作品タイトル不明
479 八岐の大蛇
イーストシール監獄島。島全体を使い建てられた巨大な監獄の中心付近にその組織の縄張りは存在していた。
各地に存在していた武闘派系犯罪組織が集まり生み出され、一時期は一国を超える戦力を集めているとまで言われ各国で恐れられた『八岐の大蛇』――通称『蛇』。
数年前、組織の幹部が集まっているところを軒並み捕らえられ組織自体は崩壊したが、その事件がなければ今なお並み居る犯罪組織のトップに君臨していただろう、巨大組織である。
蛇の強みは戦闘員の質の高さだ。武闘派組織を八つ集め結成した事で高レベルハンタークラスの実力者を多数擁し、能力向上に適した宝物殿を幾つか完全に独占する事で兵隊全体の質を高めると同時に、才ある者を育てた。
そして、組織の力を確固たるものにしていた大半の戦闘員は未だ野放しで、捕らえられていない。
監獄島の中心部。この監獄には数える程しか存在しない、家具類の置かれた部屋。
元『八岐の大蛇』最高幹部の一人、青蛇は、食料確保部隊からの報告に、眉を顰めた。
「その情報は、確かなのか?」
「今、外の連中に確認を取っているところです」
食料確保のために置いている戦闘員はトップクラスではないが、弱くはない。このルールのない監獄の中で、舐められないというのは外の世界よりも余程優先される事だ。
蛇傘下ではない囚人達もそれがわかっているから迂闊に手を出したりはしてこなかった。それが今回、追い返されたというのは、その者の正体はどうあれ、組織への宣戦布告を意味している。
「どっちにしろ、《千変万化》――《嘆きの亡霊》の一員を名乗られちゃ黙っちゃ居られねえな。アオのオヤジ」
共に捕縛された兵隊の一人が怒りを堪えて笑う。
その通りである。組織崩壊のきっかけとなったのは、『嘆きの亡霊』の連中がボス同士の会合に乗り込んできたからだ。
まさしく、電光石火の如き奇襲だった。そこでその日に会合が開かれる事は八人の最高幹部――ボスを除いて誰も知らないはずだった。
情報漏洩を防ぐために護衛が最小限だったのもまずかった。
裏切り者はいなかった。最悪のタイミングで最悪の奴らが最悪の手を打ってきた、ただそれだけの事。
それだけの事で、たかが一パーティが、巨大組織崩壊のきっかけになったのだ。
食料を奪われた。本来ならばしっかりと相手の情報を調査してから落とし前をつける案件である。実際にあの狐の連中がこの監獄に移送されてきた時は慎重に動いた。だが、《千変万化》――《嘆きの亡霊》のリーダーが関わってくるとなると話は別だ。
黙っていては部下達への示しにもならない。仲間に引き入れるという選択肢も今回ばかりはありえない。
青蛇は後ろに控えていた腹心の魔導師に声をかけた。
「おい、ヒムロ。喧嘩を売ってきた連中の様子を見てこい。始末できるならその場で始末していい」
青蛇の命令に、青蛇の護衛にして組織の上級戦闘員――氷の魔法使い、ヒムロは笑みを浮かべた。
「そう来なくっちゃ。それに、《千変万化》はあの女の兄だったわね。本人がいないのは残念だけど――」
ヒムロは蛇という組織が壊滅したあの日、幹部達を護衛する栄誉を与えられ、あの場にいた数少ない上級戦闘員の一人だった。
魔導師として研鑽を積み、《絶氷》の名で組織の内外に名前の知られる氷の魔導師だったヒムロにとって、自身の敗北が組織の壊滅に繋がった事と、その自分を倒した相手が同じ魔導師であるというのは忘れられない人生の汚点の一つになっているだろう。
監獄島は囚人達の力を奪うが、それも個人差がある。魔導師として組織でトップクラスだったヒムロは収監されてからしばらく経つが、まだ強力な攻撃魔法を撃てるだけの能力を残していた。《嘆きの亡霊》のリーダーは蛇が襲撃された際も戦いに参加していなかったが、状況次第では十分消せるだろう。
本来だったら、ヒムロ以外にも上級戦闘員を使うべきだが、青蛇直属の部下であるヒムロと違って、他の上級戦闘員をつけるには他の幹部に話を通さねばならない。
「狐を警戒している以上は動かすのは無理、か。ヒムロ、適当な連中を連れて行け、肉壁くらいにはなるだろう」
蛇に匹敵する秘密結社、『九尾の影狐』。蛇の力をもってしても全容をしれなかったその組織のボスクラスが今、この監獄には二人収監されている。
たった二人だが、どうやら『九尾の影狐』は幹部クラスにも戦闘能力を求めるらしく、かなりの実力者だ。実際に収監された直後に喧嘩を売った蛇の上級戦闘員が激しい戦闘の末に殺されている。
