軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

480 予感

何人か適当な仲間に声をかけ、引き連れて監獄内を進む。

このイーストシール監獄島に収監されている囚人の内、半分弱は蛇の傘下に入っているが、その大半は監獄島に入れられてから傘下に入れた者達だ。本来ならば蛇は武闘派組織、相応の武力がなければ傘下にするのも憚られるのだが、この状況では贅沢は言えない。

だが、この監獄島には世界中から重犯罪者が送られてきており、ここに入れられてから新たに傘下にした者達の中にも使える駒は存在している。

元バレル盗賊団の頭領は、新たに蛇の傘下になった者の中でもトップクラスの実力者だった。

「ジェフ、あんた、《嘆きの亡霊》に捕らえられたと言っていたね?」

「…………何の用だ」

鋭い眼光。ビリビリとした殺意が叩きつけられる。

ベッドくらいしか物が置いていないがらんとした部屋。そこにいたのは、元バレル盗賊団のリーダー、ジェフロワ・バレルと、それを取り囲む――大量のアマガエルだった。

バレル盗賊団と言えば、組織がまだ健在だった頃に噂で聞いた事があった、東方出身の武闘派盗賊団である。街を荒らし回り、討伐隊が組まれたらさっさと国を抜け出し他国で同じ事を繰り返すたちの悪い連中。

もしもジェフロワの部下達のほぼ全員が蛙にされていなかったら、この監獄島内で間違いなくもっと大きな影響力を持っていただろう。

――そう、蛙である。

信じられない事に、バレル盗賊団の兵隊達はこの監獄島にやってきたその時から、ほぼ全員が蛙に変えられていた。

そんな魔術が存在するなんて同じ魔導師のヒムロにも信じられないが、大量の蛙と一緒に収監された以上は信じざるを得ない。

「喜べ、その《嘆きの亡霊》のリーダーが捕まった。今ここにいるよ、復讐したいだろう?」

「ッ…………」

ジェフロワの暗い瞳に光が灯る。

ヒムロの言葉に、ジェフロワは即答しなかった。恐らく、情報が正しいのか判断しかねているのだろう。

見た目とは裏腹のそのクレバーさもまた、ジェフロワの強みの一つだ。

「あんた、《千変万化》の顔を知っているんだろう? 偽者だったら簡単に始末できるし、もしも本物だったらその部下達を戻す方法もわかるかもしれないじゃないか」

「…………ふん。そうだな」

蛙に変えられたバレル盗賊団のメンバーの大半は未だに蛙のままだ。どうやら、戻せるのはわかっているが戻す方法がわからないらしい。。

裏世界の魔導師としてそれなりに上のランクにいるヒムロでも知らない魔術なので、《万象自在》の仕業に違いなかった。

当然、その兄である《千変万化》ならば人間に戻す方法も知っているだろう。

壁にもたれ座っていたジェフロワがのっそりと立ち上がる。

「口車に乗ってやる。このまま蛙使いなんて評判広まっちゃ誰もついてこねえ」

よく言うよ。からかってきた連中は全員落とし前をつけさせたくせに。

二メートルを超える恵まれた体躯。マナ・マテリアルが抜けているにも拘らず未だ健在のプレッシャー。武器などなくても、徒手空拳で人を十分殺傷できるだろう。ジェフロワ・バレルはこの監獄でもまだ戦える数少ない囚人の一人に違いなかった。

青蛇の懐刀として知られるヒムロと、到着早々に、舐めた真似をしてきた者を粛清したバレルの頭領が組んで歩けば、道を遮るものはいなかった。

細長い通路が多い監獄内では数よりも質がものを言う。特に攻撃範囲の広い術を撃たれたら避けようがない。ヒムロが敗北した理由でもある。

既に手下により、《千変万化》一行の居所はわかっていた。

組織から食料を掠め取る事に成功しても、蛇に歯向かいその味方をしようという囚人はいない。

狐と蛇、どちらの陣営にも所属していないというのはつまるところ、確固たる意志があってそうしている者というものはほとんどおらず、どちらの組織も傘下に入れる価値がなかったという事なのだ。

