軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

294 宝箱②

「ク、クライさん…………これは、一体…………!?」

エヴァが珍しく、動揺を隠そうともせずにこちらを見上げる。僕はまぁまぁ落ち着いてと言おうとして、落ち着いてなさすぎて息が詰まった。

大丈夫、大丈夫だ。リィズは竜に丸呑みにされても生き延びた事があるから、あんな宝箱に食べられた程度ではびくともしないはずだ。ティノは……頑張って!

てか、あれ、なんだ?

しれっと普通の宝箱のような存在感を放っている人食い宝箱を観察する。

確かに宝箱に擬態する魔物は存在するが、これまで数々の修羅場をくぐり抜け危機察知能力を磨いたリィズがああも簡単に騙されるとは――。

落ち着け、落ち着くんだ。どうせ僕が頑張ったってどうにも出来ない。まだリィズが体内で頑張って出てくる可能性の方が高い。

「だ、誰か呼んできます……あれを壊せそうな、アークさんを!」

「!!」

それは…………ナイスアイディアだな。修羅場に慣れているはずの僕よりもエヴァの方が冷静って一体……。

エヴァがそろりそろりと宝箱に視線を向けながら入り口に近づく。そして、駆け出した瞬間に、後ろから一瞬で距離を詰められた宝箱にぺろりと平らげられた。吐きそう。

「………………やば、夢に出そう。ず……随分と食いしん坊な箱だな。どれだけ入るんだ」

再び擬態を再開する宝箱。もうバレてるって……完全にバレてるって!

これでアークまで食べられてしまったら目も当てられない。っていうか、明らかに箱の大きさよりも食べた量の方が多いんだけど……。

と、その時、入り口からライル達のパーティが入ってきた。

「げ、クライ、いたのか……なんだ? この宝箱……うわッ……!」

僕が何か言う間もなく、突然飛びかかった宝箱が正面からライル達一行を丸呑みにする。逃げたわけでもないのになんで…………まさか目撃者を全員消すつもりか?

全て僕のせいだ。僕があのあまりに格好いい見た目に魅入られてしまったせいで――。

「…………あら、クライ、一人で何して――」

「なんだ? この宝箱――あッ」

意気揚々とやってきたスヴェンとマリエッタがあっさりと宝箱に消える。もはや何がなんだかわからない。

レベル6ハンターをなすすべもなく飲み込むとは恐ろしい練度だった。…………てか、どう考えても皆、僕に気を取られた隙に食べられているよね?

普段の宝物殿を探索する時のコンディションだったら対応できたはずだ。もしかして…………僕が真っ先に食べられるべきでは?

こういう時に限って共音石は返してしまった。今日は部屋にこもるつもりだったので宝具の武装も足りていない。

ポケットを探る。出てきたのは一枚の板チョコだった。だが、こんな時に板チョコなんて何の役に立つだろうか?

まぁ、好きな宝具持ってきていいよって言われても対応できないけど!

「どうせ食べるなら板チョコを食べればいいのに……」

人間なんて不味かろうに。

途方にくれて呟いたその時、宝箱が跳躍し、目の前に着地する。

思わずびくりとして一歩後退る僕を前に宝箱は――何もしなかった。

完全に白旗をあげて動きを止めるが、しばらく待っても動く気配はない。リィズ達はあんなにあっさり食べたのに、まさか僕の事は食えないとでも言うのか? グルメかよ。

しかし、僕では持てないくらい重いのにあの身のこなし、足音をほとんど立てない着地、恐ろしい隠密性能…………いや、待てよ?

僕は大きく深呼吸をすると、宝箱の蓋に恐る恐る触れた。僅かに開けて隙間から板チョコを入れて閉める。

あんなに重い宝箱なのに蓋は驚くほど軽い。僕でも持ち上がる重さだ。

「……………………惚れ惚れするような宝箱。大容量、静音、自走機能付き。セキュリティも完璧?」

宝箱は答えない。答えるはずがない。だって宝箱は宝箱なのだから……絨毯が喋らなかったのと同じだ。

宝具の中でも最も有名なものに見た目以上の容量を誇る『 時空鞄(マジッグ・バッグ) 』と呼ばれる宝具がある。僕も、特定の物しか入らない物を一つだけ持っているが、貴重で希少で有用で大人気な宝具だ。

何でも入るなら最低でも億品である。だが、億でもめったに市場に出てこない、それが『 時空鞄(マジッグ・バッグ) 』という宝具であった。

そう考えると、リィズがあっさり遅れを取ったのもわかる。魔物や幻影ではなかったからだ。魔物や幻影ではなかったから、僕の判断を仰いだ。

…………生物が入る『時空鞄』なんて存在していたのか。

改めて宝箱の蓋を開ける。内部は濃い闇で満たされていた。

残念ながら時空鞄の中がどうなっているのかは研究が進んでいない。だって普通、生物入らないし。

僕は闇の中に手を突っ込むと、先程入れたばかりの板チョコを取り出した。

入れたものを出せないクズ品も存在する時空鞄だが、どうやらこの宝箱はそうではないらしい。ガールフレンドの絨毯と日夜、酒池肉林を繰り広げているうちの絨毯に爪の垢を煎じて飲ませたい。

