作品タイトル不明
第27話 一方その頃、かつての職場は……⑥
ガルドが帝国の偵察を開始してから、すでに一ヶ月余りが経とうとしていた。
モンスターに敗れて被害が多発している自分たちにはなく、一方でほとんど被害を出していない帝国にあるものはなにか。
その差を知るべく、彼はこの一ヶ月、主に国境を挟んで隣に位置するアルグレイン領内で帝国のモンスター対策について聞き込みなどをし続けていた。
しかし、耳に入ってくるのは基本的に「領主であるアルグレイン卿とその騎士団」の活躍ばかり。特別な兵器や魔法、戦術といった、これといって参考になりそうな情報は一切ない。
ありえん。まさか帝国は――アルグレイン領の連中は、本当にただ実力でモンスターを撃退し続けているとでも言うのか。
そして気になっていることはもう一つ。それとなく領民たちに話を聞くうち、時たま彼らが“謎の人物”の存在を仄めかすのだ。
名前は出さない。けれどその口ぶりからして、あきらかに特定の誰かを指しているのは間違いなさそうだった。
でも、それが誰なのかまではやっぱりわからない。詳しく聞こうとしてもはぐらかされてしまう。
――この日もそうだった。
「むぉ……!」
アルグレイン領の端にあるピット村。その村長宅で出されたピザを一口食べた途端、ガルドは皿を持つ手を止めた。
辺境の村で出される料理など、どうせ大したものではない。
そう思って口にしたはずだった。
だが、生地は軽く、焼けたチーズは濃い。噛むたびに乳の甘みと香ばしさが広がり、赤いソースの酸味が後を引く。
「な、なんだこのピザは! こんなウマいピザは食べたことがないぞ!」
思わず唸っていた。
これまで食べてきた王国の高級店で出される料理とは違う。
飾り気はない。だが、やけにうまい。
村長は嬉しそうに目尻を下げた。
「ほほ、お気に召したようで何よりじゃ。これはのう、つい最近生まれた村の名産でな。お茶ばかり飲んでおったワシらのために、 と(・) あ(・) る(・) 人(・) が考えてくれたもので……」
そこまで言って、村長は慌てて口を押さえた。
「おっといかんいかん。これは秘密なんじゃった」
ガルドが眉をひそめると、村長は小声で笑ってごまかした。
「はは、まあある意味で村の恩人みたいな人じゃよ。まあまあ、冷める前に食べてくだされ。ピザは焼きたてが一番じゃからのう」
それ以上、村長は話さなかった。
ガルドは皿の上のピザを見る。
(それにしても、こんな辺境でこれほどの料理が名産として出されているとは……)
どうやら自分の知らぬ間に帝国の国力は相当上がっているらしい。その事実に、ガルドは密かに警戒心を高めた。
帰り際、村長の孫娘らしき女児が笑顔で手を振ってきた。
「おじさん、また来てねー! お姉ちゃんはね、とってもすごいんだよー!」
お姉ちゃん?
「こ、これリタ。お客様を困らせてはならん」
「はーい!」
女児は素直に返事をし、また大きく手を振った。
結局、ここでもガルドは特に有益な情報は得られなかった。
***
アルグレイン領の町にある食堂でも、ガルドは食後の皿を前に固まっていた。
出されたのは、見た目だけなら庶民的なタルトだった。
だが、赤紫の果実は酸味が強く、甘みも深い。香ばしい生地とカスタードに合わさると、以前に土産でもらった王族御用達の菓子よりうまい。
「これは……随分と上等な苺を使っていると思われるが、いったいどこの品種だ?」
すると、店主の女将はアハハと豪快に笑った。
「品種だって? そいつにそんな大層なものはないよ。その辺から勝手に生えてくるものだからね」
「か、勝手に……? そんな馬鹿な」
「嘘じゃないさ。味はたしかに苺に近いけど、べつにちゃんとした果物ってわけでもないしね。最近まで名前さえなかったくらいだよ」
ガルドは皿の上のタルトを見下ろす。
(……果物じゃない?)