「おい、姉ちゃん。ここから先は俺達の縄張りだ。それとも、俺達になんか用か?」

《千変万化》がいるはずの部屋。そこにたどり着くその前に、壁に寄りかかった男が声をかけてきた。

壮年の男だ。赤みがかった茶髪に、伸び放題の無精髭。爛々と輝く瞳はこの監獄島にやってきてからまだそこまで経っていない事を示している。

「《血塗れ》のジャック、ね…………まあまあだな」

マナ・マテリアルを奪う能力。

それだけ聞けば強力な印象を受けるが、それ自体、別にそこまで特別な事ではない。普通の人間だって幻影を倒した際にはそのマナ・マテリアルの一部を吸収している。

確かに血を浴びるだけで奪えるというのは稀有な例だが、恐らく蓄えたマナ・マテリアルでその手の能力を強化したのだろう。奪える力の量にも上限があるはず――そして、その能力には致命的な弱点がある。

相手に血を流させなければ何の意味もないという弱点が。

「アオのオヤジがあんたを欲しがってる。大人しくうちの傘下につくなら痛い目に遭わずに済むわ」

「やれやれ、僕のデータでは『八岐の大蛇』はもう少し賢い組織だと思っていたが……ろくに準備もせずにたった二人でやってくるとは、過剰評価していたようだな」

眼鏡をかけた長身の青年が、こちらに歩みを進めながら答える。

報告にあった《千変万化》に付き従っている者は三人。この青年はグランドだろう。もう一人、ザックという女がいると聞いたがそちらについては姿が見えない。二人と比べたら賢いのだろうか。

確かに、本来報復はもっと十分な準備をもって行われるべきだ。組織に楯突いた者を見逃せば組織が舐められるが、報復に動いて万一にでも失敗すれば影響はその比ではない。

「しゃーないでしょ。あたい達、蛇は、《千変万化》のパーティ――《嘆きの亡霊》の奇襲で崩壊したんだから。普段なら交渉くらいするけど、既にその余地はないわけよ」

「何!? あの野郎……そこまで関わりはないって言ってただろうが!」

「………………僕のデータにもないぞ」

まさかこの二人……何も聞いていない?

あるいは、やはり《千変万化》が偽者という事だろうか。《千変万化》は神算鬼謀のはず……手駒を無意味に危険に晒す真似はしないはずだ。

ヒムロから見れば、二人に言葉程の余裕がないのは明らかだ。

さすが監獄島に送られてきただけあって能力は優秀そうだが、ちょっと優秀な個人の域は出ていない。巨大な組織でしのぎを削ってきたヒムロは怪物を大勢見てきている。

ジェフロワが眉を顰め、低い声で言う。

「《千変万化》はどこだ? 俺達が探しているのは《千変万化》だ」

その興味は眼の前二人には一切注がれていなかった。二人はジェフロワにとって取るに足らない相手というのか、あるいはそれだけ《千変万化》に恨みがあるのか。

ヒムロはため息をつくと、手を払って言った。

「落ち着きなよ。二人は生け捕りにするよ。危険だったら殺すつもりだったけど――」

「何……?」

肩透かしだ。危険因子だったら潰しておくつもりだった。だが、思ったほどではなかった。

この程度ならば生かしておいても、煮るなり焼くなり好きにできる。

二人を仕留め、そのまま部屋にいるはずの《千変万化》も凍てつかせる。

それは、かつてヒムロが受けた屈辱の再現だ。

本物であるかどうかは後でゆっくり確認すればいい。

久方ぶりに魔術を組む。蓄積していた力が一気に抜けていく。

この監獄島は魔導師にとって地獄だ。ここでは魔術を使えばマナ・マテリアルの減少速度が一気に加速する。だが、手加減はしない。

「『 白の抱擁(フリージング・ブレイズ) 』」

「ッ!?」

ジェフロワが弾かれたように跳び、大きく後退する。

いい反応だ。あの時、ヒムロ達も同じ対応ができたらあんな無様を晒す事もなかった。

「なッ!?」

「これは――」

床を、空気を走った冷気が、ジャックの、グランドの熱を奪い一瞬で氷に閉ざした。

そのまま走った冷気は、グランドが現れた部屋の向こうまで伝播した。

かつて《万象自在》が蛇の制圧に使った氷の攻撃魔法。細かい調整が効かず仲間を巻き込むという大きなリスクはあるものの、ノータイムで放たれるこの魔術に対抗する手段は限られている。

ヒムロはかつてこれに対抗できなかった。果たして兄である《千変万化》はどうか?