「出し入れ自由……完璧だな」

取り出した板チョコを齧り、ぱきっと割る。口いっぱいに広がる甘み。

お茶が欲しくなったところで、僕はようやく我に返った。

泥棒や壊そうとした相手を飲み込む機能なんていらないよ! 慌てて宝箱の中に腕を突っ込む。

「エヴァ……エヴァが欲しい、エヴァが欲しい……」

手の先に柔らかく温かいものが触れ、強く握り力いっぱい宝箱から取り出す。闇の中からずるりとエヴァが現れる。

取り出されたエヴァは混乱しているのか、しばらくぺたんと床に座り込んでいたが、やがて状況がわかったのか、深々と息を吐いた。眼鏡がズレているのが非常にレアだ。

「し……死ぬかと、思いましたぁ……中は真っ暗で……方向も、わからなくて…………」

良かった……生きてる。どうやら記憶などにも影響はないらしい。僕でも人一人釣り上げられたのは、宝箱の機能だろう。優秀すぎる。

相当怖かったのか、瞳の端に涙が浮かんでいる。僕はすかさず言った。

「………… 時空鞄(マジッグ・バッグ) なんだから死ぬわけないじゃん」

「!? こ、これ、 時空鞄(マジッグ・バッグ) なんですか!? はぁ!? さ、先に言ってください! すっごく怖かったんですからッ!」

甲高い声をあげて詰め寄ってくるエヴァ。どうやら調子は戻ったようだ。謝罪しながら、僕は内心胸をなでおろした。

僕もすっごく怖かったよ。リィズ達はハンターだけど、エヴァは職員だからな。吸ってるマナ・マテリアル量も違うし、怖すぎる。せっかく渡した結界指も役に立ってないし!

僕が食べられなかったのは教会から貰ったところを見ていたから所有権でもあったのか……あるいはもしかして…………褒めたから?

…………なんかちょっとお調子者っぽいな、この宝箱。

僕は大きく深呼吸をすると、名前を呟きながら腕を突っ込んだ。

「リィズが欲しい。リィズが欲しい……」

§

「なるほど…………ま、また、おかしなもんを……」

事情を聞き、引きつった表情でスヴェンが呻く。ライル達も似たような反応だ。

どうやら、怒りよりも宝箱に遅れを取ったショックの方が大きいらしい。クランハウスの中でいきなりだったとは言え、ハンターが戦うのは宝物殿だけではないのだ。

飲み込んだ者に囲まれても、宝箱は騒ぐ様子がなかった。そしてスヴェン達も――いくら血気盛んでもただの物に仕返しするような者はいない。

「しかし……生物が入る『時空鞄』だなんて…………売ればクランハウスがもう一つ立ちそうね」

「容量もやばいぞ。これだけ人間が入っていたんだ」

ライル達が気味悪そうに宝箱を見る。確かに……でも人間を勝手に丸呑みにするのって致命的な欠陥だと思うのは僕だけだろうか? 中から出られないのならば尚更だ。

人を乗せない絨毯は論外だが、職務に忠実すぎるのもまた必ずしもメリットだけではないらしい。

自信を失いかけた面々とは逆に、あまり様子の変わらないリィズが言う。

「あのねえ、クライちゃん。私は出られたよ? ただ、ティーがいたから掴まえようとしたら出口が閉じちゃって――」

ティノを見るが、ティノはびくびくと身を震わせ目を背けるだけで、何も言わなかった。

まぁ、ティノは仕方ないよね……後ろからいきなり食われたんだし。多分、鍵を開けたから泥棒と間違えられたんだろうけど。

「でも、広いのは間違いないみたい。中に……街があったから……探索前にクライちゃんに引き上げられちゃったけど」

「街? 街があったの!?」

一体、何を食ってるんだよ、この箱。そして、容量どれだけあるんだ……。

ただでさえ時空鞄は高値で売買されているのだ。これだけ容量があればどれほどの値がつくか……よく考えてみると、生物を飲み込む時空鞄の存在が公になっていないのって、皆飲み込まれるからでは?