それはどういう意味だろう。
果物じゃないなら、いったい何だと言うのか。
「まあでも、そんなものをこれだけ美味しいタルトに仕立て上げるあたり、やっぱり あ(・) の(・) 人(・) はすごいよ」
女将は空いた皿を片付けながら笑った。そこに他の客から声がかかる。
「あいよ、今行くよ!」
そのまま忙しそうに女将は厨房へ戻っていく。
できればもう少し詳しい話を聞きたいところだったが、それどころではなくなってしまった。
ガルドは残ったタルトを口へ運ぶ。
腹立たしいことに、最後の一口までうまかった。
***
森の中で、ガルドたちはエルフの集団に取り囲まれていた。
槍と弓が四方から向けられ、部下たちは身動きひとつ取れない。
「誤解だ! 我々は決して侵略に来たわけではない……!」
ガルドは両手を上げ、必死に弁明する。
だが、エルフたちの警戒は解けない。
弓弦は引かれたまま、誰もガルドの言葉を信じていなかった。
「くそっ、せめて《金の盾》さえいれば……」
ガルドの額に汗が浮かぶ。
ぬかった。奴らは現在、別件のために分かれて行動している。
ただの町から町への移動なら自分と部下だけでも問題ないと思っていたのに、どうしてこんなことに。
そのとき、エルフたちが左右に分かれた。
ひと際高貴な雰囲気をまとったエルフが、静かに姿を現す。
「王子……」
周囲のエルフたちが呟いた。
エルフの王子は正面からガルドを見据える。
「ヒューマンよ。どうやって結界を突破した?」
「け、結界……? いえ、我々にも分からぬのです。ただ森を歩いていたら、いつの間にかここに……!」
ガルドは慌てて説明した。
王子はしばらく黙ってガルドを見ていたが、やがて納得したように頷く。
「なるほど。もしそうなら、恐らくは偶然結界のひずみに引っ掛かったのであろうな」
「そ、そうです! まさにそれです!」
「ふむ、そういうことであれば仕方ない。いきなり取り囲んで失礼した。なにぶんヒューマンが我が国内に入ってきたのは数十年ぶりゆえ、みな驚いてしまったのだ」
助かった。
ガルドは胸を撫で下ろす。話のわかる相手が出てきてくれてよかった。
王子が手を下ろすと、周囲のエルフたちもわずかに武器を下げた。
完全に警戒が解けたわけではないが、少なくとも即座に射殺される空気ではなくなった。
そこでガルドは、ふと思いついた。
エルフは強い。
今の包囲を見ただけでも、その戦闘力はよく分かる。
しかも話が通じる余地もある。
うまく味方につけられれば、落ち目のギルドを立て直すきっかけになるかもしれない。
しかもエルフならば、人間である自分にとってはいくら傷ついたところで痛くもかゆくもない。
危険な任務にだって好きに使える。
ガルドは相手に見えないように口元を緩め、揉み手しながら切り出した。
「あのぉ……」
「ん? なんだ?」
「いえその、ここで出会ったのも何かの縁、少しだけお時間をいただいてよろしいでしょうか……?」
「そうだな。少しであれば構わない。申してみよ」
「実は私は、ソルヴェイン王国という国で冒険者ギルドのマスターをしている”ガルド・バルディオス”と申す者でして。そこでですね、折り入って相談があるのですが――」
その瞬間、王子の表情から温度が消えた。
「……ガルド?」
森の空気が、ざわりと変わる。
「あの、お、王子様。なにか……」
「そうか。お前が……」
王子は低く呟き、右手を上げた。
「精霊魔法部隊。全軍構えよ」
王子の背後から、杖を手にしたエルフたちが続々と前に出る。
「なっ!?」
ガルドの声が裏返った。
「ま、待ってください! これはどういう!? 見逃してくれるのではなかったのですか!」
「――撃てぇっ!」
必死の制止も虚しく、号令とともに精霊魔法が一斉に放たれた。
炎が走り、風が木々を裂き、氷の 礫(つぶて) が地面を抉る。
「ひぃいいいいいいっ!」
ガルドたちは悲鳴を上げて逃げ出した。
枝に顔を引っかけ、泥に足を取られ、転びかけながらも必死に走る。
背後からはけたたましい魔法の音が追いかけてくる。
「なぜだ!? なぜ名前を告げただけで急にこうなるのだ!?」
ガルドにはエルフたちの変貌ぶりの理由がまるで分からなかった。
ただ少なくとも、彼らの怒りが相当なものであることだけはわかった。その証拠に、背後では「逃がすな!」「恩人を苦しめた報いを!」などと怒号が飛んでいる。
「くっ……走れ! 死にたくなければ走れぇっ!!!」
部下たちを怒鳴りつけながら、ガルド自身が誰よりも必死に逃げる。
結局、彼らは命からがら逃げおおせることには成功するも、宿に戻る頃にはボロボロとなっていた。