「ッ…………貴様ッ」

ジェフロワがすかさず、ヒムロに腕を伸ばしかけ、すぐに引っ込める。

その腕には、一瞬でびっしり霜が下りている。ヒムロは目を向くジェフロワに笑いかけた。

「巻き込まれたらそれまでって事よ。避けたんだからいいじゃない」

驚愕の表情のまま凍りついたジャックとグランド。二人とも、一応まだ死んでいない。

マナ・マテリアルが残っているからだろう。だが、まだ死んでいないだけだ。

消すつもりならいつでも消せる。

「《絶氷》、かッ…………悪くはねえな。だが、問題は《千変万化》だ」

ジェフロワのその言葉を、ヒムロは忘我の状態で聞き流した。

誓っていうが、《絶氷》のヒムロの能力は全盛期ではない。

この監獄島に入れられて半年は経っているし、魔導師の奥義、精霊契約で力を借りていた氷精をこの極めて特殊な場所に呼ぶのも不可能だ。

だが、今の魔法に不備はなかった。最善は尽くした。

全力だった。あのルシア・ロジェの攻撃魔法にも何ら劣っていない自負があった。

だが――。

「…………ッ…………本物、だ。化け物か」

今まで遭遇した如何なる修羅場でも感じなかった極大の悪寒。

あまりにも強大過ぎて、自分が塵芥に感じるこの気配。

ジェフロワは眉を顰めている。魔導師でない人間に、この格の違いはわかるまい。

分厚い扉越しでもはっきり感じる。身体が震えた。

だが、それは恐怖の感情からくるものではない。

「精霊、だ。しかも……あたいのフリージアと三ランクは違う」

信じられなかった。ヒムロが苦労して契約した上級精霊、フリージアと比べても明らかに格が違う精霊が存在しているという事も、その精霊が――この精霊にとって最悪の土地でも尚、術者に寄り添っているという事も。

精霊とは本来高濃度なマナ・マテリアルのあるところに生息し、その力を吸収して生きている。だが、この監獄島はマナ・マテリアルがないどころか、奪われる土地だ。

この地は魔導師にとって以上に、精霊にとって地獄の地である。並みの精霊ならば長時間存在する事すらできないし、長く魔導師と契約している精霊もこんなところには来てくれない。

――普通ならば。

だが、《千変万化》の近くには精霊がいる。呼吸もできず、自身の存在が常に燃え続けてしまうこの監獄島で、地獄のような苦痛を味わいながら寄り添っている。

《万象自在》どころの実力ではない。相対すら不要だ。

勝てない。

このクラスの精霊と契約できている時点で、実力に差がありすぎる。

「これは無理だ。撤退するよ」

「この二人はどうする?」

「置いていく」

即答する。精霊の存在を感じ取ったヒムロからしたら、ジェフロワは危機感がなさすぎである。

《千変万化》とこの二人の関係は不明だが、今二人を連れて行こうとして追撃されたら即死だ。

そもそも、これほどの精霊を使役できるだけの魔導師ならば、ジャックとグランドは賑やかしにもならないだろう。いてもいなくても同じ、完全な誤差だ。

今回は撤退を選ぶしかないが、勝ち目がないわけではない。

《千変万化》の精霊は命を地脈に吸われ続けている。これだけの格の精霊でも、間もなく形を保てなくなるはずだ。

もちろん消失する前に逃がすだろうが、一度奪われた力は短時間では戻らない。

精霊がいなくなったところで、そのクラスの精霊と契約できた魔導師という事実は変わらないが、勝率は変わる。ゼロパーセントから一パーセントに変わる程度だが――。

少なくとも、現時点でヒムロにわかるのは一つだけだ。

たった一人のレベル8の収監は全てを変えるきっかけになり得る。

《千変万化》がどうして監獄島に収監される事になったのかは不明だが、組織が立てていた計画も変えねばならないだろう。それは、確信だった。