世紀の大発見だが、酷すぎる。ぽんぽんと完璧な宝箱を撫でていると、しっかり眼鏡をかけ直したエヴァが言う。

「クライさん、それを商会などに売るつもりはありますか?」

「いや…………売らないけど、なんで?」

「いえ…………あまりにもバランスが崩壊しそうなので」

確かに、一般的な時空鞄でもかなり流通に影響があるのに、ここまで容量が大きくなると色々問題になるだろう。使い道などいくらでも思いつく。

例えば、そう…………池の水全部抜くとか……。

とんでもない物を手に入れてしまった。今度絨毯と戦わせて遊ぼっと。

と、そこで、リィズが、何かに気づいたように素っ頓狂な声をあげた。

「…………あれぇ? もしかして、私の番これで終わり!? なんで? 呪いは? クライちゃん、私ばっかり規模小さくない!?」

「えー」

呪いってなんだよ……なんでそんな物を欲しがるんだよ。皆酷い目に遭ったってのに自分も酷い目に逢いたいだなんて、君はルークか! …………ルークだった(精神レベルが)。

騒ぎ始めるリィズに、スヴェン達が呆れたように立ち上がる。

「騒がしいのは勝手にやってくれ。ったく、人騒がせな…………マリエッタ、訓練場に行くぞ!」

「俺達もちょっと鍛え直すかー。まさかクランハウスで宝箱に食われるとは……トラウマになったらどうしてくれるんだ」

クランの中では意識低い系のライルもため息をつき、立ち上がる。僕もトラウマになりそうだったよ……。

「私も……少し、休憩してきます」

エヴァにまで見捨てられ、騒ぐリィズとティノ、僕と宝箱だけが残された。いいよ、ゆっくり休んでよ。僕はこういうのには慣れてるから。

皆トラウマになりそうになっているってのに、リィズだけは本当に元気だな。

背中からのしかかりながら、リィズがおねだりをしてくる。

「ねぇ、クライちゃん! もう一回! もう一回、やり直させて! 今度は絶対に失敗しないからッ! ねぇ!」

いや、別に失敗したから終わりとかそういうわけでは…………失敗って何?

そもそも、宝箱はそういうつもりで渡したわけじゃないからッ!

どう説得したものか……思う存分じゃれついたら機嫌は治るだろうか? なすがままになっていると、背中にぎゅうぎゅう胸を押し付けてきていたリィズがぴたりと止まり、ティノを見た。

その強い視線に、びくりとティノが身を震わせ、目を逸らす。そういえば、箱から出てきてから妙におとなしいな……。

「ティー、あんた、何か隠していない?」

「え…………えっと…………な、何の話だか……お姉さま」

完全に目が泳いでいた。盗賊ってのは大抵嘘がうまいものだが、染み付いた上下関係故だろうか?

リィズは一度首筋に唇を当てて身を離すと、拳を握りながらにこやかにティノの近くに歩みを進める。ティノは切羽詰まったようにきょろきょろと辺りを見回し、覚悟を決めたようにこちらに飛び込んできた。

「ますたぁあああああああッ! ますたぁに、これをッ!」

リィズが目を丸くしながら、ティノの足を引っ掛ける。ティノはぎりぎりの所で床にびたんと顔面から倒れ込んだ。

ぴんと伸ばした腕に、握られた手。ティノは顔をあげると、痛がる様子もなく、僕の目の前で手を開けた。

中から古びた指輪がころんと転がる。奇妙な模様がびっしりと入った木のような質感の指輪だ。雰囲気的に間違いなく宝具である。

つまみ上げて、目の前に掲げる。ティノが目を泳がせながら言った。

「そ、それが転がっていたので、ついそっちに飛びついてしまって…………出口、閉じちゃいました……」

「………………はぁぁぁぁ? ま、まさか、ティー……あんた、私の役割取ったのお!?」

「だ、だって知らなかったし――ッ」

うちのティノがすっかりリィズっぽくなってしまった。というか、指輪と出口を天秤にかけて指輪に行くの凄いな。もう盗賊じゃん。

リィズが愕然としている。どうやらショックが大きすぎて怒ることすら忘れてしまったらしい。

これは……フォローしなければティノが想像もつかない酷い目に遭ってしまいそうだ。

僕は貰ったばかりの指輪を嵌めて、リィズが正気を取り戻す前に言った。

「す、全ては、想定通りだよ。ほら、リィズ落ち着いて落ち着いて」

「…………え? 全て、想定通り? じゃあティーを殺らなくていいの?」

「うんうん、そうだね」

ティノが青ざめている。お姉さまから徹底的にしつけられているのに反骨精神が育っているのが本当に凄い。

だが、今は成長を喜んでいる場合ではない。リィズの気をそらさなければ。

「ほら、落ち着いて、リィズ。そ、そうだ――街を探索するなんてどうかな? 誰が作ったのか知らないけど、箱の中の街だ。きっと何か面白いものが――」

と、そこで僕は箱を見た。

箱の中の町……誰が作ったのか知らない…………?

目を瞬かせるリィズ。今更だらだら汗を流すティノの目の前で無言で宝箱に近づき、蓋を開け、腕を入れる。

もちろん言う言葉は決まっていた。

「教会で行方不明になった人、出てこい。教会で行方不明になった人、出てこい……」