たった二人の状態から人を集め、今では監獄島を二分する勢力にまでなった狐を完全に無視するわけにはいかない。
「了解。あたいに任せな、アオのオヤジ。正面からならともかく、奇襲ならレベル8だって仕留められるさ。大船に乗ったつもりで待ってなよ」
眉を顰める青蛇に、ヒムロが薄い胸を張って自信満々に言う。
ヒムロの魔法は暗殺向きだ。高レベルハンターを仕留めた事だってあるし、ルシア・ロジェに負けたのは状況が悪かったというのもある。
「あぁ、そうだ。ジャックとかいう男は生きて捕らえろ。俺達が必要としている男かもしれん」
相手の血を塗りたくる事により力を奪う能力者。
青蛇は組織のトップとして、マナ・マテリアルによりおかしな能力に開花した戦士を何人も取り込んできたが、かなり珍しい力である。青蛇の配下にも相手の肉を食らう事でマナ・マテリアルを取り込む戦士がいたが、血を浴びるだけでいいなら、それよりもかなり使いやすい。
この監獄島でマナ・マテリアルを集める能力は最も貴重なものだ。力さえあれば少数精鋭の刑務官を始末して島を脱出するのも不可能ではないのだから。
「あぁ、わかったよ。確かうちの傘下にも、《千変万化》にここにぶち込まれたヤツがいたね……そいつを連れて行こう」
ヒムロが舌なめずりをして意気揚々と部屋を出ていく。
さて、どうなるか……そして、狐側の反応も気になるところだ。
現状で狐陣営の数は少ない。蛇が《嘆きの亡霊》を名乗る連中を引き入れるのはありえないが、もしも今回やってきた《千変万化》が本物だったとしたら、狐が取り込みに動く可能性もある。
やつらもうちとやり合うつもりはないようだが……。
国はこの監獄島に数多の犯罪組織を集め、争いを誘発させようとしているきらいがあるが、青蛇達もそんな思惑に乗るほど馬鹿ではない。少なくともこの監獄島を出るまでは、大人しくしているくらいの分別はある。
このご時世、マナ・マテリアルによる力を使って甘い汁をすすろうなんて奴らは星の数ほどいる。
続々と送られてくる、各国が持て余した犯罪者達。
ゼブルディアの連中は早晩、自らの犯したミスを思い知る事になるだろう。
§ § §
『八岐の大蛇』所属の上級戦闘員、氷の魔導師、《絶氷》のヒムロ・デリラにとって、組織が瓦解したあの日に起こった戦いは、経験してきた数多修羅場の中でも最悪の戦いだった。
十年にたった一度、八人の最高幹部が集合して行われる会合につけられる護衛に任じられるのは組織の戦闘員としては最高の誉だった。
あの時のヒムロは最高の気分だった。突然部屋の外から《嘆きの亡霊》が突撃してくるその瞬間までは。
油断があった。当日まで会合の会場は決まっていなかったし、そこは暗黙的に戦いが禁じられている場所だった。そして、他の最高幹部がつけていた護衛との連携も全く取れていなかった。
最高のパフォーマンスは発揮できなかった。そもそもあんな狭いところでヒムロが全力を出したら守るべき対象や他の幹部の護衛まで氷漬けにしてしまう。
蛇はその前身となる八つの組織のボスが最高幹部として君臨し、それぞれの関係は決して良くない。
大規模な術を使って他の護衛に傷でもつけたら大問題になる。ともすると、主である青蛇にも迷惑がかかるかもしれない。そんな迷いが――弱さが、ヒムロの動きを一瞬だけ遅らせた。
いや、恐らくヒムロだけではなかった。他の幹部達の護衛も同じ迷いが生じていたはずだ。
そして、それは襲撃者――《嘆きの亡霊》にとって、明確な隙だった。
《嘆きの亡霊》は――《万象自在》は、先行して部屋に襲撃を仕掛けてきた仲間ごと、部屋全体を氷で閉ざしたのだ。
魔術というのは術者の精神状態に強く影響を受ける。襲撃相手の生存は疎か仲間の死傷すら一切考えずに放たれたその『 白の抱擁(フリージング・ブレイズ) 』はヒムロが相対してきたどの氷魔法よりも決定的で、そして完璧だった。
つまるところ、ヒムロは魔術の実力よりも先に、精神的な部分で一周り以上も若い女魔導師に負けていたのだ。
今回の命令はヒムロにとって渡りに船である。
いつか《万象自在》にリベンジしなくてはと思っていた。人生の汚点だからではなく、一人の魔導師として、全力で戦わねば、と。
残念ながら今回の相手は《万象自在》本人ではないが、いないものは仕方ない。蛇に喧嘩を売ってきた相手が本当にルシア・ロジェの兄でレベル8の《千変万化》だとしたら、報復の対象として十分だろう。
そして、ルシア・ロジェが復讐のためにヒムロを狙ってきたら最高である。今度こそ、正面からヒムロの力を証明できるのだから。