しかし、それは残念だな」
二人はハハハと笑い合った。
互いにどこまで本気の発言かはわからなかったけれど、すっかり意気投合したみたいなのはなにより。
そしてレオルーシェ様たちは、お弁当の包みを大事そうに抱えたまま屋敷を後にした。
彼らを乗せた馬車が上空を飛び去って行く。
はじめは普通の馬だと思われた生き物は、実はペガサスだったらしい。私は改めて彼らがエルフなのだと思い知らされた。
ちなみに後日やってきたエルフの使者によると、彼らの王様は無事に回復したという。